マニラの残骸 プサンの死骸…南北捏造史共闘の凶兆

腐れ像に仕込まれた真の狙いを比大統領は知ったのか?マニラでは台座ごと消滅したが、釜山では“直立微動”。友好芝居の先にあるニセ徴用工&捏造慰安婦の南北共同戦線に備えよ。
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朝になるとフィリピン版腐れ慰安婦像は影も形もなかった…付近の店の売り子は4月27日夜、撤去作業の一部始終を目撃していた。大型のショベルカーが台座ごと掘り返し、どこかへ持ち去ったという。
▽腐れ像の撤去作業4月27日(まにら新聞)
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「水道管の修理です」

作業員はそう説明したが、掘削された箇所に水道管らしきものは見当たらず、周囲は翌朝になっても鉄柵で囲まれたままだ。目的が腐れ像の強制撤去だったことは明らかである。

撤去作業は人目を避けるよう日没後に始まったが、決してゲリラ的な措置ではなかった。腐れ像の脇には数日前から重機が置かれ、地元の中文紙は、撤去の可能性を伝えていた。
▽謎の重機が現場に出現4月20日頃(菲律賓商報)
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参照:菲律賓商報4月24日『「慰安婦」雕像恐被拆除』

ショベルカーの到着は4月20日。撤去作業実施までの1週間に何かトラブルが生じたのか。詳しい背景は不明だが、像の設置を強行した反日組織側は、不穏な動きを的確に把握していた。

腐れ像はマニラ湾沿いの遊歩道に、景観を壊し、往来を塞ぐように置かれていた。像を見下ろすように建つ黄色い外壁のホテル。その経営者で支那系のマニュエル・チュアが、黒幕の1人だ。
▽右端が黒幕経営のアロハ・ホテル12月(産経)
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台座裏の寄贈者名簿に名を連ねる反日支那人。腐れ像の“警備員”として地元のゴロツキを雇っていたのも、このホテルだった。厳重な監視が続く中、重機の出現に気付かないことは有り得ない。

4月上旬には、台座にあったプレートの刻印文字が何者かに削られる出来事が起きたばかりだ。反日組織側は、腐れ像を取り巻く不穏な空気を察知しながらも打つ手なく、シンボルを失った。
▽文字が削り取られたプレート4月7日(ANN)
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像の撤去日は、奇しくも板門店ショーと同じ日だった。小さいながらも久々となる我が国の外交勝利。腐れ像という悪性腫瘍の発見後、切除手術に成功した例は世界初だ。

【謀略をまとった外患誘致の像】

マニラ湾岸腐れ像の撤去翌日、フィリピンの女性団体は会見を開き、毒づいた。それに対してドゥテルテ大統領は4月29日、公共の場に建てることに反対する立場を明確にした。

「日本の償いは何年も前に始まった。侮辱するのはもうやめよう」
▽会見するドゥテルテ大統領4月29日(比大統領府)
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像の建立・撤去には関知しないと断った上での発言だが、ドゥテルテ大統領の号令一下で事態が打開したことは確実だ。切除に向けた安倍首相政権の動きは早く、設置の翌月に始まった。

自民党総裁外交特別補佐。聞きなれない役職であるのも当然、昨年に新設されたポストだ。そして初代特別補佐の河井克行衆院議員が今年1月、マニラに飛び、直談判を行った。
▽比大統領に面会する河井時別補佐1月(公式HP)
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「しっかりとした措置を取る」

日本側の懸念を伝えるとドゥテルテ大統領は、そう答えたという。2月には比閣僚の1人から「4月末までの撤去実施」との連絡が入り、実際、スケジュール通りに作業が行われた。

ドゥテルテ発言にある「日本の償い」とは、村山詐欺基金を指す。90年代半ば、比の自称慰安婦211人に一律320万円のボーナスを提供。解散後も高齢女性向け施設など援助を続けている。
▽金貰っても抗議続ける自称慰安婦軍団’16年(ロイター)
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参照:村山詐欺基金HP『各国・地域における事業内容-フィリピン』

おカネ恵んだし、援助もたっぷり…これまで外務省は“償い事業”を強調し、慰安婦問題に対処してきた。だが、河井特別補佐による説得は、従来の枠を越えていたのではないか。

「他国を敵に回すことは、政府の方針ではない」
▽像撤去後の大穴眺めるマニラ市民(産経)
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ドゥテルテ大統領は会見で、そう付け加えた。日比離間工作を念頭に置いた発言で、腐れ像設置の背後にある真の目的を認識しなければ出てこない言い回しだ。

マニラ腐れ像は、中共子飼いの支那人団体が推進エンジンとなり、政府機関「国家歴史委員会」を抱き込んで設置された。比・外務省も大統領府も蚊帳の外、マニラ市は騙される格好だった。
▽支那系メディアが集結した除幕式12月(地元紙)
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人権問題・女性問題とは端から無関係で、外国勢力による謀略の匂いが濃い…ドゥテルテ大統領は舞台裏の黒い思惑を理解したがゆえに、大鉈を振るったと考えられる。

