朴正煕「慰安婦」の衝撃史実…嘘吐きホンダが謝罪する日

発掘された超1級の歴史資料には、朴正煕の自筆サインが刻まれていた。大統領による衝撃の慰安婦整備計画。グレンデールの敗北から4ヵ月、反転攻勢の強力な証拠が出現した。
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「日本で親戚の手伝いをしていた。16歳のとき、洋服の男2人にジープに乗せられ、台湾で日本人と平壌出身の夫婦に引き取られた」

自称慰安婦・黄錦周(ファン・クムジュ)は、ジープに乗った思い出を語った。河野談話で証拠採用された日本政府調査団のヒアリング。僅か16人の聞き取り対象の中に、この黄錦周が含まれていた。

日本の保護領だった時代の朝鮮半島にジープが走っていなかったことは明らかだ。さらに、同じ黄錦周が、当時の我が国の習慣と掛け離れたホリデーがあったと回想していることが判った。
▼反日デモでシャウトする黄錦周(file)
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「日本軍のクリスマス休暇には1日数十人の相手をさせられました」

完全なデタラメ。自称慰安婦たちのお粗末な証言の中でも特に、このクリスマス休暇発言は、奇想天外過ぎて物笑いのネタとして有名だ。その証言者が政府調査団による数少ない聞き取り対象だったのである。
▼証言を歴史証拠と決めた河野洋平(産経)
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河野談話発表の5日前に行なわれた1人当たり1時間半の茶番ヒヤリング。そこで、黄錦周がクリスマス休暇について熱く語っていたか否か、全文が“特定保護”されている為、詳しく判らない。

黄錦周の衝撃発言が飛び出したのは、95年7月の朝日新聞によるインタビューで、河野談話発表の2年後だ。そして、このクリスマス発言は同社発行の『女たちの太平洋戦争』にも収録されている。
▼朝日文庫版『女たちの太平洋戦争』
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ジープ証言をスルーした河野洋平も万死に値するが、一方のクリスマス発言を紹介した朝日新聞も、我が国にクリスマス休暇の習慣がないことを知らなかったのか…素人でも分かる時代考証のミスだ。

けれども、黄錦周の証言を100%の嘘とは言い切れない。ジープ乗車もクリスマス休暇も慰安婦時代の体験だ。ただし、それは大戦後の思い出で、黄錦周の正体は、洋公主・朴正煕「慰安婦」だったのである。

【大統領サインの超1級歴資料】

「米軍慰安婦という言葉を聞いたことがあるか? ここに国が組織的に主導した証拠がある」

11月6日開かれた南鮮・女性家族部の国政監査で、野党・民主党の議員は、そう切り出した。政府側に突き付けたのは、朴正煕の直筆サインが入った「基地村浄化対策」の文書だった。
▼慰安婦整備文書の表紙(ハンギョレ)
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パク・クネの父親が承認した公的文書には、南鮮各地62ヵ所の基地村に、9,935人の女性が就業していたと記述されていた。この女性たちは駐留米軍向けの娼婦で、南鮮政府は慰安婦と呼び現していた。

「基地村の女性に対して“慰安婦”という用語を使用し、強制収容して治療を行っていたことが明らかとなった」

追及する南鮮民主党の兪承希(ユ・スンヒ)議員は、強制的に収容された慰安婦たちは、性病が完治するまで抗生物質の投与が行なわれ、過剰投与のショックで死亡したケースも多いと訴える。
▼基地村の非道を訴える女性2009年(NYT)
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これは決して目新しいものではなく、ニューヨーク・タイムズ紙が2009年1月に報じたスクープでも取り上げられている。強制収容施設は「モンキー・ハウス」と呼ばれ、蔑まれてたという。

参照:NYT紙2009年1月8日『Ex-Prostitutes Say South Korea and U.S. Enabled Sex Trade Near Bases』

今回、判明したのは、米軍向け慰安婦の整備に青瓦台大統領府がダイレクトに係わっていた事実だ。朴正煕が洋公主の制度設計に関与していた動かぬ証拠。遂に登場した超1級の歴史資料だ。
▼南鮮の基地村で豪遊する米兵(BBC)
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この慰安婦文書を作成したのは、当時の大統領府政務室。現在は組織改編で秘書室等に変わっているが、青瓦台の中核部署だ。捏造派が従軍の証拠だと叫ぶ現地将校のメモ1枚などとは比較にならない。

