北京のフリー・チベット…決死のハンストが再開

中共が蒼ざめた鳥の巣クライミング抗議。SFTは欧米でも同時抗議を実行していた。一方、デリーでは決死のハンストが再びスタート。8月8日、世界は「フリーチベット!」に包まれる。
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8月7日、ロンドン・シティ空港では、北京から帰国した若い女性をメディアが待ち構えていた。ルーシー・フェアブラザーさん、23歳。

前日6日の早朝、北京のメーンスタジアム鳥の巣近くで、痛快極まりない抗議を実行したメンバーの1人だ。アクションの後、公安当局に拘束されたが、直ちに強制出国処分。フランクフルト経由で本後に戻った。
▼空港に到着したルーシーさん(AFP)
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実弾装備の兵団に守られたオリンピック。特に各国首脳を掻き集めた「政治の祭典」が開かれる鳥の巣周辺は、二重三重の警備態勢が整えられているハズだった。しかし…

米国、英国籍の男女4人で構成されたSFT(スチューデンツ・フォー・ア・フリーチベット)のチームが、まさかの抗議にチャレンジ。見事、成功した。
▼鳥の巣前2枚目の垂れ幕(SFT)
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腰に大きな雪山獅子旗を付け、ロープを頼りに、よじ登ったのは、高さ35メートルを超える照明ポール。しかも、2人のクライマーによる同時行動だった。灰色の北京に翻った垂れ幕は、2枚。

「ONE WORLD、ONE DREAM、FREE TIBET」
「TIBET WILL BE FREE 西蔵自由」

▼垂れ幕を掲げるSFTメンバー(Guardian)
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世界中のチベット支援者が、この快挙に拍手を送ったのは間違いない。一方、警備責任者にとっては南モンゴルの別荘がちらつく程の“大失態”だ。

いったい、どれ位の時間、このスローガンが掲げられていたのか…

【報道陣も連携…世界に映像速報】

新華社などは、僅か12分程度の抗議だったと説明。一方のSFT側は1時間だと明かす。どちらが正しいのか…
▼はしご車が接近して抗議中止(Guardian)
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公安がやって来て垂れ幕を排除したのは、午前6時頃のことだった。新華社は、午前5時47分に、2人が登って垂れ幕を掲げようとした、と報道。しかし北京五輪組織委の担当者は、こう明言している。

「警察当局が午前5時ごろ通報を受けた…」

やはり、かなりの長時間に渡って、北京中央に「フリーチベット」の巨大文字が飾られていたようだ。市民に偽装した監視員を含めると、数十万人規模に達する警備態勢。それは開幕2日前でも隙だらけだった。メンツ丸潰れである。

抗議の最中、公安より早く海外メディアが駆け付け、ビデオカメラで撮影すると同時に、携帯電話で会話も交わしていた。
▼抗議中に携帯で会話する記者(Guardian)
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「そこで何をしているんですか?」

「今はチベットにとって大切な時ですから…北京五輪はチベットの人権問題を隠すプロパガンダに使われています」


会話の相手は、直後に瞬間映像を公開した英ガーディアン紙の記者と推測される。SFTの用意は周到で、実行前に、それとなく漏らしていたのだ。映像は、SFTメンバーが公安に連行されるまでを克明に記録している。
動画:Guardian8月6日『Olympics: Britons and Americans held over Tibet protests』

映像での記録は、抗議が闇に葬り去られることを防ぐ為でもあり、実行メンバーを守る為でもある。巨大権力に媚を売ってサラリーを得る我が国の反日ジャーナリストには真似できない姿勢だ。

【批判を恐れて直ちに強制送還】

この垂れ幕抗議をチベット人が行えば、公安にリンチされたうえ「国家転覆罪」で長期投獄。家族も半永久的に監視対象となる。しかし、外国人は別だ。特に、本国政府が猛抗議して来る米国・EU諸国籍の者は、慎重に丁寧に扱う。

それが、チベット人に代わって外国人が先頭に立たなければならない最大の理由だ。我が国の場合は微妙だが、欧米各国のパスポート所有者は、比較的“安全圏”にいる。
▼連行されるルーシーさんら(Guardian)
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実際に、映像を見ると拘束の模様は穏やかだ。公安が日頃のうっぷん晴らしに殴る蹴るの暴行を加えることはなく、手錠はおろか、身体にも触れないよう慎重に公安車両へ“ご案内”。

