大嘗祭の眠れない聖夜…支那ご訪問に強い危機感

一世一度の聖なる夜、月明かりに照らされ大嘗宮が浮かび上がる。神武朝の弥栄を嗣ぐ奇跡の秘儀。そして御即位の神事が滞りなく済んだ後、邪な存在が大内山に近寄ろうとしている。
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わが國は神のすゑなり神祭る
    昔の手ぶり忘るなよゆめ 明治天皇御製


スクープがなかったことに安堵した。秘儀は秘儀であって、いたずらに詮索したり、憶測を軽々に口にしたりしてはならない。また興味本位の覗き見も慎まねばならない。
▽大嘗宮の上空に浮かぶ月11月14日(FNN)
FNN大嘗宮上空の月.png

そうは言っても、最近は視聴する習慣のなくなった夜刊ニュースをチラ見した。11月14日から翌未明にかけての大嘗祭の夜。令和の御代を迎え、最も厳粛で大切な夜だ。空には月が輝いていた。

やはり新嘗祭とは違う。夜通し「この瞬間に大嘗祭が営まれている」ということを強く意識した。そして大嘗宮の儀が終わり、赤坂御所に戻られる聖上のお姿を拝見し、心安らいだ。
▽赤坂御所に戻られる11月15日未明(産経)
「大嘗宮の儀」を終え、皇居から出られる天皇陛下=15日午前.jpg

平成2年に先の大嘗祭が営まれた頃は、様々な私見が飛び交い、言論界が騒然となった記憶がある。それに比べたら、今次はメディアも実に静かに思える。

参列者も平成2年当時は目立ったとされる熟睡者もなく、この度は整然としていた模様だ。安倍首相夫妻の近くに鳩山由紀夫が居たようにも見えたが、何かの見間違いだと信じたい。
▽大嘗宮幄舎に向かう参列者11月14日(産経)
大嘗宮に入る参列者ら=14日午後、皇居・東御苑.jpg

柴垣の中に撮影機材が入るのも憚られるが、公開された映像は宮内庁によるものが全てだった。国事行為として営まれる為、素材を報道各社に提供する必要性が生じるのか。

出御される陛下を正面から捉えたシーンもあったが、総じて灯は少なく、幽玄の世界に引き込まれる。かつて新嘗祭で「電気つけたら?」と言い放った総理がいた。小泉純一郎だ。
▽「主基殿供饌の儀」ご斎行の頃11月15日未明(代表撮影)
大嘗宮で「主基殿供饌の儀」が未明まで続いた(15日未明、皇居・東御苑)=代表撮影.jpg

幽玄にして深淵であることに意味がある。凛とした闇と静寂に包まれ、朧げに浮かび上がる大嘗宮。そこに、現在と切り離された空間と時間が出現しているようにも見える。

【昭和3年と令和元年を繋ぐ神秘】

11月14日午後6時過ぎ、ライトが落とされた大嘗宮に楽師の歌う「稲舂歌(いなつきうた)」が響く。廻立殿より出御された聖上は剣璽と共に、静々と「悠紀殿(ゆきでん)」に進まれた。

払暁近くまで及ぶ長い「大嘗宮の儀」の始まり。聖上は純白の御祭服をお召しになられ、侍従が敷く「葉薦(はごも)」の上を歩まれる。傘のようなものは鳳凰が飾られた「菅蓋(かんがい)」だ。
▽「悠紀殿供饌の儀」ご斎行の頃11月14日(代表)
「悠紀殿供饌(きょうせん)の儀」のため、御祭服を着て大嘗宮の悠紀殿に向かわれる天皇陛下=14日午後.png

儀式の中心となる神殿は「悠紀殿」と「主基殿(すきでん)」。これらは東西の国郡を象徴するとされる。元は平安京を軸に東が悠紀地方、西が主基地方だった。

「『すき』は次といふ意味だと言はれて居る。悠紀の『ゆ』は『斎む・いむ』などの意の『ゆ』で、『き』は何か訣らぬ」(折口信夫『大嘗祭の本義』)

供される新米は、春の「斎田点定の儀」で選ばれた。決めるのは亀卜だが、宮内庁は慎重になったのではないか。平成の大嘗祭で選ばれた新米はその後一大ブランドとなった。「あきたこまち」である。
▽悠紀田の神饌米を納める太田主10月(代表)
悠紀田の神饌米を納める太田主10月(代表).png

悠紀田・主基田に実った新米のほか、47都道府県から漏れなく特産品が献上される。海の幸と山の幸を集めた「庭積の机代物」。今回から儀式後に埋納せず、福祉施設などに下賜されることになったという。

