狡猾な中共のブータン侵蝕…失われた“幸福なチベット”

ブータン国王の名演説が激しい感動を呼ぶ一方、宮中晩餐会を蔑ろにした不敬閣僚への非難が高まる。そして“幸福な国家”ブータンにも、中共侵略軍の魔の手が伸びていた。
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その日の夜、細心の注意を払って報道各社の出稿を見守った…

11月6日、天皇陛下におかれては、東大附属病院に入院された。宮内庁病院ではなく、外部の医療機関。今年2月のご検査とは異なる慌ただしいご入院だった。

「これまでの疲労が相当蓄積し、体の抵抗力が低下しているため、大事を取って入院される」

各メディアは宮内庁の発表を一斉に報じたが、国民の不安に配慮して規制をかける。実際のご体調はどうなのか…そこで参考になるのが、報道の関連記事の出稿量である。
▼皇居内を散策される10月6日(代表撮影)
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今後のスケジュールに関する記事など出稿量が増え、宮内庁クラブの記者が慌ただしく動いているようであれば、事態はシリアスだ。幸いなことに、6日深夜から翌未明にかけて特別な様子は窺えなかった。

ところがご退院予定の11日になって突然、ご入院の継続が発表された。そして15日に開かれた共同会見で、一時39度近い発熱も数回あったことが判明。国民の間に不安が募った。
▼今年初となった園遊会10月13日(代表)
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「僅かながら肺の炎症所見も加わっていることが判明した為、長引いた気管支炎を中心とした軽度な気管支肺炎と改めて診断されました」
参照:宮内庁HP『天皇陛下のご体調について』

宮内庁の金澤医務主管は18日の会見で、原因がマイコプラズマの可能性が高いことも明かした。ご体温は平熱近くまで下がっているものの咳の症状が残り、ご退院の時期はまだ分らないという。

一国民として、天皇陛下の早期ご退院とご快癒を祈願してやまない。

【国賓迎えられた皇太子殿下】

医務主管は、退院されても今月中は御所でご休養に専念されることを願っているという。天皇陛下が新嘗祭に臨まれる可能性はなくなった。ご即位以来、初めてのことだ。
▼水田で稲を刈られる9月28日(宮内庁)
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神嘉殿にて執り行われる新嘗祭は、その年における我が国最重要の神事で、11月23日夕刻から翌未明まで続く。本年の新嘗祭は、天皇陛下に代わって皇太子殿下が祭祀を司られる。

6日の天皇陛下ご入院以降、皇太子殿下は国事行為の臨時代行を務めてられている。7日の勲章親授式に臨まれたのを始め、内閣から連日届く書類の決裁にも当たられている。
▼ワサビ栽培地のご視察11月15日(代表)
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しかも、予定のご公務に励まれながらの臨時代行だ。「恩賜林御下賜100周年記念大会」ご臨席の為、13日に長野県へ行啓。15日には松本市内で開かれた「農業担い手サミット」でご挨拶された。

皇太子殿下の長野ご歴訪とスケジュールが重なったことから、15日の勲章受章者を迎えた式典には秋篠宮殿下がご臨席。同日夜には南アのシルス国民会議議長夫妻と御所で懇談されている。
▼勲章受章者を迎えられて11月15日(代表)
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秋篠宮殿下がご名代を務められたのは、この日が初めてだった。皇太子殿下以外のご皇族が陛下の代わりを務められるのは、昭和時代にも3度しかなく、平成の御世では初めてだ。
▼ブータン国王夫妻をご歓迎11月16日(代表)
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長野より還啓の翌日、皇太子殿下におかれては皇居にて、国賓として来日したブータン国王夫妻を出迎えられた。歓迎行事で天皇陛下の御不予(ごふよ)について説明を受けた国王は、こう述べている。

