小泉進次郎と巡る日本の離島…人波避けた“歩く投票箱

選挙戦で最大の観客動員数を見込める小泉進次郎は、都市を避けて島々を巡る。伝統と文化が息づく敷島の海の細道。古き良き日本の景色がそこにあった。
画像

選挙戦も後半戦に入った7月13日午後、その男は香川県の小豆島(しょうどしま)にいた。瀬戸内海・播磨灘に浮かぶ人口3万人超の島。壺井栄の名作『二十四の瞳』の舞台としても馴染み深い。

「小豆島の皆さん、ありがとうございました。オリーブそうめんも美味しかったです!」
▼進次郎 in 小豆島7月13日(青年局FB)
画像

島の特産品を紹介することも忘れていない。自民党の小泉進次郎青年局長は、今回の参院選では都内で1度も応援演説しないと宣言。オリジナル過ぎる応援スタイルを貫く。

「まだアベノミクスの実感が届いていない離島、過疎地、東日本大震災の被災地を中心に回ります」
▼酒田市沖・飛島の位置
画像

山形県酒田市の沖合40㌔の日本海にある飛島(とびしま)。ウミネコの繁殖地として知られる他、海の透明度が抜群に高く、群生する珊瑚の美しい姿も堪能できるという。

「太鼓と大漁旗でのお出迎え、お見送り。胸が熱くなりました」
▼酒田港出航する進次郎7月4日(FB)
画像

参院選の公示日、小泉進次郎が最初に訪問する離島に選んだのが、飛島だった。酒田港から小型の釣り舟をチャーター、1時間半に及ぶ航海で、島にやってきた。そして港近くの広場でビールケースに立つ。

「これ以上ない、最高の舞台ですよ」
▼飛島での演説風景7月4日(FB)
画像

「小泉フィーバー(死語)」と決まって表現される都市部の応援演説と違い、手作り感が漂う。だが、人口約230人のうち、漁に出ている100人を除く、ほぼ全ての島民が演説会場に大集合したという。

歴代議員を含めてもケタ違いの集客力を誇る小泉進次郎。そんなスターの突然の訪問に島全体が沸いたのだ。歴史的な1日であると同時に、大自然豊かな島の注目度を全国区で上げるチャンスでもある。



小泉進次郎が選んだ奇抜な“参院選離島めぐり”には、「自分たち島をよく知って欲しい」という人々の思いも一緒に映し出されていた。

【夕闇迫るビーチ演説の初舞台】

2番目に訪れた島は、愛知県南知多町の日間賀島(ひまかじま)だ。選挙戦初めての週末、小泉進次郎はその日最後の応援演説に向け、船に乗り込んだ。

到着した時すでに日は傾き、演説台はライトアップされていた。ステージの下を見ると、そこには砂…前例があるのかないのか、珍しい浜辺での応援演説だ。
▼進次郎 in 日間賀島7月6日(FB)
画像

「熱烈なお出迎え、人生初の砂浜での演説、島の方言を教えてくれた島のお母さん、日間賀島、最高でした!」

進次郎は、そうコメントを残している。やはりビーチ演説は異例中の異例のようだ。地方遊説の進次郎は、最初にそこの方言で挨拶するのが定番。それだけで地元民のハート鷲掴み(死語)である。



この方言挨拶は、進次郎だからウケるのであって、素性も知れない議員がマネしたりすると、聴衆は単にムカつくだけだとか。キャラクターのなせる技で、そこら辺は他の追随を許さない。
▼三河湾に浮かぶ日間賀島の位置
画像

日間賀島は、知多半島と渥美半島に囲まれた三河湾の“入り口”に位置する。半島の先端から2.4㌔ほどの距離で、アクセスは高速連絡船で10分。離れ小島ではなく名古屋にも近いが、人口は約2,000人だ。

「タコの島」としてアピールしているのは、タコ漁が盛んであることだけではない。島内・安楽寺の本尊が「蛸阿弥陀如来」で、それは漂着した阿弥陀像をタコが守っていたという伝承に基づく。

