独裁者と対話する狂気…ゴールは金正日の強制排除

米朝の雪解けムードが演出される中“日本孤立論”が不気味に台頭しそうだ。だが、誤りは独裁者を対話相手と認めたことにある。何度も再燃する危機に終止符を打つのは、金正日の排除しかない。
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ビル・クリントンは報告を聞いて震えあがった。

1994年5月19日

リポートしたのは米統合参謀本部シャリカシュビリ議長、在韓米軍総ラック司令官、そしてペリー国防長官。

朝鮮半島で戦争が勃発すれば、北朝鮮はソウルに向け12時間内に5,000発の砲弾を浴びせる。

最初の90日間で米軍兵士の死者は5万2,000人。韓国軍の死傷者は49万人。最終的な犠牲者数は100万人を超え、その中には8万人から10万人の米国人も含まれる…


核関連施設へのサージカルストライクを検討していたクリントンは、報告を受けて姿勢を180度転換させる。

対話の模索だ。

そして、6月15日、特使のカーター元大統領がDMZを越え、平壌に入る。
▽板門店を越えるカーター元大統領(CNN)
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第二次朝鮮戦争をギリギリで回避させたカーター訪朝である。

翌16日、米東部時間午前

クリントンを含む米中枢の要人は、テレビにかじり付いていた。CNNの衛星中継を見る為だ。

画面に登場したカーター元大統領は、金日成がIAEA査察官の駐留継続に合意し、使用済み核燃料の再処理凍結を約束したことを明かす。ライブでのインタビューだった。
▽金日成とカーター元大統領
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危機は一瞬にして去り、米朝枠組み合意へと加速する。

ベーカー元国務長官は「北朝鮮の脅しに対してパニックに陥った」と痛烈に批判するが、クリントンは100万人の命を救ったことになる。

そして平壌に乗り込んだジミー・カーターは8年後の2002年にノーベル平和賞を授賞。キューバ訪問や北朝鮮訪問など「平和の使者」としての高い評価が受賞理由だった。
▽カーター・金日成会談94年6月(CNN)
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カーター訪朝が、推定100万人の犠牲者回避につながったことに異論はない。だが、その先に大きな悲劇が起きた。大惨事である。

米朝枠組み合意の翌年にあたる95年から98年にかけて北朝鮮国内では大量の餓死者が発生。その数は300万人にのぼると見られている。

100万人と300万人。

米朝激突で想定された100万人の犠牲者数には北朝鮮側の死者数は含まれず、軽々しい比較はできない。だが、ノーベル平和賞を頂戴して誇らしげなカーターの笑顔を見る時、そこに強い違和感を感じざるを得ない。

国際社会は、300万人を見殺しにしてしまったのではないか?

もし、94年の段階で金日成・金正日親子の排除を決行し、成功していたならば300万人の犠牲者は生み出されなかったのではないか?
▽カーター元大統領:昨年12月(AFP)
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果たしてカーターは多くの命を救ったのか、それとも…

【壮絶な300万人餓死説の根拠】

1990年代、日本はバブルの宴が去った後の湯冷ましのような世相に覆われていた時期。その頃、日本海の向こうで壮絶な飢餓地獄が続いていたことを想像するのは容易ではない。

300万人という膨大な餓死者の数に、統計的なデータの裏打ちはない。最高位脱北者・黄長ヨプ氏が示しているのは、350万人だ。

その中で確実なのは150万人で、それは黄氏が平壌で朝鮮労働党幹部から聞いた犠牲者数である。

95年…党員5万人を含む約50万人の死亡確認
96年…11月の時点で約100万人の死亡確認


黄氏は97年2月に亡命した為、その後の犠牲者数は直接確認していないが、報告をあげた党幹部は97年・98年で合計200万人が餓死するとの見込みを示していたという。

合わせて350万人という膨大な餓死者の数に対して、韓国では「誇張だ」「亡命者の言うことは信じられない」という声が巻き起こった。しかし、別の調査でもそれに近い犠牲者数が弾き出されている。

韓国のNGO「同胞助け合い仏教運動本部」は、中朝国境で難民1,700人から聞き取り調査を実施。1万人のサンプルを集めた結果、栄養失調などによる死亡率は実に28.7%に上ると判明した。

3人に1人という恐ろしい数だ。
▽栄養失調で保護された子供たち
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更にその数値を、総人口2,200万人から軍人・警察・農民など“安全圏”の900万人を差し引いた1,300万人に当て嵌めると、餓死者数は370万人。黄氏の350万人説と近い人数となった。

ただし現在では98年の餓死者はやや軽減したと見積もられて黄氏も下方修正し、餓死者数は約300万人の定説となっているようだ。

完全なデータが得られるのは、北朝鮮の体制変換が行われた後になるが、重要なのは大量の餓死が仕組まれたものだったことだ。

【同胞大量殺人の主犯・金正日】

1993年、日本は冷夏に見舞われ戦後最悪のコメ不足に陥った。いわゆる平成コメ騒動だ。同じように朝鮮半島の各地も冷夏で作況が落ち込んだ。翌94年、北朝鮮では干ばつが発生。食糧不足の下地が出来つつあった…

そして95年、北朝鮮は水害に見舞われる。大規模な洪水が各地で発生し、作物は壊滅的な被害を受けた。これが飢餓地獄の引き金となる。

危機的な状態について北朝鮮は当初「共和国に対する悪質な誹謗である」と強弁していたが、やがて世界に向け救援を訴えかける。

各国からの食糧支援が行われ、我が国からも50万トンのコメ支援が実施された。加藤紘一が暗躍した援助活動である。

ところが合計100万トンの緊急食糧支援は実を結ばず、実際には翌96年に100万人単位の餓死者を出している。送られた食糧は何ら有効に使われなかったのだ。

その理由が徐々に明らかになる…
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中央政府は食糧配給において1995年と1996年に、政治的理由でいくつかの恐ろしい決断を行っている。第一には、東側の港への全ての食糧輸送を中止したのである。第二には、状況証拠しかないものの、1996年の悲惨な収穫の直後に、北東部以外の地域にも一時的に公的配給制度を中止したと思われるのだ。
アンドリュー・S・ナチオス著『北朝鮮飢餓の真実』290頁

