もぎ取った果実は甘くない…反共メディアの孤独な退役

中共と戦い続けた本物の反権力メディアは孤独の中でその生涯を閉じた。陰湿な金融封鎖で命綱を断たれ蘋果日報。降り止まない雨の夜、香港は声を失った。
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「アップル・デイリー・イングリッシュの更新は、これが最後です。ご支援頂き、有難うございました」

蘋果日報の英語版サイトは6月22日、ひっそりと幕を閉じた。編集部門の機能不全と圧倒的なスタッフ不足。限界が近付く。中共香港警察による早朝の突入劇から5日が過ぎていた。
▽蘋果日報を山積みしたキオスク6月18日(AFP)
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「いつもは60部くらいだけど、今日はもう1,800部売った」

キオスクの主人は、そう言った。本部ビル急襲の翌日、九龍・旺角では早版の到着を待つ市民が行列をつくった。手にした紙面には幹部陣5人の写真に「戦い続ける」というメッセージが添えられていた。
▽印刷所から出荷される蘋果日報6月18日(HKFP)
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「完璧な報道機関なんて存在しないが、蘋果日報は香港で独自の発信をするメディアだ。好き嫌いは別に、蘋果日報が発信し続けることは必要だし、大事だと思う」

男性は3部を購入した。100部買った飲食店もあれば、300部を“爆買い”した一般市民も居た。杖を曳いてスタンドに来た老婆。まとめ買いして無料配布を行った年金生活者は、こう話す。

「私は香港の自由を応援したいのです」
▽未明に行列ができたキオスク6月18日(AFP)
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この日、誰もが蘋果日報の臨終が近いことを予感していた。しかし、最期は想像よりも早かった。6月24日未明、蘋果日報を刷る輪転機の止まる時が来た。突入劇から僅か1週間の“余生”だった。

「雨の中、香港人との痛切な別れ」

最終号となった紙面のタイトルは物悲しかった。そして1面を飾った写真は、同紙の熱烈な支持者たち。ホットスポットは朝刊が並ぶキオスクではなく、蘋果日報の本部ビル前だった。
▽支持者に最終号を掲げる記者6月24日(AFP)
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夜半から集まり始めた民主派の若者が、建物に向かってエールと感謝言葉を贈ると、記者は社屋から出て支援者に向かって最終号を掲げた。24年前の返還式と同じく、この惜別の夜も雨が降っていた。

【「制裁=テロ行為」の支離滅裂】

未明から準備を進めていた中共香港警察は、6月17日午前7時過ぎ、一斉に蘋果日報の本部ビルに突入した。関係ヵ所を含め、その数は昨夏の襲撃事件を遥かに上回る500人態勢だった。
▽本部ビルに雪崩れ込む警官隊6月17日(ロイター)
本部ビルに雪崩れ込む警官隊ロイター617.jpeg

急襲部隊はビルの周囲に規制線を張り、出入り口を完全に封鎖。正面エントランスから一斉に雪崩れ込んでPCなど機材を手当たり次第に押収した。前回と異なり、捜索活動の撮影は禁じられた模様だ。

同時刻に別働部隊は、幹部陣の自宅も急襲。羅偉光編集長と親会社ネクスト・デジタル(壱伝媒)の張剣虹CEOら5人を不当拘束した。大陸では日常風景だが、香港では前代未聞の大規模弾圧である。
▽本部ビルを全面封鎖する警官隊6月17日(AP)
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「外国もしくは外部勢力と共謀して国家安全保障を脅かした」

公安当局は、そう拘束理由を明かす。習近平指導部が武漢ウイルス禍に乗じて導入した“国安法”に違反したと言い張るのだが、曖昧で要領を得ない。急襲後、記者団に応じた幹部の説明はもっと奇っ怪だ。

「掲載された30本以上の記事が、外国勢力と結託した陰謀の証拠である。記事の性質はシンプルで、それが外国を駆り立て、制裁発動に繋がった」

中共の法執行を吟味することは野暮の極みだが、内外のメディアは単に「国安法違反の容疑」と伝えるだけで掘り下げていない。中共側は記事掲載が国家転覆を企むテロ行為と認定しのだ。
▽戦利品を持ち帰る警官隊6月17日(ガーディアン)
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対中制裁を発動した外国政府ではなく、事実を報道した新聞社を叩くという見下げ果てた弱者いじめ。しかも、問題となる記事は“国安法”施行前の’19年に遡ると真面目な顔で説明する。

