在日問題の闇=密航者の系譜…日米韓朝が絡んだ裏面史

日米核密約がメディアを賑わす中、強制連行神話を砕く外務省資料が発掘された。だが、昭和20年代の大量密航者に関する公的資料は未だ明かされず…そこには関係各国の戦後裏面史が刻まれている。
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昨年来、小沢一郎をはじめ推進派議員や閣僚から噴出していた挑発的なコメントが突然のように止まった。果たして、在日参政権付与法案の原案は今、どこにあるのか…

「現在、政府の中で、あるいは与党間で色々と議論を行っているところです」

3月10日の衆院外務委員会で岡田外相は、そう答弁した。この「議論」が法案の最終調整を示すのか不明だが、岡田発言からは、未だに政府提出の可能性が残っている模様だ。
▼答弁する岡田外相3月10日(衆議院TV)
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質問に立ったのは、先月の予算委でも閣僚を追及した高市早苗元沖縄・北方担当相だった。この日は、同法案の成立・不成立による韓国との外交関係にも質問。そこで岡田外相は、こう答えた。

「韓国政府から、この法案に対する期待感が表明されていることは事実です。それに対し、私は政府を中心に検討している所だと説明している状況です」

法案頓挫による外交面への影響については答弁を避けたが、やはり、鳩山政権は政府提出を完全に捨て去っていないようだ。
▼質問する高市早苗元沖縄・北方担当相(衆議院TV)
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鳩山内閣は12日に後半国会に提出する法案6本を閣議決定。その中に在日参政権法案は含まれていなかったが、尚も楽観視はできない。閣法と議員立法…民主党が準備しているカードは2枚ある。

2月9日の衆院予算委で各閣僚は曖昧な答弁に終始した。そこで高市議員は、意外な部分から追及を始める。最初に取り上げたのは、在日参政権の通常国会提出を見据えた1月12日の鳩山発言だった。

「理解を得られると思う。日韓併合100年というタイミングでもあり、検討している最中だ」
▼官邸で答える鳩山首相1月12日(NNN)
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この発言について高市議員は「鳩山政権による参政権推進の背景には日韓併合など歴史的経緯が根拠になっているのは明らか」と説く。“100年の節目論”は、一部メディアからも湧き出ているものだ。

そこで岡田外相に突き付けたのが、封印されていた資料だった。

【都合の悪い外務省資料には“沈黙”】

「みな自分の自由意思によって日本に留った者、または日本生まれだ。日本政府が本人の意志に反して日本に留めているような朝鮮人は犯罪者を除き1名もいない」

高市議員が衆院外務委で公にしたのは、昭和34年7月11日付の外務省資料。その2日後には、この資料を元に朝日新聞が記事化していた。
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「大半、自由意思で居住 戦時徴用は245人」と題した小さな記事だったが、ネットで紙面のコピーが拡散し、一部では良く知られているものだ。今回、その原資料が発掘され、51年ぶりに日の目を見た。

高市議員は以前から、この原資料を出すよう外務省に要請。外務省は「見当たらない」と説明していたものの最近、昭和35年発行の『外務省発表集第10号』の中から“発見”したという。

どのようにして高市議員が記事の存在を知ったのか、その経緯は不明だ。平成16年に出版された鄭大均教授の『在日・強制連行の神話』にも記事全文の紹介があるが、ネットに掲載された記事コピーを眼にしていた可能性も有り得る。
▼38~39頁に朝日記事全文を引用
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有名な記事コピーは、匿名の個人が朝日新聞の縮刷版を掘り起こし、アップしたものが最初だろう。ネットへの投稿・拡散が、国会審議にも影響を与えたケースとして特筆すべき事柄かも知れない。

「『外務省発表集第10号』の記載は、現在も有効なものなのか、それとも無効なものなのか?」

高市議員の質問に対して岡田外相は、こう答えた。

「外務省が関与したことは間違いないと思うが、これが現在の外務省の考え方を示すものであるのか、その後、異なる見解があったのか無かったのか、突然の質問なので、私は把握していません」

実に素っ気ない答弁だった。
▼特別会見を開いた岡田外相3月9日(産経新聞)
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同じ発掘資料でも前日の3月9日、いわゆる核密約問題で大々的な記者会見を開いたのと大きな違いだ。この外務省資料は、岡田外相自身が推進する在日参政権付与法案の重要なファクターである。

