闇に消えた反日種族の頭目…朴元淳 青瓦台裏山に死す

最期の場所は青瓦台の裏山だった。大規模捜索にも拘らず、遺体発見までに要した「12時間」の謎。80年代から反日勢力を統べる指揮官の死は捏造派に更なる混乱をもたらす。
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不自然な早朝登山中の転落、目撃者は1人、パソコンは起動したままだった。第一報段階で南鮮元大統領の最期は、あらゆる情報が不審な死であることを告げていた。

捜査の手が伸びる中、盧武鉉は’09年5月、退任後に暮らしていた自宅近くの裏山から身を投げた…自殺説に疑いを挟む有力な証言や物証はなく、半ば忘れ去られて10年以上が過ぎた。
▽盧武鉉がダイブした自宅近くの山'09年(File)
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「非常に辛かった。多くの人が困難に苦しんできた」

家族に宛てた抽象的な“遺書”は、パソコン内で見付かった。プリントアウトして署名を入れたのではない。弁護士だった盧武鉉は、電子文書の遺言状が効力を持たないことを知っていただろう。

自殺に理解を示す報道とは逆に、不正献金をめぐる捜査は難航。実兄や側近の逮捕後、同年4月末に盧武鉉への初聴取が実施されたが、目立った動きはなく、本丸突入の気運は薄れつつあった。
▽葬儀場に運ばれる盧武鉉の遺体'09年(ロイター)
ロイター09年5月24日盧武鉉の葬儀.jpeg

疑惑として大きかったのは、北朝鮮への巨額支援だ。盧武鉉も金大中と同じく、南北首脳会談をカネで買った。第1回会談の際にプレゼントした外貨は、5億ドル相当と巨額だった。

盧武鉉の第2回会談でも莫大なウラ金が北に流れたと見られるが、不明のまま本人が崖らダイブした。訪朝前の頻繁な南北通話は、合意文の推敲ではなく、提供する金額に関する内容だった可能性が高い。
▽無気力な第2回南北首脳会談'07年(代表)
代表2007年10月第2回南北首脳会談.jpg

「死人に口無し」で得をしたのは誰だったか…’09年の春は、金正日の病状悪化で平壌指導部が揺れ、また記者2人の拘束を巡って米朝関係は蜜月から一転、俄かに緊迫していた。

盧武鉉は筋金入りの親北派ではなかった。政界に引き入れたのは金泳三だ。その後、巨大与党と袂を分かち、野党系になるが選挙で連続落選する。
▽盧武鉉の遺影を担ぐ文在寅'09年5月(ロイター)
ロイター09年自殺した恩師・盧武鉉元大統領の遺影を手にする文在寅大統領.jpg

そんなダメ候補を応援する酔狂な集団「ノサモ」が、2000年に突如出現。先駆的なネット上の政治家ファン倶楽部で、2年後の大統領選で底力を発揮。僅差での勝利に大きな影響を与えたとされる。

余り知られていないが、この「ノサモ」を立ち上げ、大規模ネット工作を仕掛けた人物が、朴元淳(パク・ウォンスン)だった。

【山中大捜索の末にゲートで発見】

推測される動機や方法、死亡推定時刻の他、当初は正確な場所すらハッキリなかった。地元警察は7月10日未明、ソウル市長の朴元淳が、市内の山中で遺体となって発見されたと公表した。
▽朴元淳の遺体を搬送する捜査員7月10日(時事)
時事7月10日未明、ソウル市内の山中から運ばれる朴元淳市長の遺体.jpg

「山中」とは別に「ソウル市北部の公園周辺」との報道もあった。と警察発表が詳細を避けたのか定かではないが、後に遺体発見場所は、「北岳山粛靖門付近」と判明する。

辺鄙なエリアではない。青瓦台の背後にある薄汚い丘が北岳山 (プガクサン)だ。朴元淳は自宅からトボトボ歩き、青瓦台の脇を死に場所に選んだのである。そこに政治的な意味合いが嗅ぎ取れる。
▽青瓦台と北岳山の位置関係(file)
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そもそも保安上の観点から青瓦台の裏山に自由に立ち入れるのか疑問だ。薄汚い丘の頂は、南鮮最重要施設を狙うには格好のポイントだ。かつて青瓦台襲撃を企画した北部隊の潜入ルートも北側だった。
▽青瓦台襲撃未遂事件の北工作員'68年(東亜日報)
東亜日報1968年青瓦台襲撃未遂事件の北工作員.jpg