【クネ25歳の慰安婦アパート】

パク・クネの父親がサインした歴史資料には、基地村の浄化政策として、性産業に従事する女性を集めた専用住居の建設計画も記されていた。余りにも衝撃的な「従軍慰安婦アパート」である。

「該当の文書を見るのは初めてだ」

追及を受けた南鮮・女性家族相の趙允旋(チョ・ユンソン)は、そう答弁するのがやっとだった。今初めて知しりました…では、済まない問題だ。
▼UN委員会で演説する趙允旋10月11日(共同)
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趙允旋は10月11日、UN総会の関連委員会に押し掛け、慰安婦問題の解決を世界に向って熱弁した人物。我が国を名指しすることはなかったが、激しい口調で、こう語っていた。

「10万人以上と推測される慰安婦は誰かによって集められ、ある国家の部隊に配置され、定期的に検査を受けながら徹底的に管理された。逃げる事もできず、監獄の囚人のように暮らした」
▼文書作成当時の基地村77年6月(毎日経済)
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何のことはない。自己紹介をしていたのだ。「ある国家」とは我が国ではなく南朝鮮で、部隊とは駐留米軍・UN軍だったのである。UN総会で、UN軍兵士の買春を暴く、勇気ある演説と褒めておく。

しかも、パク・クネへの痛烈批判でもある。6日に提示された公的資料の表紙に刻まれた朴正煕の自筆サイン。元が漢字なのか、朝鮮文字なのか、ミミズ過ぎて識別不能だが、もう言い逃れできない。
▼朴正煕「慰安婦」文書のサイン
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1977年4月に資料が完成し、目を通した朴正煕が翌5月2日に署名した。実は、この時までに娘のパク・クネは実質的に青瓦台入りを果たしていたのである。

特権でフランス留学を堪能していたパク・クネは、74年の文世光事件を受けて急遽帰国。在日男に射殺された母親の陸英修(ユク・ ヨンス)に代わり、ファースト・レディーを務めたことで知られる。
▼1stレディー役のクネと朴正煕
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秘書のような役回りで、朴正煕を補佐していたのだ。パク・クネは当時25歳で、モンキー・ハウスにいた女性たちと同世代。格差社会の現実どころではない。天国と地獄と表現するのも甘い環境の違いだった…

パク・クネこそ、朴正煕「慰安婦」の慟哭を聴け。

【維新PTに奇跡のタイミング】

「昨年、前長官に同じ質問をし、調査するという答弁を得た。1年間何の調査もしなかったということか?」

追及した兪承希議員は、昨年も同様の質問を行なったと訴える。李明博前政権から、申し送りがなされていなかったのだ。捏造慰安婦の急先鋒である女性家族部は、自国の慰安婦を封印していたのである。
▼基地村の女性と米兵(1959年頃)
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それは同時に、南鮮メディアが朴正煕「慰安婦」問題を報道せずに握りつぶした事実を物語っている。質疑は行われたのは、同じ国政監査という公の場だった。

今回の質疑も翻訳版を見る限り、左派のハンギョレ新聞だけで、大手の朝鮮日報やTVメディア、聯合通信も伝えていない。捏造慰安婦問題を熱心に報道する一方、完全無視を決め込んでいる模様だ。
▼米軍施設ゲート前の洋公主(BBC)
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南鮮・女性家族部の広報機関とも言える朝日新聞をはじめ我が国の大手も、ノータッチ。かろうじてJ-CASTニュースが、橋下市長の最近の発言に絡めて朴正煕「慰安婦」に触れただけだった。

「韓国が謝罪を求めて来ても『アナタ達もやっていたような事でもあるから、アナタ達も反省しながら、我々も反省する』というスタンスで臨めばいい」
▼持論披瀝する橋下市長11月10日(FNN)
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11月10日の「新報道2001」「に生出演した橋下市長は、そう語った。朴正煕サイン文書の発覚直後で、この発言は、サンフランシスコ市議会への公開書簡と同様、ベトナム戦争中の不逞鮮人を指したものだ。