献上品の紹介は微笑ましくて良いが、一部での悠紀殿・主基殿の内部イメージ図解説には愕然とした。不敬極まりないと叱責したい所だったが、なんと宮内庁が簡素な見取り図を公開していた…
▽御座・神座の方位は伊勢神宮を示す(宮内庁HP)
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聖上がお座りになられる「御座」と天照大神を迎えられる「神座」に加え、内陣中央にある「寝座」。これが平成大嘗祭の前後、ゴシップ誌顔負けの議論になった特殊な神具である。

「日本紀の神代の巻を見ると、此布団の事を、真床襲衾(まどこおふすま)と申して居る。彼のににぎの尊が天降りせられる時には、此を被つて居られた」(前掲書)

折口信夫博士の「真床襲衾説」については約30年前、宮内庁が否定的に見解を示した。帝が「寝座」に触れられる所作はないというのだ。では何の為にあるのか…謎は謎のまま、神秘は神秘のままである。
▽『古代研究』収録の『大嘗祭の本義』(國學院大HP)
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ひとつ注釈を加えおくと、俗に言う折口説とは大袈裟で、真床襲衾に関する推察はボリューム的に少ない。『大嘗祭の本義』は、語源や各地の古い祭りを辿る民俗学的なアプローチを試みたものだ。

しかも畢生の大論文ではなく、講演の書き起こしである。当初の演題は「民俗学より見たる大嘗祭」とやや軽い。重要なのは、講演冒頭の前口上に近い折口博士の言葉ではないか。

「実は今までの神道家の考へ方では、大嘗祭はよく訣らぬ」
▽国文学・民俗学の泰斗、折口信夫博士(file)
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並居る神道専門家も高位の神職も子細を説明し得ない。その状況は昭和3年の昔も令和元年の今も変わらない。

【インペリアル・ウィークの誉れ】

御奉祝組曲が終盤に差し掛かった時、皇后陛下におかれては、そっと涙を拭われた。その刹那、同じくして感極まったのは、筆者だけではあるまい。
▽皇居・正門石橋にて10月9日(代表)
「天皇陛下ご即位をお祝いする国民祭典 第2部祝賀式典」に出席された天皇、皇后両陛下=9日午後6時34分、皇居前広場(代表撮影).jpg

御即位をお祝いする国民祭典には11月9日、昼過ぎに始まった第1部を含め約6万人が集った。角界からの祝賀コメントに続き、天皇陛下・皇后陛下が正門石橋にお出ましになられ、ハイライトを迎える。

「今日ここに集まられた皆さんからお祝い頂くことに感謝します」
▽お出ましに沸く皇居前広場11月9日(産経)
産経天皇陛下の即位を祝う国民祭典で万歳を受けられる天皇、皇后両陛下=9日.jpg

天長節や新春の参賀を除き、これだけ多くの臣民が直接お言葉を賜る機会は少ない。皇居前広場での御奉祝行事は比較的新しく、御在位60年で昭和大帝が二重橋にお見えになった事がきっかけとされる。

そして政府主催式典とは別に民間・超党派議員が取り組んだのが、平成11年の御在位式典。従来の常識を打ち破るYOSHIKIのピアノ演奏に度肝を抜かれたものだ。
▽提灯と日の丸で寿ぐ一般招待者ら11月9日(読売)
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嵐の熱唱で締めた今回の御奉祝組曲も味わい深かった。楽曲の作成は随分前に行われたと思うが、辻井伸行氏が演奏した第二楽章のタイトルが「虹の子ども」だったことは、果たして偶然か。

「天皇陛下万歳、天皇・皇后両陛下万歳」

最後は約3万人による聖寿万歳。一般招待席の発声が上手く拾われていなかったが、広場の恍惚として雰囲気は伝わった。そして夢のような時間は、翌日に紡がれる。
▽「祝賀御列の儀」始まる11月10日(時事)
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天皇旗が翻る御料車が皇居外苑をゆっくりと進む。沿道を埋める臣民と日の丸の小旗が麗しい。台風被害に伴って延期された「祝賀御列の儀」だが、当日は澄み渡った秋晴れの佳い日柄だった。

「一生の宝物にしたい」

最前列で動画を撮影していた女性は、午前4時半から並んだという。現地で歴史的な瞬間に立ち会った臣民は約12万人。沿道の奥もまた立錐の余地がない。
▽皇居前広場を進む御料車11月10日(代表)
産経即位パレードで皇居前を進む天皇、皇后両陛下の車列と沿道の大勢の人たち=10日午後3時5分(代表撮影).jpg

パレードが終わりに差し掛かった頃、この上もなく美しいシーンが見られた。傾き始めた陽を浴びて、御料車を中心に車列全体が一度、二度と金色に輝く。
▽赤坂御所脇を進む車列11月10日(FNN)
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誰かが通過時刻と日差しを厳密に計算した訳ではないだろう。黛りんたろう氏総合演出の国民祭典も素晴らしかったが、自然光が綾なす不思議な彩りには敵わない。

