チベット春節虐殺の血痕…世界に先駆けた東京発抗議

シナ正月のチベット人虐殺で初の大使館向けデモが行われたのは日本だった。その日も伝えられた新たな焼身抗議の報せ。そして現地からは相次いで虐殺の証拠写真が届く。
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「チッベトの声なき声を代弁して、感謝申し上げます。こうして北京政府に対して抗議してくれる方が居ることは、私たちチベット人が地球から消え去らない為の一番良い方法だと思います」

六本木・三河台公園の抗議集会でペマ・ギャルポ教授は、そう述べた。先約の予定があった中、時間を割いて集会に駆け付けたという。チベット出身者が抱く危機感は外国人が想像する以上に強い。
▼挨拶するペマ・ギャルポ教授2月4日
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ペマ教授の発言は、決して参加者へのリップ・サービスではない。3年前、インド北部マクロードガンジのバス発車場で会った若いチベット僧は、筆者が日本人だと知ると問わず語りに、こう言った。

「私たちは、こんな田舎に暮らしているけれども、日本がチベットを支援してくれていることを知っています」

僧侶の言う「ジャパン」とは日本政府ではなく、一部の日本人有志を指す。4年前の五輪大虐殺を受け、我が国で抗議活動が相次いだことを亡命チベット人はよく知っていた。
▼三河台公園で開かれた抗議集会2月4日
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「頑張れ日本!全国行動委」は2月4日、渋谷駅頭での街宣を皮切りに、都内で抗議活動を繰り広げた。春節虐殺事件が伝えられてから一週間余りの迅速な行動だ。

三河台公園内の集会に続き、デモ行進が午後3時過ぎかにスタート。春節虐殺を受け、中共大使館へ向けてのデモ行進が実行されたのは、世界で初めてだった。
▼六本木駅近くを進むデモ隊列
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デモ行進の参加者は、200人余り。 一昨年の尖閣デモとはケタ違いだが、内政問題に焦点が集まる中、気合いの入った抗議活動となった。 いま中共に抗議せず、いつ抗議するのか…

【“日の丸携行禁止”に猛反発】

デモ行進のコースは六本木駅周辺の繁華街を抜け、霞町の交差点を左折、中共大使館に近い広尾の笄公園がゴール。4年前の最初のチベット支援デモと同じ道筋である。
▼デモ隊列の先頭2月4日
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隊列の先頭には、イリハムさんやダイチンさんらお馴染みの有志と一緒に、アウ・ミン・ユン氏の姿も見える。東トルキスタンや南モンゴルの他、南ベトナム出身者が加わるのは我が国とフランスだけだ。

ちなみにデモ翌日の2月5日は、東トルキスタンで97年に起きたグルジャ大虐殺から15年の節目にあたる。平和的な抗議デモに無差別発砲し、大量拉致を行う中共の手口は今も全く変わっていない。
▼大型の手製プラカードも
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憂国系の自由参加型デモは、抗議者が独自のプラカードを持ち寄っているのが頼もしい。シンプルなメッセージを添えた物から、板を重ねた迫力の労作までバラエティに富んでいる。
▼西麻布付近を進むデモ隊列
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「今日も続く」という表現は真実だ。直ぐ近くの国で起きている現在進行形の殺戮である。そして、デモが開かれた前日にも新たに3人のチベット人が焼身抗議を行った。

新たな抗議が起きた場所は、虐殺事件で緊迫するセルタから北西に約140㌔離れた山間の小さな村。抗議に臨んだのは僧侶でも還俗した者でもない3人の村人で、うち1人の死亡が確認されている。
▼自作プラカード掲げるデモ参加者
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果たして沿道でデモを目撃した人々の何人が、こうした非常事態を知っているのか…最後まで熱いシュプレヒコールが続き、デモ行進は滞りなく終了。混乱が起きたのは、ゴール到着後だった。



所轄の警察署が中共大使館前への国旗持ち込みを制限したことから、水島幹事長が猛抗議。吉田康一郎都議が調整を行った末、やっと日の丸の携行が認められた。所轄の理不尽な規制は相変わらずだ。
▼抗議文投函する水島幹事長
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まず抗議文を読み上げて、これを大使館ポストに投函。その後、各参加者の抗議に移ったが、やはり「5人ずつ」の制限付きだ。全員が終えた頃には既に日が暮れ、冷え込みが強まっていた。