参照:9月22日エントリ『橋下ライダイハン書簡…捏造慰安婦の信用崩壊』

反日タブロイド紙や南鮮メディアは、この橋下発言を「暴言」と非難した。だが、ライダイハン問題に続く、慰安婦アパートの建設計画露呈は、橋下市長にとって確実に追風となる。
▼米兵向け置屋に並ぶ洋公主(米ライフ誌)
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奇しくも朴正煕「慰安婦」指令書が質疑された翌日、日本維新の会の片山虎之助政調会長が記者会見を開催。慰安婦問題を中心にした歴史検証プロジェクト・チームを立ち上げると表明した。

一時は党内から慎重意見が出て発足が危ぶまれたが、PTの座長には切り札の中山成彬元文科相が就任する。ライダイハン問題に加え、この朴正煕「慰安婦」問題も大きく取り扱って頂きたい。
▼慰安婦の真実追及する中山元文科相3月
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何しろ、慰安婦論争勃発から20年以上を経て、初めて我が国の慰安婦真実派に攻撃ターンが巡ってきたのだ。波状攻撃を仕掛けるチャンスである。

【燦然と輝く朴正煕「慰安婦」像】

「日本軍の慰安施設のみを取り上げるのはアンフェアだということですけれども、外国のケース、占領軍の慰安所なども時間の余裕があれば当然教えるべきだというふうに私は思います」(展転社『歴史教科書への疑問』188-9頁)

慰安婦捏造派の生き残り学者・吉見義明は、かつて中山元文科相らとの議論で、そう訴えた。我が軍と慰安婦の関係だけでなく、人権問題・女性問題として例外なく、追及すると宣言していたのである。
▼捏造派のゾンビ学者・吉見義明(NYT)
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その場しのぎの発言ではないのなら、吉見義明は今回の朴正煕「慰安婦」文書に飛びつかなくてはならない。将校の指令書どころではなく、大統領の承認文書が発掘されたのだ。

南鮮の一部の歴史学者は、以前から基地村の娼婦について研究を続けていたという。今回発掘された大統領サイン入り文書は、事実の解明に大きな役割を果たすだろう。
▼洋公主と駐留米兵(ライフ誌)
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吉見義明と同じく、他国の慰安婦も追及するポーズを見せていたのが、あのマイク・ホンダだ。HR121(慰安婦決議)の直前、米軍RAAについて議会に調査を求めたが、それ以降、何の音沙汰もない。

連中が主張する普遍的な人道問題とは、飾り付けに過ぎず、核心は常に慰安婦を手掛かりにした日本バッシングだったのだ。朴正煕「慰安婦」問題の決定的証拠を無視すれば、その本音が暴かれることになる。
▼決議採択で勝ち誇るM・ホンダ(AP)
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全米、そして日本国民にホンダが謝罪する日も、決して遠い未来の出来事ではない。HR121決議で、米メディアなどが沸騰していた6年前、洋公主・朴正煕「慰安婦」の話題は片鱗もなかった。

7月のグレンデール大敗北から僅かな期間で、急激に潮目が変わった。繰り返し小声で述べているように、公園の腐れビッチ像を取り壊す必要はない。隣りの碑文を歴史真実に訂正するだけで充分だ。
▼米グレンデール市の朴正煕「慰安婦」像
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単なる売春婦の像である。それは、朝鮮半島を代表する職種の従業員像であり、戦後で言えば洋公主像となる。そして今回、少女は新たに朴正煕「慰安婦」像の称号も得た。



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関連エントリ:
9月5日『朝鮮産・洋公主のヤミ歴史…朴正煕が設計した国家売春』

参考記事:
□ハンギョレ11月7日『‘基地村女性管理’朴正熙 親筆署名文書 公開』
□サーチナ11月11日『朴正煕政府が売春女性を慰安婦と呼び管理=韓国議員が資料公開』
□時事通信11月10日『「韓国もやっていた」=慰安婦問題で維新・橋下氏』
□ J-CAST11月11日『慰安婦「韓国もやっていたこと」 橋下氏が言いたかったのは何だったのか』
□ZAKZAK11月11日『橋下氏、慰安婦問題で持論を展開 韓国「ライダイハン」を意識か』
□日刊ゲンダイ11月11日『「韓国だってやっていた」 橋下市長がまた“慰安婦暴言”』

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