北朝鮮ボートピープルの波浪…脱北者を生む恐怖体制

老朽船で港に接近した男女4人は脱北者だった。なぜ彼らは日本海を越える海上ルートを選んだのか…わが国を目指した脱北者の出現は、独裁国家の異常性を改めて日本人に問い掛けている。
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四方を海に囲まれた我が国に、脱北者がダイレクトにやって来るという予想外の事態だ。

6月2日未明。

青森県の深浦港から釣りに出かけようとしていた住民が、沖合約500メートルの海上を漂う不審な船を発見した。小さな船だった。

時刻は午前4時15分頃。その日、青森地方の天候は晴れで、気温は12~13度。日の出は4時8分だったことから、既に東の空は明るくなっていただろう。

その船には船外機が確認できず、不審に感じた釣り人は、警察に通報。直ちに青森県警がヘリを出動させると共に、海保2管本部も現場に急行。上空から誘導し、船は午前7時過ぎに深浦港に接岸した。
▽青森・深浦港(NNN)
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乗っていたのは一家4人で67歳の父と62歳の母、そして30歳の長男、26歳の次男。その国籍は当局に衝撃を与えるものだった。

「北朝鮮から来た」

4人は警察の調べに朝鮮語で答えると共に、所持していた北朝鮮の公民証を提示。警察の事情聴取にも素直に応じ、こう話しているという。

「生活が苦しくて逃げてきた」

青森県警は入管難民法違反の疑いで入国の経緯など調べを進めたうえ、入管に引き渡す見通しだが、脱北者であることはほぼ明らかだ。当局にとって87年の「ズ・ダン号」以来となる事態の始まりである。

【沿岸警備網をすり抜けた老朽船】

一家4人が乗っていた船は全長7.3メートルと小さく、屋根も付いていなかった。小型エンジンが2基積まれていたが、我が国では使われない古いタイプのものだったという。目撃者は、船の貧弱さに驚いている。

「木で作ったようなもの。今にもつぶれそうなやつ」
▽4人が乗っていた船(共同通信)
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調べが進む中、4人は老朽船で6日間の航海を続けていたことが判った。青森県警の聴取に、こう答えているという。

「先月27日の午後9時半に、北朝鮮の清津付近から出航した」

北朝鮮北東部にある清津(チョンジン)は、東岸の大きな港街で、かつて横田めぐみさんが工作船で連行された場所でもある。そのことが示すように我が国に接近する工作船の出撃拠点としても知られている。
▽北朝鮮東北部の清津港(FNN)
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初期の報道では、船が入った深浦港の近くに、国籍不明の別の不審な船があったとの情報も出ていた。またボートが黒く塗られ、4人が黒っぽい服装をしていたことから、怪しむ声も出ていた。

工作員の可能性について警察当局は、乗船者が武装していなかった事実を公表。さらに政府関係者は、こう断言している。

「脱北者でほぼ間違いない。所持品など状況からみて、工作員の可能性はない」

北朝鮮から出発した船が、海上治安機関の網をくぐり抜けて、日本海沿岸の港まで到達していた事実は、今後の課題となるだろう。仮に、武装工作員であれば、沿岸住民に重大な危険が及ぶ。

幸いなことに今回やって来たのは、脱北者であった。しかも、それは自らの危険と隣合わせの命懸けの逃避行だ。

【発見されれば政治犯収容所に直行】

なぜ、4人は船での祖国脱出を試みたのか。彼らは、こう話しているという。

「北朝鮮には自由がないので韓国に行こうと目指したが、警備が厳しいため断念し、日本を目指した」(NNN)

清津から南下すれば、韓国の東岸部に辿り付けるが、NLL(北方限界線)付近は朝鮮人民軍の警備艇が集中し、突破するのは難しい。その為に、真東に進むルートを選んだと考えるられる。
▽脱北者船のルート(FNN)
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それでもボートで北の領海を越えるには発見の危険を伴う。専門家は4人が乗ってきた船の装備から、こう指摘している。

「燃料の確保にしても、エンジンの確保にしても、冬の間に準備をして、海が静かになる時期を待って出てきたのではないでしょうか。大がかりな組織であるということよりも、1つの家族が命がけで日本海を越えてきたということが考えられます」(FNN)

保護された際、彼らは水や食糧の他に、薬のような物が入った小さな瓶を持っていた。中にあるのは自殺用の毒だったと明かしている。

「北朝鮮当局に見つかったら、飲んで死のうと思っていた」
▽港から移動される脱北者船(AP)
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決死の覚悟で大海原に出たことが分かる。不法出国者の船が北の警備艇に発見されれば、拘束され、送られる先は過酷な政治犯収容所以外にない。見つかった時点で一巻の終わりだ。

金正日体制下で抑圧され、政権の“餓死殺人”の対象となった庶民が生き延びるには、北朝鮮を離れるしか道がない。生ける地獄からの逃避行だ。

だが、なぜ4人は危険な海上ルートを選択したのか?