【日本3大火祭りの島へ】

三河湾訪問の翌日7月7日、小泉進次郎は再び日本海側に足を向けた。七夕の日の遊説先は、石川県七尾市の能登島(のとじま)。島人口は3,000人余りで、最も多かった頃の半分にまで減ったという。

「能登島に着いたら降り続いた雨があがりました。島の皆さんの暖かい歓迎のおかげですね」

能登島の応援演説も海辺で行なわれ、島の老若男女が集まった。都心部では考えられない距離で聴衆に語りかける。応援する石川選挙区の候補者が見当たらないのは気のせいか…
▼進次郎 in 能登島7月7日(FB)
画像

「能登島の宣伝・PRをすることを、能登島ん(のとじまん)ということで、今日の初訪問をきっかけに能登島の良さを発信していきたいと思います」

この能登島も日間賀島と同じく、絶海の孤島ではない。七尾湾を塞ぐような位置にあって、能登半島と立派な橋で結ばれている。人口は減ったものの、大橋の完成で観光客は増えているという。
▼能登半島と能登島の位置
画像

しかも、今世紀初めに2頭のミナミハンドウイルカが発見され、現在までに5頭が定住。能登島は「イルカの棲む島」として国交省の「島の宝100景」にも選ばれた。観光ネタが当然やってくる幸運な島だ。
▼能登島沖の親子イルカ(国交省HP)
画像

またパワースポットも充実しているという。代表格は、能登島の中心部にある伊夜比咩(いやひめ)神社。平安時代の『延喜式神名帳』に記述される由緒ある神社で、風格と威厳を湛えている。
▼伊夜比咩神社(同島HP)
画像

そして、この伊夜比咩神社の神事のひとつが「向田の火祭」だ。高さ30㍍の大松明が燃え盛るダイナミックな儀式で「日本三大火祭」のひとつに数えられる。

【候補者も船で揺られる選挙戦】

戦国時代に異彩を放った九鬼水軍。その根拠地が三重県鳥羽市の答志島(とうしじま)だ。ここは、海賊大名の二つ名を持つ九鬼嘉隆(くき よしたか)が西軍壊滅の後、逃げ込んで自決した場所でもある。
▼答志島の九鬼嘉隆胴塚(wiki)
画像

乱世の悲劇から413年…自民党の青年局長が7月8日、船に揺られて答志島入りした。鳥羽港から約2.5㌔、1日9便ほどの定期船で結ばれる人口2,500人余りの島だ。

鳥羽の離島は、古くから「海女文化」が根付いたエリアで、答志島の隣にある神島は、三島由紀夫の『潮騒』の舞台として知られる。ヒロインの初江は、我が国で最も有名な架空の海女である。
▼美多羅志神社の変化したご神木
画像

答志島は海水浴客で賑わう他、九鬼嘉隆の史跡を訪ねるウォーキングコースも定番。最近では、島内・美多羅志神社にある龍の形をした椎の木が人気だという。またもパワースポット系だ。

「志に答えてくれる島、答志島。大量の大漁旗で歓迎してくれた島の皆さんの中には、81歳の海女さんも」
▼進次郎 in 答志島7月8日(FB)
画像

ここでは演説会場に大漁旗が張り巡らされた。演説台の正面は、女性陣に支配されている。一方で肝心の参院選候補者の姿がない。データを見ると、一緒に島までは渡らなかった様子だ。

有権者が少ないと知りながら、選挙戦の真っ最中に小船で渡ることが話題性満点なのだが…それを心得ていたのは、翌7月9日、進次郎と航海を共にした滋賀県選挙区の二ノ湯たけし候補だ。滋賀県に離島?
▼候補者と共に船で島へ7月9日(二ノ湯候補HP)
画像

小さそうな船である。2人が向った先は、琵琶湖に浮かぶ沖島だった。人口は約330人と少ないが、淡水湖の有人島は国内唯一で、世界的にも珍しいようだ。そして、どこの孤島よりも離島らしい。

沖島漁協によると島内に自家用車はなく、大抵の家庭がマイボートを所有しているという。住宅エリアは細い路地が多く、最初から車の通行を前提にしていない。
▼沖島の住宅エリア5月(産経)
画像

