北3代目“半死半生”の火急…拉致欧州ルートと金平日

金正恩の出現報道に“お元気説”派は勝ち誇る。だが北権力機構の異変を解く方程式は複雑化する一方だ。そして謎の祖国復帰を果たした金日成の愛息に拉致事件との接点が浮上する。
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一気に朝鮮労働党が畳み掛けて来ると思われた。ところが、党宣伝機関は5月2日に肥料工場の竣工式を大々的に報じた後、金正恩の動静を映像付きで伝えることなく、2週間以上が過ぎた。

昨年5月上旬は計3回の視察が報じられ、それに比べると今年同の時期は露出が激減している。軍視察も4月12日付けの航空部隊訪問が最後で、1ヵ月以上も公式発表がない。
▽北空軍連隊の視察報道(KCNA4月12日公開)
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「多くの叱責を受け、私の一言が及ぼす影響を痛切に実感した」

元北朝鮮駐英公使の脱北者・太永浩(テ・ヨンホ)議員は「99%死亡」という自らの発言を撤回した。親北陣営から集中砲火を浴び、追い詰められた末の謝罪だが、結論を急ぐ必要はなかった。

5月12日にはホワイトハウスが金正恩の生存を公式に認めたとの報道があった。しかし、オブライエン大統領補佐官の言葉は曖昧で、竣工式映像の信憑性に関しては言及を避けた。

「金正恩氏は外出し、肥料工場でテープカットをしている。従って恐らく健康だというのが我々の考えだ」
▽肥料工場竣工式を伝える南鮮TV5月2日(AFP)
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独自情報を元にした分析ではなく、朝鮮中央TVの順川ニュース映像を見た印象である。死亡・重篤説論者を叩く側も同じで「異常なし」の証拠は掲げず、視聴者レベルの感想に過ぎない。

金正恩の生存確定は、外国要人との会談を待たなければならない。観測されるまでは、半分生きていて半分死んでいる状態…量子論で言う所のシュレーディンガーの豚である。
▽プーチン正恩ウラジオ会談’19年4月(AP)
AP通信19年4月ウラジオ 会談.jpg

しかも外国要人は主要国のトップと特使に限られる。途上国の元首が平壌を訪れても、出てくるのは影武者で、宣伝機関が伝える映像はディープフェイクかも知れない。

金正恩は昨年4月からプーチンや習近平と相次いで会ったが、6月に板門店でトランプ大統領と対面した後、公式会談は途絶える。同11月末の釜山ASEAN会合も文在寅の招待を拒み、現れることはなかった。

その中、平壌から北京に親書が届いたという。

【親書に返礼なし2カ月の音信不通】

「前代未聞の伝染病との闘いで確固な勝機をつかみ…」

北宣伝機関は5月8日、金正恩が習近平に対し、感染症対策を褒め称える“口頭親書”を送ったと伝えた。直訳なのだろうが、その“口頭親書”こそ前代未聞である…

元首や政治指導者が外交で用いる親書は、直筆の署名が入ることが最低条件だ。代理人が口伝で差し出したのなら、最初から親書の体をなしていない。対して習近平も“口頭親書”で返した模様だ。
▽習近平を前にした必死メモ男18年3月(新華社)
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「身体に気を付けて下さい」

意味深である。もちろん文脈から防疫面と判るが、北当局が未だに感染ゼロを主張する中、容赦ない。親北派も北京も重篤説を否定しつつ、北国内の感染を認め、傷口に泥を塗り込む。

北中枢は、外国首脳との会談に加えて親書の往来が「生存証明」の一助になることを理解していないのか。金正恩の親書をめぐる不可解なトラブルは順川メーデー出現報道の直前にも起きていた。

「素晴らしい手紙を受け取った」
▽会見で親書に触れるトランプ大統領4月18日(AFP)
AFPホワイトハウスで記者会見するトランプ米大統領=2020年4月18日.jpg

トランプ大統領は4月18日の会見で、金正恩から親書が届いたことを明らかにした。“文面親書”である。しかし北朝鮮側は直ちに談話を発表して、大統領発言を否定する。

「最近、我々の最高指導部は米大統領にいかなる手紙も送っていない」

談話の名義は、外交部報道局対外報道室長。一般的には知られていない実態不明の部門で、室長が誰なのかも非公表。未知の組織が唐突に因縁を付けてきた格好だ。
▽ストックホルム入りした対米交渉団’19年(AFP)
5日、ストックホルムの北朝鮮大使館で、記者会見を終えた北朝鮮の金明吉首席代表(中央)=共同.jpg

米朝の外交チャンネルは、NYやジュネーブ、ストックホルムなどに限られる。北外交部の預かり知らぬ所で手渡されるケースはなく、行き違いは起こり得ない。

「トランプ大統領から感染症対策で協力の申し出があった」

北朝鮮は3月22日、そう発表した。米高官もトランプ大統領が金正恩宛の親書を送ったことを認めている。3代目が返礼の親書を送るのは当然の成り行きだ。

しかし、金正恩が米国に“文面親書”を送り返すことはなかった。談話で触れただけで、3月中旬から現在に至るまで約2カ月も実質無視を続ける。謎の沈黙、異常な状態である。
▽順川の肥料工場を視察する3代目(KCNA5月2日公開)
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更に3月22日の談話が金与正名義だったことが、3代目重篤説に繋がる憶測を呼んだ。