中共側は、彼らを不当拘束し、更に暴力行為でも発覚したら、世界中から「百倍返し」で猛クレームを受けると承知しているようだ。その為、悔しさを噛み締めながらも、速やかに国外強制退去。ロンドンに戻ったルーシーさんの他、3人の男性メンバーも帰国の途に着いた。
▼帰国後、取材陣に答える2人(Getty Images)
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SFTは、サンフランシスコで行われた4月のシナ棒回しの際も、金門橋作戦を実行。2枚の横断幕を掲げることに成功した。同じクライミング技術を駆使したもので、危険と隣り合わせの抗議だ。
▼金門橋に掲げられた横断幕4月(AP通信)
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また、1年前の8月7日には万里の長城作戦を実行して、喝采を浴びた。英国拠点のFTC(フリー・チベット・キャンペーン)も関わっていたが、この時はSFTのラドン・テトン代表ら8人が拘束される事態となった。
▼万里の長城作戦2007年8月(SFT)
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一時、連絡不通で安否が気付かわれたものの、強制送還措置で2日後に香港に到着。関係者をホッとさせた。ちなみに、この作戦に先立って、チョモランマで世界最高度抗議を実行したのもSFTだった。
▼チョモランマ作戦2007年4月(SFT)
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今回の鳥の巣抗議は、中共支配エリアで3回目となるアクション。欧米観光客の大量入国でチェックには限界があるのか…SFTメンバーが厳しいマークをすり抜けて入国できたのは、幸いだった。

そして、この日行われたクライミング抗議は、北京だけではなかった。

【SFT波状抗議…カナダでは大使館突入】

8月6日、ロンドンのテムズ川に架かる橋にも「フリー・チベット」の垂れ幕が掲げられた。北京の抗議をフォローするもので、実行したのはSFTのメンバー4人。同じようなスタイルでポールに登り、幕を広げた。
▼テムズ川沿いに掲げられた垂れ幕(SFT)
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SFTのスポークスマンはBBCの取材に、こう答えている。

「この重大な時、中国支配下のチベットにも五輪のスポットライトが当たることを願う」

またカナダの首都オタワの中共大使館でも6日、抗議活動が行われ、五星紅旗が翻るポールの隣に「フリー・チベット」の垂れ幕が結びつけられた。
▼オタワ中共大使館前の抗議8月6日(ロイター)
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同団体のWebサイトでは紹介されていないが、このクライミング抗議もSFTの関係者と見られる。この時、大使館前にいた男性が着ているTシャツには、SFTのネームがしっかり刻まれていた。
▼オタワ中共大使館前で抗議する男性(ロイター)
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北京を皮切りに、欧州、北米へと抗議の波が移動した格好だ。また、サンフランシスコの中共領事館にも複数のチベット支援者が突入し、女性が最上階から2階テラスに転落、ケガを追う事態も発生している。

カトマンズを除き、大地震以降、中共大使館への抗議は自粛ムードだったが、五輪開幕を前に一気に復活した。
▼マクドナルドに雪山獅子旗8月7日パリ(AFP)
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シナ棒回し抗議の先駆者となったRSF(国境なき記者団)は、開会式当日にスイス・ローザンヌのIOC前をはじめ、パリ・ロンドンなど主要都市の中共大使館前で抗議を行うよう呼び掛けている。

そして、イスラエル人男性の提唱した「キャンドル・フォー・チベット」も、予定通りインドから始まった。開会式に多くの目が注がれる中、チベット支援の声は確実に地球規模で広がるだろう。
▼独のキャンドル・フォー・チベット(AP通信)
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手放しで喜んでばかりはいられない。デリーではチベット難民による「死のハンスト」が再び始まってしまった…

【松原仁議員がハンスト現場で激励の快挙】

7月28日、インドの首都デリーで、五輪開催に反対する無期限のハンガーストライキが始まった。

「600万人のチベット人の苦しみを代弁する」

ハンストに突入したのは、僧侶を中心にした6人の若い男性だ。水分も補給しないと宣言。デリーは雨季に入っているが、日中の暑さは過酷だ。数日で確実に生命の危機に直面する。
▼ハンスト抗議する僧侶3日目(Phayul.com)
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現地から届く写真からは、日に日に衰弱する様子が伝わっていた。極めて深刻な状態…彼らの目標は、五輪開幕にあわせて死ぬことにあるようだった。

覚悟のハンストが7日目に入り、衰弱がひどくなった彼らを激励に訪れた日本人がいた。松原仁衆院議員だ。我が国のメディアが伝えることはなかったが、Phayul.comが写真入りで報じている。
▼報道陣に囲まれる松原議員(Phayul.com)
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参照:Phayul.com8月3日『Conditions deteriorate as TYC hunger strikers complete a week』
8月3日のことだった。日本の国会議員の登場は、驚きだったようで、多数のメディアが取り囲んでいる。記事では説明されていないが、松原議員の左隣はペマ・ギャルポ教授に見える。松原議員はインタビューに、こう答えていた。

