児玉誉士夫 在日説の異聞…北朝鮮利権とは何か?

政界と裏社会に通じた黒幕・児玉誉士夫が非日本人だったとする説がある。韓国政界・在日組織との不可解な接点。そして児玉の失墜で浮上した半島絡みの利権が示唆するものとは…。
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戦中の上海にあった児玉機関、手にした莫大な資金、“A級戦犯”としての拘置と釈放、CIAとの関係、暴力団の影、永田町での暗躍、そしてロッキード事件…数々の伝説に彩られた男・児玉誉士夫。

表と裏の昭和史に刻まれる代表的なフィクサーだ。政財界の大物から裏社会まで強大な暗黒パワーを誇り、マスコミも恐れた怪人物だが、 その死から既に四半世紀が経つ今も、実像は闇の中に埋もれている。

いったい児玉誉士夫が戦後の我が国で、どのような役回りを演じたのか、なぜ実力を持つに至ったのか?
▼晩年の児玉誉士夫(YouTubeより)
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メディアは、ロッキード事件の渦中でのみ集中砲火を浴びせたが、この人物の核心部分に迫ることはなかった。最初から児玉はタブーを何らかの抱え込んでいたのである。

朝鮮半島絡みのタブー。児玉誉士夫には、在日疑惑があるのだ。それを指摘した本が昨年、復刊された。特異なルポライターだった畠山清行氏が昭和51年に出版した『何も知らなかった日本人』である。
▼『何も知らなかった日本人』(祥伝社文庫2007年)
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畠山氏(故人)は、児玉誉士夫の韓国政界との太いパイプに疑問を呈した後おもむろに、ある人物の発言を紹介する。

「児玉は福島県安達郡本宮生まれとなっている。ところが実際は、誰も知らない。本当に日本人だろうか」(前掲書32頁)

出自は、謎に包まれているのだという。ロッキード事件発覚以降は、批判も解禁された児玉誉士夫だが、出生にまで遡って児玉像を追及したケースはない。畠山説は極めて例外的だ。証言はさらに続く。

【謎の出生…幼少期過ごした朝鮮半島】

児玉誉士夫が歴史の表舞台に出現するのは、昭和4年の「天皇直訴事件」だ。労農党結成の動きに反対する直訴文を手に御召車の行列に飛び出し、請願令違反の罪で逮捕された。その時、18歳。

当時の新聞が大々的に報じたことで児玉誉士夫は名前を売り、一躍「愛国の志士」扱いを受けたという。この事件で直訴文を書いたのが、銀座数寄屋橋の辻説法で知られる大日本愛国党の故・赤尾敏総裁。10代の児玉を知る赤尾敏氏も、生まれについては知らなかった。

「あれはまだ荒川区三河島に本部があった頃だ。彼は不良少年みたいな格好でふらりとやってきた。僕は例によって、住所はもちろん、親兄弟がいるかどうかも、国はどこかもきかずに、我々の運動を一緒にやりたいというから、置いてやることにした」(前掲書33頁)

最初に門を叩いた団体(建国会)で何一つ素性は明かされなかった。児玉が赤尾氏の元に身を置いていたのは、僅かな期間で、事件後まもなく「よその団体」に行ってしまったという。
▼自宅内の児玉誉士夫(YouTubeより)
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鮮烈なデビューの後で、出自を問う者もいなかったようだ。そこに出生を隠す巧妙なトリックがあったようにも感じる。

戸籍上、児玉誉士夫は「明治44年2月18日、福島県安達郡本宮町中条45番地生まれ」。白河の石雲寺に両親の墓があるが、それは昭和47年に児玉が建てたものだという。児玉自身は、没落した士族の家系だったと設定していたようだ。

「彼の幼い頃や、7歳の時に死んだという母親を知るものは、本宮町には誰もいない。小学生になってから、はじめて『ひどい貧乏暮らしで親父さんと二人で掘ったて小屋に住んでいた』と証言するものはいるが、それ以前の幼い頃についてはまったく不明である」(前掲書33頁)

児玉一家の系譜は漠然としている。最もミステリアスなのは、児玉少年が8歳の時に朝鮮半島に住む親戚に預けられた事実だ。母の没後に大きな環境変化があったのだろう。

時は大正10年前後。重労働などで多くの日本人が半島に赴いていたが、その親戚がどこの筋の者か今となっては判らない。児玉の半島暮らしは長く続き、やがて京城商業専門学校に学んだという。

