ヒマラヤを赤く染める狂気…妄想帝国の極限環境紛争

チベット侵略が全長4000㎞の緊迫する国境を出現させた。闇の中の激闘で犠牲者が続出した印中白兵戦。ヒマラヤ山麓の旧王国も自国領と唱える「妄想帝国史観」が中共の狂気を育む。
AFP617実効支配線に向かうインド軍.png

ヒンドゥー教の最高神シヴァと妃のパールバティーが「支那在住」と聞かされたら、意外に思うだろうが、一面の事実だ。この異常事態について、インド人の率直な感想を知りたい。

永久不滅のシヴァの住まいは、チベット南部の聖なる山カン・リンポチェだ。一般的な名称だとカイラス山。これがチベット侵略で中共の版図に組み込まれたから、話がややこしくなる。
▽山肌も特徴的なカン・リンポチェ(file)
kailash-trek-10.jpg

カン・リンポチェは、ヒマラヤ山脈の北側、チベット・アリ地方に聳える独立峰だ。ヒンドゥーに加え、古くからチベット仏教やジャイナ教の聖地とされ、巡礼者が絶えない。

周辺の全ての宗教から霊山と崇められる背景は何か…独特の形状から男根崇拝と関係するとも説かれるが、他の独立峰と決定的な差があるとも思えない。
▽麓の湖で沐浴するヒンドゥー教徒(File)
沐浴する巡礼者カイラス .jpg

諸説が入り乱れる中、2004年にロシアの調査チームが周辺で階段状のピラミッドを発見したというニュースが飛び込んできた。総数は100基を超え、配置も明らかに人工的だったという。

「単なる山だ」と中共が一蹴したことで調査は中断、続報も途絶えた。それが逆にマニアの想像力を逞しくし、ロシアの調査はナチスから奪った古い極秘資料を元にしているといった噂が膨らむ。
▽宵闇に包まれたカン・リンポチェ(file)
宵闇が迫るカンリンポチェ.jpg

SSがチベットや中央アジアに調査団を派遣したのは事実だが、それを超古代史研究と結びつけるのは強引だ。一方で、地政学的な関心だったと片付けることも早計だろう。

カン・リンポチェが、遥か昔から人々を惹き付け、今も未踏峰の霊山として威厳を保つ理由は、必ず存在する。考古学的な研究はおろか、素朴な巡礼さえも困難になっている現状が惜しまれる。
▽巡礼者や旅行者の拠点となる町ダルチェン(file)
File拠点となる町ダルチェン.jpg

巡礼のベースとなる町は、公安の監視が年々厳しくなり、一帯は悉く中共軍辺境部隊の制圧下にある。

【標高4,300㍍の印中白兵戦】

カン・リンポチェから北西に車で一昼夜進むとラダックに辿り着く。チベット高原の西の果て、月の沙漠とも比喩される荒涼とした大地だ。局地戦闘は、人里離れた秘境の中の秘境で起きた。
▽衝突現場に近いと見られる渓谷6月(地元紙)
衝突地点に近い渓谷地6月元紙.png

ラダック北東部で6月15日深夜、インド軍と中共軍が衝突。乱闘劇に近い白兵戦は未明まで続き、インド側に90人以上の死傷者が出た。ここでの戦死者発生は45年ぶりだ。

「実効支配線をめぐる一方的な現状変更だ」

インド外務省は6月16日、声明で中共側を強く非難した。発砲はなかったものの、両軍兵士は投石や殴り合いを繰り返し、崖から転落して死亡した者も少なくなかったという。
▽インド軍将校が鹵獲した狼牙棒(BBC)
中国軍が使用したとされる武器の写真。BBCがインド軍関係者から入手した.jpg

戦闘状況が判然としない中、インド軍の大佐が、鹵獲した中共軍の武器を公開。「狼牙棒」と呼ばれる支那の伝統凶器が注目されると同時に、核保有国同士の前近代的バトルに驚きの声が上がった。

理由は、銃器や爆発物を使ってはダメという当地限定の特殊ルールがある為だ。96年に江沢民が訪印した際、係争地帯の兵力削減や現状維持で両国が合意した。
□注:2017年8月の乱闘事件


それ以降も散発的な衝突が起きているが、戦死者が出る事態には至っていなかった。珍しく映像が公開された2年前のトラブルでも、両軍兵士が素手で殴り合い、大乱闘と形容するに相応しい。

