金正日出現の疑心暗鬼…均衡を失った米中朝

お髭のボルトンがヒルとライスの冒険に警鐘を鳴らす。それはいつか来た道なのか…一方9ヵ月ぶりに金正日が要人との会談に出現。恒例の集合写真には異変の兆しが刻まれていた。
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「Pyongyang Pussyfooting」

それが7月3日付け米WSJ紙にボルトン前国連大使が寄稿した論文のタイトルだった。ブッシュ政権の中枢から弾き出された対北強硬派の中で、お髭のボルトン前大使は今でも提言を続け、度々強く警告している。

Pussyfootは「猫のようにそっと歩く」「のらりくらりする」といった意味合いがあるが、ボルトン論文を産経新聞の古森義久論説委員は「平壌の忍び足」と訳した。

現ブッシュ政権の北朝鮮外交に対するボルトン前大使の非難は痛烈だ。対北政策は官僚と学者にジャックされ、欠陥だらけの宥和政策だと詰る。

「北朝鮮政策に関する限り、ブッシュ政権はもう終わってしまった」
▽1月都内で講演するボルトン前大使(共同)
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ボルトン前大使が、不快感を持っているのは6月21日のヒル次官補の電撃訪朝だ。それは決定的なミスだと言い切る。

「訪朝を許容したことは、既存の対北政策の後退であると同時に、米朝間の両者会談を追求したクリントン時代への完全な復帰を意味する」

北朝鮮を絶対に信用のならない相手とするのがボルトン前大使の基本スタンスだ。そして、平壌は優柔不断な態度を見せつつ、時間稼ぎを図ると強く訴えている。即ちPussyfootingである。

その先にある北朝鮮の狙いを解くキーワードが「クリントン時代」だ。

【米国務省柔軟路線の黒幕とは…】

「金正日政権はゆっくりと時間を引き延ばしながら、2008年の大統領選挙で、また別の“クリントン時代”が到来するのを待っているだろう」
▽WSJ紙ボルトン論文の風刺画
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対話のチャンネルを開き、国交正常化の直前まで達したのがクリントン政権下の対北外交だ。その反省から強硬路線に転じたのが初期のブッシュ政権だったが、核実験強行を引き金に対話路線にシフトした…

ボルトン前大使は来年末の米大統領選挙で民主党政権が誕生するという前提で警告を発している。そして、その予想は平壌も同じだと訴える。6月下旬に行なわれたAFP通信とのインタビューでは、こう明言していた。

「現米政権の後に、より軟弱路線の政権が誕生することを期待している。資金問題で米政府はいくつもの譲歩を見せた。(略)今後、交渉する相手が変わることを期待する北朝鮮にとっては、よい予兆を与えてしまった」(AFP6月25日)
▽3月の“ボルトン予言”(ANN)
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北朝鮮が交渉を引き延ばし、ブッシュ退陣後に勝負を賭けると見ているのだ。そしてWSJ紙の論文では、ライス-ヒル外交の黒幕を暴露している。

ボルトン前大使によれば、現在のヒル次官補の対北柔軟外交は、リチャード・ホルブルック元国連大使に助力を得ていると明かす。ホルブルックは90年代半ばボスニア特使などを歴任した切り札。カーター政権下では今のヒルと同じ国務次官補の役職にあった。
▽リチャード・ホルブルック元大使
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更にヒラリー政権誕生の暁は国務長官に就任するとも囁かれているキーパーソンだ。

ヒル次官補が90年代末の米朝融和をトレースするかのような動きを続けているのも納得できる。訪朝後にヒル次官補は米中南北の4ヵ国協議をブチあげたが、それもクリントン時代末期にジュネーブで進められていた枠組みに近い。
▽2000年オルブライト訪朝(朝鮮日報)
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しかし、オルブライト訪朝で頂点に達した対北融和政策は、ミサイルと核技術を進歩させ、金正日政権を盤石にしただけで何の効果を生み出さなかった。

ボルトン前大使は、当時の反省を踏まえて警告しているのだ。それは米国が選択する“安易な道”でもある。

【8月1日にも外相6人が勢揃い】

次期6ヵ国協議の予定が整ってきた。韓国メディアが小出しにしている情報では、7月中旬に開催が見込まれているという。

北の核関連施設の稼働停止を待たず、韓国は見返りの重油5万トンの第1次便を12日に出航させる。その船が北の港に到着するのは2日後で、それが再開のタイミングになると予測している。
▽北京入りした千英宇(AFP)
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韓国の動きは素早く、首席代表の千英宇が5日夜に北京入りし、中共側との調整をスタート。北朝鮮の軟化を捉えて、一気にコマを進めたい意向だ。

ただし、次期6ヵ国協議での劇的な進展は見込まれず、あくまでも主眼は6ヵ国外相会合にある。いよいよライスの登場だ。

8月2日からマニラでARF(アセアン地域フォーラム)が開催される。当初は、この国際会合と平行して各外相が参集すると見られていたが、その前に開催される可能性も出てきた。
▽米ロ首脳会談でのライス長官7月1日
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場所は北京。ライス長官のアジア歴訪を前倒しにして8月1日に行なう線で検討され始めているようだ。そこで米国がどのような球を投げるのか見えていない。我が国の外交当事者も慎重に身構えているだろう。

タイミング的には参院選挙の投開票直後となる。安倍-麻生-谷内のトロイカ外交が機能するかどうか微妙な情勢だ。しかし一方で、ボルトン前大使の予測に従えば、北朝鮮は早急に対話を前進させず、Pussyfootで時間稼ぎを行なう可能性が高い。

