近平xクネ抱腹ヘタレ会談…朝鮮戦争の歴史修正不発

本年度最大の“反日イベント”と下馬評に上った中南首脳会談。だが習近平もパク・クネも腰砕けで不発に終わった。限界を露呈した歴史共闘。それを金正恩は注意深く見詰めていた。
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「日本の一部指導者の誤った歴史観と不適切な言動が日本と韓国との関係を停滞に導いた」

首脳会談前日の7月2日、中共宣伝部門はパク・クネのロングインタビューを放映した。名指しこそ避けたが、現在の日南摩擦を安倍首相に責任を押し付ける異常発言。当事者意識は微塵もない。

更にクネは、河野談話検証についても初めて言及し、「談話の精神の破壊を意図した」と非難した。いよいよ本番の首脳会談で、決定的な対日批判が飛び出す…誰もがそう予感したに違いない。
▼告げ口中のクネ7月2日OA(CCTV)
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ところが、いざ蓋を開けると前日までの勢いは掻き消え、共同文書から“歴史問題”は外された。にわかに盛り上がっていた朝鮮メディアも、習近平とクネのヘタレぶりに動揺を隠せない。

「共同声明で日本の歴史問題に言及せず」

首脳会談を速報した聯合の記事タイトルには、ハシゴを外されたショックが色濃く滲む。朝日新聞は、北対応に続く重要合意として“慰安婦共同研究”を取り上げたが、相変わらずの捏造芸だ。
▼中南首脳会談の頭撮り7月3日(AP)
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洋公主などを除く一部慰安婦の中南共同研究は、付属文書に僅か1行記されたに過ぎない。首脳会談のコミニュケ作成で調整が続いたものの、最終的に付属文書に格下げになったのである。

共同声明から除外された影響は大きく、会談後の記者会見で2人が対日批判・歴史問題共闘を絶叫するシーンはなかった。ヘタレである。習近平はともかく、クネから「反日」を取ったら何も残らない。
▼会談後の共同記者会見7月3日(AP)
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「これだけか…」

共同文書の中身を知った南鮮紙の記者は、思わず不満を漏らした。2014年7月3日は、日朝協議の進捗と絡め、東アジア4ヵ国にとって歴史の分水嶺となる可能性もあった。

「アジア情勢は複雑怪奇。われわれは大きな時代の変わり目を迎えているのかもしれない」
▼会談に臨む北保衛部幹部ら6月30日(AP)
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我が国の外交当局者は、そう語っていた。中共トップが平壌より先にソウルを訪問することは史上初めてだ。北朝鮮がシナの冊封から離脱し、南朝鮮が朝貢国に復帰するかどうかの瀬戸際…

だが、運命の近平パク会談は、失敗に終わった。双方爆死である。

【朝貢外交の復活を目指して】

7月3日に開かれた習近平の歓迎式典。青瓦台の広場には、李氏朝鮮の衣装を纏った儀仗兵がズラリと並び、恭しく出迎えた。かつての大清属国を彷彿とさせる光景だ。
▼青瓦台の歓迎式典7月3日(新華社)
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「朝貢外交に戻ったらどうか」

この春、交流イベントの席で、中共の当局者は南鮮政府関係者に対し、そう言い放ったという。朝鮮日報が5月中旬に報じたもので、詳しい状況は不明だが、同趣旨の発言があったのは事実と見られる。

「韓国に対する中国の指導者層の認識や内心がそれとなく表れたようで、不快だった」
▼属国コスプレ兵お出迎えの儀7月3日(AFP)
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南鮮の政府関係者は、そう取材に答えている。不快も何も、朝鮮がシナの帝国を宗主国と仰ぎ、属国の地位に甘んじていたことは歴史の事実。そして戦後の中共政権もまた朝鮮国家を見下し続けた。

今回の首脳会談で習近平は、中共が勝手に創設を目指す「アジアインフラ投資銀行」への参加を迫った。このインチキ銀行への巨額出資が、朝貢外交の第一歩になるとの指摘も多い。
▼習近平の署名にクネ起立7月3日(ロイター)
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しかし朝貢外交は、カネ・モノ・美女を捧げるだけでは済まない。属国が属国たることを証明するマゾヒスティックな儀式が必要。あの「三跪九叩頭の礼」である。

大清属国時代のソウルにあった迎恩門。我が国が清を打ち破ったことで遂に途絶えたが、かつてはそこで、李氏朝鮮の王が地面に頭を打ち付けて属国の惨めな立場を体現した。
▼習近平歓迎デモでKowtow再現7月2日(AP)
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シナ皇帝に三跪九叩頭したのではない。単なる使いの者に対して朝鮮王がヘッドバンキングしたことがポイントだ。それに比べ、パク政権の歓迎スタイルは、まだまだ根性が足りない。

