2022年の“ゲルニカ戦記”…港街が廃墟と化す20日間

マリウポリ包囲戦の終盤、最後の記者が街を去った。敵側プロパガンダを即座に粉砕する“眼”の消失。8年に渡り親ロ派の攻勢に耐えた港湾都市は1ヵ月の無差別攻撃で廃墟と化した。
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「ジャーナリストは何処だ」

病院に入ってきた兵士の叫び声が聞こえた。1ダース程の兵士はウクライナ軍の腕章を付けていた。記者は扮装したロシア兵と疑い、身を潜めたが、杞憂だった。

「我々は貴方達を救ける為に来たのです」
▽包囲戦で応戦するウクライナ兵3月11日(AP)
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手術室の壁は砲撃音で揺れ続けていた。匿ってくれた医師や病院の廊下で寝る人々を置き去りにすることに後ろめたさを覚えつつ、記者は兵士に守られて通りに出た。

砲弾が近くに落ちる度、地面に伏せる。荒廃した共同住宅の間を抜ける10分前後の時間は、永遠のように思えた。地下室に辿り着いた時、記者を命懸けで救出した理由が明かされる。

「ロシア軍に捕えられれば、これまで撮影したものが全部嘘だと証言させられるだろう。そうなったら、君達のマリウポリでの仕事は全て無駄になる」
▽市郊外で集団埋葬される犠牲者3月9日(AP)
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AP通信のウクライナ人記者ムスティスラフ・チェルノフ氏が3月22日付け、激戦地からの脱出ルポを発表した。『マリウポリの20日間』と題した重苦しい戦記である。

チェルノフ記者は、その数日前に『'Why? Why? Why?'』という長文記事を書き上げたばかりだ。同記事には、病院に搬送された子供の写真が複数添付されているが、キャプションの表記は残酷だった。
▽重傷の息子を搬送する父と母3月4日(AP)
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「心肺蘇生を受けたこの少女は、生き残れなかった」「医療従事者は息子キリルの命を救うことに失敗した」

およそ報道記事らしくないタイトルの「Why?〜」は、息子の最期を知って啜り泣く母親の言葉だ。感情的な記述と淡々とした表現が入り混じる極めて異質な、個人の視点から見詰めた戦争報道である。
▽息子の最期を知って嗚咽する母親3月4日(AP)
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そして読み終えた後、読者は質問を投げ掛けられたかのように感じるだろう。この1ヵ月、あなたはウクライナ戦争の何を知ったのですか、と。

【歴戦の戦場記者が抗った“情報の停電”】

Zマークが記されたロシア軍の戦車が高層アパートに砲撃を繰り返す。場所はマリウポリ東部。報道各局が引用した迫真の映像。これを撮影したのがAP通信のチェルノフ記者だった。



チェルノフ記者はハリキウ出身で、これまでシリアなど数々の激戦地に赴き、受賞歴も多い戦争特派員だ。歴戦の猛者でもあるが、今回の戦場は速報性と通信環境の問題で綱渡りを強いられた。

「商品棚が空になった食料品店の外に唯一、電波が安定して繋がる箇所があった。1日1回、車でそこに行き、階段の下に隠れて映像や写真をアップロードした」

日課は3月3日に終わった。その後、病院の7階で微弱な電波を拾い、送信する作業に追われたという。ロシア軍戦車による無慈悲なアパート砲撃を撮影したのも同じ場所だった。
▽砲撃で炎上する集合住宅3月11日(AP)
砲撃で炎上する集合住宅3月11日AP通信.jpeg

記者が目撃したのは、ロシア軍の蛮行だけではなかった。市民が商店の窓を壊し、競うように略奪する様子を見たのも病院の7階だった。砲撃の合間、若者は高価な電子機器を積み上げて運んでいた。

「堅実な中流階級の都市マリウポリが最後の一欠片までバラバラになる様子を、私は見た」

開戦から間もなく、マリウポリの電気・水道は途絶えがちになり、通信網も寸断された。受信できるロシア語のラジオ放送は、昔懐かしいソ連風のプロパガンダに満ちていた。
▽シェルターに退避する住民3月6日(AP)
シェルターで暮らす市民3月6日AP通信.jpeg

「既にマリウポリは包囲されている。武器を捨てて投降せよ」

情報の停電が深刻な影響を与えた、と記者は言う。食糧と燃料が尽き掛け、外部との連絡も絶たれる。市民が疑心暗鬼に陥り、パニックを起こすまで時間は掛からなかった。

記者がマリウポリに入ったのは開戦日の未明だった。パリ支局と連絡を取り合っていたものの、詳しい戦況は分からない。目撃する範囲で理解できるのは、事態が悪化し続けているという事実だけだ。