遺体発見現場は、麓のナントカ門だったとされるが、ゲートにこそ警備員が詰め、監視カメラが設置されている筈だ。捜索中に開かれた会見で当局者は、こう話していた。

「山の内部が深く、捜索に困難を強いられている」
▽山中を捜索する警察官7月9日(ロイター)
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辻褄が合わない。機動隊や消防特殊隊など700人が動員され、防犯カメラの映像を手掛かりに、大規模な捜索が数時間以上続いた。その結果、日付が変わる頃に門の近くで警察犬が発見したという。

山に分け入って捜索した機動隊は、無能の集まりか。一見難解なトリックだが、遺体の移動で説明が付く。捜索隊が山中に消えた後、何者かが遺体をゲート付近に運んだと名推理する。
▽朴元淳の匂いを辿る警察犬7月9日(共同)
共同7月9日ソウル市内で朴元淳ソウル市長を捜索する韓国の警察当局.png

半分冗談で、半分は当て付けだ。ソウル市長という要人の死亡案件にも拘らず、当局は死亡推定時刻も死因も非公表。搬送された病院での検死も行われなかった模様だ。

「全ての方々に申し訳ない…」
▽公開された朴元淳の「直筆遺書」(提供ソウル市)
朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長が9日午前に作成した遺言状.jpg

遺書は市長公邸の書斎にあった。盧武鉉のパソコン作文遺書と違って自筆だが、ここでも謎が深まる。朴元淳は9日朝、体調不良を理由に公用を全てキャンセルし、午前11時前に公邸を離れた。

遺書の発見が遅れたのか、家族が捜索願いを出したのは夕方だった。悠長な感じは否めない。更に遺体発見現場近くの防犯カメラは外出の約10分後に、朴元淳の姿を捕らえていたという。
▽防犯カメラに映った朴元淳7月9日(朝鮮日報)
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第1級の捜索網とは別に、遺体発見まで12時間以上も、往来する市民が気付かなかったことは不可解にして不自然だ。

【消滅した女性秘書性奴隷事件】

「告訴した女を必ず探し出して報復する」

関連ニュースのコメ欄や各種掲示板には、恫喝や警告が溢れた。朴元淳が20年前にネット工作を主導した経緯を踏まえると、予想通りの展開で、女性の二次被害は避けられない状況だ。

行方不明が公になると同時に、朴元淳が変態セクハラ行為で部下の女性を凌辱していた事実が浮かび上がった。失踪前日に告訴され、警察当局は朴の事情聴取を検討していたとされる。
▽洋公主と踊る朴元淳19年8月(聯合)
連合19年8月ソウル市内の除幕式で李ヨンスUP.png

検事事務規則に従い、被疑者死亡のケースは「公訴権なし」として自動的に不起訴処分になるという。刑事事件そのものが消滅し、性奴隷被害者の元部下は泣き寝入りを強いられる。

朴元淳が検事役を演じた反日舞台劇では、崩御された帝を断罪する脚本だったが、甚だしい矛盾だ。また「謝罪と補償」を何度も要求する捏造慰安婦問題の言い分とも掛け離れている。
▽弔問に訪れた馴染みの洋公主7月10日(聯合)
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部下の性奴隷化は、決して小さな事件とは言えない。朴元淳は南鮮初のセクハラ訴訟を勝訴に導き、フェミ団体から栄誉の賞を授かるなど女性人権弁護士として地位と名声を得た。

それでも変態セクハラ事案が自殺に直結するという報道は、思考停止だ。朴元淳と同じく次期大統領候補と目された道知事の安熙正や釜山市長が相次いで女性凌辱が原因で辞任に追い込まれた。
▽性暴行事件で実刑となった安熙正(共同)
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これらの性犯罪者と同列に語られるが、他の変態首長は政治生命こそ絶たれても、自らの命までは絶っていない。我が国と同様、パヨクには「問題ないセクハラ」という二重基準の概念がある。

