赤い龍に呑まれる香港…一国二制度の“高度な統治”

閲兵式にはカーキ色の人民服で登場。返還10周年で胡錦濤が香港を初訪問した。名ばかりの「高度な自治」…そして「一国二制度」の実験場は、巨大な龍の胃袋に納められつつある。
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世界の目が注がれた香港の返還。各国からメディアが参集し、我が国でも各局横並びで生中継、そして“世紀の瞬間”を見ようとホテルは観光客で埋め尽くされた。

その日から10年。

7月1日、香港ではパレードやサッカーの特別試合など返還10周年を記念する様々な式典が行なわれたが、そこで“主役”となったのは北京からやってきた胡錦濤だ。

中共による統治の実績を強調する政治ショーの色合いが濃厚だった。
▽香港を初訪問した胡錦濤(AP)
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胡錦濤は6月29日から2泊3日の日程で香港を訪問。歌謡イベントへの参加や、卓球を披露するなど温和なイメージを掻き立てる一方、軍の閲兵式にも姿を見せた。

海軍基地に足を踏み入れた胡錦濤は、カーキ色の人民服を着用。中央軍事委主席としての閲兵である。30日午前に行なわれた閲兵式には陸海空1,900人の兵員が参加。統帥権者としての威厳を示した。
▽閲兵式に臨む胡錦濤(ロイター)
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英国軍撤収後、香港には3,000人規模の中共軍兵力が展開。普段は市民と隔絶しているが、この日は戦車隊やヘリの編隊が登場した。

97年、香港では返還時に中共軍の戦車隊が国境エリアから列をなして進行して来るとの噂が飛び交った。第二次天安門事件の記憶はまだ新しく、赤軍を忌み嫌う市民も多かったのだ。
▽香港駐留の中共軍(AP)
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返還後には中共軍が不穏な動きをすると警告する者もいた。それは杞憂だったが、一方で、期待も裏切られた。

【抗議デモの自由は生きているが…】

記念イベントに平行して香港中心部では、複数のデモも敢行された。それらは法輪功、天安門広場事件告発、普通選挙実施要求の3種に大別できる。
▽抗議を行なう法輪功グループ(ロイター)
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集団で座り込みをしているのは、法輪功のグループ。お祈り部隊はは胡錦濤が宿泊するホテルの前まで進出し、抗議のデモンストレーションを行なった。

過激なパフォーマンスを繰り広げたのは、天安門事件糾明と拘束者の釈放を叫ぶ一団だ。黄色のハンマーとクワには「中共末期満清皇朝」と書かれている。
▽天安門事件糾明を訴えるデモ(AFP)
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中共政権と清朝の末期を並べて非難しているのだろう。六四真相を訴えるデモは各地で悶着を起こしだが、よく見ると同じ人物ばかりだ。

長髪の男性は、立法会議員の梁国雄氏で毎度、過激なデモ活動を繰り広げる常連。どの程度の広がりを持った運動なのか少々疑問だ。
▽人形を使った抗議パフォーマンス(AP)
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それでも派手な抗議は、香港では言論活動が不自由になっていない現状を証明している。

市民参加型のデモは7月1日、7万人近くの市民を集めて行なわれた。普通選挙を求める示威行動だ。主催者発表の6万8,000人に対し、警察発表は2万人と極端な開きがあるが、コースは人波で埋まった。
▽普通選挙実施要求7万人デモ(ロイター)
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普通選挙を求めるデモは2003年度50万人を超える規模で行なわれた。それに比べると今年のデモは小粒だっが、昨年よりは参加者が増加している。

香港市民が北京に煮え湯を飲まされたのが、この普通選挙実施問題だ。

【中共に配慮した7万人デモ】

1997年7月、香港が英国の統治領を離れるにあたって、北京が約束したことがあった。それが返還のキーワードである「高度な自治」だ。

返還当時に制定された香港基本法は、その後50年間、一国二制度として香港が「高度な自治」を保つことを定めた。返還にあたっての保証措置だった。

香港の議会にあたる立法会の議員60人のうち、直接選挙で選ばれるのは半数の30人。残りの議席は金融界など各種団体800人の選挙委員会メンバーによって選出される。この選挙委員会の殆どが親中派。
▽曽蔭権行政長官・右(AFP)
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徐々に直接選挙枠を増やす約束だったが、北京政権は民主派に主導権が奪われるのを恐れ、先延ばしにしている。デモが呼びかける普通選挙の実施は、直接選挙枠拡大の先にある最終的な目標だ。

7月1日のデモにはカソリック教徒の多い香港で影響力を持つ陳日君・枢機卿などが参加し、注目を集めた。しかし、このデモには制約があった…
▽普通選挙実施要求デモ(AP)
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スタートしたのは、メーン・セレモニーが滞りなく終わった午後2時から。デモが始まった時、胡錦濤はすでに香港を離れていた。胡錦濤の滞在にぶつけず、北京に配慮した結果だ。

