“侵略”に潜む共産党史観…「解放戦争」の黒い正体

安倍談話発表を前に強烈な反日攻勢が続く。中共と工作機関が拘泥する“侵略戦争”のキーワード…そこには現在進行形の侵略&植民地支配を容認する黒い意図が隠されている。
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敷地前で集会を開いていた抗議者たちは、隙をついてゲートから一斉に突入。掲揚されていた五星紅旗を引き摺り下ろすと雄叫びをあげた。7月22日、豪・シドニーにある中共領事館で起きたハプニングだ。

突入したのは、亡命チベット人の学生ら約50人。彼らは当初、領事館前で、ある高僧の不審死について抗議の声を上げていたが、車の出入りで門扉が開いた瞬間、一気になだれ込んだ。
▽五星紅旗降ろす亡命チベット人ら7月22日(ロイター)
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この突入劇の10日前、冤罪事件で中共に投獄されていた高僧の入滅が明らかになった。テンジン・デレク・リンポチェ。チベット仏教の高僧の中でも特別な転生ラマである。

リンポチェは2002年4月、成都で起きたとされる爆破事件の首謀者にデッチ上げられ、中共当局に拘束された。以来13年以上に渡って不当に収監され、ついに姿を現わすことなく65年の生涯は終わった。
▽テンジン・デレク・リンポチェ'96年(AP)
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中共当局は遺体の確認を防ぐため、直ちに火葬した。13年間で僅か1度面会した近親者によると、リンポチェは拷問の末の粗雑な扱いでひどく衰弱していたという。中共によって殺害されたに等しい。

成都で起きた爆破事件とは、市内の広場で小さな爆発物が発火し、通行人1人が軽いケガを負ったものに過ぎない。仕掛けた人物は今も不明だが、中共当局がテロと息巻くような深刻な事件ではなかった。
▽孤児院創設に尽力したリンポチェ(SFT)
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その中、東チベットで手広く慈善事業を行っていたリンポチェが標的となった。経営する孤児院などが土地開発の邪魔だったことから犯罪者に仕立てられた…という絶望的な背景も指摘されている。

「同氏について英国は中国政府に対し、これまで何度も議論にあげ、今年4月に行われた英国と中国の人権対話の席でも話をしています」

テンジン・デレク・リンポチェの訃報に接し、英外務省は緊急声明で哀悼の意を表した。リンポチェは2000年代前半、チベット弾圧の象徴的な被害者だった。
▽米公聴会で獄中死追及するギア氏7月(AP)
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現在のようにチベット各地の高僧が軒並み拘束される以前の時代。欧米ではリンポチェの即時釈放を求める運動が高まり、いったん下された死刑“判決”が覆るという成果もあった。

けれども国際社会は、リンポチェを救出することが出来なかった。シドニーで中共領事館に突入した亡命チベット人も支援者も皆、無念で一杯だろう。
▽シドニー中共領事館前の抗議(ロイター)
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罪のない者が囚われ、釈放を求めた者も囚われる。それが、侵略された国家の姿であり、植民地支配の苦しみだ。

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【名に偽りの人民解放軍】

中共軍は1950年3月に東チベット・カム地方へ軍事侵攻する。建国宣言から半年にも満たない時期に戦争を始めたのだ。チベット国軍は、貧弱な武器を手にした兵員が僅か数千人しかいなかった。

山間の小さな町を埋め尽くす中共軍兵士。強制労働に駆り出されたチベット人の築く道路は、次の都市を侵略する為のものだった。圧倒的な数を誇る中共軍は、一気に勢力を拡大していった。
▽ダルツェンド占領した中共軍’50年(file)
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ラサと北京の間では外交交渉も続けられたが、元より中共軍に撤退する意思はなく、西進は止まなかった。そして1959年に首都のポタラ宮を奪取。チベット全土を支配下に置いた。

第三者の目から眺めても、これは侵略以外の何ものでもない。だが、中共は「解放」と定義する。毛沢東は「ファシストの手からチベットを解放した」と嘯く。
▽建国宣言する毛沢東'49年(file)
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ちなみに、その時、チベット在住の外国人は英国のラジオ技師やオーストリアの登山ら実に8人。後に中共は「農奴解放」を理由に挙げるが、海抜3000mの世界に中世的な荘園があったと言うのか…