参照:ロイター6月18日『香港紙幹部5人逮捕、国安法違反で 米欧が懸念表明』

通常の民主国家であれば「外国勢力と結託したテロ準備の陰謀」など裁判所が即却下。それ以前に検察が起訴できない。ところが、今回の突入劇では司法が当たり前のように捜索令状を発行している。
▽不当拘束された羅偉光編集長6月17日(AP)
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三権分立も古き良き大英帝国時代の思い出だ。世界に衝撃を与えた蘋果日報の強制解体は、共産党独裁政権による反党勢力抹殺の手順を国際社会に紹介しているに等しい。

【報道機関を「党の舌」に変える作業工程】

「メディアを狙い撃ちにしたゾッとする法の運用だ。報道の自由を守るよう求める」

米国務省のプライス報道官は6月21日、改めて香港当局を牽制した。いかにもバイデン政権らしい紋切り型の批判だ。親会社ごと捻り潰す弾圧手法は、もはや「報道の自由」を論じるレベルではない。
▽編集長らの公判でも連行者が相次ぐ6月19日(AFP)
幹部2人の公判でも連行相次ぐ6月19日(AFP).png

「通常のジャーナリストは彼らとは異なる。報道業務とは全く別物の犯罪組織だ」

香港保安局のトップは、そう吐き捨てた。ジャーナリズムを偽装したテロ集団呼ばわりである。聞くに耐えない暴論だが、この“テロ組織認定”が蘋果日報にとって命取りになった。

昨年8月、創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏が不当拘束された際も多くの香港人がキオスクに殺到。更に支援策として株を買い進め、株価は一時的に前日終値に比べ1,000%も急騰した。
▽キオスク前にできた行列’20年8月(AP)
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ひと泡吹かされた中共は今回、本社急襲と同時に関連3社の全資産を凍結。資金移動に関与した銀行も「国安法違法」で摘発すると脅した結果、メーンバンクは一斉に口座を閉鎖した。

売上金も義援金も届かず、手持ちのキャッシュで業務を続けることは不可能だった。報道の自由を問う以前の金融封鎖だ。最高顧問のマーク・サイモンは絶望的な状況を見渡して、こう語った。

「香港の経済界は1人の男が築き上げた会社が共産主義体制によって破壊され、奪われたと気付くことになる」
▽蘋果日報創業者の黎智英氏’20年11月(AFP)
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蘋果日報は単に反中派と形容されるが、排外的な「反中国」ではない。肝の据わった反CCPだ。習近平が目指す香港完全制圧が加速する中、抵抗の砦となることを決意し、不屈の精神で立ち向かった。

共産党にとって報道機関は許されざる存在だ。社会の実相も正確な統計データも全て隠蔽し、改竄する。メディアは「党の舌」で、プロパガンダを拡散するツールでしかない。
▽メディアを統括・指導する中共党中央宣伝部(file)
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共産主義支配層が最初に狩る反党勢力は、プロの活動家と組織。続いて強い影響力を持つ報道機関が標的になる。習近平による香港の反党勢力潰しは、正に教科書通りの手順だった。

【中共は少年を追い掛けて捕まえた】

「新聞記事が国安法違反の証拠になるという香港保安局長の発言は、ジャーナリストの間に恐れとパニックを拡散した」

香港記者協会は6月17日にリリースした緊急声明で、そう指摘した。行政庁批判は勿論、抗議活動に関する中立的な報道すら摘発要件になる…萎縮効果を狙ったと指摘されるが、今更その必要性があるのか疑問だ。
▽店頭に並ぶ蘋果日報と東方日報(ロイター)
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6月22日にロイターが配信したキオスクの写真だ。資産凍結の継続を伝える蘋果日報の左に『東方日報』が映り込んでいる。「末路」「死期到」と日本人も理解可能な嘲笑ワードが並ぶ。