空港のレッド・カーペットも李克強なら発狂するくらい短かった。

【中共が狙う米軍アジア撤退策】

「ヒースロー空港のレッドカーペットが標準に達していない。3メートル短い」
▼英国に到着した李克強6月19日(ロイター)
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李克強の訪問に当たり、中共側が英国にクレームを付けていたことが判明。エリザベス女王との面会強要事件と合わせ、欧州では中共の傲慢な姿勢に驚き、呆れる声が高まった。

一部では、実例に昔の「三跪九叩頭の礼」を挙げて批判する報道もあったという。その中、注目を集めた習近平のソウル入りだったが、赤いカーペットは予想外に短いものだった。
▼ソウル空港の短いカーペット7月3日(CNC)
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しかも、ソウル空港に到着した国賓を迎えた南側の最高位は、外相の尹炳世(ユン・ビョンセ)で、人数も少なかった。ちなみに、中共がこだわる赤絨毯の長さとは出迎える者の数とイコールだ。

第一歩目から暗雲が漂う習近平の肝いり南鮮訪問。これまでで最大級の日本批判・安倍政権中傷が飛び出すことを期待していた反日メディアも、不安を覚えざる得ない地味な始まりだった。
▼前日の習近平歓迎デモ7月2日(AP)
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そして、会談では共同声明に対日批判は盛り込まれず、記者会見で2人が吠えまくる場面もなかった。反日発言特集を予定して紙面スペースや放送枠を確保していた一部報道機関も、腰砕けだ。

また対日共闘宣言と共に注目されていたのが、習近平が5月に上海でブチ上げた“アジア安全観”への対応だった。共同声明で何らかの言及があるとも予想されていたのだ。
▼首脳会談に臨む習近平7月3日(AP)
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危険な香りしかしない“アジア安全観”とは「アジアの安全はアジア人民が守る」をキャッチ・コピーにした中共の力による新秩序モデル。つまり、米国の関与・米軍の排除を目指すものである。

習近平は首脳会談当日に解禁された南鮮メディア向けインタビューで、パク・クネに踏み絵を差し出していた。しかし会談では、形式的な「戦略対話の定例化」という面白味のない合意に留まった。
▼近平xクネの共同会見7月3日(ロイター)
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反日だけではない。クネ政権は米国を牽制・刺激することもギリギリで避けたのだ。戦時統制権問題で右往左往する中、一気に“米国切り”を断行する勇気などない。

開幕前に膨れ上がった期待とは裏腹に、今回の首脳会談が歴史の分水嶺になることはなかった。それは一方で、習近平が最終的に“北朝鮮切り”で二の足を踏んだことも影響している。

【戦争仕掛けたのは北か南か】

「両国は朝鮮半島での核兵器開発に断固として反対する」

北朝鮮対応について、共同声明は従来より踏み込んだ。これまでの「深刻な懸念」から「断固反対」への変化。しかし、このスタンスは「朝鮮半島の非核化」という旧6ヵ国協議の方向性と一致する。

歴代の中共政権は、水面下で北の核実験に強く抗議し、核開発の停止を求めてきた。南鮮との合意文書に書き込んだことに意味があっても、決定的に北朝鮮を突き放すものではない。
▼謎ポーズの金正恩6月30日公開(KCNA)
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中共が北朝鮮を裏切ることは、自己否定に繋がる危険を孕む。特に厄介なのが、朝鮮戦争の位置付けだ。中共は、北朝鮮側が先に攻撃を仕掛けた事実を認めたくても認められない。

平壌を後回しにした異例の習近平ソウル訪問は、朝鮮戦争開戦記念日の直後に設定された。そのことから、習近平が南側に寄り添った発言をする可能性もあったのだ。
▼子供も立ったまま出迎え7月3日(AP)
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「1950年6月25日、朝鮮人民軍が38度線を越えて攻撃を開始し、三日後にソウルを占領した」

開戦60周年にあたる2010年6月、新華社の週刊新聞「国際先駆導報」が特集記事で、そう表現した。歴史的な大転換だ。ところが間もなく、その記事は、ネット版から削除された。
▼ソウルの朝鮮戦争博物館(AP)
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ソ連崩壊で資料が溢れたにも関わらず、中共は公式な立場で「北朝鮮の先制攻撃」を認めていない。実際に、同じ開戦60周年に合わせて北京で開かれた記念イベントで、中共幹部は、こう絶叫している。

