憂国忌40年の果てなき戦後…両烈士が先駆者になる日

衝撃的な諫死から40年…三島由紀夫、森田必勝両烈士を追悼・顕彰する憂国忌も40年を迎えた。義挙は風化せず、理解者が増える一方で、2人が命を賭して突き崩そうとした戦後体制は残されたままだ。
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「25日午後、空中戦訓練を終えて着陸した私に整備員が『佐藤教官、三島由紀夫が死んだそうです』と言った」 (撃論ムック『侵略国家・中国の真実』170頁)

戦闘機操縦教官として浜松基地にいた佐藤守元空将は、当日のことを鮮明に覚えているという。市ヶ谷駐屯地で起きた三島由紀夫・森田必勝両烈士の義挙と壮絶な諫死。昭和45年11月25日の正午過ぎだった。
▼市ヶ谷駐屯地で演説する三島由紀夫
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速報され、世界に衝撃を与えた大事件。その日その時、どこで何をしていたか、ハッキリ覚えている人は多い。著名人の事件当日の記憶に焦点を絞った「三島本」も最近発刊された程だ。

その一方で、世間を揺るがす大事件や大問題が起こる度、もし生きていたら何と発言するか、思いを巡らす者も多い。物故した他の文学者・思想家とは一線を画し、三島は今も大きな影響力を残している。
▼会場ロビーに設けられた祭壇
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三島・森田両烈士の義挙から40年となる11月25日、九段会館大ホールで「憂国忌」が行われた。平日夕刻からのスタートだったが、開場から程なくして1階席が埋まり、やがて2階席も満座となった。
▼残り20部を切った今年版の憂国忌小冊子
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立ち見も多かったことから、来場者数は定員一杯の約1,200人。用意された小冊子も全てなくなった。節目の年には多くの来場者があるが、義挙から40年が経った今でも大勢が駆け付けることに驚く。

【三島由紀夫の「絶望的な予感」】

今年の「憂国忌」は2部構成3時間のロングランだった。午後5時から始まった第1部では、三島由紀夫文学館館長の松本徹氏を祭主とする鎮魂祭が厳粛に執り行なわれた。
▼5年ぶりとなる鎮魂祭(AFP)
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乃木神社宮司が齋主を務められた修祓の儀・招魂の儀などに続き、壇上の憂国忌発起人による玉串奉奠。来場者も全員が起立して拝礼した。
▼憂国忌発起人の玉串奉奠
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第2部は司会進行を宮崎正弘氏が務める中、パネリストに井尻千男氏・西尾幹二氏・遠藤浩一氏・桶谷秀明氏を迎えて「あれから40年、日本はどこまで堕落するのか」と題したシンポジウムが行われた。

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに強くする」

議論の手掛かりになったのは、三島が昭和45年7月、サンケイ新聞に寄稿したエッセイ『果たし得ていない約束』だ。40年前の「予感」だが、危機意識を持つ日本人にとって今や「実感」に変わりつつある。
▼午後6時過ぎから始まったシンポジウム
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このセンテンスに続くのが「或る経的大国が極東の一角に残るであろう」という一文だ。バブル期にも「三島の予言」として盛んに取り上げられたが、現在は、もっと深刻な問題を提起している。

5人の論客による白熱したディスカッションは2時間以上に及んだ。その模様の一部は後日、チャンネル桜で放映される予定だ。非常に興味深いテーマである。
▼旗が翻る九段会館ホール入口
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没後40年の節目となった今回の憂国忌では、会場ロビーで三島の生原稿など貴重な資料や関連の品々が展示された。

【両烈士を偲ぶ「楯の会」制帽】

憂国忌実行委の関係者や森田必勝烈士の学友らが所縁の逸品などを持ち寄った。激しくピンボケしてしまい残念極まりないが、1本のペンには「森田必勝」の名前が刻まれていた。
▼森田烈士愛用のネーム入りペン
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実兄で元三重県議の森田治氏が高校卒業か大学入学を祝って弟に贈ったものを没後、親友が大切に保管していたものだ。名前が消えかけていることからも森田烈士が愛用していた過去が偲ばれる。
▼没後40年記念特設コーナーの展示品
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こちらは、サイン本と幻のLP盤。事件直後に緊急リリースされたもので、市ヶ谷で三島が読み上げた檄文や演説などの肉声を収録。一時は数万円のプレミア価格がついていたという。