ひとつの新聞社が無謀な金融封鎖で瓦解する様子を他紙が嬉々として報じているのだ。報道の自由云々ではない。最大部数を誇る『東方日報』もまた中共の党機関紙に身を堕として久しい。
▽党プロパガンダに覆われた香港’20年7月(ブルームバーグ)
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「26年間の美しき戦いが終わった。今日はその最終章を書き、香港に別れを告げる」

6月23日深夜、ウェブに掲載された最後の記事は切なく、遣る瀬なかった。’95年の創刊から戦う仲間を失い続け、孤独の中で“生涯”を閉じた。

「私は最悪の事態に備えている」

黎智英氏は昨年12月、収監前のインタビューで、そう語っていた。国安法の施行以前、恐らく雨傘運動を惹起した行政長官の中共選抜制度導入の時、差し違える覚悟で戦いに挑んだのだ。
▽雨傘運動に共鳴した黎智英氏’14年(EPA)
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「私達はこの闘いに勝てないかも知れないが、自由の精神と人間の尊厳を支持するなら歴史は私達の味方であり、最終的に私達が勝つ」

1948年生まれの黎智英氏は、中共の独裁政権誕生で資産家の父が逐電、母は労働改造所送りという過酷な幼少期を過ごす。そして12歳の時、南支から単身香港に渡り、九龍の裁縫工場で働き始めた。

株取引の儲けで設立したアパレル業が大成功。続く雑誌の創刊を足掛かりに香港随一のメディア王にのし上がった。偽りなき立志伝中の人である。しかし、予期せぬ出来事が起きた。
▽蘋果日報創刊当時の黎智英氏'95年(CNN)
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中共支配から逃げてきた少年が大実業家になって暫く、中共が香港まで追い掛けて来たのだ。50年という時間の猶予はあった。だがリミットより27年も早く、CCPの香港支配が完成した。

国際社会は、この現代にあって共産主義者が版図を拡げ、勢力を伸ばしている東アジアの異様な状況を直視すべきだ。同時に、習近平指導部が存亡を賭けた戦いに臨んでいることを知る必要がある。
▽搬送される最終号と支持者ら6月24日(ロイター)
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一度拘禁された反党人士が、元の健康な身体と精神のまま解放されるケースは珍しい。今になって蘋果日報の報道姿勢を讃えても余り意味がないだろう。重要なのは戦うべき相手と戦うことだ。

包囲網を強め、追い込んでCCPを叩き潰す。それが蘋果日報を救い出す唯一の冴えたやり方だ。もぎ取った果実の高い代償を習近平に支払わせよ。



最後まで読んで頂き有り難うございます
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関連エントリ:令和2年8月14日『中共が禁断の果実を齧る時…香港弾圧加速で戦線拡大』

参照:
□香港記者協会6月17日『JOINT STATEMENT: MEDIA GROUPS SAY APPLE DAILY ARREST AND RAID ‘SHOCKING’』

参考記事:
□産経新聞6月23日『「26年間の美しき戦いが終わった」蘋果日報「最終章」要旨』
□産経新聞6月24日『「香港人と進めた」蘋果日報が最後に伝えたこと』
□産経新聞6月23日『資産凍結で「香港の報道機関」圧殺 蘋果日報休刊』
□HKFP6月23日『Apple Daily closure: UK slams China over ‘chilling chilling blow to free expression’』
□ガーディアン6月23日『Hong Kong leader refuses to say how media can avoid arrest in wake of Apple Daily raids』
□ロイター6月21日『民主派香港紙の蘋果日報、数日中に閉鎖も 資産凍結で=創業者顧問』
□ブルームバーグ6月22日『香港の金融ハブ機能維持に懸念-政府と異なる見解、認められず』
□AFP6月21日『標的は香港民主派報道…メディアたじろがせる国安法』
□ロイター6月18日『香港紙幹部5人逮捕、国安法違反で 米欧が懸念表明』
□BBC6月19日『香港市民、「アップルデイリー」を「爆買い」編集幹部の逮捕受け大増刷』
□蘋果日報6月19日『打壓港蘋|港人買爆《蘋果日報》 報攤不夠賣加印呼聲不斷』
□香港経済新聞’15年6月22日『香港の新聞「アップルデイリー」が創刊20周年』
□CNNビジネス’19年8月28日『Why pro-democracy troublemaker Jimmy Lai is the only Hong Kong multi-millionaire standing up to China』

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