「陛下の速やかな回復をお祈りしています」

皇太子殿下は、ブータン国王自らが東日本大震災の犠牲者法要を営んだことに対し、感謝のお言葉を賜られた。そして同日夜には、国王夫妻を迎えた宮中晩餐会が催された。
▼皇居・豊明殿の宮中晩餐会11月16日(代表)
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主催の天皇陛下に代わって皇太子殿下が国賓を迎える特別な宮中晩餐会だ。その重要公務を蔑ろにした不敬・大逆閣僚が複数いた事実が発覚した。もう取り返しが付かない。万死に値する。

【新人議員の“直撃弾”に狼狽】

11月17の参院予算委で自民党・宇都隆史議員は、ブータン国王夫妻を招いた宮中晩餐会の印象を安住淳に聞き「和やかな会だった」との答弁を得る。続いて防衛相の一川保夫にも同じ質問をぶつけた。

「私は、昨日は、その席に出ておりません」「昨日は、民主党のある国会議員の会合に出ていました」



ざわめきが委員会室に広がる。通告なしの爆弾質問だった。曖昧な答弁を続ける一川に対し、宇都議員は追い討ちをかける。晩餐会の時間帯に一川が、どこで何を話していたのか把握済みだったのだ。

「あなたは、高橋千秋議員の政治資金パーティーに出ていた。しかも挨拶で『晩餐会が開かれているけど、それを欠席してこちらに来ている』との発言までしている」
▼会合で挨拶する一川11月16日夜(FNN)
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全て事実だった。宇都議員は前夜の出来事をそこまで調べ上げていたのだ。素晴らしい情報収集能力。本来ならメディアが取材・追及すべき事柄を新人議員が成し遂げたのである。

慌てたメディアが宮内庁に照会すると一川以外にも、川端達夫・山岡賢次・細野豪志の3閣僚が欠席していた事実が判明。国会質疑を受けて藤村官房長官が一川を注意したが、それも的外れだった。

「宮中行事を軽視するかのような発言は軽率だ。厳に慎むように」
▼無用の日支韓首脳会談11月19日(AP通信)
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野田佳彦の見解も同様だが、注意したのは発言内容だけだった。国賓を招いた重要な宮中行事をスッポかし、カネ集めの宴会を優先したことが大問題なのだ。今の官邸には不敬の概念さえない。

更に宮中晩餐会に出席していた蓮舫が、携帯電話を使用していた事実も浮上。人脈黒ラベルは「控えの間で使った」と弁明するが、これも嘘である可能性が高い。藤村の会見での発言と矛盾するのだ。
▼言い逃れする黒ラベル11月18日(ANN)
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「行事進行上、支障を生じることのないように」

宮中晩餐会の最中に携帯を使った閣僚がいたとして藤村は、全閣僚に注意したと言う。黒ラベルの主張通り「控えの間」での使用ならば、官房長官の「行事進行中」との表現はおかしい。

目撃者によると携帯の使用があったのは、晩餐会前の立食形式のカクテルパーティー。複数の出席者が証言しているという。一川ら欠席4閣僚を含め、野党はこの不敬問題を徹底的に追及する必要がある。
▼政治資金パーティーの一川11月16日(FNN)
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宮中晩餐会をめぐる罷免級スキャンダルは、予想外の波紋を広げつつある。一気にアップしたブータンの注目度・好感度が、不敬閣僚にとって不利に作用し始めたのだ。

【自ら協会設立した親日国王】

「日本は当時開発途上地域だったアジアに自信と進むべき道の自覚をもたらし、日本に続いて世界経済の最先端に躍り出た数々の国々に希望を与えてきました。日本は過去も現代もリーダーであり続けます」
▼演説に臨むワンチュク国王(産経)
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我が国の憲政史に残る名演説だ。ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王は11月17日、衆参両議員を前に国会演説を行った。外交上の美辞麗句ではなく、最初から最後まで重みのある言葉だった。

「日本がアジアと世界を導き、また世界情勢における日本の存在が、日本国民の偉大な業績と歴史を反映するにつけ、ブータンは皆様を応援し、支持してまいります」


参照:宇都隆史議員HP11月18日『ブータン国王 国会演説全文(感動しました)』

素晴らしかったのは、東日本大震災に関連する件だけではない。日本人の琴線に触れる熱いメッセージ。演説を耳にし目にした日本国民に深い感銘を与えた。

ブータンも親日国家として有名だ。これは農業振興に尽力し、 同国最高の「ダショー」の称号を贈られた故・西岡京治さんの功績が余りにも大きい。92年に急逝した際には国葬が営まれる程だった。