畠山清行氏は、朝鮮時代については何も触れていない。18歳で東京に姿を現すまで、プロフィールは空白だ。だが、半島暮らしの時期よりも、児玉と朝鮮の関係は、むしろ戦後に築いた人脈に色濃く現れている。

【在日ヤクザ首領との深い絆】

昭和30年代に結成された暴力団「東声会」。抗争事件を繰り返し、東京の裏社会に名を轟かせていたが、完全な朝鮮ヤクザ集団だ。ボスは、鄭建永(チョン・グォンヨン)、通名は町井久之。

朝鮮ヤクザでは、梁元錫(リョウ・ゲンシャク)率いる大阪の“殺しの集団”柳川組が有名だが、「東声会」は野蛮な顔の一方で、民潭の顧問を務めるなど日韓政財界と繋がる“政治的な顔”も併せ持っていた。

その鄭建永と昵懇だったのが、児玉誉士夫。2人の関係は親密というレベルを超え、鄭建永は児玉の代理人格だったとさえ言われる。児玉は暴力団も自由にコントロールできる立場にあったのだ。
▼児玉と鄭建永(『ザ・在日特権』宝島社)
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同時に、児玉の黒幕として地位も揺るぎないものになる。

児玉誉士夫が戦後政界に影響力を持ちえた理由は、日支紛争中に上海で不正蓄財を重ねて築いた財力だったとうのが定説だ。カネの力で終戦直後には、内閣参与の肩書きまで獲得した。

しかし、児玉は“A級戦犯”として訴追され、周辺は米軍に隈無く洗われている。なぜ、釈放された児玉が尚も巨万の富を誇っていたのか?

上海時代の悪行が広く伝えられる一方で、真相は不明だ。その辺りから、CIAエージェント説が出てくるのだが、その関係は想像以上に複雑だ。
■YouTube『戦後の日本・欧州の視点 No.3-1』

米占領軍と我が国の2国間関係だけでは解き明かせない、もう一つのファクター。それが韓国、あるいは在日社会だ。公然・非公然が入り乱れた日韓米の黒いトライアングルである。

【歪んだ“右翼のドン”の誕生】

昭和20年8月から占領行為を始めたのは、米軍だけではない。“戦勝国民”と息巻く朝鮮人も資産強奪に参戦。都心部の駅前一等地を中心に、不法占領が蔓延った。

そこでは、我が国を舞台にした南北対立も激化。半島の分断と相似形で、親北系と反共系の抗争が繰り広げられる。戦後まもなく、GHQは次々に誕生したアカ集団も野放しにし、大混乱の様相だ。
▼朝連本部で威圧する在日集団(昭和24年)
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だが、朝鮮戦争の危機浮上で米国はハンドルを大きく切り返す。反共封じ込めである。問題は直接・間接的に、在日を含めた裏社会の住人を実行部隊として使ったことだ。スト破り、労働争議の粉砕…

それらは朝鮮右翼の源流ともなったようだ。終戦で我が国の伝統的な愛国団体は壊滅。致命的なブランクが生まれるのだが、その隙に割り込んだのが、在日系組織だった。
▼“戦犯”訴追された児玉誉士夫
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児玉誉士夫は、そこにも君臨する。歪んだ“右翼のドン”の誕生だ。

さらに時代が進むと、児玉は朝鮮カルト直系の「勝共連合」設立にも深く係る。児玉の暗黒権力を見渡すと、そこには常に半島系組織の影。しかも、日米韓にまたがる政治謀略の匂いがある。

米軍機関がなぜ児玉に白羽の矢を立てたのか…戦前からの知名度があった為だけだったのか?あくまでも推論だが、米国側は児玉の出自を察知していたのかも知れない。
▼シナ暗躍時代の児玉誉士夫
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畠山清行氏は結論を導き出さず、疑問の段階に留めている。児玉が韓国大統領に接見した際、朝鮮式の礼をして身分が判明した…といった逸話も紹介しているが、伝聞調で話の出元は不透明だ。