注)以下、ショッキングな写真を含みます

【ダンゴ虐殺の証拠写真届く】

今回の抗議では久々にプラカードを自作。著作の『フジテレビデモに行ってみた!』が話題の古谷経衡さんが手にしているのは、その中の1枚だ。ショッキングな写真で気が引けたが、処理は施さなかった。
▼プラカード持つ古谷さん2月4日
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パネル写真の人物は、1月23日にダンゴ(Drango:炉霍)での抗議中に射殺されたユンテンさん49歳である。中共治安部隊による無差別発砲で頭部を打ち抜かれ、即死した。

現地から海外に届けられた画像をRFAなどが入手し、2月1日までに公開したものだ。ユンテンさん以外にも全身に銃弾を浴びた男性など 写真は複数ある。
▼左腕に被弾したチベット住民(RFA)
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ダンゴ虐殺事件では少なくとも6人が殺害され、40人以上が被弾したことが判明している。負傷者の多くが僧院に運ばれ、治療を受けているという情報は事実だった。

そして、悲劇はこれだけに留まらない。町中での虐殺に続き、中共当局は、抗議参加者らの不当拘束を開始した。現地から情報を得たというインド在住のチベット僧は、こう証言する。

「すでに100人以上がダンゴから連れ去られ、勾留されている」
▼足を撃ち抜かれた男性(RFA)
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繰り返される悪夢のチベット人狩りだ。過去の事例では、直接の銃殺より、勾留時の犠牲者が多い。証言者の僧侶によると、拉致されたチベット人の移送先も特定されているという。

「ダルツェンド(占領名:康定)とタウの間に位置するバメイの刑務所に送られました」

虐殺事件以降、ダンゴの町は中共治安部隊に制圧され、ブラックアウト状態にある。その中、在印の僧侶は、周辺地域のチベット人が情報を得たと語る。
▼ダンゴの中共治安部隊1月24日(RFA)
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ダンゴ周辺のチベット人は、道なき道を往来する遊牧民が多い。街道が封鎖されても、移動ルートは少なからずある。海外に届けられた写真も、そうした経路を辿ったと見られる。

1月23日に起きた抗議と虐殺は他にも存在する模様だ。しかし、中共当局はチベット人狩りの過程で証拠写真や動画の封殺も計り、逆に抗議者の特定に利用しているという。
▼腹部に被弾したダンゴ住民(RFA)
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「たとえ児童でも写真で特定すれば、連行されます」

子供でも容赦しない徹底ぶりの恐怖支配だ。その一方、別のエリアからは、中共の暴虐を克明に捉えた写真が届けられた。

【無抵抗のチベット人を襲撃】

「チベット住民は散り散りになったが、何人かは既に深い傷を負っていた為、逃げることすら出来なかった」

ダンゴの惨劇の翌日、セルタ(Serthar:色達)の町で繰り広げられたチベット人虐殺事件。その一部を撮影した写真が海外に送られ、2月3日に公開された。
▼突進する中共治安部隊1月24日(SFT)
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惨劇が起きたのは、セルタの町中心部だった。抗議を行っていたチベット住民を600人規模の治安部隊員が包囲。無差別発砲で数十人の死傷した。
▼僧侶らを襲う治安部隊1月24日(SFT)
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写真の襲撃場所は恐らく、中心部の広場に接する大通りだ。完全武装の治安要員が追う先には、僧侶の姿も確認できる。そして手前に散らばっている色とりどりの紙のようなものに注目だ。

経文が記された五色の小旗タルチョ。「風の馬」が描かれたものは特別にルンタと呼ばれる。抗議でルンタが撒かれたとの初期情報と写真の情景は一致する。これが1月24日撮影の写真であることは確実だ。
▼治安部隊が男性1人を襲撃1月24日(SFT)
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同じ位置から撮影された別の写真には、引き摺られる1人のチベット男性が映っている。周囲には盾を構える治安部隊員、そして右隅にはレシーバーを握る私服姿の男も見える。
▼引き摺られるチベット男性(SFT)
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連続写真だった。赤い服を腰に巻いたチベット男性が、壁際を延々と引き摺られて行く様子が克明にキャッチされている。この男性に息があるのか…右手の格好が全て同じことから、安否が心配だ。

そして、引き摺っているシナ人は、他の治安要員と異なる制服を着ている。私服ではない。恐らく、特別警察幹部の黒い制服だ。中共当局の幹部自らが無抵抗のチベット人を襲っている証拠写真である。
▼壁際を数十㍍引き摺られた…(SFT)
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別のチベット男性が、同じ塀際で治安部隊員から暴行されるを瞬間を捕らえた写真も公開された。全身泥まみれになった男性の頭部を鉄パイプで殴打している。
▼鉄パイプで殴打されるチベット男性(SFT)
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この男性の安否も判らない。別の写真では、取り巻く治安部隊員の姿が消え、頭を地面に付けてグッタリしている。少なくとも意識はない。その横を平然とシナ人隊員が歩いている…
▼男性は倒れ込んだまま…(SFT)
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セルタから届いた写真は計10数枚。同じ人物がほぼ一定の位置から密かに撮影したもので、「広場が血に覆われた」という虐殺事件の全体像ではない。