余談だが、ブータンが観光客の入国を拒んでいた90年代、インド国境の特定ポイントでは日本人のみフリーパス&ウェルカム状態だった。入管の官吏が日本贔屓との噂だったが、実際はお国柄が関係していた。

その中でもワンチュク5世国王は、英オックスフォード大在学中に「ブータン・日本協会」を自ら設立した大の日本好きだ。ハネムーン先に我が国を選んだのも国王のたっての願いだった。
▼国王夫妻らの慰霊祈願11月18日(産経)
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国会演説の翌日、ワンチュク5世国王夫妻は、福島県内の被災地に入り、小学校などを訪問。相馬港原釜・尾浜地区では、慰霊の祈願を行った。ここは5月に天皇陛下・皇后陛下が黙礼された場所である。
▼金閣寺を訪れた国王夫妻11月19日(AFP)
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そして19日には金閣寺を訪問。滞在5日目にして新婚旅行らしくなったが、行く先々で待ち構える人々も急増。“追っ掛け”の女性陣も見られるようになったという。 こうした人気ぶりは、半ば予想通りだ。
▼追っ掛けの女性も登場とか11月18日(FNN)
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2006年6月、タイのプミポン国王在位60周年に、天皇陛下をはじめ世界のロイヤル・ファミリーが一堂に会した。その際に俄に脚光を浴びたのが皇太子時代のワンチュク5世国王だった。

映画スター風の容姿に、20代独身のクラウン・プリンス、敬虔な仏教徒で超高学歴…雑誌の表紙を飾るなど大ブレイクした。我が国でも傾向は似ていて、新聞もTVニュースも割りとマメに伝えている。
▼見送られる皇后陛下11月18日(代表)
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一方、決してメディアが触れないブータンの国家的危機が存在する。中共による領土の侵蝕だ。

【1年に数㌔単位の領土侵蝕】

2006年にブータン政府が公表した地図には驚くべき現実が記されていた。国内で最も広い面積を誇るガサ県の最北部が削られていたのだ。気付いた時には、領土が侵蝕されていたのである。

以前にブータンが公表していた国土の総面積は、約4万6,500㎢だったが、新地図では約3万8,400㎢に縮小。実に国土の18%が失われていた。
▼下が国土縮小の新ブータン地図(wiki)
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ブータン王国の北にあるのはチベット。侵蝕していたのは、チベットを侵略支配する中共だ。昨年夏にブータンで現地取材を行った作家の河添恵子さんは、北部住民の証言をこう伝えている。

「人民解放軍が年に数kmずつブータン側に入り込み、掘っ立て小屋を建てていた」

最初に異変を察知したのは、ヤクを頼りに高地で暮らす遊牧民だった。ヤクが山から下りてこなくなったのを不思議に思い、山の深くわけ入ると、そこに見慣れない小屋が建っていたという。
▼チベット高原の代表的動物ヤク
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いつから中共軍が年数㌔単位の侵蝕を始めたか不明だが、ブータン国内で国境問題が浮上したのは、2005年のことだった。中共が西部開発を口実に道路を建設。その一部がブータン領内に入り込んでいた。

ブータン政府は、98年に締結した国境策定協定に違反していると抗議。それに対し、中共側は「ブータンの独立・主権・領土の尊重」を約束したという。

表と裏が全く違うのが中共の侵略スタイルだ。2008年以降も中共軍の部隊がブータン領内に侵入した事実が確認されている。小さな国軍しかないブータンはインド軍事顧問団に支援を求めるのが精一杯…
▼首都ティンプーの警察官10月(ロイター)
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ブータンは安全保障面でインドの保護を受けてきた。現在も、その点は変わらないが、印中関係の大幅な改善が、領土侵蝕に影響していると分析する。