中共では今でもチベット侵略を「解放戦争」と呼んで憚らない。一般的に「解放戦争」とは、ナポレオン支配に対する諸国の戦いを指し、転じて、民衆を圧政者から解放する為の戦争を意味する場合もある。
▽チャムド地方に侵攻する中共軍'50年
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一方で、中共が呼称する「解放戦争」は、徹底したイデオロギーに基づいている。毛沢東は国共内戦の最中、党の軍隊を「紅軍」から「人民解放軍」へ名称変更した。あくまでも固有名詞だ。

そのネーミングは、内戦の過程では滑稽ではなかったが、続く周縁地域への侵略では、単に実態を偽るものでしかなかった。特定のイデオロギーで「侵略」を「解放」にすり替える…
▽天安門前の中共軍パレード'51年
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中共は一党支配が続く限り、この言葉上のトリックを覆さない。中共にとって、チベットや東トルキスタン・南モンゴル侵略は「解放戦争」であり、“正しい戦い”だったのだ。

ウソ・偽り・デタラメである。その為に、絶え間なく“正しい戦争”というプロパガンダを拡散し、広く認めさせ、自らの正当性を繰り返し大声で主張しなければならない。
▽ウルムチに集結する中共部隊'13年7月(共同)
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チベットやウイグルの苛烈な弾圧と陰惨な現状を知る者にとって「解放戦争」などいう呼称は滑稽で、到底笑えないブラック・ジョークだ。しかし、それを“正しい戦争”として確定させたい連中がいる。

【現行の侵略に加担する者たち】

「戦争の性質について侵略なのか、それを曖昧にするのか。植民地支配なのか、その事実に向き合おうとしないのか。それが核心的な内容と思う」

中共外交部長の王毅は8月6日、訪問中のマレーシアでそう語り、安倍談話を牽制した。中共にとって支那事変は、我が国による“侵略戦争”でなければならない。
▽他国の首相談話に注文つける王毅8月6日(JNN)
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「侵略」というキーワードを盛り込んだ村山妄言談話に固執する理由も同じだ。中共だけではない。反日メディアや反日政党も「侵略」という言葉を重要視し、恰も「確定した歴史」の如く語る。

偶然の一致ではない。政府筋によれば、今年1月から中共外交筋が談話に関する工作活動を活発化させたという。この情報の裏付けるかのように、2月中旬には国会で岡田克哉が唐突に、こう主張する。

「植民地支配や侵略などの言葉は、70年談話にも必ず含まれるべきだ」

続いて、朝日・毎日・東京の反日3紙が2月下旬、一斉に「侵略」などのキーワードを新談話に盛り込むよう求める社説を掲載した。特に東京新聞は「核心部分」と中共と全く同じ表現を用いている。
▽中共に指導受けるメディアと政党(産経)
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戦争は外交の延長線上に位置するもので、いずれの軍が加害者であり、被害者であるなどと客観的に決め付けることは不可能だ。しかし中共は、是が非でも支那事変を“侵略戦争”と確定させなければならない。

中共にとって“侵略戦争”という造語は「解放戦争」の対義語なのだ。イデオロギー由来の曖昧な概念でしかない「解放戦争」を定義する為に、対立する“侵略戦争”という造語が必要となる。
▽南京捏造記念館で演説する習近平'14年(新華社)
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それらは“正しい戦争”と“正しくない戦争”と言い換えることも出来る。中共のオリジナル党史観では、支那事変は“正しくない侵略戦争”で、チベット侵略は“正しい解放戦争”となる。

反日陣営が宝物として大切にする村山談話。盛り込まれた「侵略」というキーワードは、70年前の戦争を定義し、我が国を貶める為だけにあるのではない。
▽支那で演説する村山富市'07年(新華社)
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現在進行形のチベット・東トルキスタン侵略を否定する役割を担っているのだ。直視すべきは、半世紀以上も昔の争いではなく、中共植民地支配エリアでの弾圧である。

支那事変を“侵略戦争”と断罪し、平和主義者を装う者たちこそが、現在も続く侵略の支援者であり、加担者だ。



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参考記事:
□ロイター7月22日『Australian police arrest Tibetan protesters at Chinese consulate』
□ SFT7月13日『テンジン・デレク・リンポチェが獄中で逝去』
□産経新聞7月23日『中国国旗引き降ろしたチベット人らを逮捕 豪で抗議集会』

□産経新聞7月21日中国「植民地」「侵略」「おわび」盛り込み要求 民主党や朝日新聞主張と奇妙な一致
□産経新聞8月7日『「侵略かどうかが核心」 戦後70年談話で中国外相が安倍首相を牽制?』

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