ロシアが変える極東紛争地図…空白を埋める中共軍の野望

ウクライナは明日の東亜か…北欧2国のNATO加盟申請で様変わりする欧州の安全保障環境。だが、アジア・太平洋では軍事大国ロシアの歴史的退場が新たな戦雲を呼び込む。
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飛び抜けた軍事大国でもなく、紛争に明け暮れる戦乱の地でもない。それにも拘らず、北欧フィンランドには、20世紀の戦争を代表する2人の有名な兵士が居る。

「白い死神に気を付けろ」

そう警告したソ連赤軍の兵士は、次の瞬間に頭を撃ち抜かれて息絶えた…1人目は数々の伝説に彩られた人類史上最強のスナイパー、シモ・ヘイヘだ。敵兵は“白い死神”と呼んで恐れた。
▽照準を定めるシモ・ヘイヘ’40年頃(file)
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1939年に始まったフィンランド対ソ連の冬戦争で、ヘイへは520人以上の赤軍兵を狙撃し、葬った。途中から人数は正確に計測され、サブマシンガンで倒した敵兵はカウントから外している模様だ。

しかも100日に満たない短期間で達成した記録である。頬から顎を吹き飛ばされ、戦死扱いになった後、1週間後に意識を取り戻したという実話は、我が軍の“不死身兵”舩坂弘軍曹を彷彿とさせる。
▽退役したヘイヘと狙撃銃モシン・ナガン(file)
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シモ・ヘイヘ少尉は戦記よりも創作物のモデルとして名が知れ渡った人物だ。決して塗り替えられることのない記録の持ち主。数年前に未発表の回想録が見付かり、新たな研究も期待される。

もう1人はフィンランド空軍の撃墜王、エイノ・イルマリ・ユーティライネン。兄のアールネは、シモ・ヘイヘを登用した陸軍将校で、空と陸で祖国を守った英雄兄弟だ。
▽ユーティライネン弟と搭乗機(file)
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ユーティライネン准尉の撃墜数は94機以上に上る。撃墜王の二つ名を持つ戦闘機乗りは、独空軍のエーリヒ・ハルトマン少佐を筆頭に我が軍の岩本徹三中尉や坂井三郎中尉、菅野直中佐ら数多い。

その中でもユーティライネンが異質なのは、5年間の度重なる出撃で、1発の直撃弾を浴びなかったことだ。その為に「無傷の撃墜王」なる異名を与えられ、今に語り継がれる。
□冬戦争後に勃発した継続戦争


5年に渡る戦い…フィンランドは冬戦争に次ぐ、継続戦争で大戦期にソ連と戦った。特に冬戦争は小規模の軍隊が攻め入る大軍を撃破するなど今次のウクライナ戦争と似通っている。

【英露グレートゲーム200年の終わりに】

「この歴史的な瞬間をしっかり掴み取らなければいけない」
▽申請書を持つストルテンベルグ事務総長5月18日(AP)
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書類を受け取ったNATOのストルテンベルグ事務総長は、そう語った。フィンランドとスウェーデンは5月18日、NATO正式加盟を申請。事務総長は加盟各国と直ちに協議することを宣言した。

「ロシアからのあらゆる種類の行動に備える」

フィンランドのマリン首相が訪問先のストックホルムでNATO加盟の意向を具体的に表明したのは4月13日だった。スウェーデンのアンデション首相も共同歩調を示し、クレムリンに強い衝撃を与えた。
▽共同会見する両国首相4月13日(地元紙)
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両国ではウクライナ戦争の勃発を受け、NATO加盟支持の世論が高まった。しかし議会での審議も始まらず、加盟申請は早くとも6月下旬と見られていた。それが1カ月以上も短縮されたのだ。

歴史的な大転換と呼ぶに相応しい。スウェーデンの軍事中立は、ワーテルローでナポレオンが敗れた1815年に始まる。実に200年を超す「中立の歴史」にピリオドを打ったのである。
▽ワーテルローの戦いを描いた絵画
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北海に抜ける海峡は狭く、NATOと事を構えれば、ロシアはバルト海からの出口を失う。更に、地政学的には1300㎞の国境を接するフィンランドが重要な意味を持つ。かつて激戦を繰り広げた国境地帯だ。

枢軸国に分類されたフィンランドは、ソ連に一部領土を奪われたまま、戦後は従順な容共国家として歩む。そこは西側とロシアを隔てる北のバッファゾーンでもあった。
▽NATO加盟国の変遷(西日本新聞)
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「話し合いは非常に穏やかで冷静なものだった」

フィンランドのニーニスト大統領は拍子抜けした感じだ。5月14日に電話会談で加盟の方針を説明した際、プーチンは怒鳴り散らすこともなく、冷静沈着に受け止めたと明かす。