「オリンピックは単なる競技会ではありません。それは世界の平和と調和の為の機会なのです。ホスト国は、平和と調和、民主主義と人権を支えて、初めてホスト国としての資格を得られるのです」

堂々たるコメント。国士・松原仁、快挙である。絶賛してやまない。
▼ハンスト8日目診察する医師(Phayul.com)
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そして、この訪問の2日後、ついにインド当局が介入する。

【10年前に起きたハンスト悲劇…】

ハンスト突入9日目の8月5日、現場を取り囲んだ警官隊約500人が、強制排除に乗り出した。周囲のチベット人が抵抗して大混乱に陥る中、80人以上を逮捕・連行。衰弱した6人を病院に搬送した。
■警官隊がハンスト抗議現場に突入

これで犠牲者が出る恐れはなくなったが、翌日、別の6人が再び無期限ハンストを宣言。新たにインド人女性も加わった。北京の抗議が行われたその日のことだ。

果たして、今回もインド当局が介入して幕となるのか…
▼再開されたハンスト抗議の参加者(Phayul.com)
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死を覚悟したハンストは、ちょうど10年前の98年にも行われた。国連にチベットに目を向けるよう求める必死の持久戦だ。この時も警官隊が突入したが、予想もしなかった悲劇が起きてしまった。

「ダライ・ラマ法王万歳、チベット万歳」

支援者の1人は、そう叫ぶとガソリンを浴びて焼身自殺を図った。大勢がいる目の前での出来事。直ぐに病院に運ばれたが重度の火傷で、翌々日に息を引き取った。

トゥプテン・ングゥドゥプさん、享年60。
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かつては僧侶だったが、1959年のラサ蜂起、それに続く弾圧激化で人生が変わってしまった。法王猊下を追ってインドに亡命。還俗して軍人となり、バングラデシュ独立戦争に参加。退役後は、寺の料理人として働いていたという。

この悲劇は、チベット世界に大きな衝撃を与えた。法王猊下は、暴力的だとしてハンストに否定的だったが、ングゥドゥプさんの死を受けて緊急声明を発表する。

「私は彼らの方法には同意しないが、これらのチベット人たちの動機と決意を大いに賞賛する。彼らは、個人的な目的のためではなく、600万チベット人の権利と、その文化の存続のために死のうとしていたのだ」
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それから10年が経った。何か、チベット人にとって救いになる変化はあっただろうか…むしろ、状況は悪化している。国際社会は圧倒的に無力だったのだ。そして虐殺五輪に拍手して中共の侵略・支配に新たなお墨付きを与えている。

チベット人600万人の権利とチベット文化存続を訴え、死を覚悟した者たちが居ることに、目を閉ざしてはならない。

華やかな祭典の陰に、薄暗い監獄の中で喘ぐ人々が居ることを忘れてはならない。


  〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
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【Side Story】
死のハンストを決行しているのは、TYC(チベット青年会議)。中共当局は、過激独立運動グループであるかようなプロパガンダをまき散らしますが、真正面から公然と世界に訴えかける組織です。

大虐殺発覚後、朝日新聞はTYCをテロ組織として警鐘を鳴らす特集記事を掲載しました。唐突な中傷記事でしたが、その後、中共がTYCを名指し非難することで漸く理解できました。北京に先回りする形で、印象操作に加担していたのです。

■中級とタッグを組んで虐殺支援を進める朝日新聞について徹底追及した本が8月7日に発売されました。政治ブログでもお馴染みの拓大研究員・岩田温さんの労作『チベット大虐殺と朝日新聞』です。
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オークラ出版8月7日発売1,575円

昭和20年代から朝日新聞がチベットをどう論じてきたか…社説・記事を元に分析。浮かび上がるのは、完全にバランスを欠いたチベット暗黒論で、中共の侵略を問答無用で擁護しています。

「『共産主義イデオロギーに囚われた狭いイデオロギー的見地』から書き殴られた一連の朝日記事は、実に悲惨なものであり、人間ここまで堕ちるのかといわざるをえない」(80ページ)

まったく、その通りで朝日新聞は、間接的な虐殺行為に手を染め続けているに等しいでしょう。ジャーナリズムとは無関係の犯罪支援です。

また第二部では、中華イデオロギーに侵略性質にも踏み込む一方、あの4・26長野シナ人擾乱も現地取材によるルポ形式で取り上げています。

■チベット専門家の長田幸康さんが、98年のハンスト悲劇について全容をまとめています。発端は何だったのか、決死の抗議にUNがどう対処したのか、詳細を伝えています。

『10年前、ひとりのチベット人が自らの体に火を放った』

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