米国でも南鮮でも我が国でも、腐れ像を下支えするのは特定の政治勢力、運動体なのだ。

【“直立微動”の反日シンボル】

「労働者団体は、総領事館から50mほど離れた場所に、徴用工の像を放置し、撤収した」(5月2日FNN)

過熱気味の報道が続いた南鮮・釜山の“徴用工像”設置騒ぎ。警官隊との馴れ合いは終わったが、小汚いオヤジ像は、5月5日現在も日本総領事館近くの歩道上でフリーズ中だ。
▽放置後に前進した“徴用工像”5月3日(共同)
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その距離、約20m…何気に32ヤード以上もゲインしている。当初の報道が誤りだったのか、それとも計測に深刻なミスがあったのか。ウェディングドレスのショーケースと並ぶ姿は実にシュールである。

警察当局は総領事館前への設置は阻止した。複数のメディアは、容認しなかったことについて「文在寅政権の対日融和姿勢」と評価する。だが、至近距離の歩道に置かれた像を排除することも出来ないのだ。
▽像に群がる警官隊と労組活動員5月1日午前(読売)
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「こうした活動は関連法令と外交公館の保護に関した国際礼譲と慣行の枠内で行われるべきだ」

南鮮外交部は、設置に反対する立場を示した。ツッコミどころ満載のトボけた見解。大統領が参拝した腐れ像との扱いの違いに、誰しも首をかしげるだろう。

ウィーン条約を持ち出すまでもない。公道にオブジェを置くことは、前近代的な朝鮮であっても道路法違反だ。2年前に腐れ像が運び込まれた際、区の職員は違法設置物として撤去した。
▽区職員による腐れ像撤去作業’16年12月28日(聯合)
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ところが、事態は僅か2日間で急変する。総領事館がある釜山市東区の区長が“市民の声”を受けて設置を許可。この時点では不法占有物だったが、半年後に釜山市議会が条例を制定し、法的根拠を与える。

参照:中央日報’17年6月30日『釜山市議会、少女像保護の法的根拠を制定』

そもそも大統領府や外交部・中央議会は像の設置には無関係で、あくまでも地方行政が管轄する問題としていたのだ。今回も、区長の独断で設置が許可される可能性がある。
▽スタート地点の釜山親父像点5月1日早朝(共同)
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果たして接近中の骸骨がもう一歩前進するか、後退するか。日南の歴史戦ではない。これは朝鮮捏造史観における「徴用工vs慰安婦」の構図だ。

【挺対協に負ける巨大労組】

「ソウルの少女像は堂々と立っているのに釜山の少女像はなぜ受難に遭ったのだろうか」

釜山・腐れ像の撤去騒ぎに対し、南鮮メディアは揃って異議を唱えた。同市東区の公式サイトは高負荷でダウン。区長の会見には反日団体がプラカードを手に乱入する異常事態になった。
▽会見する釜山市東区長’16年12月30日(NHK)
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南鮮社会全体が区側を悪者に仕立て、追い詰めた結果、違法な腐れ像は総領事館前に居座ることとなった。一方、今回の親父像設置騒動では、世論も沸騰せず、目立ったアクシデントも発生していない。

親父像の設置推進母体は、労組のナショナルセンターのひとつ「民主労総」だ。“徴用工像”を粗製乱造し、ソウル市内や済州島などに据え置いた団体である。
▽民主労総が主導したクネ退陣デモ’16年(共同)
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構成員は自称70万人で、小所帯の挺対協とは比較にならない。しかし、像の設置をめぐる政治的な駆け引きでは、挺対協に完敗。組織内議員を与党に送り込んでいても無理を通すパワーはない。

両者をカルトに例えれば、祀り上げている邪神の格の違いだ。徴用工と慰安婦では、捏造ストーリーを練り上げた時点から、フィクション性や登場人物の配置など設定上の見劣りが激しい。
▽ソウル龍山駅前の初期型モデル’17年9月(ハンギョレ)
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捏造慰安婦物語は“強制連行神話”のスピンオフ作品である。70年代から在日勢力と反日メディアは“強制連行”プロパガンダの拡散に務めたが、広がりは限定的だった。

吉田清治のデビュー小説が世に埋れたのも当然だ。だが苦し紛れに慰安婦をヒロイン役に抜擢したことで反響を呼び、物語はオリジナルを凌駕する二次創作の続出といった趣きで、複製・量産される。
▽釜山のソフトクリームどうぞ型5月1日(聯合)
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徴用工を素材にしたフィクション群は、90年代の捏造慰安婦メガヒットの陰で、静かに消え去った。それを今更リメイクしても、芳しいセールスは望めない。

それでも生存する洋公主が減り、反日の手駒が少なくなる中、薄汚い親父像の増殖は続くだろう。そして南鮮の政府やメディアが、徴用工が絡む捏造史を史実の如く語ることに警戒する必要がある。 