「NATOに加盟申請すれば、深刻な軍事的・政治的結果を招く」

加盟を巡る議論が沸き起こる中、ロシア高官は強く警告し、武力行使も示唆して脅した。だが、実際の加盟申請でロシア側は送電停止以外、具体的な報復行動には出なかった。
▽ノルウェー軍参加のNATO合同演習3月(ロイター)
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増強されたロシア軍戦車部隊が国境を越えてフィンランドに侵攻する事態は、まず起こり得ない。ウクライナの激戦をよそに、欧州は安定化に向かっているという楽観的な見方も出来る。

少し大袈裟に言えば、200年以上続いた英露のグレートゲームが完全終決する可能性が出てきたのだ。アジア方面とは別世界である。

【思惑入り乱れる複雑なアジアの事情】

「我々は最も強い言葉で遺憾の意を表す」

開戦から1週間後、UN緊急特別総会でロシア非難決議が採択された。欧米を中心に141ヵ国が賛成し、反対は北朝鮮やベラルーシなどロシアの衛星国を含む5ヵ国に留まった。

圧倒的と評された非難決議だが、内訳を注意深く見ると「不安定なアジア」が浮かび上がってくる。棄権した35ヵ国のうち、欧州の国家は旧ソ連圏のアルメニアだけだった。
▽緑=賛成 茶=反対 橙=棄権(BBC)
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上記地図のオレンジ色が対ロ非難決議で棄権した国だ。中共を筆頭にインドやモンゴル、キルギスやベトナムなどがロシアとの対立を避けた。グリーンで覆われた欧州とは著しく異なる。

ソ連時代から友好関係を保つ国に加え、スリランカ、パキスタンも態度を曖昧にした。ビルマはクーデター前に赴任したUN大使が賛成票に投じたに過ぎず、現在の軍事政権はロシア寄りだ。
▽訪露したカーン首相(当時)2月24日(ロイター)
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パキスタンは反ソ親中で鳴らしたが、後に失脚するカーン首相がモスクワを訪れた日に、折り悪く侵攻が始まった。背景にはガスパイプライン開発の大型契約があった。

決議に反対した北朝鮮、北京マニフェスト発表で運命共同体となった中共が“極東のガン細胞”であることは改めて指摘するまでもない。また台湾国に投票権すらない歪んだ現実も強調しておく。
▽訪印したプーチンとモディ首相12月(VOI)
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気懸りなのは、ウクライナ戦争に伴うロシア孤立化で不安定な立場に置かれたインドとベトナムだ。我が国の安全保障上、重要な位置を占める2ヵ国である。

「このような国から、理解と協力を得るよう努めることが重要だ」

GW期間のアセアン歴訪でハノイ入りした岸田首相は、日越首相会談後、そう語った。ベトナムは会談でウクライナへの人道支援を表明したが、基本的・伝統的なスタンスは崩していない。
▽ハノイで歓迎式典に臨む日越首相5月1日(代表)
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ベトナムは対米戦争でソ連軍事顧問団を招き入れ、兵器の供与を受けた。米空軍を震え上がらせたソ連製地対空ミサイルの存在は、ウクライナ戦争の裏返しのようでもあった。

更に、’78年末のカンボジア進攻、中越紛争でベトナムが国際的に孤立する中、ロシアは多大な援助を惜しまなかった。冷戦が終わるまで、ソ連にとってベトナムはアジアの優等生であり続けた。

【印越の対中激突を防いだロシアの後ろ盾】

中共による南シナ海侵略は、米海軍の比島スービック基地閉鎖によって生じた軍事空白に起因する。概ね正しい理解だが、対岸にあったロシア海軍基地の消滅も軍事バランスに少なからぬ影響を与えた。
▽越中部カムラン湾のソ連海軍基地(file)
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対米戦争に勝利した北ベトナムは敵海軍の拠点カムラン湾を奪取。同地はソ連海軍太平洋艦隊の基地となった。しかし、ソ連を継承したロシアはカムラン湾の租借を延長せず、’02年にあっさり放棄する。

中共は隙を見逃さなかった。ベトナム戦争の混乱に乗じて盗み取ったパラセルを要塞化し、戦闘機や地対空砲を配備。更に南下し、武装船がベトナム漁船を脅かし、ハノイ政権を苛立たせている。
▽越漁船を威嚇する中共艦艇’14年(EPA)
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局地的な軍事衝突も懸念される危うい状況。それでも中共海軍の暴れっぷりが、比・台湾方面と違って抑制的なのは、ベトナムの背後にロシアが控えている為だ。