沖島でも、演説会場は船溜まりだった。ビールケースというギミックに何の意味があるのか不明だが、青年局長の波止場演説も板に付いてきた感じだ。
▼候補を絶賛する進次郎7月9日(二ノ湯HP)
画像

小規模なオーディエンスに対し、数の二ノ湯たけし候補は、報道陣の多さに驚いていた。選挙特番と翌月曜日のニュース&情報番組で「進次郎特集」が放映されるのは確実である。

【竹島にいちばん近い町へ】

「隠岐の島町で「初めてウミウシを頂きました。島の皆さんのお話しを聞きながら、その土地でしか食べることが出来ないものを頂くのが一番ですね。最高の島ごはんでした」

7月10日、小泉進次郎は6番目の島として隠岐の島に上陸した。南鮮が武装占拠中の竹島も住所は、島根県隠岐郡隠岐の島町だ。人口は1万5000人規模、常に竹島奪還作戦の最前線である。
▼進次郎 in 隠岐の島7月10日(FB)
画像

「昨年2月の初訪問で、島の料理を振る舞ってくださった方々も街頭演説に来てくださいました。再会、とても嬉しかったです」

平成22年度から青年局長は毎年、松江市で開かれる「竹島の日」式典に出席。昨年は、式典の翌日に隠岐の島に飛んだ。一連の離島遊説でも隠岐の島は、観光より安全保障に直結している。
▼隠岐の島と竹島の位置関係
画像

大規模災害の救助能力は、国防能力に比例する。古来からの常識だが、我が国では問われることがなかった。それが改めてクローズアップされたのは、2年前の東日本大震災だった。
▼進次郎 in 宮城・大島7月11日(FB)
画像

7番目の島は宮城県気仙沼市の大島。小泉進次郎は7月11日、カーフェリーに乗り込んで島に渡った。雨が降りしきる中、遠く見える大島の山々は濃い霧に包まれていた。

2年4ヵ月前のその日、気仙沼湾は津波にのまれた重油タンクが原因で一帯は火の海となった。海上を伝わって大火がやってきたのが、大島だ。炎は島北部を焼き尽し、高い山の頂にまで達した。
▼北部一帯が延焼した大島(河北新報)
画像

想像を絶した甚大被害であった。

【大災害で島孤立の悲痛な記憶】

「昨年の11月11日以来の大島。島の皆さんが11月の訪問を覚えていて下さって、たくさん温かい言葉をかけて頂きました。雨の中、傘をさしながらのご静聴、ありがとうございました」
▼島民に話しかける進次郎7月11日(FB)
画像

時折激しい雨が降る中での演説だった。それでも会場には約100人の島民が集まり、黄色い声(死語)も飛んだという。演説を終え、島を離れるシーンでは、昭和情緒の漂う波止場の紙テープが登場した。

「昨年11月に続き、今日も紙テープで心温まるお見送りをして頂きました。船が出た後も、見えなくなるまで手を振っていてくれました」
▼大島を離れる進次郎7月11日(日刊スポーツ)
画像

背後にはカメラの放列…熱心に取材を続けているようだ。今でこそフェリーで気軽に往来できるが、それにはしっかりした船着き場が必要だ。大震災直後、大島には小型船も入ることが出来なかった…

孤立した大島に真っ先に到着したのは、海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」だった。陸路支援は不可能、岸壁はがれきで埋まってフェリーも接岸できない。絶望的な孤立状態だ。



近付けるのは「ぶんご」搭載のラバーボートだけだったのである。負傷者の搬送と必要物資の補給は完璧だ。しかし、重機など大型物資の搬入や大規模な救助活動は見込めなかった。

この窮地で、登場したのが米海軍の強襲揚陸艦「エセックス」だ。東南アジア海域での訓練を中断して北上、気仙沼を目指した。そして大島沖に停泊、重機と兵員を満載したLCU2隻を島に向けて放った。
▼大島からエセックスに帰還するLCU(産経)
画像

自衛隊は、水陸両用部隊の編成も装備も欠いていたのだ。ドーン・ブリッツ2013で見られた島嶼防衛の基本部隊である。それらは尖閣奪還作戦だけではなく、離島地域の災害派遣にも不可欠な部隊だ。

