祝!天長節…サヨク学者が震えた天皇論

平成18年の天長節を迎えるにあたり、かつて左翼学者の間で交わされた天皇論を紹介する。そこには列島に刻まれた天皇と諸々の民の絆が解き明かされている。
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奉祝
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天皇陛下萬歳

12月23日、天皇陛下におかれては73歳の御誕生日を迎えられました。臣民のひとりとして心からお祝いの言葉を述べさせて頂きます。

天皇陛下の御誕生日を祝寿し、御長寿と皇国の益々の繁栄を祈願いたします。

~國民歌『天長節』~(明治27年)

今日の吉き日は大君の
うまれ給いし吉き日なり
今日の吉き日は御光(みひかり)の
さし出給いし吉き日なり
光遍(あまね)き君が代を
祝え諸人(もろびと)もろともに
恵み遍き君が代を
祝え諸人もろともに

~作詞:黒川 真頼 作曲:奥 好義~
参考:『天長節』(伴奏のみ)

【地に堕ちたサヨクの品格】

御皇室を中傷する寸劇の主催者『週刊金曜日』が天長節の前日、「読者のみなさまへ」として“謝罪文”を発表した。

社長・佐高信と編集者・北村肇の名義だ。

22日発表のおわび文 

鬼畜芝居については「人権およびプライバシー上、一部の表現に行き過ぎや不適切な言動があり」「誤解や不快の念を生じさせた」と言葉を濁している。

この“謝罪”は、読者に向けられた体裁だが、『週刊金曜日』を愛読するような鬼畜人に誤っても何ら意味がない。
佐高、北村をはじめ、筑紫哲也、本多勝一にいたるまで、両陛下に対する真摯な謝罪を要求する。

人間性の欠片が残っているなら誠意を見せよ。

また「タブー」という曖昧な表現を用いて、自己満足に過ぎない御皇室中傷を続けることは、今後、一切許されない。タブーを掲げるなら、本物のタブーに斬り込んでから発言すべきだろう。

一方、『週刊金曜日』事件で興味を引いたのが、老害サヨクと呼ばれる連中が、理論を放棄し、コントのような演出で国体攻撃を行ったことだ。

余りにも幼稚な手法で、敵として不足である。民族派が瞠目するようなハイレベルの議論が喪われたことを残念にさえ感じる。

かつての左翼人士は、真正面から国体問題を論議し、思想闘争に参戦していた。それらの『天皇論』をめぐる知的冒険は、民族派にとっても貴重なものだったろう。

その昔、2人のコミュニストによって戦わされた風変わりな『天皇論』の一部を紹介する。

会話がやや難解で取っ付きにくいが、導き出される結論はセンセーショナルだ。

【「国体」を英訳すると何になる?】

宗教学者・中沢新一が2年前に書いた『僕の叔父さん 網野善彦』の第三章は『天皇制との格闘』と題され、古い共産主義者が国体=天皇をどう捉え、悩んだかが記されている。

そこに2人のコミュニストが激論を繰り広げるシーンが登場する。

1人は網野善彦である。

網野善彦は、日本中世史の研究で、それまでの視点を大きく変える画期的な中世観を発表した歴史学者である。
その独自の歴史認識は衝撃を与え、「網野史観」と名付けられた。意外だったが甥の中沢新一によれば網野も当時は確信的なコミュニストだったという。

そしてもう1人は、中沢新一の父・厚だ。

中沢厚は日本共産党から除名されたのを機に、20数年間に及んだ政治活動を止め、農村で民俗学の研究に没頭していた。風変わりな知識人だが、徹底した共産主義者であった。

2人は中沢新一の祖父にあたる生物学者・毅一が残した『我国体の生物的基礎』にある奇妙な表現をめぐって天皇論をスタートさせる。

その論文では「国体」が本人の手による英訳で
country’s beingとなっていた…

通常は「国体」は「国家形態」として
the structure of a state
または national polity と訳され、
country’s beingを和訳すると「国の本性」となる。

孫の中沢新一は、「国体」には国家の構造を無理に形作る主体的・男性的な意味があるが、country’s beingとなると、日本の国土に充満する本性ないし霊性(sprit)のような受動的・女性的な意味に変貌する、と解説している。

そこに「天皇の本質」を明かす鍵があるのか…

論争で、父・中沢厚はこう語る。

「縄文時代以来のcountry’s beingという厚い土壌に天皇制は根を下ろした植物に過ぎない」

さらに「根は意外に浅い。その事実を隠蔽するために、さまざまな神話が動員されてきた」と説く。

それに対して網野善彦は独自の歴史観から、やんわりと否定していくのだ。

【天皇と直接つながった者たち】

「天皇がcountry’s beingに根を下ろすやり方が独特だったのです。天皇はいろいろな顔を持っています。律令制を支える官僚組織のトップにいるのも天皇ですし、穀物霊をお祀りする神主のトップに立つのも天皇です」