「ほんの数週間前、マリウポリの未来はずっと明るく見えた」
▽埠頭で犬を散歩させる男女2月23日(AFP)
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仏AFP通信は関連記事で、夕暮れのマリウポリ港で佇むカップルの写真を掲載している。日付は今年2月23日、開戦の前日だ。アゾフ海を望む古い港町は1ヵ月足らずで広大な廃墟と化した。

【プロパガンダを打ち砕く「眼」】

「私達は、死んだ魚で埋まる水族館が併設された廃ホテルの地下室に居る。孤立状態で、私達の仕事を貶すロシアの偽情報作戦について全くの無知だった」

チェルノフ記者と共にマリウポリ入りしたもう1人は、戦場カメラマンのエフゲニー・マロリエトカ氏だ。南部ザポロジエ地方出身のウクライナ人である。
▽病院から街を見渡すマロリエトカ記者3月9日(AP)
AP通信3月9日病院7階のマロリエトカ記者.jpeg

「3月9日、私達は病院から上がる煙に気付いた。到着した時、まだ救助活動は続いていた」

各国で大きく報道された「搬送される妊婦」の写真を撮ったカメラマンがマロリエトカ氏だった。病院攻撃に憤る警察官は、この事実を世界に逸早く知らせるよう送信作業に協力にしたという。

「これは戦争の流れを変えるに違いない、と彼は言った」
▽産科病院から搬送される出産間近の女性3月9日(AP)
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確信は正しかった。註英ロシア大使館は「偽写真」とツイート。救助された1人が美容系インフルエンサーだったことから「役者」と断じた。ロシア側を激しく動揺させる程のインパクトがあったのだ。

侵攻の暴力性を象徴する報道写真と称賛されたが、結末は悲劇だった。AP編集部の依頼で、搬送された妊婦の容体を調べると、母親も胎児も命を落としていた。そして露側の非道なプロパガンダが際立つ。
▽攻撃を受けた産科病院の内部3月9日(AP)
攻撃を受けたウクライナ・マリウポリの小児・産婦人科病院(AP).png

「あの病院は以前からアゾフ大隊に占拠され、基地になっていた」

トルコを訪問したラブロフ露外相は3月10日、そう断言した。後に爆撃されるマリウポリ中心部の劇場も高齢者避難所の美術学校も全て「アゾフ大隊の拠点」だと言い放つ。

ドネツク州マリウポリ市はアゾフ大隊の拠点とされ、侵攻するロシア軍と対峙する勢力に含まれている。だが、何もかも大隊に結び付けて正当化するロシア側の主張は到底受け入れられない。
▽空爆で破壊された劇場3月16日(州当局SNS)
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3月19日に発覚した婦女子1,000人の強制連行も「アゾフの魔の手から守る」為の措置だと豪語。“アゾフ大隊最強伝説”はロシア製プロパガンダの匂いを日々濃くし、粗が目立つようになった。

【瓦礫と灰、2022年のゲルニカ】

AP通信記者2人のマリウポリ脱出は大きなリスクを伴っていた。世界に反響を巻き起こした象徴的な写真は実名がクレジットされ、ウクライナ兵が心配した通り、2人はロシア軍から狙われていた。
▽取材中のチェルノフ記者2月26日(AP)
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仮初めの停戦協議で設定された“人道回廊”は、マリウポリでは機能していたようだ。それでも顔バレ身バレの可能性が高い中、15ヵ所のロシア軍検問所を抜けるのは容易ではなかった。

「検問のロシア兵は、壊れた窓をプラスティック片で覆う車の内部を厳しくチェックする余裕などなかった」
▽脱出の際に乗った自家用車3月17日(AP)
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西に向かう長い車の列が幸した。その日、脱出を果たした非戦闘員は3万人に上ったという。開戦前夜にマリウポリ入りしてから20日間が経っていた。

「私達はマリウポリに残っていた最後のジャーナリストだった。今は誰一人、記者は居ない」

砲撃音が鳴り響く中、2人は強い使命感に駆られて戦場を記録した。ロシア側のプロパガンダを即座に打ち砕く「眼」であり続けた。そして彼らが去った後、マリウポリ全市の破壊が激化する。
▽攻撃で損壊・炎上した集合住宅3月18日(ロイター)
建物が攻撃を受けたマリウポリの街並み(18日)=ロイター.png