過去の教訓は、故意に生かされなかった。誰もが必要性を知りながら、見過ごされていたのだ。離島が大津波に見舞われ、大火災が集落を壊滅させた大惨事…北海道南西沖地震の奥尻島被害である。
▼壊滅した奥尻島の住宅街H5年(朝日)
画像

7月12日、奥尻島で行なわれた震災20年の追悼式。島の小学校で開かれた式典には救助活動に尽力した自衛隊の幹部と共に、小泉進次郎の姿もあった。
▼20周年の追悼式7月12日(FB)
画像

平成5年7月に起きた北海道南西沖地震の犠牲者は230人。その中の198人は奥尻島民だった。本震発生から僅か2分後、高さ30㍍の巨大津波が島を襲ったのである。

「追悼式に出席する前に津波記念館に立ち寄って、時空翔という名の慰霊碑で黙祷をささげました」
▼進次郎 in 奥尻島7月12日(FB)
画像

この日は、選挙応援を目的にした来島ではなかった。20年の節目の日にあわせた離島訪問。静かな祈りのひと時だ。同じ頃、炎暑と豪雨の列島各地では熱い選挙戦が続いていた。

熱狂を遠く離れて、北の海の離島に渡った小泉進次郎。どこか孤独な姿は、今回の特異な選挙応援スタイルを象徴するものでもあった。

そして、選挙戦後半も進次郎の離島巡りは続く。




最後まで読んで頂き有り難うございます
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発となります

banner1

******************
【side story】

エントリ的に続きません。後半戦の島巡りをまとめることはないです。投票箱が開いたら、それどころではないし。

進次郎人気にあやかってアクセス数を増やそうと目論んだ…のではなく、今回のいわゆる「ネット選挙解禁」で、これまでステルスだった選挙スケージュルがどこまでオープンになり、また既存メディアに頼らず、特定候補者らを選挙期間中に追えるか、試してみたのだけれど。進次郎レベルでも限界があった感じ。一番面白い「ちょっとしたアクシデント」が公表されない為か。

都市部の小泉演説は、次々のアップされる一方、島の貴重映像は少ない。動画投稿する人はまだ限られているのでしょうね。離島でもハード面は万全なのに、少しもったいない感じがします。

【今週のベストセラー紹介】

お馴染み西村幸祐さんの新著『「反日」包囲網がアベノミクスを壊す』が、文芸社から発売になりました。サブタイトルにある「トクアノミクスの正体」が同書を貫く問題の根幹です。


「韓国系住民だけでなく、彼らの反日組織がこのように国際ネットワークを志向してるとすれば、『アベノミクス』にとって大きな脅威になる」(141ページ)

第2次安倍政権の誕生以来、既存メディアが何を隠し、何を意図的に書き換えているのか、全体像が見えてくる濃い内容。それは選挙戦最中の今、より激しく行われていることです。

エントリ参照:
□山形県酒田市HP『日本海に浮かぶ不思議アイランド「飛島」』
□鳥羽市HP『鳥羽の離島へようこそ』
□日間賀島観光協会HP
□能登島観光協会HP
□隠岐の島町HP
□http://unimaru.com奥尻島観光協会HP
□参院選2013 自民党青年局長遊説チームFB
□二ノ湯たけし候補ブログ7月9日『選挙6日目は小泉青年局長とともに沖島へ』
□小泉進次郎ブログ24年2月23日『初めての隠岐の島』

参考記事:
■河北新報『証言/気仙沼・大島の津波/伝説の「島三分断」寸前』
■産経新聞5月4日『琵琶湖・沖島の挑戦(下)日常が「スローライフ」観光客呼び込みに活路』
■産経新聞7月11日『人気者走る-自民・進次郎氏“川上作戦”被災地から熱弁』
■東スポ7月11日『「離島、過疎地」回る進次郎氏の計算』
■日刊スポーツ7月11日『進次郎氏離島訪問 ネットより自分の声で』
■産経フォト『第七艦隊密着ルポ「日本は逆境を乗り越える」』

"小泉進次郎と巡る日本の離島…人波避けた“歩く投票箱" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント