南太平洋を望む英霊碑…安倍首相が巡拝した激戦地

安倍首相は「散華の海」を見詰めていた。英霊を讃え、同時に安保協力の強化を図る離れ技外交。オセアニア歴訪は「歴史の試練」を踏み越える慰霊と誓いの旅でもあった。
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「家族の幸せを願い、祖国を思い、遠いこの地に倒れた方々の犠牲の上に今日の平和と繁栄がある。アジア、世界の友人と世界平和の実現を考える国でありたいと御英霊の前で誓った」

パプアニューギニア訪問中の安倍首相は7月11日、北部のウェワクで「ニューギニア戦没者の碑」に献花・黙祷を捧げた。ここは、終戦のその日まで我が陸軍第18軍部隊が死守した地だ。
▼ニューギニア戦没者の碑献花(AP)
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奇麗に整備された「戦没者の碑」は、昭和56年に日本政府が建設した。その時点で終戦から36年が過ぎていたが、以降も訪れる総理大臣はなく、今回の安倍首相訪問が初めてだった。

ニューギニア地域と周辺海域では、実に16万人が散華された。緒戦の猛進撃、ジャングルを舞台にした攻防、そして末期の撤退戦。この島には、我が軍の栄光と無念が同居している。
▼除幕式に臨む安倍首相7月11日(代表撮影)
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さらに安倍首相は午後、同じウェワクにある別の慰霊碑を訪れ、除幕式に臨んだ。一枚岩の碑石には大きく「英霊碑」と刻まれていた。色彩鮮やかな供花が、この地が遠い南洋であることを告げている。
▼ウェワク「英霊碑」除幕式7月11日(AFP)
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英霊碑は、ウェワク市街地を見下ろす景勝地ミッション・ヒルに建つ。パプアニューギニア政府が出資して整備したものだ。固定機関銃の横で安倍首相は、遠くを見つめていた。
▼英霊碑の脇に立つ安倍首相(代表)
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視線の先には、ビスマルク海戦で知られる蒼い海が広がる。この丘の中腹には、今も我が軍の八八式高射砲が数門、錆び付いた姿で残され、激戦の過去を伝えているという。

英霊碑に献花した安倍首相は、市内の学校を訪れた。ここのには、かつて我が軍の兵站病院があったのだ。首相夫妻を案内した川畑静さんは、長年に渡り慰霊巡拝や遺骨収容に取り組んできた功労者である。
▼川畑さんの説明聞く首相ら7月11日(官邸)
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安倍首相は、川畑さんのガイドを受け、我が軍兵士のご遺骨が複数見つかった洞穴にも足を延ばした。正に、誰しもが厳粛な気持ちを抱く鎮魂の地だ。

【かつての敵が最高の友に】

流行歌でも知られたラバウルも現在のパプアニューギニア国内にある。ニューブリテン島の最北端。真珠湾攻撃に続く、昭和17年1月の攻略戦で米守備隊を駆逐し、南太平洋の一大根拠地として戦線を支えた。
▼パプアニューギニア周辺マップ
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その東にソロモン海が広がり、ガダルカナル島がある。南雲機動部隊など有力な艦隊の前に、米豪連合軍は、なす術なく潰走。しかし、ニューギニア島の要衝ポートモレスビー攻略は、相次いで失敗する。

そして、ミッドウェー海戦と三次に渡るソロモン海戦で、形勢は逆転。ガダルカナル撤退のケ号作戦以降、ニューギニア島東部も連合軍の反攻が強まり、ウェワク守備隊など各地の部隊は孤立してしまう…
▼ウェワク目指す豪軍部隊1945年6月(wiki)
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当初、連合軍は米豪の混成だったが、米軍はフィリピン戦線増派に伴い、ニューギニアには豪軍が残される。この島の険しい山岳地域、密林の奥地で、日・豪は終戦まで熾烈な迫撃戦を繰り返した。

「かつての敵が最高の友人になることもある」
▼豪西部の安倍・アボット両首相7月9日(AFP)
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オーストラリアのアボット首相は、大東亜戦争中の日豪の激戦を踏まえ、安倍首相にそう語った。豪州入りした安倍首相は7月8日、キャンベラの戦争記念館を訪れた。

両首脳が揃って視察することは異例だ。ホールを巡回した2人は、大型模型の前で足を止めた。明治42年に就役した日本海軍の装甲巡洋艦「伊吹」である。
▼「伊吹」模型前で話し込む7月8日(代表)
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1914年に勃発した第1次世界大戦。英連邦の一員としてオーストラリアとニュージーランドは、欧州戦線への部隊派遣を決めた。その際、豪西部からインド洋まで護衛したのが「伊吹」だった。

