園遊会で不敬…谷村新司の政治利用発言を糾す

秋の園遊会で歌手・谷村新司が許せない発言をした。畏れ多くも天皇陛下に向かって「支那ご訪問」を要請したのだ。園遊会とはお言葉を賜る場に他ならない。
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奉祝
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11月14日、皇居・賢所仮殿にて悠仁親王殿下のお宮参りにあたる儀式「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」が執り行なわれた。
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列島が祝福に包まれた御生誕から70日。お健やかに成長された悠仁親王殿下の御顔を拝し、まこと幸福な気持ちになったことを謹んで申し上げたい。

また11月15日は七五三の式日であったが、去る11日、東宮御所にて敬宮愛子内親王殿下におかれては「着袴の儀」に臨まれた。
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華麗な童形服を纏われた敬宮愛子内親王殿下の御姿を拝する事もまた国民の喜びである。

敬宮愛子内親王殿下、悠仁親王殿下のお健やかな御成長を心より願い、謹んで慶祝申し上げます。

「着袴の儀」は遥か平安の世から連綿と続く儀式だと言う。

日本国民が守り、子々孫々に伝えねばならないのはこうした伝統なのではないか。
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テレビの皇室番組が好きだ。

日曜の朝に皇室関連番組を相次いで観ると、実に心温まる気分になる。

関東エリアでは…
★日本テレビ
『皇室日記』 日曜朝5:45~6:00
★フジテレビ
『皇室ご一家』日曜朝5:30~5:45
★TBS   
『皇室アルバム』土曜朝5:30~5:45

11月12日は生放送で観ていた。そこで大変な発言を耳にして凍り付いたのだ。

9日に催された秋の園遊会のシーンだった…

招かれた歌手の谷村新司が天皇陛下に対して「支那ご訪問」を要請したのである。

まず、それを伝える記事を紹介する。

毎日新聞11月10日付
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続いて、04年から中国・上海音楽学院の教授を務める谷村さんが「中国をお訪ねいただくと、両国にとって素晴らしい出来事になるのでは」と話すと、天皇陛下は「いろいろな過去の歴史もありますし、それをしっかり踏まえ、そのうえで良い交流が開かれる活動ということが望ましい」と答えた。
******引用終わり***

この記事だけでは事の重大性が鮮明にならない。

谷村が発言したあと、天皇陛下はお答えに窮されたのである。

計測した時間ではないが、4~5秒ほど間を置いて天皇陛下がお言葉をお返しになられたのである。

こうした短い時間の確認は誤差が激しく軽々に断定できないが、自分が観ていてハッとし、凍り付く程の時間があったのは確かだ。

なんたる不敬な発言か。

いや不敬と言うよりも、これは皇室の政治利用を意図するものではないか。

畏れ多くも陛下に対して日本人の立場から他国ご訪問を要請するなど言語道断である。

園遊会ではまず陛下がお言葉を掛けられ、それに対して参列者が返礼するのが礼儀であって、問い掛けなどをする催しではない。

園遊会とは御皇族方よりお言葉を賜る場である。

しかも、支那絡みと言う政治的な配慮が最大限に必要な事柄である。
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(王監督の5,6人右手に谷村が居た)

仮に、王監督が同じ場で「台湾をお訪ねいただくと…」と発言したら、メディアを中心に日本中が蜂の巣を突ついたような大騒ぎになったろう。中共なら許されるということはないはずだ。

またこの園遊会での「日の丸の力で思わぬ力が出た」という王監督の言葉は実に美しく、感動した。

ひきかえ、谷村新司の場合は、余りにも意図的な政治利用発言である。お答えに窮された天皇陛下の御姿は見るに忍びなかった。

この園遊会でのやり取りを、こうして書くことも憚られると考えていたが、今後、このような政治的な発言がなされないことを願って、ここに谷村新司を糾弾する。

【中共の走狗・谷村新司】
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問題はこの政治利用発言が中共の意を受けたものである可能性が否定できないことだ。

谷村新司は81年に北京で日本人初のコンサートを行って以来、たびたび中共を訪れ、2002年の日支交流行事にも積極的に参加。記事にあるように、一昨年からは上海音楽院の教授に任命された。

中共の御用メディア「中国網」でも絶賛される人物だ。
http://www.china.org.cn/japanese/185491.htm

谷村はサーズが流行した年、自ら「SARS撲滅基金」を設立して1500万円を掻き集めたと言う。しかし、谷村の公式HPでも募金をどこに渡したかなど詳しい事後報告は発見できなかった。

中共の大使館に手渡しのではあるまいか?それが本当に困った人々に渡るシステムなど支那には存在しない。
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財界人だけではなく、文化人などを利用して政治工作を進めるのが中共の特徴だ。

代表的な親中派人士としては画家の平山郁夫や作家・大江健三郎が有名で、共に露骨な政治的発言を繰り返すことが知られている。

もちろん中共ベッタリの媚中発言ばかりだ。

中共は文化人をオルグする時「あなたこそ日中の架け橋だ」などとベタ褒めして引き込むと言われるが、おそらく谷村も同じだろう。

まるで日支交流の代表者気取りだ。

今回のケースは、そうした谷村の錯覚から飛び出したというより、園遊会参列が決まった後、在京の中共筋から指導された可能性が高いと推測する。

【卑劣な政治利用だった92年の御訪支】

平成4年(92年)の10月に今上陛下は北京を御訪問された。あの天安門事件からわずか3年余りしか経っていなかった。

多くの識者が指摘しているが、これは明らかに皇室の政治利用だった。

天安門事件で国際社会から弾き出された中共に対していち早く動いたのが我が国だ。正確に言えば、外務省チャイナスクールのお歴々で、特に橋本恕駐支大使が暗躍したとされる。

ついでながら橋本恕は退官後に神戸製鋼特別顧問の肩書きを貰って優雅な天下りライフを満喫したようだ。国賊である。

『大地の咆哮』の著者で上海総領事だった杉本信行氏(故人)によれば、天安門事件直後の仏アルシェ・サミットで早くも外務省などは各国に中共支援を働きかけていたと言う。

さらに海部政権が円借款を再開するなど中共の国際社会復帰を側面支援。その決定打として画策されたのが天皇陛下の御訪支であったようだ。

恐ろしい皇室の政治利用である。

宮内庁の意向、ましてや陛下の意を忖度することなど毛頭なかっただろう。

中西輝政氏によれば、銭基シンの回顧録には92年御訪支について中共首脳部が「日本をひっかけた」と大喜びしたそうだ。

屈辱的な事態だった。なぜ、これ程の媚中外交が展開されたのか…

さらに不思議なのは当時の世論だ。

陛下の御訪支は92年10月。その年の2月には中共があの領海法を制定し、尖閣諸島の領有宣言を出している。

今だっら猛反発が起きたろうが、どう思い返しても日本のメディアが騒ぎ立てた記憶が見当たらないのだ。そして御訪支はキャンセルされることもなく、そのまま実現となってしまった…

以前にも疑問を提示したが、河野妄言談話が出た92年から村山媚中談話が出た95年にかけて、我が国の政界には不可解な力が作用していたと考える。
御訪支の問題もそれと同じ文脈に乗って来るものだろう…

過去の件を今は深く問わない。
必要なのは、同じ悪夢を再び繰り返してはならないとうことだ。

不穏な動きがあれば牽制する。

外交に皇室を利用する不敬以上の行為は、今後いかなることがあっても許されない。

              〆
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イザ!の『憂国のシャングリラ』は妹ブログです
内容はほぼ同一ですが、ソフトバージョンとなっています
http://indora.iza.ne.jp/

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【side story】
天皇陛下はじめ御皇族方の写真を拝借したことをお許し下さい。謹んで掲載させて頂きます。

『週刊朝日』などが皇太子妃殿下への中傷を続けていますが、「皇室ご一家」などを見ると最近の妃殿下の笑顔は素晴らしい。まったくの虚報に思えます。ご覧になって、ほのぼのした気分で日曜を過ごすのはどうでしょうか。
今気が付いたが、NHKに皇室番組があったか?

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