【勢い増す金与正の不適格説】

「シナリオライターは実妹の金与正氏で、彼女の筋書き通りにいったのです」(週刊実話)

匿名の北ウォッチャーは、金与正が死亡説を仕掛け、結果的に後継候補として国際的な注目を浴びたと説く。マニア好みの推測で嫌いではないが、逆に金与正の権力継承を不安視する声も多い。

「富士山系統と言ったらおかしいが、金与正は在日の血が混じっていることで白頭山系統のサラブレッドとしてちょっと弱い」
▽竣工式の金与正に影武者説も(KCNA5月2日公開)
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関西生まれの脱北者・金柱聖(キム・ジュソン)氏は、そう語る。誰も触れたがらない血筋に踏み込み、スバリ弱点と指摘するのは、在日3世ならではの知見だ。

元駐英公使の太永浩議員も「金与正不適格説」を唱える1人だ。北中枢で首領を支える幹部陣は60〜70歳代で、彼らから見れば与正は「ひよっこ」だと指摘。その上で、こう訴える。

「我々が見逃してはいけないのは金平日(キム・ピョンイル)の存在だ」
▽駐チェコ大使に就任した金平日’15年(地元紙)
北朝鮮の駐チェコ大使を務めた金平一氏 MAFRA.png

2代目の異母弟である金平日(平一とも)は推定66歳。血統的に申し分ないだけではなく、容姿も父・金日成に最も似ていると言われる。ヘアスタイルと体型・仕草を真似る3代目とは格が違う。

金正恩にとっては自身の立場を脅かすライバルだ。この金平日の40年ぶり本国帰還と1月の金敬姫(キム・ギョンヒ)電撃復活は、正恩“お元気説”に立脚すると説明が付かない。
▽劇場招待された金敬姫に影武者説も1月25日(KCNA)
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一部の北専門家は、ポスト金正恩体制を視野に入れた「金王朝の結集」と読む。4代目の後見人、或いは、与正継承で不満が高まった際のピンチヒッター役とする見方だ。

その背景には、金平日が控え目で温和な性格だとする評価がある。確かに、20代半ばで祖国を追われながらも腐らず抵抗もせず、党に従順だった。思想的な発言を厭わなかった甥の金正男とは異なる。
▽世襲反対を公言した金正男(File)
2010年にマカオで撮影された金正男氏=AFP時事.jpg

しかし平壌時代を知る近親者は、金平日が政治志向の強い野心家であると評する。

【血気盛んで親分気質の異母弟】

「わたしはソウルにきてから不思議に思ったことが一つある。それは南の人たちが金平一に対して比較的いい印象をもっているということだ」(康明道著『北朝鮮の最高機密』84頁)

高位脱北者として知られる康明道(カン・ミョンド)は、そう首を傾げる。同氏は元首相・姜成山の娘婿で金日成の母方の従弟。広い意味での北ロイヤル・ファミリーの1員だ。

「次男が気に入っていた金日成は、かつて平一を『わが家に将軍になる器が一人生まれた』と周囲に言いふらしていた」(前掲書70頁)
▽駐ポーランド大使時代の金平日(共同)
共同駐ポーランド大使時’07年代の金平一のコピー.jpg

平日は後妻・金聖愛との間に生まれた。前妻・金正淑との子である正日と敬姫は幼い頃から別宅に遠退けられ、金日成は側に置いた平日と姉の慶真(ギョンジン 敬珍とも)を溺愛した。

「おれは武力で祖国を統一し、アボジを統一広場に奉じたてまつる」(前掲書70頁)

幼少期から大言壮語を吐く怖い物知らずのボンボンだった。そんな平日が行動力と統率力を発揮するのは、20歳を過ぎた頃だ。1976年の夏に板門店ポプラ事件が発生、南北関係が一気に緊迫する。
▽板門店ポプラ事件’76年(File)
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「金平一は金日成大学の学生を率いて真っ先に決起集会を開き檄を飛ばし(略)護衛総局の機械化大隊に志願入隊した」(前掲書84頁)

南鮮との戦争再開を睨んで決死隊を組織したのだ。ポプラ事件は金日成の謝罪で解決するが、その後、平日は護衛総局の作戦部長に就任。軍人としての道を歩き始める。

だが、2代目の跡目争いも激化する。軍長老たちの支持を取り付けた金正日は’74年までに継母である金聖愛の排除に成功。平壌中枢に派閥を築いていた憎き継母を側近集団もろとも叩き潰した。
▽カーター訪朝時に謎復活した金聖愛:右(File)
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「金平一に関する詳しい資料ができあがると、金正日は即刻これを金日成に報告した」(前掲書85頁)