中越の海上紛争リスクはゼロではないが、事態が先鋭化する前にロシアは直ちに仲裁に入るだろう。いわゆる重石である。中共にとって厄介な「ロシアの後ろ盾」は、インドにも当て嵌まる。
▽衝突現場に向かうインド軍車両’20年6月17日(AFP)
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中共軍は’20年6月、インド北部のラダックに侵攻し、45年ぶりとなる戦死者が双方に発生。衝突は散発的に起きているが、これもロシアという重石が作用し、印中全面戦争に発展する恐れは少ない。

仮にロシアが弱体化し、軽石でさえなくなった時、アジアの安全保障環境は、どう変わるのか…“荒くれ者”のロシアが退場しても取って代わる国がなく、平和が訪れる欧州とは決定的に違う。

「ウクライナは明日の東アジアかも知れない」
▽訪英した岸田首相とジョンソン首相5月5日(代表)
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5月5日に行われた日英首脳会談後の発言は、岸田首相らしくなく、尖っていた。我が国のメディアが余り注目しなかったのには理由がある。発言は中共問題に絡む英紙記者の質問に答えたものだった。

「台湾を巡るチャイナの脅威や威嚇に対抗する上で、インド・太平洋が学ぶ教訓はあるか?」

アジア地域で「一方的な現状変更」を試み、既に一部実行している権威主義的体制の国家が中共だ。軍事大国ロシアの衰亡は、必ず中共の覇権拡大に直結する。
▽南シナ海大規模演習で訓示する黄熊’18年(AP)
AP通信中国の習近平(シーチンピン)国家主席。南シナ海で人民解放軍海軍の艦隊を視察した後に演説する様子=18年.jpg

衰えゆくロシアを手助けする義理も道理もない。だが同時に、我が国はパワー・バランスが激変した新時代を見据え、本当の強大な敵国・中共に備える必要がある。

ロシアの脅威排除で完結する欧州とは違うのだ。インドやベトナムに対しては歴史的な事情を考慮し、決して追い込むような立ち振る舞いをしてはならない。
▽横田基地に到着したバイデン5月22日(AP)
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バイデン政権のアジア政策はオバマと同じ「無関心」である。長期的な視点も裏の裏をかく戦略もない。あくまでもFOIP(自由で開かれたインド・太平洋)構想を主導するのは、創始国である我が国だ。



最後まで読んで頂き有り難うございます
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参照:
□首相官邸HP5月5日『東南アジア及び欧州訪問についての内外記者会見』

参考記事:
□ロイター5月5日『岸田首相「ウクライナは明日のアジア」と危機感 対ロ追加制裁表明』
□読売新聞5月22日『NATO申請フィンランドとの国境、ロシアが部隊増強へ…「軍事的脅威高まっている」』
□産経新聞5月18日『フィンランドとスウェーデンがNATO加盟を申請 事務総長「歴史的瞬間」』
□ロイター5月15日『Finnish leader says latest Putin talk on NATO 'calm and cool’』
□BBC3月11日『【解説】 対ロシア制裁、なぜアジアでは意見が分かれているのか ウクライナ侵攻』
□BBC5月11日『【解説】 ロシアの主張に耳を傾ける国々 ウクライナ侵攻』
□読売新聞3月2日『国連でロシア非難決議、「賛成票」予想超す』
□ギガジン4月20日『なぜインドはロシアに対して弱腰なのか?』
□ロシア・ビヨンド’20年7月2日『ソ連はベトナムで米国とどう戦ったか(写真特集)』

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この記事へのコメント

金 国鎮
2022年05月23日 21:52
プーチンの最近の演説を知っている。
軍事進攻の前の話である。
プーチンは説得力のある話ができる数少ない政治家である。

プーチンはソビエトが共産党政権の時代に如何に多くのロシアの精神を失ったかそしてそれを取り戻すために今も戦っているロシアの現状について話をする。
彼は誰に向かって話をしているのだろうか?
ロシア国民だろうか?
プーチンはロシアは多民族国家であり、ロシア国内の多くの民族の協力を求めている。
プーチンはアメリカのキング牧師の言葉を取り上げて如何に人権が重要であるかを言う。
どれもこれも日本では無視されている。

東アジアでは北の抑止力となっているのがロシアである。
中国東北はソビエトが軍事解放した地域である。
中国東北は中国にして中国にあらず。
この地域が政治的独立に向かう時にはロシアが重要な役割を果たす。
在韓米軍は何もできないが、韓国の軍事技術の急速な向上は
ロシアと同様に重要な役割を果たすかもしれない。
韓国はロシアと安全保障上の新しい関係を作れるだろうか?
東アジアの現実を無視してロシアの話をする日本の大手メディアとは何だろうか?
戦前の関東軍の努力を何もかも誤りと思うのは正しくない。
ロシア沿海州の求めている経済援助ができるのは日本と韓国である。
ロシアには多くの高麗人が住んでいる。
彼らが中央アジアからロシア沿海州に移り住んでいると聞く。
韓国はどういう反応をするだろうか?