王になろうとした男~タイ政変と王国の誇り

王様になろうとした一人の男がいた。その男は、玉座に座ることを夢見ていたのかも知れない。

タイのタクシン首相である。

日本時間 9月20日未明に起きたタイの政変は、実行部隊を率いた陸軍司令官が直ちに全権を掌握。議会・憲法を停止し、首都を制圧した。国連総会に出席するためNYを訪れていたタクシン首相は、一切の権力を失った。
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この政変劇の底流には、国民と王室の深い関わりがある。日本人と国体の関係を探るうえで参考になると考え、敢えて、日本国内では報じられないであろう背景を知りうる限り記す。

【首相の恐るべき不敬行為】

タイ最大級の資産家とも言われるタクシン首相が、失策を犯したのは、昨年の春のことだった。

タイ王室の守護寺院で最高の格式を誇るバンコクのワット・プラケオ(エメラルド寺院)をタクシン首相が密かに訪れた。そして、タクシン首相は、王室関係者にしか許されない儀式をそこで強行したのである。
国王気取りだったのか、意図は不明だ。

これを日本に置き換えるなら、伊勢神宮の奥で天皇のみが執り行なえる儀式を内閣総理大臣が独断で行ったようなものだ。
最悪の不敬行為だ。万死に値する。
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しかし、タクシンが強行した秘密儀式は長らく外部に漏れなかった。およそ半年あまりも!

昨年末になって、タイの弱小日刊紙『プーチャカーン』がタクシンの不敬行為を写真付きで報じた。決定的な証拠ありの大スクープだった。恐らく寺院からの内部告発だ。

ところが、一気に世論が沸騰することはなかった。

なぜか?

【スクープは完全無視された】

タクシンは、首相に登り詰めるとマスコミの買収を次々に進め、ほぼ全てを支配下に置いていたのである。首相批判は封印されていた。

『プーチャカーン』の主幹は、そこで草の根的な反タクシン集会を首都のルンピニ公園で始める。第一回は数千人規模だったものが、回を重ねるごとに参加者数は膨れ上がっていった。

反タクシン集会のスタッフはお揃いの黄色いTシャツを着用していた。その背中には、こう書かれていた。

「国王のために戦う」

反タクシン集会は、王室を守る闘いとして位置づけられていたのだ。その後、集会では首相の戦闘機購入費問題や一族の不正な株取引疑惑が告発され、他のマスコミも堰を切ったようにタクシンの疑惑追及を開始する。
王党派と共和主義者の闘いといった様相だが、反国王のレッテルを貼られた時点でタクシン一派に勝ち目はなかった。
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【共産ゲリラも歌う国王讃歌】

20世紀半ばまで続いた西洋列強による植民地争奪戦でも、タイは独立を守りきった。大東亜戦争中は我が国の同盟国でもあった。

立憲革命を経た後も、昔と変わらない王国である。経済成長が続き、社会構造が変化してもタイ国民の王室への情熱は不変だ。

殆どの商店・レストランに、国王の肖像が飾られている。

映画館では本編上映前に国王のフィルムが流され、観客は起立して国歌を聴く。国民はためらわずに王室への敬愛と情熱を示すのが常だ。国民全員と言っても過言ではない。

その昔、東南アジアを歴訪した三島由紀夫は、タイの共産系愛国戦線が集会のあとで国王讃歌を歌って団結を固めるのを知って、驚愕している。
(『文化防衛論』末尾)

さて、ここから本旨。前置きが長かった…

我が国では、陛下の御真影が学校や家庭に飾られた戦前の社会が暗黒の全体主義だったと教えられてこなかっただろうか?
戦前は国体護持を押し付けられた息苦しい社会だった…と非難されてはいないだろうか?

ならば、現代のタイ社会は暗黒国家なのか?

違う、と断言できる。
どこにでもある東南アジアの一国家だ。
国王を愛する国民に邪心はない。純粋な意識の発露だ。

そればかりではない。暴走する政治家が登場した時や、国家が危機に陥った時、国民は王室と一体化することでパワーを発揮する。それは実に強力なものだ。

翻せば、そうした王国の強さを知っているからこそ、日本の共産主義者は遮二無二、国体を破壊しようとしていたのだろう。

日本人が日本人であるために、皇統を守ることのどこが軍国主義であるのか?

今回のタイの政変で、市内に展開した兵士は揃って黄色いリボンやスカーフを付けていた。戦車にもリボンが飾られていた。黄色は、プミポン国王のシンボルカラーだ。上座部仏教では、誕生した曜日別に七つの色を与えて、尊ぶ。筆者の場合は火曜日でピンク。
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兵士たちは、黄色のリボンを付けることで、自らが国王を守る者であることを証しているのだ。

美しいではないか。

市内を戦車が走行しても、憲法が停止されてもタイ国民は動揺していない。それは、王室を敬う国家の連続性が担保されているからだ。

守るべきは王であり、その伝統だ。

実にシンプルだが、日本でこれを叫ぶのはまだ難しい。

自衛隊は一体、何を守るために戦うのか?

35年前の三島の市ヶ谷での問いかけを一問一答風にすると…

三「諸君らは何を守るのか!」

自「国土と国民である」

三「当たり前の事を聞いてるのではない」

自「法」

三「法の土台は憲法だ。憲法は自衛隊を否定している」

自「…」

三「守るのは国体と国民が一体となった文化の連続性である」

禅問答のようだが、タイの政変を眺めていると、何となく解るような気がした。








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この記事へのコメント

多馬
2006年09月21日 12:19
タクシン首相はシナ系(コン・チン)だったと思います。
彼の内閣には他にもシナ系の閣僚が何人かいたと記憶しますが…、東南アジアに広く見られる「華僑・華人・華裔」問題が背景にあると思います。
ヒョッとしたら「中共」との関係に対する現地人のリアクションかも知れませんね。
(一知半解の解釈ですが…)
アネモネ
2006年09月21日 16:27
>多馬さん、こんにちは!
文脈上、割愛した部分があったので、ここでフォローします。
タクシンは華僑の中でも特殊な客家です。タイは潮州華僑がメーンなので、少数派でしょう。
しかし、タクシンは江沢民と深い繋がりがあって、自分の通信衛星を打ち上げてもらっています。タイ唯一の衛星だとか。
ちなみにタクシン夫人も超大富豪客家の子女と言われ、シンガポール客家とただならぬ関係にあったようです。その為、シンガポール華僑が客家人脈でタイの政財界をコントロールしている…と指摘する専門家もいました。
中共の客家→シンガポール政財界→タイ政界という構図も充分に考えられます。
反タクシンが多かった都市部の有権者が華人首相の暴走を苦々しく感じていたのは確かでしょう。

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