この日のセレモニーは、3月に再選された香港のトップ曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官の就任式を兼ねていた。曽蔭権は反北京色の濃かった香港政庁出身だが、今ではすっかりシナの犬に成り下がっている。
▽卓球の腕を披露する胡錦濤(ロイター)
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29日に胡錦濤はピンポンの腕前を披露したが、その際、側で観戦していた曽蔭権は胡錦濤がスマッシュを決める度に歓声を上げ、ヨイショ連発だったという。判り易い媚中派だ。

【香港を覆う“高度な統治”】

「一国二制度が完全に正しいことが証明された」

式典で胡錦濤は、そう自画自賛した。その一方で、こうも語っている。

「一国はニ制度の必須条件。一国とは、中央政府が付与した権力を一方が支持しなくてはならないことを意味する」
▽式典での胡錦濤・右隅(ロイター)
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香港の資本主義体制を守ることが「一国二制度」の肝だが、大陸シナが、なし崩し的に市場原理を取り入れる中、制度の違いは益々曖昧になっている。北京の影響力は高まる一方だ。

元々「一国二制度」は、トウ小平が台湾併呑を睨んで提唱したものと言われる。香港の変化を慎重に見極めているのは、その台湾だろう。
▽トウ小平=蝋人形と大紅旗(ロイター)
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先月末、台湾で対中政策を担当する行政院大陸委員会の主任委員は、一国二制度の現状を、こう批判した。

「強権独裁国家に自由社会は実現できない。香港の自主性は、民主化によってのみ守られる」

さらに「高度な自治」は「高度な統治」に変質していると指摘した。鋭い表現だ。「一国二制度」は過渡期のシステムで、最終的には一制度を目指す。「高度な自治」など端から詭弁だった。
▽普通選挙要求の小旗を持つこども(ロイター)
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返還から10年、香港が体験したのは徐々に骨抜きにされる「自治」だった。言論・表現の自由はまだ命脈を保っているが、真綿で首を絞められるように、香港は大陸に呑み込まれている。

一部の識者は10年前、香港返還は自由な空気を大陸に送り込み、北京を揺るがす事態になると説いた。だが、それ程、中共政権は甘くはなかった。この10年間、事態はほぼ北京の思惑通りに推移してきたようだ。

もう一つ、香港に解くうえでのキーワードがある。「縁辺化」だ。

【香港の運命を決めるカウンター】

特色なく取り残される…「縁辺化」とは香港が広大なシナ大陸の周辺都市と化すことを意味する。

東西冷戦時代、そしてシナが巨大後進国だった頃、香港は大陸に接した輝ける国際都市であった。金融や流通部門のみならず、娯楽産業といった文化面でもアジアで一歩抜きん出た存在だった。

しかし、この10年でその輝きは驚くほど失われてしまった。
▽九龍サイドから見る香港島(AFP)
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金融ハブとしての役割こそ変わっていないものの、物流ではシンガポールにあっさり抜かれ、産業も空洞化。地盤沈下は激しい。経済状況は、シナ沿岸部の高成長を受けて好転しているが、それもバブル的な色合いが濃く、基盤は脆弱だ。

一番の変化は国際社会が香港を忘れ始めたことだろう。

97年の返還式典には、チャールズ皇太子を始めブレア首相も参列したが、今回の10周年式典には英国政府高官は1人も招かれなかった。もちろん英国は追い出された元宗主国だが、意外だったのは英国内の動きだ。
▽英ウェンブリーのコンサート会場(ロイター)
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7月1日、英国ではダイアナ元妃を追悼する大規模なコンサートが行われ、英国民の耳目を集めた。更に英国内はテロ事件で騒然としたままで、香港の話題など隅に追いやられていた格好だ。

無関心こそ、中共が望む事態ではないか。

チベットや東トルキスタンを呑み込んだように、このまま粛々と香港を巨大な胃袋に収めるつもりだ。果たして、それが完遂されるのか否か?

「一国二制度」には最初からタイム・カウンターが埋め込まれていた。50年後という期限付きだ。その際、先進諸国の多くは、あと半世紀も中共が持ち堪えないと踏んでいた。二制度を司る「一国」は直に崩壊すると想像していたのだ。
▽返還10周年記念式典(AP)
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しかし、軽々と10年保ってしまった。そして、次の10年も事なく過ぎ去るかも知れない。

リミットは西暦2047年。

胃袋の中で香港が消化されるのが先か、それとも、胃袋を持った巨大な龍が倒れるのが先か?


    〆
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参考記事:
西日本新聞7月2日『民主化6万人デモ 記念式典 主席、中国へ忠誠要求 香港返還10年』
AFPBB7月1日『香港返還10周年、英高官は招待されず』
西日本新聞6月30日「高度な自治」が“統治”に 台湾が分析
朝日新聞7月2日『膨らむ親近感、民主化で火種も 香港返還10年』

参考動画:
AFPBB6月28日『香港返還10周年、いまだ実現しない普通選挙』

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