捜査の停止で、朴元淳による性奴隷化事件は詳細が闇の中に埋もれる次第となった。画像を送り付けたとも一部伝えられたが、万死に値するレベルの写真とは、どんな内容のものか想像も付かない。
▽米SF腐れ像横で演説する朴元淳1月(提供ソウル市)
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デッドエンドのフラグは、高度に政治的な南北問題と関係しているのではないか。盧武鉉がダイブした当時と同じく、平壌は指導部が揺らぎ、対外戦略も疎かな政権移行期にある。

そして道化師に等しかった盧武鉉と異なり、朴元淳は平壌中枢と直結する在南親北派の巨魁だった。

【慰安婦捏造派に更なる大打撃】

「南朝鮮の保守勢力に対する民心の厳しい審判だ」

9年前に朴元淳がソウル市長選で当選した際、朝鮮労働党機関紙は、そう論評した。裏読みする必要もない当選祝いのメッセージ。南鮮の選挙で北から祝辞を頂戴した政治家は他に見当たらない。

参照:聯合ニュース2011年10月27日『北朝鮮「朴元淳氏当選は保守勢力に対する審判」』

昨秋センセーショナルな話題となった金正恩に忠誠を誓う「誓詞文」にも朴元淳の名前が記されていた。労働党の秘密党員としては文在寅よりも格上の可能性すらある。親北・反日の履歴が違う。
▽捏造式典に招いたM・ホンダと朴元淳'19年(TNS)
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NHKや朝日新聞の協賛を受け、都内で上演された反日舞台劇で朴元淳が主演級を努めたことは、余りにも有名だ。一連の訃報では我が国のメディアも、この田舎芝居を朴の経歴から抹殺している。

不敬を極めた20年前の反日芝居は、北朝鮮の工作員・黄虎男が表舞台に立ったことでも悪名高い。朝日記者に加え、挺対協や旧バウネットなど日南北3ヵ国の慰安婦捏造派が結集した大規模イベントである。
▽尹美香と談笑する朴元淳'17年12月(南鮮紙)
南鮮紙17年12月朴とユンと腐れぞう.jpg

市長就任前は水曜デモにも奮って参加した。挺対協との繋がりは、前進時代の80年代後半に遡るだろう。反米反日の弁護士グループ「民弁」を立ち上げたのも同じ頃だった。

親北極左系の「参与連帯」創設に続き、朴元淳は「美しい財団」など様々な政治組織を作り上げた。報道では市民団体と紹介されるが、実態はドス黒い圧力団体だ。龍谷大の李相哲教授は、こう指摘する。

「日本の総会屋に当たることをしていると言う人もいる」
▽シム・ミソン型改と乗車する朴元淳'17年(共同)
共同17年8月14日、バスに乗せられた慰安婦問題の少女像の手に触れる朴元淳ソウル市長.jpg

団体構成員が小額株主となって財閥を脅す手法がメーンだが、“親日容疑”や慰安婦支援を名目に寄付金を強要するケースも水面下では多かったのではないか。反日ビジネスの創始者とも位置付けられる。

表の履歴は各種市民団体の生みの親で、最も成功した社会運動家とされるが、派手な活動の背後には朝鮮労働党の指令が透けて見える。トップ級の北エージェントだったことは間違いない。
▽盟友関係にあった文在寅と朴元淳(OMN)
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南鮮の反日・親北人士は、蛆シラミ同然に潰しても湧いて出る。しかし朴元淳は労働党の密命を直接受け取り、配下の組織を動かす総元締めの指揮官。長い歳月を掛け、平壌が育て上げた“逸材”だった。

南鮮極左勢力に限らず、我が国の親北捏造派にとっても、反日大統領の正統な後継者を失った意味は大きい。



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参考記事:
□朝鮮日報7月11日『セクハラで訴えられた翌日、朴元淳ソウル市長「とてもつらい」…14時間後に遺体で発見』
□デイリー新潮7月12日『ソウル市長の自殺:慰安婦弁護士と日本からの寄付という「反日・親日」2つの顔』
□産経新聞7月10日『ソウル市長、遺体で発見 セクハラで告訴され自殺か』
□日経新聞7月10日『ソウル市長補選、21年4月 現職死去で大統領選影響も』
□WiLオンライン5月22日『【日韓関係】ベストセラー「反日種族主義」~韓国人の噓は日本人の1250倍!』

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