【大内山に忍び寄る邪な影】

鮮やかな緑の幌に菊花紋があしらわれた儀装馬車が11月19日、ひと足早く現地に向かった。天皇陛下・皇后陛下におかれては21日より三重県等に行幸啓され、伊勢神宮を御親拝される。
▽伊勢神宮に向かう儀装馬車11月19日(読売)
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今年4月に続く「剣璽動座」である一方、儀装馬車が皇居外で用いられるのは実に29年ぶりだ。伊勢神宮の内宮・外宮を廻られる際、この馬車に乗られるという。

大嘗祭を経ての御即位を報告される「親謁の儀」は、橿原の神武天皇陵、都内の昭和天皇陵など御親拝と続く。そして最後に12月4日、宮中三殿をご拝礼される。
▽豊明殿にて催された「大饗の儀」11月16日(代表)
天皇、皇后両陛下や皇族方が出席された大饗の儀=16日午後、宮殿・豊明殿(代表撮影).jpg

御即位に伴う神事・行事は、これにて完了するが、12月下旬に被災地をご訪問されることが新たに発表された。台風19号で甚大被害を受けた宮城・福島両県の被災者を見舞われる。

上皇陛下と同じく、行幸啓は「祈りの旅」が軸になる模様だ。畏れ多くも聖上の大御心と察する。我が国政府の政治家と官僚は、国民に寄り添われる両陛下のお姿をその目に刻む必要があろう。
▽国民祭典でも被災者にお言葉をおくられた11月9日(代表)
国民祭典」でお言葉を述べられる天皇陛下=9日午後、東京都千代田区(代表撮影).jpg

安倍政権中枢と外務官僚が最大限警戒すべきは、来春に予定される習近平の来日だ。国賓来日であれば、儀典上もスケジュールには当然、晩餐会を含む皇居参内が組み込まれてしまう。

その際、習近平は高い確率で天皇陛下の支那ご訪問を要請するだろう。事前に日本側が軽く牽制する程度では防ぎ切れない。礼儀も弁えず、御前で不規則発言をする手合いである。
▽政府首脳も加わった「祝賀御列の儀」11月9日(産経)
産経祝賀御列の儀のため、皇居を出発される天皇、皇后両陛下=10日午後、皇居・宮殿南車寄せ.jpg

ウイグル監獄問題や香港情勢で悪評が高まる中、習近平にとって陛下の支那ご訪問は風向きを変える格好の好材料。ご皇室を奉る臣民が嘆き苦しんだ平成4年の悪夢を繰り返される恐れが高い。

今上陛下の初となる海外ご訪問先は、外交慣例的も、御即位の礼参列に対する「返礼」という形式が相応しい。国王ら元首が参列した国が優先で、党序列6位でお茶を濁した中共など候補圏内からも漏れる。
▽「即位礼正殿の儀」参列の王族方10月22日(Instagram)
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ただし、こうした慣例を訴えた所で簡単に引き下がる中共ではないだろう。国内の行幸啓を優先するといった方便など二重三重の布石を打って、習近平サイドの不規則発言を未然に封じるべきである。

聖なる大嘗祭の夜、神域には「オー、シー」という警蹕(けいひつ)の声が響いた。庭燎や警蹕は神の出来を告げ、周囲を戒める一種のマントラだ。折口博士はざっくばらんに、こう意訳する。

「警蹕の意味は『尊い神が来た。悪い者よ。そこをどけ』といふ事である」(前掲書)
▽「悠紀殿供饌の儀」ご斎行の大嘗宮11月14日(代表)
代表「悠紀殿供饌の儀」が行われている大嘗宮=14日.png

悪い者を大内山に近寄せてはならない。まして時の為政者が邪な存在を招き入れることなど決してあってはならない。



最後まで読んで頂き有り難うございます

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参考文献:
折口信夫著『大嘗祭の本義』(青空文庫)
山村明義著『神道と日本人』(新潮社H23年刊)

参照:
□宮内庁HP10月2日『大嘗祭について(PDF)』
□宮内庁HP『大嘗宮の儀関係資料(PDF)』

参考記事:
□時事通信11月15日『厳かに大嘗祭、とばり奥で静かに祈り かがり火、陛下照らす』
□産経新聞11月14日『薄明かり 浮かぶ大嘗宮 「古代の世界」に引き込まれ』
□産経新聞11月14日『天皇と国民つなぐ祭祀、大嘗宮の儀 「災害はらう」古代から継承』
□時事通信11月15日『「御座」「坂枕」、謎に包まれた「内陣」 大嘗祭の道具作り―業者も苦労、明暗も』
□産経新聞11月10日『「一生の宝物」「皇后さま、変わらず美しい」パレード見守った国民、改めて祝福』
□産経新聞11月4日『天皇が継承される神道文化とは 「祈る」ことにより祖先へと「続く」東京大学名誉教授・平川祐弘』

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