また事件を大きく伝えた新聞のオリジナル版も展示された。中でも昭和45年11月26日付の朝日新聞朝刊は、2人の遺体の一部を写真掲載。多くの三島ファンから批判を浴びた曰く付きの報道だ。
▼物議を醸した義挙翌日の朝日新聞1面
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「青年には強力な闘志と服従の意志があり、その魅力を二つながら兼ねそなへた組織でなければ、真に青年の心をつかむことはできない」
▼三島由紀夫の生原稿
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昭和42年2月の日本学生新聞創刊号に寄せた生原稿。43年前に書かれたものだが、保存状態は良好だ。この頃から三島は民族派学生との関係を深め、それが楯の会結成に直結して行く。

そして、展示物で来場者の目を惹いたのが、楯の会の制帽だ。我が軍の将校用軍帽に似たデザインである。楯の会の制服は解散後に殆どが瑶子未人の元に送られ、現存しているものは少ない。
▼貴重な「盾の会」制帽
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没後40年とあって今年は数多くの三島関連書籍が発刊された。憂国忌でも本の物販コーナーが賑わったが、短時間で完売したのが『「憂国忌」の四十年(並木書房)』だった。

憂国忌を舞台裏で支えてきた関係者が、膨大な資料を元に40年の歴史を綴ったドキュメントである。

【当時の学生が解き明かす別の三島像】

「そこで私は、宮崎正弘氏から信じられない言葉を聞いていた。『三島先生と森田の追悼集会をやろう』との言葉である。動揺も興奮もしていない。(略)自決の報からまだ二時間も経っていない時刻である」(前掲書28頁)

衝撃的な義挙・諫死から約2週間後の昭和45年12月11日、池袋の豊島公会堂で「追悼の夕べ」が開催された。それが今に続く憂国忌の原型となった。
▼三島由紀夫氏追悼の夕べ(時事通信)
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「追悼の夕べ」には大勢の三島支持者が全国から集まり、会場外も入り切れなかった人で埋まった。余りにも組織的でスピーディーな開催は「三島の行動を事前に知っていた」と疑われる程だった。

しかし、は会場予約や発起人との交渉からメディア対策まで、日本学生同盟(日学同)のメンバーが全力で動いた結果であった。日学同は昭和41年の暮れに結成された民族派学生の組織だ。
▼日学同結成2周年で演説する三島由紀夫
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後に三島の運命を変えることになる森田必勝烈士も日学同の中心的メンバーの1人。前述した日本学生新聞は日学同の機関紙で、自衛隊の体験入隊参加などメンバーが三島と直接交流する機会も多かった。

『「憂国忌」の四十年』には、初期メンバーや三島由紀夫研究会会員による寄稿文が数多く収録されている。20歳前後の若者との出会いだ。そこからは著名な文学者らが接したものとは別の三島像が浮かび上ってくる。
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このドキュメントには三島の没後、その精神を継承しようと意を決した保田與重郎や林房雄ら文壇大御所の横顔も描かれている。多くの文化人・識者が発起人に名を連ね、影ながら憂国忌を支えたのだ。

巻末の資料にある歴代の発起人名簿は、我が国の代表的な憂国系文化人の紳士録でもある。

【没後40年…残された戦後体制】

昭和から平成の御代に移り、憂国忌が20回目を過ぎた頃、草創期からの発起人が相次いで鬼籍に入り、やがて日学同を支えた矢野潤氏も世を去った。世間では三島・森田事件の記憶も薄れ始めていた。