米国務省の性急な方針を平壌は見透かしているに違いない。そして、米朝の急接近に警戒感を抱いているのは、我が国だけではなく、中共も同じだ。

【格下の顔合わせに金正日が出現】

影の薄い中共の外相・楊潔チの平壌訪問は儀礼的なものと見られていた。7月2日からの楊外相の訪朝は3ヵ国外遊の一環で、特使のような役割を担うものではなかった。
▽平壌入りした楊外相(AP)
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予定されていたのは、同じく外相に就任して間もない朴義春(パク・ウィチュン)との会談で、新外相同士の顔合わせ程度と予想されていた。

ところが7月3日、金正日が姿を見せ、会談が実現。意外な展開に中共側も大きく報道したようだ。確かに、想定外の金正日出現である。
▽姿を現した金正日(新華社)
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中朝は共に一般の国と異なり、党のランキングを絶対視する。党序列1位の金正日にとって中共外交部のトップなどは比べる必要もない格下だ。通常であれば、まず姿を見せることはない。

楊外相は胡錦濤から金正日の親書を携えていたというが、それも正式な文書ではなく「口頭親書」だった。簡単に表現すれば、口で言ったメッセージ。挨拶レベルの内容である。

金正日の出現は、最近噴出していた重病説を払拭するためのパフォーマンスだったと考えられる。

重病説・極秘手術説の出元は日米英3ヵ国だった。『週刊現代』が6月8日に報じたのを始め、その2日後には英テレグラフ紙が報道。更に6月14日に米ブルームバーグが東京発の記事で続いた。
▽『週刊現代』の重病説記事
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ありがちなディスインフォメーションだが、その情報噴出は金正日の耳にも届いていただろう。この機会にも姿を隠せば、憶測を裏書きしてしまう。

韓国メディアは以前の写真と比較して、やや痩せた点を指摘していたが、数枚の写真から実際の体型を論じるのは無理がある。また影武者説も真しやかに囁かれるようになったが、登場したのは本物だ。
▽笑顔で迎える金正日(朝鮮日報)
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金正日の身体的な特徴を、中共とロシアは知り尽くしている。謀略好きの北朝鮮でも、こうした外交舞台で偽者を出すような下手は打たない。

一方で、金正日の出現は、中共との微妙な距離を示していた。

【唐家セン訪朝時との温度差】

中共当局は、6月のヒル電撃訪朝に嫌悪感を抱いたと考えられる。平壌入りは北京空港から定期便で飛ぶルートが一般的だ。ところがヒル一行は、北京を避けるようにして韓国からダイレクトに降り立った。

金正日政権の手綱引きが、中共から米国に完全に移ったことを示す、シンボリックな移動パターンだ。これまでホスト役、そして地理的な中継地の役割を担ってきた北京にとっては、面子が潰された格好である。
▽電撃訪朝したヒル次官補(ロイター)
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格下の新外相訪朝に敢えて姿を見せた金正日。中共メディアは写真入りで大きく報道し、歓迎する素振りを見せたが、実際には礼を尽くしたものではなかった…

金正日が外国の高官・要人と会見したのは、実に昨年10月のあの唐家セン訪朝以来の出来事だった。中共指導部との会見では記念写真を撮るのが恒例だが、以前との大きな違いが見受けられた。

まず唐家セン訪朝時の記念ショット。
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金日成バッジを付けた北高官は3人。前列左2人目に姜錫柱、中段真ん中に金永日、そして前列右隅に金桂冠。合計26人の大所帯である。しかし、今回の記念写真では…
▽7月3日の集合記念写真
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半数の13人しかいない。バッジを付けているのは姜錫柱だけだ。唐家センとの格の違いはあるが、楊外相のカウンター・パートナーである朴義春外相でさえ、写真から漏れている。小ざっぱりした印象だ。

【均衡を失った時が激動の入り口】

会談で金正日は「中国は核問題解決に向け尽力している」とリップサービスを忘れなかったが、その口で、こうも発言している。

「中国と緊密に意思疎通を図り、協力を強化することを希望している」

中共サイドとの意思疎通は滞りがちのようだ。関係する大国の間を行ったり来たりしてパワーバランスを巧みに利用するのが北朝鮮の外交術である。現在は意図的に中共と距離を置いているように見える。
▽楊外相と金英逸新首相・中央(AP)
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また金正日は4月の人事異動で、中共と関係が深かった朴奉珠(パク・ボンジュ)首相を更迭。シナを度々訪れていた義弟の張成沢(チャン・ソンテク)も政権中枢から追放していた。

新たに外相に任命された朴義春もロシア大使を務めた人物で、親中共人脈が削られているのは明らかだ。北京にとっては好ましくない状況が続いている。
▽朴義春外相7月2日(AP)
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朝鮮半島情勢は、米朝2国間で問題を片付けられるほど生易しいものではない。隣接する大国との微妙なバランスの上に立っている。それが半世紀以上も北朝鮮が延命した理由でもある。

果たしてボルトン前国連大使が懸念するように、米国務省の思惑通りに事が進展するのか…それを中共とロシアは挙手傍観するのか?

従来のバランスを失うことは、それ自体が激動を招くトリガーとなる可能性を孕んでいる。


     〆
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参考記事:
イザ7月5日『ブッシュ政権の対北政策を非難 ボルトン氏』
デイリーNK7月5日“ブッシュ政権の対北政策は事実上終わった”
AFPBB6月25日「北朝鮮外交」で成果狙うブッシュ政権

東京新聞7月4日『金総書記が履行表明 核施設停止 中国外相と会談『初期措置は義務』

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