もし、児玉誉士夫が裏社会を牛耳るドンに過ぎなければ、闇の底は浅かった。だが、児玉を強力なフィクサーたらしめたのは、韓国絡みの政治力だった。

【ロッキード事件と児玉誉士夫】

畠山清行著『何も知らなかった日本人』の中心テーマは、ロッキード事件である。余りにもスケールの大きな疑獄事件だが、畠山氏は大胆な独自解釈を試みる。

「ロッキード事件の首謀者はCIAだった。そしてその最終目的は日本の政界にはなく、朴政権にあった」(前掲書26頁)

この疑獄事件には複数の陰謀説があるが、畠山説は極めて特異だ。
▼事件当時の児玉誉士夫(YouTubeより)
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米国は、南北対立で先鋭化する朴正煕政権を危険視し始める。だが朴政権は日本から裏支援を受け、力を増大。そこで腐った日韓の関係を断ち切るべく、大ナタを振るい、子飼いの児玉らも斬り捨てた…

CIA云々…という件とは別に、興味深いのは、日韓政界の癒着ぶりを批判している部分だ。なぜ児玉がフィクサーとして権力を誇ったのかも納得できる。

日韓基本条約が締結されたのは、1965年。朴大統領誕生の2年後だ。同時に結ばれた「日韓請求権並びに経済協力協定」によって、膨大な額のマネーが動き始めた。

その額は、無償の3億ドルなど5億ドル相当。民間借款2億ドルも含めると、当時の韓国の国家予算の2倍の規模に上る。このカネに群がった魑魅魍魎が、日韓の政治家だったと言うのだ。

援助金のピンハネ、開発資金のキックバック、融資に絡んだリベート…朴政権に深く食い込んでいた児玉誉士夫が仕切り役で、援助金の紐を握っていたという。公にならない裏金。政治家にとって、これほど甘い汁はない。

【韓国闇利権の実在を信じる者たち】

畠山説には、何ら具体的な証拠資料が提示されず、迫力を欠く部分がある。隈無く暴かれれば、自民党が一瞬で瓦解するメガトン級の疑獄だ。

しかし、この日韓の歪んだ還流システムは、闇に生まれて闇に育まれたものだった。
▼疑惑渦中に会見する田中角栄
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ロッキード事件の報道がヒートアップする中、メディアも日韓の異常な金脈・人脈を追う記事を書き立てたという。だが、証拠が掴めずに尻すぼみになり、事件の焦点も、中心人物の児玉誉士夫からサブキャラクターの田中角栄に移る。

司法も、児玉は脱税容疑などが問われただけで、事件の核心には迫らなかった。野党にしても自民打倒の決定打だったが、証人喚問で児玉に手際よく逃げられる始末。結局、日韓政界の闇利権は不問だ。

果たして巨額裏マネーの横行は、真実なのか?

一部には畠山説にある「巨大な韓国利権」のストーリーを信じて疑わない連中がいるようだ。膨大な裏金を生み出した「日韓経済協力協定」。それは形を変えた戦時賠償金で、歴史的に特異なものである。

二度ないはずだった…

ところが平成の現代に突如、政治家垂涎の巨大利権が頭をもたげた。

それが北朝鮮利権である。


  〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
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young

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【Side Story】

■思わせぶりで済みません。児玉の逸話が長くなったので、後半はカット…北利権ストーリーに続く予定ですが、加藤紘一に収斂していく話です。再び囁かれ始めた北朝鮮利権が実際に何を示すのか…裏返しに、畠山説を借りて日韓の歪んだ関係と暗黒マネーに触れてみました。

■全面的に依拠した『何も知らなかった日本人』の著者・畠山清行氏は、『秘録・陸軍中野学校』などで知られる異形のルポライターでした。
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やたらにCIAが登場したり、一種の陰謀論にもカテゴライズされるようですが、風変わりなのは、中野学校関係者を丹念に追跡取材する過程で、米国の情報機関の影に取り憑かれた点です。

戦後の社会で、不遇をかこった陸軍中野学校の精鋭。言語力など高いスキルを占領軍が見逃す訳がなく、大勢が生活の為に協力した模様です。

いわゆる「現場の生の声」を採取する地道な手法が、陰謀論と一線を画す部分ですが、一方で、体系的には解き明かしていません。

■どうも中途半端な「児玉の在日説」…『何も知らなかった日本人』でも実は2頁未満のボリュームで触れられている程度です。しかも慎重な言い回しで、伝聞調も多用。

単行本出版当時は存命中だったので仕方ないんでしょうが、その時点で児玉の復権がないと確信していたのか、他の様々なエピソードで痛烈に批判してます。

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