「向こう側は、少なくとも我々の2倍の犠牲者が出たはずだ」

現閣僚の元インド陸軍トップは、中共側に40人前後の死者が出た可能性を示唆した。中共宣伝機関は、自軍の被害を認めたが、詳細は明らかにしていない。
▽ラダック北東部に向かうインド軍車両6月17日(ロイター)
ロイター617ラダックの現場に向かうインド軍.png

今回の大規模衝突は、小競り合いと睨み合いが1ヵ月以上続く中で勃発した。発端は5月5日に起きた氷河湖パンゴン・ツォ周辺での乱闘だ。中共軍は砲兵部隊と装甲車を送り、インド軍も兵力を増強した。

両国は互いに敵軍の増派を非難しているが、衛星写真で中共側の異様な動員が判明する。先に仕掛けたのは中共側だった。

【渓谷に展開する中共軍の異様】

「多くの車両がLAC(実効支配線)の両側にあるが、チャイナ側が遥に多い。チャイナが渓谷に道路を建設している他、川を堰き止めている可能性がある」
▽衛星写真が捉えた衝突現場6月16日撮影(ロイター)
衝突現場の衛星写真ロイター616撮影.jpg

衛星写真を分析した米国の専門家は、そう指摘する。衝突の舞台となったガルワン渓谷に中共軍車両が集結。複数の機材や新たな構造物が確認された。

更に、実効支配線のインド側に瓦礫と見られる物が散乱していることも判明した。中共軍が越境して建築した監視台を破壊したというインド軍側の説明とも一致する。
▽衝突6日前と衝突翌日の比較(ロイター)
戦闘6日前と翌日の比較ロイター.png

一部の海外メディアは、インド側も最近、飛行場や道路などインフラ整備を進めていると伝える。中立を装う喧嘩両成敗的な報道で、中共が絡むケースだと珍しくない。

ラダック北部に続く道路の整備は事実だが、飛行場は無関係だ。実効支配線に近いダウラト・ベグ・オルディ前線着陸場の建設は、中印紛争時代に遡る1962年である。
▽前線着陸場の印空軍An-32輸送機2008年(File)
File2008年ダウラト・ベグ・オルディ前線着陸場を離陸するインド空軍のAn-32輸送機.jpeg

紛争終結と地震被害により長らく放置された後、再整備で復活する。しかし、それも12年前で決して最近ではない。時期的にはチベット大虐殺の直後に当たる。

そもそもインド側には、最北の山岳地を開発する野心がない。前線着陸場がある地点は標高5000㍍を超える極限環境。紛争時に中共軍が簒奪したラダック北東部のアクサイチンも放棄したままだ。
▽衝突現場と中共軍占領地帯(ロイター)
ロイター地図ラダックとガルワン渓谷.jpg

4,000人を上回る死傷・不明者を出した中印紛争もまたインドにとって無意味だった。’59年の対峙から大規模戦闘に発展した紛争は、地の利を有する中共軍の圧勝に終わる。

標高4,000㍍を超す戦場に即戦力の兵士を急派することは不可能だ。高山病で大半の兵士が半病人状態となり、チベット高原から陸続と送り込まれる中共兵と互角に渡り合う術はない。
▽ラダック北部を進むインド軍車両’18年(AP)
ラダックのインド軍車両2018AP通信.jpg

そして、インドにとっては本来そこに存在するはずのない国境線をめぐる争いだった。

【「妄想の帝国」が無用の紛争を生む】

少なくとも過去1000年以上の間、インドとチベットはヒマラヤ山脈という自然の境界で隔てられていた。英国によって国境線の概念が持ち込まれたのも20世紀初頭だ。マクマ・ホンラインである。

それでも両国が国境線を管理して往来するキャラバンから関税を取り立てるような事はなかった。劇的な変化をもたらしたのが、中共軍によるチベット侵略だ。
▽首都ラサを軍事占領した中共軍'50年代(File)
ラサを制圧した中共軍兵50年代.jpg