どれほど衝撃的な大事件でも20年、30年という歳月は風化するに充分である。憂国忌も先細りするかに思われたが、「桜桃忌」のような追悼会とは違った。三島が残したのは強烈な政治的メッセージだった。
▼展示された歴代憂国忌ポスター
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三島・森田両烈士が昭和40年代半ばの日本国に投げ掛けた問いは、今も回答が得られていない。新たな発起人が継続的に現れ、今も80人を超す。

結果的に、両烈士の行動と精神を顕彰する動きが絶えることはなかったのだ。自主憲法も自主防衛も、問題は何ひとつ解決せず、2人が打ち破れと叫んだ戦後体制は、そっくり残っている。
▼自衛官を前に演説する三島由紀夫
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憂国忌に参集する人々も、発起人と同様の危機感や焦燥感を抱えていることだろう。両烈士の行動に対する理解者が増えていることは喜ばしい。だが一方で、何も変わらず40年が経ってしまったのだ。

「自分の行動は2、300年後でなければ理解できないだろう」と三島は言い残した。21世紀が10年過ぎても占領憲法が国軍再建を阻んでいる現状を軽く見通していたかのように思える。
▼国立劇場屋上で行われた楯の会パレード
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このままでは「『日本』がなくなってしまう」という予感も、遠くない未来において現実化する恐れが高い。この括弧で包んだ日本とは恐らく、国體を奉る伝統的な日本国を意味するものだろう。

両烈士が諫死した11月25日は、旧暦の10月27日。吉田松陰が処刑された日である。今の三島由紀夫・森田必勝両烈士は、さながら幕末期の吉田松陰だ。誰もが敬意を評する“明治以降の松蔭”ではない。
▼市ヶ谷義挙で蹶起した五烈士
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1年でも1ヵ月でも早く、2人を時代の先駆者として讃えられる松蔭に変える必要がある。戦後体制を突き崩した時、ようやく両烈士の「精神と行動」が完全復活を遂げるのだ。



  〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
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関連エントリ:
■平成18年11月22日『壮絶な自決から36年…憂国の烈士・森田必勝を讃える』
■平成18年11月26日『三島由紀夫の「在日論」…第36回憂国忌によせて』

参考動画(11月29日追加):




参考記事:
■AFP11月26日『三島由紀夫没後40周年、都内で「憂国忌」営まれる』

<11月29日追加>
■産経新聞11月28日『【集う】憂国忌(25日、東京都千代田区の九段会館)』

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この記事へのコメント

風来坊
2010年11月27日 17:58
居ながらにして憂国忌の雰囲気が手に取るようにわかるレポートをありがとうございます。
あれからもう40年も経ったのですね。「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまうのではないかという感を日ましに強くする」という三島の言葉が日増しに現実味を帯びて来ている昨今です。それを杞憂に終わらせるためにも、倒閣こそが今を生きる日本人の責任であるに違いありません。
まつかぜ
2010年11月27日 23:31
田舎の学生4年の秋。肌寒かったあの日。学校近くの安食堂。孤独な昼食。三島が自決。飛び込んできた学生の一言。耳を疑った。私淑していた先生の死。憧れていた楯の会。急いで帰宅。テレビで確認。驚愕。衝撃。涙。
迅速な取材、分析、洞察、慧眼、お世辞でなく敬服して拝読しております。
今回は、憂国忌のご報告ありがとうございます。目が潤んでいます。あらためて40年前の記憶が蘇ってきました。定年退職の身ですが、三島先生のお志の千分の一でも行動すべく頑張りたいと思います。


2010年11月28日 21:39

貴重なる記事をありがとうございます。


2010年11月29日 23:54
コメント、有り難うございます。

「憂国忌」の模様を収録したチャンネル桜の映像がアップされました。当日、パネリストとして登壇された井尻千男先生の出演日にあわせ、11月29日のオンエアーとなったようです。

第2部では、檄文とNPT体制に関する西尾幹二先生の画期的な指摘がありました。これについてノンフィクション作家の関岡英之さんが詳しく解説した動画も付け加えておきます。

また産経新聞は28日になって文化欄で「憂国忌」を報じました。参考記事として追加します。

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