【南方ルートも閉ざされ始めた…】

今世紀に入って急増した脱北者は、まず中朝国境の抜け、旧満州エリアの韓国領事館などを目指した。やや警備が薄いとされる北東部の豆満江(トマンガン)を越える者が多かったが、そこでも警備兵に見つかれば狙撃の対象だ。
▽北朝鮮北部の民家
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運良くシナ国内に逃げ延びても、長い距離を移動しなければならない。僅かな所持金と不法入国の身柄で、大都市の韓国公館まで辿り着くのも険しい道程だ。

数年前はいわゆる「駆け込み」が相次いだ。瀋陽の日本総領事館で起きたハンミちゃん一家亡命事件を契機に、脱北者という単語が我が国でも広まり、一般的な認知を得た。
▽瀋陽総領事館駆け込み事件
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ところが、外国公館への駆け込みは、中共当局の警備強化で実現困難になった。中共は脱北者を支援するNGO関係者まで取り締まり、厳罰を科す方針を取り始めたのだ。

そこで新たな浮上したのが、シナ国内を縦断し、東南アジアまで密かに移動するルートだ。ラオスを抜けてタイで保護を求めるケースが増えていた。これまでタイには1000人規模の脱北者が南方ルートを辿って到着している。
▽タイ北部で拘束された脱北者5月11日(ロイター)
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ところが今年4月にはタイ政府がUNHCR(=国連難民高等弁務官事務所)の介入を拒否。脱北者約400人が足止めされる事態に陥った。また、ラオスでは拘束された脱北者が北朝鮮に強制送還されそうになるなどの人道問題が発生…

脱北者のルートは次々に閉ざされ始めているのだ。

深浦港に入港した4人が、そうした現状を知って海上ルートを選んだか、どうかは不明だ。しかし監視網が強まる中、日本への直接ルートを辿った脱北者が現れたことは偶然ではないかも知れない。

【人道問題に二重基準は存在しない】

一家4人が、一般的な難民であれば、不法入国と見なされて一時的に難民用施設に収容される。だが脱北者認定されると、法的な対処はまったく異なってくる。

昨年6月に成立した「北朝鮮人権法」が適用され、特別な保護の対象に変わる。同法の第6条では、人道的見地からの脱北者保護が謳われ、民間支援団体との連携を仰ぐとしている。
参照:拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律

まだ身体検査の最中だが、国内の脱北者支援団体は2日午後、緊急声明を発表。政府による脱北者認定と保護、希望する国への定住を求めた。
▽4人が乗ってきた船(ANN)
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アピールを出したのは、脱北者支援活動を続けている「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」だ。チベット問題にも造詣が深い三浦小太郎氏が代表を務める団体である。

脱北者の保護は当然だ。強制送還はそのまま政治犯収容所送りを意味する。脱北者狩りを行ない、北朝鮮に差し出して謝礼を貰うような中共の真似をしてはならない。

有事の難民流入には武装工作員が含まれる可能性が濃厚で、無分別な受け入れには問題がある。しかし、現在進行形で人権侵害を受ける脱北者の保護は、我が国が人道問題として拉致事件の解決を主張する以上、果たすべき義務だ。

この2月、6ヵ国協議の合意で、我が国だけが対北強硬姿勢を示す中、最高位脱北者の黄長ヨプ氏は「拉致問題で絶対に譲ってはならない」と日本の制裁路線を強く支持した。
▽北朝鮮民主化委員会結成式の黄氏
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ただし黄長ヨプ氏は、拉致以外の人道問題にも日本人が目を向けなければ国際社会の理解は得られなくなる、と警告している。人権での二重基準は許されないとの見識だ。

北朝鮮人権法の民主党案は、無制限の脱北者受け入れを盛り込み、その点が工作員の流入を招くと批判された。もっともな意見である。今回も第一報では不審情報も噴出したが、チェック体制にまだ不備がある。

【脱北者を生み続ける恐怖の土壌】

脱北者の大量受け入れには、身体検査を行なう専門機関の設置が必要条件だ。スパイ防止法がない時点での大規模な受け入れは問題が生じる。あくまで防諜(カウンター・インテリジェンス)機能の強化が前提だ。

危険性を排除する為の視点が民主党案には欠落していた。常に一部の政治難民には「偽装の可能性」がつきまとう。チェック機能とセットにしなければ、国民の間に無用な不信感を生み出しかねない。

深浦港に入港した一家は、取り調べに対し「韓国に行きたい」と述べているという。言葉が通じない日本に定住する意思はないと見られるが、今後、日本海ルートを辿る脱北者が増える可能性も少なくない。
▽脱北者船の検分(読売新聞)
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今回の事態で、北朝鮮当局は沿岸警備を増強すると予想するが、もし海を越えて日本列島を目指す脱北者が続けば、中には日本定住を希望する者も出てくるだろう。改めて脱北者受け入れの為の議論が必要となる。

昨年の北朝鮮人権法を巡る論議では、重要な部分がすっぽり抜けていた。それは、脱北者を生み出し続ける北朝鮮という国家を、どう捉え、どう対処するか、という根本的なスタンスだ。

北朝鮮では、出身成分で末代まで身分が固定されている。その体制にピリオドが打たれなければ、脱北者として国外に逃れる者が絶えることはない。食糧問題も含め、根源は北の国家統治システムにある。
▽南方ルートを辿った脱北女性5月9日(ロイター)
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脱北者の救出・保護は今できる数少ない支援策だ。だが、あくまでも対処療法で、根絶・完治させる“治療法”は、北の支配層という癌を切除することである。

日本海の向こうにある巨悪を、このまま放置しておいて良いのか?

すぐ隣の独裁国家には、21世紀の今も「地上の地獄」で呻く人々がいるという非情な現実…

突然、現れた脱北者は、我が国が直視しなければならない大きな問題を、国民に突き付けている。


     〆
最後まで読んで頂き有り難うございます♪
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参考記事:
産経新聞6月3日『北への送還、政府考えず 第三国による受け入れ模索』
読売社説6月3日「脱北者」 日本を目指すことになるのか
読売新聞6月3日『脱北者4人、政府が当面保護…人道問題として意思尊重か』

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