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zoom RSS 「令和」の扉が開かれる…万葉の風舞う新たな御宇

<<   作成日時 : 2019/04/09 02:25   >>

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新元号「令和」への賞賛に、前倒し公布反対論も霞む。約40年前の“消滅危機”を乗り越え、遠い未来に紡がれる。不敬陣営の戯れ言とは裏腹に元号とは「多様性」の象徴でもあった。
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新しい元号について論じることは好ましくない。下々の者が「評価」するなど以ての外で、不敬に値する。そもそも改元は聖上崩御や深刻な災いを伴い、慶事ではないのだ。

「新元号の発表は即位したばかりの新天皇の下、5月1日に行うべきだ」

衛藤晟一首相補佐官ら政府・与党の保守派は、ご即位を前にした新元号の発表を強く批判。時期を半年前から4月に遅らせるなど奮闘したが、最終的に押し切られた。
▽毎日新聞による“対立”の図解説明
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事前発表案は、ご皇室の形骸化を狙う公明党の圧力と一部で囁かれた。また憲政史家の倉山満氏は「改元大権干犯」の黒幕として内閣法制局長官を名指しで糾弾する。

参照:iRONNA1月19日倉山満『天皇大権を蔑ろにする「元号の事前公表」黒幕は誰か』

複雑な思いで迎えた4月1日。しかし、新元号に沸き立つ列島の様子に触れ、やや考えを改めた。まるで祝い事のように新たな元号を授かることは、長い歴史の中、日本人として貴重な体験かも知れない。
▽各地で号外に殺到する光景も4月1日(毎日)
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宋代の漢籍でも何ら問題はなかったが、『万葉集』に依拠したことは望外の喜びでもあった。和歌から引用するスタイルは今後も踏襲され、新たな伝統になると確信する。

一方、改元政令文書に新帝の御名御璽が印されないケースは先例にすべきではない。安倍首相は3月29日に東宮御所に参じるなど配慮する姿勢を見せたが、万全だったかどうか…
▽東宮御所に入る安倍首相3月29日(時事)
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201年ぶりのご譲位とあって対応に苦慮する面も理解できる。皇室典範特例法の整備を含め、初めて直面する事態が相次いだことも確かである。

戦前でさえも、改元というデリケートな問題に際し、政府機関と不協和音が奏でられたのだ。

【「元号博士」になった森鴎外】

「元号勘進の如き重大なる事項において、いやしくも失態を来すが如き事あらむか。宮内省に於いても又予め之が準備を整え、万遺漏無きを期せざるべからず」

『昭和大礼記録』に残された大正時代の宮内相・一木喜徳郎の発言だ。新元号選定の政府一任には不安があり、宮内省側でも独自案を用意しておくべきと述べている。
▽一木喜徳郎宮内相(『回顧録』より)
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厳密に言わなくとも宮内省は省庁で政府に含まれるが、戦前は格が違った。納得がいかない政府案が提示された場合、自らの裁量でボツにする気満々である。

宮内省の独自案とは、どのようなものだったのか。結局、首相の若槻礼次郎が政府案から「昭和」を選び、枢密院の諮詢を経て、昭和天皇がお決めになられた。
▽昭和天皇ご臨席の枢密院S21年(file)
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独自案の準備を進めた一木喜徳郎は、後に枢密院議長も務めるが、天皇機関説を唱え、政界を引退する。この一木が打ち出した「元号5原則」が今に生きていることは皮肉である。

「元号は、その字面簡単平易なるべきこと」

「5原則」の筆頭に掲げたのは、再利用・他国との重複禁止だった。一木は、支那・朝鮮・南詔・交趾の4カ国を明示する。交趾はベトナム北部、南詔はチベット・ビルマ系の王国だ。
▽唐代の南詔(wiki)
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重複禁止は、森鴎外の鋭い指摘が影響していた。最晩年、官職に復帰して『元號考』の完成に取り組んだ森鴎外は、近代の元号がアジアの小国で既に用いられていることを発見する。

「大正は安南人の立てた越といふ国の年号にあり」

越とはベトナムだ。また「明治」は、雲南地方にあった大理国で使用済みと訴え、選考について「不調べ」と一刀両断。更に大正の「正」に関しても疑問を呈した。支那では「正の字の年号を嫌う」と言う。
▽森鴎外の遺作『元號考』(講談社学術文庫版)
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「一にして止まると申し候」

支那の“忌み文字”など無関係と思えるが、「令」の字に適当な難癖を付ける反日パヨクのレベルの低さに対し、森鴎外の博識ぶり驚く。比べてどうする、という話ではある。

【終戦30年後の“元号危機”】

「『令』は『命令』の『令』であり、なんとなく安倍政権の目指す国民への規律や統制の強化がにじみ出ている感が否めません」

日本人が新たな元号を好意的に迎える中、社民党は声明でも談話でもない“コメント”を発表。場当たり的な嫌味の域を出ず、攻撃的だった社会党全盛期とは隔世の感がある。
▽「令和」に毒づく又市征治4月1日(FNN)
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「元号は昭和限りで、廃止すべきだ」

昭和52年、社会党は党見解で「元号廃止」の方針を鮮明にする。ポスト昭和という繊細にして不敬なテーマを孕む問題だったが、総評や在日勢力の後押しを受け、国会前でデモを繰り返した。

この背景には、自民党の憂国派が推進役となった元号法制化の動きがあった。発端は内閣法制局による「元号に法律上の基礎はなく、事実としての習慣」という国会答弁だった。
▽元号法制定に尽力した村上正邦元労相(産経)
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元号の規定に関する皇室典範第12条は、GHQ主導の改定で消失。同時に元号公布や大嘗祭の形式詳細を定めた登極令も喪われ、法的根拠がなくなっていたのだ。