「偉大な抗米援朝戦争は、平和を守り、侵略に反抗する正義の戦いである」「血を流して朝鮮の大地にツツジの花を赤く染めた烈士らことを忘れたことはない」

参照:中国通信社2010年10月26日『北京で志願軍朝鮮戦争参戦60周年記念座談会 習近平副主席が演説』

南側が侵略したとまで言い切る。発言した中共幹部とは、副主席に就任したばかりの習近平であった。僅か4年前の発言だ。

【金正恩の退路は絶たれず】

「対日戦争が最も激しかった時、両国民は生死を共にして互いに助け合った」

共同声明で日本批判に踏み込めなかった習近平は、翌日のソウル大講演で、南鮮人のガス抜きを図った。余りにも滑稽な発言。大東亜戦争中、八路軍は逃げまくり、南鮮出身兵は国府軍と戦ったのだ。

更に習近平は、安重根と李舜臣の名前を挙げ、讃えたという。南鮮が数少ない自国の英雄に祭り上げる2人。南鮮人の機嫌を取る為のリップ・サービスにしても陳腐過ぎる。
▼反日スタジアム垂れ幕事件13年7月
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クネの告げ口外交を意気に感じ、習近平はハルピン駅にテロリスト顕彰施設を開設。5月には重慶に“光復軍”記念碑を建立させた。だが、今回の会談で新たな反日モニュメント建設は話題にのぼらかなった。

打ち止め、弾切れの感は否めない。反日での歴史共闘は、地雷を避けながら歩くようなものだ。“光復軍”は李承晩や金九の系統で、金日成を唯一の抗日英雄と崇める北朝鮮とは対立する。
▼ソウル大で放言する習近平7月4日(時事)
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そもそも、朴正煕は我が軍のエリート将校(陸士57期)で、関東軍中尉という軍歴を誇る。習近平の“光復軍”礼賛は、史実に従えば、クネの父と金正恩の祖父を同時に貶めることになるのだ。

もしかしたら、そんな深謀遠慮があるのかも知れないが、実の所は、南鮮側のアイデアを受け入れただけだ。中南の歴史共闘は、朝鮮戦争まで立ち入った時点で、簡単に破綻する。
▼朝鮮戦争当時の米軍移送風景(JNN)
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一方、金正恩は、我が国の政府よりも、中南の歴史共闘に神経を尖らせていたに違いない。そして、北朝鮮の独自史観が否定されず、ホッとしたことだろう。

首脳会談で、習近平が北朝鮮を突き放す決定打は出なかった。金正恩は退路を絶たれなかったのだ。本格的な日朝協議が進む中、我が国は、この事実をしっかり受け止めなければならない。
▼同時にソウル入りの中共軍少将7月3日(AP)
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北朝鮮の外交は、周辺国との関係がダイレクトに作用する。今回の北朝鮮の歩み寄りが、習近平指導部との不和に出発していることは明らかだ。中朝危機が続く限り、我が国は主導権を握ることが出来る。

しかし、ソウルの首脳会談で中共指導部は、大胆な南鮮シフトに転換できなかった。まだ脈は残っている。金正恩が1時間余りのフライトで北京に詣でれば、中朝関係は一瞬で改善する。
▼北京の日朝局長協議6月30日(AP)
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習近平とパク・クネの煮え切らない姿勢を笑ってばかりいられない。「血の友誼を結んだ中共」という切り札を金正恩は手元に1枚残している。

中南首脳会談の不発を受け、我が国は再び慎重に北朝鮮と駆け引きを行う必要が生まれたのだ。




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参考記事:
□産経新聞7月4日『北東アジア異変 日朝vs中韓 「中韓同盟」結成の声も』
□毎日新聞7月3日『中韓首脳:「日本たたき」抑制…共同声明に歴史問題盛らず』
□ZAKZAK7月4日『韓国メディアに漂う“がっかり感” 中韓共同会見で日本批判なし』
□産経新聞7月3日『蜜月演出に透ける思惑 外交孤立回避したい中国 外交成果で政権危機探る韓国』
□読売新聞7月4日『揺れ動く朴大統領…習氏は日米と韓国切り離し策』
□朝日新聞7月3日『中韓首脳会談、北朝鮮の核反対で一致 慰安婦研究協力も』l
□時事通信7月4日『中韓に「野蛮な侵略」=反日共闘呼び掛け-中国主席』
□産経新聞7月2日『朴大統領、中国のテレビで日本批判 歴史共闘を呼びかけ 3日に中韓首脳会談』

□ZAKZAK5月22日『中国、韓国に属国要求「朝貢外交の復活を」 籠絡工作に米国警戒』
□ZAKZAK6月24日『中国首相の欧州歴訪「傲慢な態度」「植民地の総督のよう」 英各紙が皮肉』
□産経新聞H23年7月18日『北朝鮮と軍事同盟50年を祝う中国を侮るな』

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