【残された問題…大量の密航者流入】

昭和20年の終戦時、我が国に居住していた在日朝鮮人は約200万人に上った。発掘された外務省資料は、75%が朝鮮半島に引き揚げたとしている。

「1945年8月から1946年3月までの間に、帰国を希望する朝鮮人は、日本政府の配船によって、約90万人、個別引き揚げで約50万人、合計約140万人が朝鮮へ引揚げた」

更に日本政府はマッカーサー指令に基づき、昭和21年3月に約65万人の残留朝鮮人全員に帰還希望を調査。希望を申し出た約8万人が朝鮮に引き揚げたと説明する。


その他にも米ソ協定による北朝鮮帰還や朝鮮戦争後に数千人が韓国に帰還。結果、昭和34年の時点で我が国に残留する在日朝鮮人は、総数が約61万人となった。法務省統計では61万9,092人だ。

昭和22年から昭和34年までの12年間で、在日朝鮮人の総数は約60万人前後で推移していた。戦後のベビーラッシュで日本の総人口が激増した時期だが、在日朝鮮人数は、ほぼ横ばいだった。

一方、昭和34年7月に外務省が資料をまとめる前月、警察庁が在日朝鮮人に係る情報を提供していた。『TVタックル』の参政権特集でも紹介されたものだ。
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「密入国朝鮮人 五、六万から廿万人」と題された昭和34年6月16日付けの朝日新聞記事。当時の警察庁は、我が国に戦後密入国した朝鮮人を5万人から20万人と推定していたという。

歴史事実の検証で、反日プロパガンダの“強制連行”は完全に突き崩された。しかし、朝鮮半島からの大量密航者は、在日問題で放置され続けている深刻なテーマだ。

【検挙の密航者は氷山の一角】

「昭和20年代から30年代にかけては、韓国からの不法入国事件が最も多く、摘発された事件の大半を占め、特に21年には朝鮮半島からの不法入国者が後を絶たず、1万7,000人以上を検挙しました」

警察庁が平成16年に発表した「警備警察50年」という資料には、朝鮮半島から密航がごく簡潔に記述されている。それによると、昭和25年の朝鮮戦争、その後の韓国の不安定な国情で昭和30年代前半まで密航事犯が多かったと指摘する。
▼韓国からの密航船(海保HP)
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検挙者は氷山の一角に過ぎず、その背後には膨大な数の密航者がいたことは確かだ。再掲載の記事ソースが消失しているが、昭和25年6月28日付け産業経済新聞には、密航者40万人という数も掲げられている。

「終戦後、我国に不法入国した朝鮮人の総延人員は約20万から40万と推定され、在日朝鮮人推定80万人の中の半分をしめているとさえいわれる」

昭和21年だけで検挙者が2万人に迫ったことから推定すれば、5年間で密航者40万人という数も驚くに値しない。正式な統計上のデータには載らない“幽霊人口”だが、これが今に続く在日問題を歪める原因と見る。

自ら密航者である事実を認めている在日半島人は、ごく僅かで、密航を認めている朝鮮賭博王のマルハン会長・韓昌祐などは例外的なケースだ。


韓昌祐は昭和20年10月に朝鮮半島南部から密航船に乗り、下関に不法入国。仲間の案内によって役場で居住手続きをし、何喰わぬ顔で暮らし始める。その後、特別永住資格も詐取した。

なぜ簡単に居住手続きが出来たのか…慣用的に「戦後のドサクサ」と表現されるが、占領下では地方役人への恐喝・買収も横行。そこでは日本人に成り済ますことも可能だっただろう。

そして当時は、日本側の不備に加え、朝鮮半島側にも密出国する要因があった。

【韓国・済州島から消えた25万人】

東京・荒川区の東京朝鮮第一初中級学校は、韓国・済州島の出身者が多いという。また大阪市生野区の在日半島人も、8割以上が済州島出身者。その地域の古老は、意外な事実をさらりと語っている。

「生野の在日朝鮮人の中で、済州島の人たちがどれぐらいかと言いますと、新しい統計で約83%になっています。そのうちの50%が、戦後日本に来た人たちとその子どもたちなのです」

参照:『生野の街と在日朝鮮人』
■在日に占領された生野の商店街

戦前にも済州島からの日本列島への大量移動が頻発しているが、我が国に滞留する半島人の中で済州島出身者が占める比率は高い。とりわけ戦後の流入には、済州島事件が深く関係している。

1948年4月に済州島で親北の島民が武装蜂起し、朝鮮戦争時も騒擾が続いた。治安部隊は激しい弾圧を加え、事件前に28万人いた島民は、完全鎮圧した57年には3万人に激減したという。
▼済州島武装隊司令官の磔刑
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25万人はどこに消えたのか?