ここで鍵になるのが「出身成分」「配給制度」という北朝鮮の特殊事情だ。冬季は極寒の地となる東北部には、敵対階層にあたる国民の多くが押し込められている。彼らが頼りにするのは当局からの配給のみだった。

金正日はその時、悪魔的なアイデアを思いつく。自分に敵対する国民の抹殺だ。

チャウシェスク大統領夫妻が処刑されて以来、金日成・金正日親子は、自国民の叛乱に極端に怯えるようになっていた。ルーマニアと同様、北朝鮮国内にも独裁体制を恨む人民が一定の割合で存在する。

動揺階層・敵対階層と呼ばれる国民だ。

金正日は、食糧危機を乗り切ると同時に、これらの敵対階層に打撃を与える奇策に打って出る。手段は簡単だ。配給をストップさせれば飢えて死ぬ…

計画的な大量殺人であった。金正日による“餓死殺人”とも呼ばれるものだ。
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ヒットラーの虐殺は別の民族だったが、金正日のケースは、ポル・ポト同様、同じ民族による大量殺人だった。共産主義というシステムは、かくも酷い独裁者を生み出すものなのか…

朝鮮総連は沈黙しているが、東北部一円には日本から帰国した元在日朝鮮人が多く押し込められていた。そして連れて行かれたままの日本人妻も多く含まれていたと見られている。

3・3反日集会でも総連関係者は“弾圧”などと喚きながら、金正日崇拝を前面に打ち出していたが、実際には、飢え死にさせるという大弾圧を行ったのが、金正日だ。そこで“人権”という言葉は余りにも空しい。

歴史にifはないが、もし94年の段階で、国際社会があらゆる手段をもって金親子の独裁体制を追及していれば、少なくとも計画された飢餓地獄は起こり得なかったのではないか?

【ゴールは金正日体制の終焉】

6ヵ国協議の2・13合意に根本的な誤りがあるとすれば、それは金正日を対話の相手と認めたことだ。米国務省は94年、そしてオルブライト訪朝に至った2000年と同じ轍を踏もうとしている。
▽訪朝したオルブライト国務長官(当時)
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国際社会は冷静に北朝鮮という国家の欠陥部分について改めて考えるべきだ。

金正日は対話の相手ではなく、排除目標である。

独裁政権を叩き潰さなければ、北朝鮮問題は幾度となくぶり返されることになる。それは94年、または2000年の経験から導き出された結論だ。

これまでの安易な対話は、その場しのぎでしかなく、北朝鮮問題を根底から覆すには至らなかった。自明のことだ。深刻なトラブルの殆ど全ては金正政権が生み出したものである。

恐らく、今後の6ヵ国協議で、我が国の独自のスタンスが鮮明になる場面が見られるだろう。
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なぜ他の4ヵ国と温度差があるのか?

「日朝間には拉致問題というトゲが突き刺さっているから…」とするのは余りにも表面的だろう。

日本人が見出したのは、拉致問題の背景にある金正日政権の邪悪な性質だ。拉致事件というショッキングなフィルターを通して、政権の本質を多くの国民が垣間見たのである。

知ってしまった、という表現の方が正しい。

翻って他の4ヵ国はどうか?

米国民は政府の調査能力に比べて、余りにも知識が乏しく、関心も薄い。ロシアはそれ以下で、極東の小さな国はアナザー・ワールドだ。中共は政府の情報コントロールで、本質どころかアウトラインについても北朝鮮の事情をしらない。

唯一可能性があるのは韓国で、伝統的に北朝鮮の暗黒体制について学んできた。実際に矛を交えた兵士も存命中だ。しかし、太陽政策によって意図的にダークサイドは隠され、逆のイメージが築かれている。

この各国の温度差が、そのまま交渉担当者の姿勢として、協議のテーブルに反映されているのだ。

果たして、国民の声を背にした我が国のスタンスが愚かだと言えるのだろうか?

決して愚かでもなければ、“強硬”などでもない。

邪悪な政権にNOを突き付けることは、それが本当に危険な連中であるが故に勇気のいる行動だが、賞賛されるべき態度だ。「核の放棄が最優先だ」としたり顔で論じる者もいる。しかし問題はあくまでも、核開発を推進した金正日政権の性格である。

「核」とは金正日のドレスケースにある1着の衣装に過ぎない。

独裁政権が巻き起こした危機を完全なセーフティー・ゾーンに引き戻すには、独裁者本人を強制的に排除する必要がある。
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ここで我が国が強く主張しなければ、北の邪悪な体制は再び温存されてしまうだろう。当面の事態打開の為に、怪物と取引する事こそ愚かだ。

金正日体制にピリオドを打ち、恐怖支配を終焉させる。

それがゴールだ。

関係国が日和見的な態度を示しても、我が国は最後まで堂々と悪に闘いを挑み、意志を貫徹しなければならない。そこで最も頼りになるのは日本国民の声なき声だ。


      〆
最後まで読んで頂き有り難うございます♪
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参考文献:
アンドリュー・S・ナチオス著『北朝鮮飢餓の真実』(扶桑社)
島田洋一著『アメリカ・北朝鮮抗争史』(文春文庫)
黄長ヨプ著『金正日への宣戦布告』(文藝春秋)

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