金正恩が挑む悪魔のディール…米朝“裏切りの20年史”

瀬戸際まで追い詰めた末の妥協劇。米朝の不可解な握手は約10年のサイクルで繰り返されてきた。トランプ大統領は“良き例外”になるのか…首脳会談が迫るにつれ、不透明感は高まる。
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金一族神格化の反作用で、北朝鮮には英雄が居ない。その中、異彩を放つのが、京都大出身の科学者・李升基(リ・スンギ)だ。昭和14年に桜田一郎博士らと共に合成繊維ビニロンを開発した人物である。

大東亜戦争終結後、李升基は北朝鮮に招かれ、合成繊維の改良を続けた。金日成は繊維をビナロンと命名し、自国の発明品と宣伝。李升基を「愛国烈士」と讃え、終生、厚く庇護した。
▽金日成と李升基(時期不詳)
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パクリ合成繊維の研究施設が置かれたのが、平安北道朔州郡の「青水化学工場」だった。元は日本窒素が昭和18年に建設した世界最高峰のカーバイド工場で、ソ連軍による強奪を経て北朝鮮が流用していた。

工場の目と鼻の先にある水豊ダムも我が国が朝鮮半島に残した遺産だ。竣工は昭和19年。こちらも当時世界最大級となる重力式ダムで、長年に渡り、北朝鮮の電力供給を支え、現在も稼働している。
▽建造中の水豊ダムS17年(wiki)
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昭和の初めから大東亜戦争末期まで、平安北道青水里(チョンスリ)は鴨緑江沿いの一大工業都市として発展。50年代から暫く、北朝鮮は成功した工業国家と見なされたが、礎は大日本帝国が築いたのだ。

背乗りした工場群は、アップデートが上手く行かず、青水里は昭和レトロな廃墟が建ち並ぶ地方都市に格下げされた。そんな「北のデトロイト」が俄かに国際的な脚光を浴びた。
▽晩年は麻薬製造拠点だった青水化学工場(ヤフー)
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米シンクタンクISIS(科学国際安全保障研究所)は4月20日、青水里で超高純度の黒鉛製造施設を建設していると指摘した。高純度の黒鉛は原子炉にも利用される。

「規制された製品の販売は首脳会談の精神に反すると理解すべきだ」
▽青水里の高純度黒鉛製造施設’17年5月(ISIS)
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ISISは北当局に向けて警告を発し、核拡散の懸念を表明した。北朝鮮は高純度の黒鉛を海外に売却する恐れが高いという。同時に、寧辺の黒鉛減速炉が3月初め、稼働を続けている形跡が発見された。

兵器級プルトニウムの量産再開。首脳会談に前のめりの文在寅ら親北勢力にとって不都合な疑惑の浮上だ。

【宣言に逆行する“北の核銀座”】

原子炉の発電ホールから立ち上る蒸気、近くの川の氷は溶けていた…米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38 north」は3月5日、寧辺・黒鉛減速炉が再稼働を始めた可能性が高いと指摘した。

原子炉稼働の決め手となる冷却水の排出は認められなかったが、北当局が隠蔽の為に排水管を川まで延伸した疑いもあるという。周辺では車両の動きが活発化し、何らかの工事が進んでいると推定された。
▽北朝鮮・寧辺の黒鉛減速炉2月25日(38 north)
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続いて3月半ばには、実験用軽水炉でもテスト運用の兆候が確認される。軍事情報企業IHSジェーンズが衛星写真を解析したもので、この軽水炉も北の核銀座・寧辺にある。

ちなみに、先述の李升基は、1960年代に寧辺に設立された原子力研究所の初代所長でもあった。北朝鮮の核開発は、黎明期から現在に至るまで、京大の研究者が担ってきたのだ。
▽寧辺のELWR(実験用軽水炉)’15年(38 north)
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「原子炉の再稼働は、北朝鮮が核兵器開発の為のプルトニウム生産を再開したことを意味する」

一連の動きについて「38 north」は、そう警告する。北の核施設稼働については、断片的に未確認情報が伝えられるケースが殆どだったが、首脳会談を前に一気に噴き出した格好だ。

「国家核戦力の建設が完璧に達成され、核実験もICBM発射実験も必要なくなった」
▽党中央委総会で演説する3代目4月20日(KCNA)
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4月20日の朝鮮労働党総会で行われた金正恩演説は、噴飯ものの内容だった。南鮮政府は手放しで評価したが、米国が求める「完全な非核化」とは絶望的な開きがある。

親北メディアが賞賛する豊渓里(プンゲリ)の核実験場廃棄にしても、地盤崩壊で役割を失ったエリアの閉鎖に過ぎない。’08年の老朽化冷却塔爆破ショーと同じ手口だ。
▽豊渓里の核実験場跡地3月17日(38 north)
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首脳会談を前にした情報戦で、北朝鮮側は精彩を欠く。金正恩には、米国と対等にディールする材料がない。会談の席で大統領に泡を吹かせるような隠し玉は、恐らく手に持っていないだろう。