当時の世相的に「習慣」が簡単に消え去ることはないと見ていたのか…だが約30年後、法制局答弁により、元号に敵対する勢力が「法的な空白」をついて来る危険性が認識された。
▽武道館で開かれた推進派の集会S53年(時事)
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法制化に向け、護国系の学生組織や保守派の壮士が結集。国民運動的な色を帯びる中、昭和54年に僅か2条・29文字の極めて短い元号法が成立・施行される。

この時、大平内閣は選定に関する具体的な要項をまとめた。全6項目の留意点は、重複不可・読み書き平易など一木宮内相の「元号5原則」をほぼ踏襲したものだった。
▽社会党から分岐した社民連S53年(時事)
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一方、法案採決で反対に回ったのが代々木と社会党、社民連という今に連なる不敬政党群だ。第一義的にはご皇室の形骸化だが、それ以外にも貧しい理由があった。

「今日、元号の本家である中国では公暦として西暦を採用している」

社民党の又市は、偉そうに言うが、中共はソ連の言うがままに西暦を流用するしかなかったのだ。独自の紀年法を編み出せなかったコミンテルン。代々木の西暦活用も日本支部として従っただけである。
▽中共“成立95周年”記念大会'16年(新華社)
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共産革命の混乱期はロシア正教会も攻撃対象に含まれたが、レーニンもスターリンも直ぐに妥協する。宗教界や庶民の信徒を敵に回せば、一党独裁の根幹が揺らぐと恐れたのだ。

西暦の採用・不採用に関する議論は封印。かくして現在も左翼連中は黙って西暦を使うしかなく、それが特定の宗教と直結するものであっても、見て見ぬ振りを続ける。

【未来から見詰める「令和人」】

「元号は『皇帝による時の支配』という考えに基づく」(4月2日付朝日社説)

引用するだけでも不敬の謗りを受けかねない。モリカケ以降の捏造紙は、一部パヨク老人向けのミニコミ紙と化し、真顔で反論するのも恥ずかしいが、又市のコメントと全く同じで逆に微笑ましかった。

もし捏造紙が使う西暦に対し、ムスリムが「ヘイトだ」と噛み付いたら、どう弁明するのか。「一般的だから」という回答はダメの見本で、マイノリティーに隷属・順応を求めるも同然である。
▽元号発表を報じるアルジャジーラ4月1日
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もっとも朝日など反日陣営が口癖にする「ヘイト」は少数派への配慮や差別とは全く無関係。単なる「悪口」ですらなく、自分たちに都合の悪い真実の暴露を防ぐ為の方便に過ぎない。

今回に限った話ではないが、元号反対論では珍妙な自称国際派がもんどり打って登場する絶叫するケースが多い。実際は、逆なのではないかと考える。
▽発表会見を速報するアルジャジーラ4月1日
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イスラム世界を逍遥すれば、西暦(Anno Domini)を目にする機会がないことに気付く。徹底したヒジュラ暦オンリーで、一部の国では出入国の際の日付スタンプにまで及ぶ。

仏教国のタイでは入滅を紀元とする仏暦がメーンだ。商業施設ではA.D.表記も目立つが、ローカルな食堂では御真影&仏歴の印象的なカレンダーと出会う。
▽タイ選挙日程伝える英字紙「2562」が仏暦
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同じ仏暦採用国でもカンボジアやビルマでは影が薄い。併記ではなく、単独のA.D.表記が目立つ。これはタイが長く続く独立国だったことと関係があるのではないか。

インドにも独自の国定暦があるが、外国人が現地で戸惑うシーンはない。ヒンドゥー色が濃い地方でも街角の看板で見掛けるのはA.D.表記。明らかにイギリス植民地時代の影響である。
▽総選挙に挑むモディ首相2月(日経)
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我が国は明治初期にグレゴリオ暦を採用したが、暦法と紀年法の混同から西暦自体が誤解されている傾向もある。一部アジアの国で、西暦は近代化への一歩ではなく、植民地時代の残滓なのだ。

ここでは別段、それを批判しないし、冗長になるので皇紀復活論を唱えたりもしない。ただ、宗教起源の紀年法が残り、各国の独自暦が次々消える中、元号が紡がれてゆくことを奇跡と思う。
▽「書き初め」を披露する児童(Japan forward)
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日頃、多様性を訴える者が、西暦への一元化を絶叫する様は滑稽だ。それぞれの国に、様々なカレンダーがあって良い。幸いにして日本人は元号を携えている。

明治時代を駆け抜けた偉人を「明治人」と呼ぶように、遠い未来の人々が私たちを「令和人」と呼ぶことを夢に見よう。



最後まで読んで頂き有り難うございます
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参照:
□日本ペンクラブ電子文藝館〜猪瀬直樹『元号に賭ける』

参考記事:
□産経新聞4月5日『【皇室ウイークリー】(585)陛下、改元政令にご署名・押印 皇太子さまにも公表前に伝達』
□産経新聞4月1日『4・1新元号ドキュメント 海外メディアも速報』
□毎日新聞4月5日『改元の舞台裏/3 「天皇の元号」保守派固執 事務方反発、「1強」首相苦慮』
□FNN4月2日『新元号「令和」を“各党トップ”はどう見た? “党首コメント”に垣間見える「立場」に注目!』
□ハフポス4月1日『「昭和」で“元号消滅”の危機もあった? 現憲法で制度は一時廃止、それでも元号が続いた理由とは』
□時事通信3月30日『「新天皇」面会で保守派に配慮=違憲批判招く危険も』
□日経新聞3月28日『「平成」9年に及んだ選考 考案者死去でお蔵入りも』

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