劇場空爆や市街地の被害を伝えたのは、地元当局やストリンガーだった。港街の最期を見詰める「眼」は遥か上空の衛星、或いは敵陣深くに突入するドローンだ。

アゾフ隊が3月23日に公開したドローン映像は、完全なる廃墟と化したビーチ沿いの住宅地を克明に捉えていた。無差別攻撃による徹底した破壊。世界が注視する中で、ひとつの都市が滅んだ。



「マリウポリはゲルニカやアレッポと同様に、戦争で破壊し尽くされた都市のリストに入った」

最後まで現地に留まっていたギリシャの公使は、そう語った。アレッポはシリア内戦で荒廃した古都、ピカソの絵画で有名なゲルニカは激しい空襲に見舞われたスペイン北部の要衝だ。

徹底した破壊は、チェチェン首都グロズヌイの廃墟化と並ぶロシア軍伝統の包囲殲滅作戦と評される。一方でクリミア併呑後、マリウポリが絶えずロシアの標的となっていたことは余り知られていない。
▽マリウポリ市内を装甲車で暴走する親ロ派’14年5月(EPA)
EPA装甲車に乗り、スローガンを叫ぶ親ロシア派(ウクライナ・マリウポリ)(2014年05月09日).jpg

7年前の2月、市中心部での爆破テロに続き、親ロ派武装勢力が戦車隊突入の構えを見せて緊張が激化。前年には、市庁舎と警察署が襲撃・放火される事件も起きていた。
▽親ロ派武装勢力に襲撃・放火された警察署’14年5月(EPA)
写真は炎上する警察署(ウクライナ・マリウポリ)(2014年05月09日EPA.jpg

参照:AFP’14年4月13日『ウクライナ東部の警察署などを武装勢力が襲撃、政府は「ロシアの攻撃」と主張』

親ロ派武装勢力に脅かされた港湾都市は、8年間絶え抜いた末、今回の戦争で壊滅した。滅びゆくマリウポリを見守っていたAPのチェルノフ記者は脱出する間際、こう語っていた。

「街中で乱闘が相次ぎ、分離主義者の手に落ちそうになった2014年の暗い週でさえ、もう記憶の彼方に去りつつある」
▽攻撃受けた産科病院から見る風景3月9日(AP)
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廃墟の街に残る推定10万人のウクライナ人を救う手立ては限られている。



最後まで読んで頂き有り難うございます
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【side story】
一番目のAP記事『Why〜』を日本語で紹介するべく執筆しようとした矢先、毎日新聞が2本の全訳を無料版で掲載していることが判明。元記事にあるショッキングな写真がカットされているものの、流石にプロの翻訳でした。参考記事欄にリンクを掲げておきます。

参考記事:
□AP通信3月17日『'Why? Why? Why?' Ukraine's Mariupol descends into despair』
□AP通信3月22日『20 days in Mariupol: The team that documented city’s agony』
□Vanity Fair3月17日『“This Is Personal for Them”: Two Ukrainian AP Journalists Capture the Most Devastating Moments of War』
□毎日新聞3月23日『重なる子どもの遺体 絶望に沈むマリウポリ AP通信ルポ・前編』
□毎日新聞3月23日『「家に戻りたい」 絶望に沈むマリウポリ AP通信ルポ・後編』
□毎日新聞3月24日『炸裂する砲弾に体伏せ… マリウポリ脱出 AP通信ルポ・前編』
□毎日新聞3月24日『『包囲された医師、患者と私たち マリウポリ脱出 AP通信ルポ・後編』

□AP通信(Yahoo)『破壊し尽くされたマリウポリ アゾフ連隊が空撮映像を公開』
□AFP3月10日『小児病院空爆、少女含め3人死亡 ロシア側は「過激派の基地」と主張』
□CNN3月17日『ロシア軍、数百人避難のマリウポリの劇場爆撃 地面に「子ども」の文字』
□AFP3月21日『ロシア軍、400人避難の学校爆撃 強制連行も』
□時事通信3月22日『マリウポリ、なぜ包囲 ウクライナの「ゲルニカ」に―ニュースQ&A』
□ロイター3月21日『’What I saw, I hope no one will ever see' says Greek diplomat returning from Mariupol』
□時事通信3月22日『ギリシャ系少数民族も直撃 マリウポリに「戦争の野蛮」―ウクライナ』
□時事通信’14年5月『緊迫ウクライナ情勢 写真特集』

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