【南北歴史共闘を誓った文在寅】

「『帰国を希望する朝鮮人は、日本政府の配船によって約90万人、個別的引揚げで約50万人合計約140万人が朝鮮へ引揚げた』とされている」

4月17日に閣議決定された政府答弁書の一節だ。引用元は、ネット上では有名な「戦時徴用者は245人」とカウントした昭和34年の外務省資料である。
▽資料内容をうっかり報道したS34年7月13日付け朝日記事
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民主党政権時代の平成22年、高市早苗前総務相が国会で追及し、当時の岡田外相が曖昧な答弁で逃げるシーンがあった。その時、発掘した資料が、政府の公式見解として採用されたのだ。

「大部分は、日本政府が強制的に労働させる為に連れて来たものであるというような誤解や中傷が世間の一部に行われているが、事実に反する」

晴れて公式見解となった外務省資料は、そう指摘する。質疑から8年を経ての資料追認は、有田芳生が金正恩支援の質問書を提出したからだ。とんだ藪蛇。在日が真に恐るべき無能な味方である。

□政府見解に繋がった高市前総務相の伝説質疑


ちなみに、朝鮮人徴用者の総数が245人だったとの誤解もあるが、これは昭和34年まで我が国に居座っていた徴用者の合計数だ。自らの意思で200人以上も帰国を拒否しなかった事実も参考になる。

「強制動員被害者の問題を歴史の教訓とするという像建立の趣旨には共感する」

南鮮政府は、釜山・親父像の設置に疑問を呈しながらも、徴用工の捏造史は否定せず、無駄に煽る。我が国は、像の追加配備に抗議するだけではなく、徴用工の実像・実態に踏み込んで反撃すべきだ。
▽仁川に建立された就活成功者の像’17年(産経)
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参照:H29年8月28日エントリ『文在寅も溺れた敗者のゲーム…捏造史を晒す“徴用工像”』

南鮮では、戦前・戦時中の出稼ぎ工に留まらず、日系財閥企業への就職に成功した者まで十把一絡げに徴用者と認定。「強制徴用」という造語まで使って史実を捻じ曲げる。

繰り返し紹介するが、南鮮・国務総理直属の専門家委員会は’12年、朝鮮人徴用者の総数を約780万人と発表した。就労世代の男性全員が“徴用工”だったとする天地を揺るがす衝撃の調査結果だ。
▽徴用780万人説伝える中央日報記事
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「70年が経つ今も日帝強占期の強制動員の苦痛が続いている。今後、南北関係が改善すれば、共同で強制動員被害の実態を調査することも検討できる」

文在寅は昨年8月15日の演説で、そう豪語した。狂犬と駄犬が演出する融和ムード。日朝交渉を視野に入れ、南北朝鮮が徴用工をめぐる捏造史で共闘する恐れが高い。
▽南北歴史共闘を約束する文在寅’17年8月(聯合)
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我が国はかつて、河野談話で大阪や富山の売春婦を慰安婦認定する過ちを犯した。朝鮮人は定義付けの段階からミスリードを図る。同じ失敗を二度三度と繰り返してはならない。

家族を連れて渡来した出稼ぎ工と戦時徴用者は全くの別ものだ。



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参照:
□高市早苗前総務相公式HP2010年4月2日「『在日朝鮮人の渡来および引揚げに関する経緯、とくに戦時中の徴用労務者について』という外務省資料」
□アゴラ4月29日『マニラ湾「慰安婦像」撤去の舞台裏(自民党総裁外交特別補佐・河井克行衆院議員)』
□参議院HP4月17日『答弁書第六五号』

参考記事:
□ZAKZAK5月1日『「公共の場所に像を設置し、日本を侮辱すべきでない」と明言 ドゥテルテ比大統領の慰安婦像撤去に称賛の声』
□産経新聞4月28日『マニラの「慰安婦像」撤去 比政府、日本大使館に前日伝える』
□中央日報4月25日『フィリピンの慰安婦被害者銅像、撤去の危機?』
□産経新聞4月7日『マニラの「慰安婦像」、台座プレートが損壊 何者かが刻印文字を消す』
□産経新聞1月13日『日本おとしめるマニラ慰安婦像設置の舞台裏 「歴史委員会」暴走、中韓系の関与あったのか?』
□産経新聞12月16日『「フィリピン慰安婦像」現地ルポ 日本側に動き察知されぬようステルス化する中華系団体 大統領府も「寝耳に水」』

□産経新聞5月6日『日本政府、南北共闘を警戒 板門店宣言「民族共同行事」で 慰安婦・徴用工問題が再燃も』
□産経新聞5月3日『韓国・釜山の徴用工像、歩道上に放置 総領事館付近 市民団体「動かす意思ない」』
□日経新聞5月1日『徴用工像の設置強行か 釜山の労働者団体、警官隊ともみ合い』
□産経抄4月28日

□日経新聞’16年12月30日『韓国・釜山に少女像、市民団体が設置 区長が一転許可』
□聯合ニュース’16年12月29日『少女像撤去した釜山の自治体に抗議殺到 HPダウンも=韓国』
□中央日報’12年8月21日『日帝強制徴用被害者支援委、22万人の証言を公開(2)』

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