「伊吹が果たした役割は、日豪関係をさらに緊密にする上で大きい」

4月末に訪豪した小野寺防衛相も、そう語っていた。ニューギニア戦線で激突した両軍が、友軍だった時代もあったのだ。それは「過去の良好な関係」といった優等生的なエピソードではない。
▼護衛任務中の「伊吹」(豪戦争記念館)
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帝国海軍巡洋艦「伊吹」は、「過去の軍事連携」の象徴だ。安全保障の核心に踏み込むのが、安倍外交の真骨頂である。恐らく中共指導部は「伊吹」に込められた意味を的確に理解しただろう。

それだけではない。安倍首相は、注目の豪州議会演説で、敵同士だった時代でも両国が礼を尽くした感動のエピソードを披露した。

【全豪が涙した特殊潜航艇秘話】

「あれは、1968年のことでした。一人の日本女性を皆さんが招いてくれたことに、私はいまも、心打たれるものを感じます」

オセアニア歴訪のハイライトとなった豪州議会での演説。安倍首相が取り上げたのは、かつて豪州国民に深い感動を与えた母と子の逸話だった。シドニー湾に進撃した特殊潜航艇をめぐる物語である。
▼安倍首相の豪州議会演説7月8日(ロイター)
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「83歳になる松尾まつ枝さんは、招きを受けてお国を訪れ、亡き息子を偲んで、シドニー湾に日本の酒を注ぎました。第二次大戦中、お国の攻撃を図り、湾に沈んだ小さな潜水艦に乗り組んだのが、松尾さんの子息でした」

我が海軍の松尾敬宇(まつお・けいう)中佐は、昭和17年5月31日深夜、他2隻と共に特殊潜航艇でシドニー湾へ出撃。防潜網をかいくぐって湾内深くに達し、魚雷攻撃を開始した。
▼松尾敬宇中佐:享年24(日本会議熊本HP)
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突然の砲撃に、停泊中の豪州海軍艦艇はパニックに陥る。だが、衝突で魚雷発射管にトラブルが発生。雷撃不可能と知ると、松尾中佐は直ちに特攻を決意、敵艦艇群の中に飛び込んだ…

シドニー湾に出撃した3隻の特殊潜航艇は、いずれも母艦に還ること叶わなかった。一方、豪州海軍の将校は、松尾中佐ら皇軍兵士の大胆な行動に衝撃を受け、その覚悟に驚嘆した。
▼引き揚げられた松尾艇(豪戦争記念館)
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シドニー地区の海軍司令官は、湾内に沈む2隻が引き揚げられると、一部の反対論をはねのけ、海軍葬の礼で丁重に弔った。4人の棺は、豪軍人の手によって真新しい日章旗にくるまれていた。
▼豪海軍葬で日章旗に覆われた棺(『世界から見た大東亜戦争』より)
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特攻から2ヵ月、松尾中佐のご遺骨は、故郷の母・まつ枝さんの元に届く。そして26年が経った昭和43年、まつ枝さんは招待を受け、シドニーを訪れた。安倍首相は、こう続ける。

「その勇猛を長く記憶に留めた皆様は、勇士の母を日本から呼び寄せてくれたのです。なんたる、寛容でしょうか」



この招待劇は、特殊潜航艇の最期に感銘を受けた豪戦争記念館館長の熱意が実ったものだった。我が子が散華した海。まつ枝さんは、シドニー湾を眺望する場所で、囁くように言った。

「母は心からあなたを褒めてあげます。よくやってくれました」
▼シドニーの松尾まつ枝さん(日本会議熊本HP)
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現地の新聞は大きく報じ、親しみを込めてまつ枝さんを「日本の母」と呼んだという。勇敢な息子に加え、凛とした母の姿に豪州国民は胸を打たれたのだ。

反響を呼んだ訪問劇から、既に45年が過ぎた。日豪の国民が忘れてはいけない大切な母子の物語。それを安倍首相は、演説に盛り込んだのだった。

関連エントリ:
□H19年3月14日『特殊潜航艇シドニー湾の奇蹟…日豪結んだ松尾敬宇と母』

□H19年8月9日『シドニーに響いた海ゆかば…特殊潜航艇62年後の慰霊』

【歴史はオーストラリアに学べ】

今回のオセアニア歴訪は、積極的な資源外交と評された。一連の首脳会談で、オーストラリア・パプアニューギニアからのLNG(液化天然ガス)輸入量は、5年間以内に倍増する見通しとなった。