これはややステロタイプ的な歴史観で、対する中沢厚は「列島にはコメ作と関わりなかったヤクザや商人も多かった」と反論する。

ここから網野善彦の独自の歴史観が披瀝され、論争は意外な展開を見せ始める。

「日本人が米を食べるのが好きというのは神話ですからね。(略)農業でないもうひとつのcountry’s beingがあって、天皇はそこもみごとに支配していたんです。ヤクザや商人はその代表です」

この話を聞いて中沢親子も興奮し始める。網野善彦は続けて言う。

「country’s beingというのは一枚岩ではなく、(略)農業と非農業というふたつの要素があって、天皇はその両方をうまく支配していた。しかも、それぞれの支配のやり方が根本的に違っているようなんです」

非農業民を主人公に据えたのが網野史観である。

中沢厚は訊ねる。

「非農業民とは狩猟をしていた連中の末裔なのか」

「一概には言えません。山の民とか川の民と呼ばれれていた人たちも仲間ですし、海民などもその典型です。
また中世に諸職の民と呼ばれた職人も、非農業民に入ります(略)天皇はこういう連中からは、稲籾の形で租税を取るのではなく、山や川や海で採れる産物を、神様にたいするお供え物の形で、直接納めさせていました。

ですから、天皇と非農業民とのかかわりはダイレクトなものであって、あいだにいろいろな租税徴収請負人が立つ形で、間接的に天皇につながっていた農民とは、まったく違う感触をもって、天皇と関係していたんですね」

「すると、網野君はこう言いたいわけか。農民は保守的な心情で天皇とつながっているけれども、非農業民はもっとなんというか、生な、右翼的心情で結び合ってる、と。

網野君の言うとおりだとすると、今までこんがらがってよく分からなかった日本人の天皇制への心情が、きれいに解きほぐされていくかも知れないなあ」

“天皇制”が列島に下ろした根は浅いと断言していた中沢厚は次いで、こうつぶやく…

「しかしそうなると、天皇制の大地に下ろしている根は、思いのほか深いということにはならないかい…」

「そのとおりです」と網野は断言する。

「日本の農業がもっと解体してくるようになると、天皇制を支えてきた保守主義の部分はグズグズになってくるでしょうね。でも非農業民的なものは技術や商業に姿を変えて、むしろますます発展をとげつつあるわけです」

つまり、コメ作と天皇の結びつきだけではなく、職人的・技術者的な要素もまた国体と深く関係していると説いているのだ。

中沢新一は、こうした主張から、そうした人々は列島のもっと深い地層にまで繋がり、そこから日本型の資本主義もユニークな技術も生まれてきた…と補足している。

【山の民…逆転する非差別の構造】

2人のコミュニストが天皇論を戦わせたのは昭和40年代の初め頃だった。

特に政治活動を続けてきた中沢厚は、本気で国体を破壊し、共産国家を列島に誕生させたいと願っていただろう。当時の左翼は敵勢力を打倒する為に真剣に戦略を練り、研究を重ねていた。現在のカタカナ左翼とは質が違う。

この本の中で、網野善彦はコミュニストと定義されているが、唯物史観に毒された頑迷な共産主義者ではなかった。
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網野は後に後醍醐天皇を描いた『異形の王権』を世に送り、名声を博すが、その史観は左右両方から利用され、また非難されるといった複雑なものだ。

ただ、被差別団体を懐柔して味方につけた反天皇勢力にとっては、衝撃的だったようだ。

サヨクの一般認識では、天皇は身分制度の頂点に立ち、そのアンチとして非差別が存在するとしていた。

しかし、網野史観はまったく逆だ。

天皇の庇護者として非農業民や漂白の民が描かれている。定住を嫌って徳川体制から弾き出された山の民こそ、縄文時代から天皇とダイレクトに繋がっていた者たちだった。

非差別の歴史を見る時、この視点は画期的であったが、アカデミズムからは猛反発を受け、今も大きな脈にはなっていないようだ。

網野善彦は晩年になって数々の著作を出版した。全体像をコンパクトにまとめた一般書としては『日本の歴史をよみなおす』(ちくま学芸文庫)などがあるが、これでもまだ学術的である。

網野史観の信奉者で、しかもスリリングに活写したのが、歴史小説家の故・隆慶一郎だ。デビュー作の『吉原御免状』(新潮文庫)には、網野史観が判り易く説かれている。
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ネタバレになるが、主人公が後水尾天皇の御落胤という設定が痛快である。皇子がこれ程ヒロイックな活躍を見せる時代小説は類例がなく、愛国者にとっては堪らない英雄譚だ。

そこには網野が力説する非定住の民と天皇との不思議な絆が、活劇の縦糸として美しく縫い込まれている。

          〆
最後まで読んで頂き有り難うございます♪
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【side story】
☆冒頭に掲げた画像を今年のものに差し替えました。産經Webサイトからの拝借です。(17:30)
日の丸の海が美しい…

今年は参賀できませんでしたが、小旗を配るボーイスカウトの皆さま方など、お疲れさまです。

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