だが、ここには武器を持たないチベット人を治安部隊が襲撃する瞬間が映っている。それが「正当防衛」などと主張する中共外交部の嘘を完全に暴き出すものだ。

【ロイターまでが封殺した真実】

貴重な証拠写真は、セルタの情報統制が徹底される中、町を脱出した成都に辿り着いた有志が海外に送ったものだという。危険を顧みず、正に命を賭けて虐殺事件の真実を世界に伝えたのだ。

ところが国際メディアは横並びで証拠写真を無視した。銃殺されたユンテンさんを含むダンゴの写真も同様だった。ロイターは、その写真を確認したものの取り扱わなかった。
▼ダンゴで銃殺されたユンテンさん(RFA)
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「撮影者の同意が得られない」

チベット人作家のウーセルさんが追及した所、ロイター側はそう言い訳して活用を拒んだという。余りにもフザケた対応だ。明らかな封殺である。

先月から始まった春節虐殺に関して、我が国の報道機関と異なり、国際メディアはスペースを割いて詳細に報じている。しかし、中共当局に配慮して妙な規制を敷いているかのようだ。
▼セルタの虐殺部隊1月24日(SFT)
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時事通信は新たにHPで「チベット緊迫」と題した写真特集を組んだ。少し期待してチェックしたところ、そこに掲載されていたのは、成都市内の写真だけだった。

参照:時事通信『チベット緊迫 写真特集』

同じ四川省でも占領地のアムド地方とシナ人都市・成都は別世界である。しかも写真は時事通信のカメラマンが撮影したものではなく、提携するAFP通信の引用だ。話にならない。
▼成都の武装警察官1月27日(AFP=時事)
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現地に入らずとも、中共当局が現場エリアを封鎖している事実を伝えるだけで受け手は事態の深刻さを推測できる。それすら、しないのが既存メディアの限界だ。

春節虐殺を受け、現地への突入を試みたのはCNNだけである。1月末、取材を敢行しようとしたCNNのクルーは、拘束された上に映像の一部を没取された。それだけも報道の価値がある。



ダンゴ・セルタに続き、1月26日にはザムタンでチベット住民の抗議行動があった。その映像をRFAが入手して報道したが、他のメディアが流すことはなかった。



解像度から、この動画は携帯電話の附属カメラで撮影されたものだ。こうしたガジェットや通信環境の進化は、驚くほど速い。僅か数年前には考えられなかった状況が出現している。

「アラブの春」で鍵を握っていたSNS。一気に拡散した情報にメディアが気付くまでにはタイムラグがあった。後手後手だったのだ。一部の人々は、余計なフィルター付きのメディアを必要としなくなった。
▼デモ行進の自作プラカード2月4日
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米国のチベット支援団体は、セルタから届いた写真をHPで配布している。最早メディアに頼らず、ネットユーザーによる“勝手な拡散”に任せているのだ。

参照:SFT「Full series of low resolution images are available for download」

進化のスピードに付いて行けなくなっているのが、世界各国のメディアだ。蛇足の論評も分析記事も要らない。フレームの中に納められた真実があれば良い。



今よりも更に個の情報拡散能力が高まった時、既存メディアは静かに役割を終える。それはアラブの独裁国家がそうであったように、中共が自壊する時でもある。



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参考記事:
■ICT『Photos of Tibet crackdown emerge from scene of recent shooting』
■RFA2月4日『Three Tibetans Self-Immolate』
■ロイター2月6日『中国でチベット族3人が焼身自殺図る、1人死亡=報道』
■AFP2月4日『China hit by more Tibetan self-immolations: reports』

■パユル2月2日『China arrests 100 Tibetans on protest charges』
■RFA2月1日『100 Tibetan Protesters Held』
■CNN1月31日『CNN crew detained amid Chinese Tibet crackdown』
■CNN1月31日『チベット族居住地域で衝突続く、取材陣は空港で拘束 中国』
■日経ビジネス2月1日『今チベットで何が起こっているのか知ってほしい抗議デモへの無差別発砲に日本政府は沈黙(福島香織さん)』

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