金正日は新設の思想調査機関「10号室」を使って異母弟の身辺を洗った。風紀問題の他、仲間に「平日万歳」と唱えさせていることが判明。金日成の了解を得て、護衛総局幹部の総入れ替えを断行する。

跡目争いに敗れた金平日は、実姉の慶真と共に祖国を去った。40年に及ぶ流浪の始まり。実質的な国外追放処分は、宿敵の金正日が死んだ後も変わらなかったのだ。

【金平日赴任先は拉致工作拠点】

「金平一には『三国志』を読むように勧めながら、中国春秋時代の斉国の桓公の例をあげ、自分の命を守りたければ平壌を離れて遠い海外へ出たほうがよいという話をした」(黄長燁著『金正日への宣戦布告』205頁)

故・黄長燁氏は自分が平日に外国暮らしを諭したと話すが、家庭教師を務めた割には金平日に関する逸話が乏しく、出国時期も不明だ。この点は先述の康明道も同じで、’79年から’81年まで諸説ある。

定説に従えば、金平日は’79年に平壌を離れ、駐在武官補の肩書きでユーゴスラビア連邦の北大使館に赴任。’88年に駐ハンガリー全権大使に昇進した後、東欧を中心に昨年末まで転々とする。
▽駐ハンガリー大使時代の金平日(File)
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最初のユーゴ駐在期間が大きな問題が潜む。日本人拉致事件は金正日の主導で、骨肉ライバルの金平日は全く無関係と思われがちだ。しかし、拉致欧州ルートの工作を担ったのは在ユーゴ工作員である。

有本恵子さんを拉致したキム・ユーチョルが外交官を偽装してユーゴに派遣されたのが’80年だった。首都ベオグラードの大使館と現クロアチアのザグレブ領事館を主な舞台に工作活動を始める。
▽北朝鮮ザグレブ機関の拠点(撮影:高沢皓司)
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参照:2月14日エントリ『有本さんと戦後日本の空白…蠢いたザグレブ拉致特命機関』

金平日の所属先は人民武力部と見られ、キム・ユーチョルは党対外連絡部56課だ。系統は違うが、当時の国策に等しかった日本人拉致について、金平日が知らないことは有り得ない。

ユーゴ赴任から間もない’80年に松木薫さんと石岡享さんが拉致される。そして’83年には有本恵子さんが拉致された。ザグレブ機関の日本人を狙った拉致工作が突如活発化した時期と一致する。
▽英留学中の有本恵子さん’83年5月(時事)
英留学中の有本恵子さん83年05月のコピー.png

拉致実行犯への指令元はザグレブ領事館だが、上位組織の大使館が工作活動の管轄外に置かれることはない。八尾恵証言によれば「よど号」犯もベオグラードに出入りしていた。

「ザグレブに戻ってから、田宮から、ベオグラードにいた柴田と会ってこいという指示がありました」(八尾恵著『謝罪します』262頁)

リーダーの田宮高麿と最年少メンバーの柴田泰弘だ。当時「よど号」グループは拉致に加え、偽札や麻薬取引など様々な犯罪に手を染めた。その工作過程で金平日と接していたことは間違いない。
▽駐ハンガリー大使時代と見られる金平日(File)
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日米両政府は表向き平静を保ち、金正恩の生死について我関せずといった態度を示すが、平壌指導部内の異変は明らかだ。独自の懸案を持つ我が国は、あらゆる事態を想定して対策を練る必要がある。

拉致事件の解決、全被害者の奪還を妨げる厄介な指導者が4代目として君臨する可能性が排除できないのだ。



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参考文献:
康明道著『北朝鮮の最高機密』(文春文庫’98年刊)
黄長燁著『金正日への宣戦布告』(文藝春秋’99年刊)
八尾恵著『謝罪します』(文藝春秋’02年刊)

参考映像:
□YouTube『FNN5月8日《あなたの知らない北朝鮮》金正恩氏「後継者問題」妹・与正氏が“女帝”になれない2つの理由』

参考記事:
□ブルームバーグ5月13日『北朝鮮の金正恩氏、「恐らく健康」-オブライエン米大統領補佐官』
□東スポ5月14日『「金正恩氏は健康のようだ」 米のあいまい談話に残る謎』
□時事通信5月8日『中国主席のコロナ対策称賛 北朝鮮の金正恩氏が「口頭親書」』
□日経新聞4月19日『トランプ氏、正恩氏から「書簡」北朝鮮は否定』
□ロイター3月22日『トランプ氏が北朝鮮の金委員長に親書、新型コロナで協力申し出』
□週刊実話5月15日『北朝鮮『金正恩重篤』のシナリオライターは実妹で実質ナンバー2の与正か』
□デイリー新潮5月7日『「金正恩」死亡説で注目 妹「金与正」体制でどうなる拉致問題』
□中央日報4月23日『太救民氏「金与正は若造…金正日の異母兄弟・金平一に注目すべき」』
□産経新聞H27年10月9日『【秘録金正日(45)】合奏団の女性侍らせピンクパーティー 父の逆鱗に触れた「金平一万歳!」…異母弟を海外に追放』

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