「日本へのLNG輸出開始は、供給源の多角化に寄与するものとして日本のエネルギー安全保障にも資する」

日・パプア首脳会談の共同声明には、そう明記されている。資源外交とは即ち安保外交だ。南太平洋ルートへのシフトは、南シナ海ルートの「危機」を強く念頭に置いている。
▼天然ガスの主要輸入ルート(読売)
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海上封鎖による南シナ海ルートの途絶。中共海軍が長期に渡って「赤い舌」全域を支配することは、少なくとも現時点では有り得ない。だが可能性がある限り、ルートの多角化を図るのが政治家の仕事だ。

同時に、潜水艦技術の移転など日豪の防衛協力も「準同盟」のレベルにステップアップした。集団的自衛権の国際標準化で老害サヨクが盆踊りを披露する最中、安倍首相は着実に現実路線を歩む。
▼メルケル・李克強会談7月7日(WSJ)
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「歴史の教訓を心に刻んでいなければ、未来を切り開き、平和を維持することをできない」

日豪首脳会談の前日、中共の李克強はメルケル独首相との会談で、対日批判を繰り広げた。また習近平は盧溝橋事件の中途半端な記念イベントで、安倍政権を牽制した。一本調子の悪口である。
▼日豪首脳による調印式7月8日(ロイター)
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そうした中共のワンフレーズ非難に対し、安倍首相の切り口は鮮やかだった。豪議会演説で安倍首相は、1957年に当時のメンジーズ首相が岸首相に贈った言葉を紹介する。

「Hostility to Japan must go. It is better to hope than always to remember.(日本に対する敵意は、去るべきだ。常に記憶を呼び覚ますより、未来を期待するほうがよい)」
▼豪西部の鉱山でも演説7月9日(AP)
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死闘を繰り広げた旧敵国の首脳は、そう言って握手を求めた。一方、交戦国でもない中共・南鮮が「歴史」を連呼する…偽物ゆえの哀しさだ。更に、安倍首相は踏み込んで、こう演説した。

「いまや日豪が、歴史の試練に耐えたその信頼関係を、いよいよ安全保障協力に活かしていくことを厳かに、宣したいと思います」

今回の歴訪で安倍首相は、戦跡を辿り、松尾中佐を「勇士」と讃え、そして安保協力の強化を図った。告げ口女には絶対できないアクロバティックな外交である。
▼パプアニューギニアの子供たち7月11日(AFP)
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第一次大戦当時、我が海軍の「伊吹」は、誰から豪軍艦艇を守ったのか…答えは、ドイツだ。ニューギニア島東部はドイツの植民地で、一帯は独艦隊の支配する海だったのだ。

その数年後には日英同盟が崩れ、護衛してくれた日本軍艦船は敵となった。僅かな期間で激動する世界情勢。南太平洋の新興国は、その短い歴史の中で体験的に知った。
▼味方でも敵でもあった「伊吹」(防衛省)
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永遠の敵国もいなけば、また永遠の友好国もいない。リアルな世界史の冷徹な現実だ。白髪4000年と妄想5000年の凸凹コンビも、オーストラリアに歴史を学ぶ必要がある。




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参照:
□首相官邸HP7月8日『豪州国会両院総会 安倍内閣総理大臣演説』
□外務省7月9日『安倍総理とアボット首相 共同声明 “21世紀のための特別な戦略的パートナーシップ”』(PDF)
□外務省HP7月11日『安倍総理のパプアニューギニア訪問(概要)』
□厚労省HP『戦没者慰霊事業:ニューギニア戦没者の碑』
□防衛省防衛研究所HP 平成24年度戦争史研究国際フォーラム報告書『昨日の敵は今日の友―オーストラリアと太平洋戦争の衝撃―ピーター・デニス(オーストラリア国防大学名誉教授)PDF』
□近代史研究会HP 太平洋の戦跡を訪ねて~ウェワク

参考記事:
■産経新聞7月11日『首相「遺骨収集に努力」 不戦の誓いアピール』
■NHK7月11日『首相 パプアで戦没者を慰霊』(魚拓)
■産経新聞7月8日『「かつての敵が最高の友人に」 豪首相が安倍首相を歓迎「世界で最も強固な友好関係』
■産経新聞7月10日【阿比留瑠比の極言御免】中韓以外には評価高い「地球儀を俯瞰する」安倍外交
■読売新聞7月5日『天然ガス、南シナ海避け豪方面から輸入倍増方針』
■ZAKZAK7月8日『日米豪が安全保障で連携強化 習主席は安倍政権を牽制「侵略の歴史美化」』
■毎日新聞7月11日『安倍首相:「資源外交」に注力 オセアニア歴訪』
■WSJ7月8日『中国、戦中の日本の過去を批判―独首相訪中を利用』

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