中共は2005年、ブータンの西隣にあるシッキム地方をインド領と認める。一部の国境問題が解決したことで、インドはブータンの強硬策を取り難くなった。その隙に中共が付け込んだ疑いが濃厚だ。
▼強い地震に見舞われたシッキム9月(AFP)
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チベット同様に中共がブータンを侵略支配する危険性は低いが、領土侵蝕は進行するだろう。南シナ海の岩礁強奪と手法が同じだ。尖閣危機を抱える我が国も、とりわけ防衛相は無関心ではいられない。

【幻想の中の“幸福なチベット”】

来日中のワンチュク5世国王夫妻には、お馴染みペマ・ギャルポ教授が寄り添っていた。チベット出身のペマ教授は、ブータン王国首相顧問でもあるのだ。
▼明治神宮を案内するペマ教授17日(AP通信)
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ブータン王国の公用語のゾンカ語は、チベット語の南部方言。そしてブータンはチベットと同じく、チベット密教を国教とする国家だ。全人口の8割がチベット系である。

17世紀にチベットで起きた宗教改革・内紛が、ブータン誕生のきっかけだ。新興のゲルク派が台頭する中、カギュ派諸派の高僧がヒマラヤの南に移り住み、聖俗の実権を握り、国の礎を築いた。
▼ブータン西部パロ県の僧院10月(ロイター)
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ブータンは現存する唯一の“幸福なチベット”だ。国の東西と北が中共軍に蹂躙される非常事態に直面しても、独立を保ち、戦火が及ぶことはなかっ。それは奇跡に近い。

一方で、北方に広がるチベットでは半世紀の間に120万人以上が虐殺された。人類史上、空前絶後のジェノサイドだ。20世紀半ば、ヒマラヤ山脈の北と南で運命は大きく分れた。
▼国王の成婚を祝う子供たち10月14日(AFP)
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今や代名詞ともなったGNH(国民総幸福量)で、ブータン国民の9割以上が「幸福」を感じているという。微笑ましいデータだが、それを聞く度に、チベットの悲劇を忌まわしく思う。

ブータンとチベットの社会構造は極めて近い。中共は「農奴解放」をスローガンに侵略し、今も正当化しているが、果たしてブータンのどこに悲惨な農奴が居ると言うのか?
▼盛大に開かれた結婚式10月15日(AFP)
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中共は、チベットを「宗教支配の暗黒社会」と決め付けた。果たしてブータン国民は、信仰の中でもがき苦しんでいるのか…現実を見れば、正解はすぐに判る。
▼結婚式を見守る若い僧侶10月13日(AFP)
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今年10月、ワンチュク5世国王とジェツン・ペマ王妃の結婚式が行われた。3日間に渡る伝統的なセレモニー。儀式に参加した僧侶も見守った国民も、誰もが幸せそうだった。

それは、中共の侵略がなければ有り得たはずの「幸福なチベット」の光景だ。


  〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
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参考文献:
『WiLL』2010年11月号「河添 恵子~中国に侵蝕されるブータン王国」

参照:
外務省HP『各国・地域情勢~ブータン』

参考記事:
■産経新聞22年9月2日『河添恵子 国民幸福量アップできるの?』
■産経新聞11月15日『秋篠宮さま、秋の勲章受章者にお言葉 陛下の代わり、初めてお務めに』
■毎日新聞11月16日『ブータン:国王来日に感慨深く 亡夫が農業指導、最高称号 妻、宮中晩さん会へ』
■読売新聞11月16日『ブータン国王歓迎式典、皇太子さま代理出席』
■産経新聞11月17日『「国民総幸福量」振りまくイケメン国王 晩餐会、眞子さまもご出席』
■産経新聞11月18日『ブータン国王、被災地に激励と鎮魂 福島県訪問』
■産経新聞11月18日『蓮舫氏が携帯電話使用 ブータン国王夫妻歓迎晩餐会前のカクテルパーティーで 「礼を失する」との声も』
■時事通信11月17日『一川防衛相を厳重注意=宮中晩さん会欠席発言「軽率」-藤村官房長官』

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