これによりパキスタンからビルマ方面に達する約4,000㎞の緊迫した国境線が誕生。中共軍はラダックとほぼ同時に、インド北東部にも侵入し、激戦となった。

長大な国境紛争は19世紀の英露対立に準えて「第2のグレート・ゲーム」とも呼ばれた。核保有国となった中印の歴代政権は協議を優先して本格的な戦闘を回避してきたが、習近平は獰猛で貪欲だった。
▽ネパールとブータンの間が旧シッキム王国(産経)
wor1801080021-p2.jpg

’17年6月には中共がブータン西部の高原で道路とヘリパッドの建設を強行。保護国的な立場のインドが強く警告し、近年で最も深刻とされる「ドクラム危機」が起きた。

モディ首相と習近平の武漢会談で緊張緩和に向かったが、中共はインド北東部アルナーチャル・プラデーシュ州での道路建設を続行。今年5月にはシッキム州でも両軍兵士の乱闘事件が発生している。
▽武漢を訪れたモディ首相とプー'18年4月(AFP)
AFP武漢で、東湖沿いを歩く中国の習近平国家主席(右)とインドのナレンドラ・モディ首相2018年4月28日.png

多くの専門家は、中共の強引なインフラ整備を「一帯一路」と結び付ける。覇権主義と膨張主義が混在する新たな植民地ベルト構想だ。南シナ海や東シナ海侵攻も、その一環と解釈される。

アフリカや南太平洋諸国の“買い叩き”を見ると、概ね間違いではない。ただし、歴史を顧みつつ終わりなき中印国境問題を因数分解した時、そこには異質な要素が浮かぶ。
▽インド国内で続く反中共抗議6月18日(AFP)
AFP618カルカッタの反中抗議.png

尖閣もパラセルも、ラダックやシッキムも等しく、中共軍の実力行使と威嚇は「帝国の周縁」で起きている。その帝国とは、過去に存在した事実のない幻の帝国だ。

「南シナ海における活動は2,000年余りの歴史がある」

完敗した’16年のハーグ判決でも、中共はそう豪語した。証拠は三国時代の古い書物に岩礁発見の記述があることだった。しかし、発見者はマレー半島の異邦人で漢族とは全く関係がない。
▽ハーグ仲裁裁判所の口頭弁論’15年(PCA)
▽ハーグ仲裁裁判所の口頭弁論15年7月(PCA).jpg

参照:H28年7月14日『中共捏造史に国際法廷が鉄槌…南シナ海にあった“落し穴”』

欧米で誤認識されるチャイナの概念を悪用し、元や清といった征服王朝の版図を領土と主張。更に、チベットの周辺にあった仏教系の小国についても今になって「自国領」と言い始める。

ヒマラヤの麓にひっそり存在したラダック王国やシッキム王国は、中原の漢族とは何ら関わりなく歴史を歩んできた。カン・リンポチェを畏敬し、サンスクリット名を授けたインド人とは対照的だ。
▽シッキム国境付近の中共兵(File)
865ba2f8-1c68-4ab5-b817-c124b08cfb2c.jpeg

中共が侵攻する海と陸の“周縁”は、架空の帝国に依拠する想像上の産物に過ぎない。イマジナリー・エンパイア…その復興を呼び掛けるスローガンが、各国との軋轢を生み、危機を招来している。

過去にあった覇権主義とも植民地主義とも違う。アジア各地に火薬庫を築いているのは、狂気染みた中共の誇大妄想だ。



最後まで読んで頂き有り難うございます
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発となります

banner1





参考記事:
□ロイター6月19日『衛星写真で判明、インド軍との衝突前に中国軍が活発化』
□産経新聞6月17日『インド、軍衝突で中国へ反発強まる「配慮外交」に変化も』
□AFP6月17日『中印が係争地で衝突 インド兵20人死亡』
□産経新聞6月23日『中印軍事衝突の現場 風光明媚なラダックは危険な火薬庫』
□ロイター6月18日『中印軍、ヒマラヤ山脈で衝突を繰り返す理由』
□ブルームバーグ6月17日『中印の国境巡る衝突、なぜ再び起きているのか』
□BBC6月19日『インド兵10人、中国が解放 衝突後の交渉で=インド報道』
□ニッポン放送6月22日『中国軍とインド軍が衝突~石を投げ合っての戦いとなったワケ』
□週刊ポスト6月6日『中印軍1万人が印東北部でにらみ合い 中国挑発の背景は』

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 9

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
ナイス ナイス

この記事へのコメント