犠牲になった島民は8万人規模と推定されるが、それだけでは減少数を説明できない。済州島が流刑地であった歴史的経緯から、半島南部には逃れず、多くが密航船で我が国へ向かったと考えられる。
▼保導連盟事件1950年(ウィキ)
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この済州島事件以外にも、半島南部では保導連盟事件と呼ばれる大規模弾圧が発生。その際にも日本への密入国が頻発した。20万人、40万人規模の密航者数は、決して誇大ではないのだ。

【日米韓朝4ヵ国に股がる戦後の裏面史】

済州島事件、保導連盟事件は、近年まで韓国ではタブー視され、詳しい調査がなされてこなかった。歴史の暗部だったのだ。そして事件には米軍も関与していた。

我が国の出入国管理は終戦後、GHQの指揮監督下にあり、加えて、列島と半島に横たわる海域も“米軍の海”だった。密航者に関する詳細な情報は占領軍が握っていたと見られる。

「これまで分別なく故国を棄てて日本に密入国しようとして抑留され、祖国のあるべき国民になれなかった同胞に対しても、この機会に新しい韓国民として前非を問わないことをあわせて明らかにしておこうと思います」
▼演説する朴正煕大統領
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昭和40年、朴正煕大統領は日韓基本条約批准の談話で密航者に触れたが、当時、日韓で在日朝鮮人の取り扱いに関して何が話し合われたか不明だ。そこには封印した日韓戦後史があると推測する。

参照:平成20年7月14日エントリ『児玉誉士夫 在日説の異聞…北朝鮮利権とは何か?』

封印された戦後史には北朝鮮も絡んでくる。北朝鮮と朝鮮総連が強硬に主張し、昭和34年12月から始まった在日朝鮮人の帰還事業。日朝赤十字交渉が核となったが、実施に至る政治面の動きには不明点も多い。
▼新潟港を出る帰国船S34年12月14日(毎日新聞)
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当時、北当局も日本政府も密航者を多く含む在日半島人の来歴を知っていた。そして韓国は猛反発したが、自国の大規模弾圧や棄民政策には沈黙。米国は静観姿勢を保った。

入り乱れる各国の思惑。そして歴史的事実の秘匿… 在日問題には日米韓、さらに北朝鮮も関係した戦後の裏面史が刻み込まれている。

それは「日米核密約」などとは比較にならない程大きく、深刻な問題だ。



   〆
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【Side Story】

撃論ムックの最新刊『外国人参政権の真実』(オークラ出版1,200円)が発売されました。
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副題は「日本解体と日韓併合百年の呪縛」。鳩山首相の“100年記念参政権プレゼント論”は、奇しくも、参政権付与に我が国と朝鮮半島の近代史に遠因を求めたものでした。

しかし、それが誤った歴史認識に基づく妄言に過ぎないことが、本書は多角的に解説。特集「日韓100年の呪縛を解く」は読み応えがありました。

撃論ムックVol.25『外国人参政権の真実』紹介と目次(オークラ出版HP)

朝鮮学校問題もしかり、毎年のように浮上する在日問題で、繰り返し声高に叫ばれる捏造史。それは南北朝鮮の妄言に加え、反日メディアを中心にした捏造史の再生産に問題があるのですが、腐った根を絶つことが最重要です。

参照:
警察庁HP『不法入国・不法滞在に係る諸問題』
海保レポート2004『経済の好転と海上犯罪』

参考記事:
■産経新聞3月11日『在日朝鮮人、戦時徴用はわずか245人』
■国を憂い、われとわが身を甘やかすの記3月11日『昭和34年外務省発表「戦時徴用で来日し、残っているのは245人だけ」』
■共同通信1月12日『外国人選挙法案、通常国会提出へ 首相「理解得られる」』
■産経新聞1月14日『原口総務相、特別永住外国人への地方参政権付与に賛同』

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