それでも毛頭、楽観視は出来ない。楽勝ムードの中、不可解な妥協を計るのが、これまでの米国の対北外交だった。

【妥協と裏切りの対北外交史】

米国の外交史に大きな禍根を残すことになった’94年6月のカーター・金日成会談。その最中、クリントン大統領や米政府高官はホワイトハウスに集まり、TVを眺めていた…嘘のようなホントの話だ。

2日間、計10時間に及ぶマラソン会談。終了間際、ホワイトハウスに平壌のカーターから電話が入った。大きな前進があったという。そして「詳しくはCNNの生中継を見てくれ」と話すと、音信は途絶えた。
▽会談する金日成とカーター元大統領’94年(CNN)
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異例の事態である。国務長官も統合参謀本部議長も、ただTV画面を眺めるしかなかった。やがてCNNによるインタビューの生中継が始まり、カーターは金日成に約束した内容を説明した。

「米政府はUN安保理制裁決議に向けた働きかけを停止する」

クリントン政権は対話と圧力の方針を変えていなかった。だがカーターは、核燃料再処理の凍結と引き換えに対北制裁を取りやめると確約してしまったのだ。
▽平壌入りしたカーターと金日成(file)
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明らかなスタンド・プレーだったが、世界同時中継されたインタビューを覆すことは出来ない。以降、米国務省もカーター発言に沿って交渉を進め、’94年10月、米朝枠組み合意が成立する。

焦点だった黒鉛減速炉と再処理施設は、解体ではなく凍結。強制力を持つIAEAの特別査察は実施見送り。そして新たな軽水炉の提供…米国は妥協に妥協を重ね、北の圧勝で“決着”した。
▽頓挫したKEDO軽水炉プロジェクト’02年(AFP)
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この枠組み合意で発足した国際コンソーシアムKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)は、迷走の果てに破綻。我が国は約450億円を拠出したが、北朝鮮は返済を拒否したままだ。

加えて、対北コメ支援50万トンのうち、有償だった30万トンについても返済されていない。日本人様にカネを借りた挙句の恫喝。朝鮮総連と全く同じである。
▽オルブライト国務長官の電撃訪朝2000年10月(ロイター)
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カーター訪朝に始まった枠組み合意は、北朝鮮の核・ミサイル開発を手助けしただけで終わった。そして合意を鋭く批判したブッシュ政権も、瀬戸際まで追い詰めた所で、金正日を無罪放免に処した。

米国の対北外交は、一様に最終工程で不可解な力学が働き、北朝鮮を利する形で落着してきた。トランプ大統領が例外的な存在になるとは、誰も言い切れない。

【もう「次の10年」は許されない】

「94年の枠組み合意の時も、2005年の6者合意の時も、北朝鮮は核開発の放棄にコミットした。しかし、その約束は反故にされた」

日米首脳会談後の共同会見で安倍首相は、北朝鮮による過去2回の裏切り行為について言及した。これは安倍首相が繰り返し警告してきた事柄で、昨年9月のUN一般討論演説も同様だった。
▽共同会見する日米首脳4月18日(AP)
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TBSなど朝鮮労働党系のメディアは、UN演説について「8割を北朝鮮批判に費やした」などと罵声を浴びせた。だが実際の内容は、KEDO発足から破綻の経緯など北の詐欺外交を詳細に解説したものだ。

参照:首相官邸HP平成29年9月20日『第72回国連総会における安倍内閣総理大臣一般討論演説』

こうした解説は本来、報道機関が担う仕事だが、役割を放棄して久しい。ましてや北朝鮮の「裏切りの歴史」から一歩踏み込み、米国の対北外交のブレを振り返ることはない。
▽トランプ大統領夫妻との夕食会4月18日(官邸HP)
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「シンゾーにとって拉致問題がとても大事な問題であること、そして拉致被害者が日本に帰れることを大事に考えています。そして私はそのことをシンゾーに約束したのです」

共同会見でトランプ大統領は、拉致事件解決に関しても多くの時間を割いた。米朝会談を前に改めて大統領から言質を取ったことは、今回の訪米の大きな成果だ。
▽パームビーチの別荘散策する両首脳夫妻4月17日(AP)
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核とミサイルと拉致。安倍首相が“3点セット”を強調するのには理由がある。対北交渉に前のめりになった米国が「問題の分離」を図り、拉致問題を封印するという事態も想定される。

枠組み合意で米朝蜜月が続く中、’98年に北朝鮮はテポドンを発射する。グアムを射程に収めたICBMの出現だが、米国は核問題とのリンケージを嫌った。それだけではない。
▽テポドン1号の発射’98年8月(AFP)
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「多国間の枠組みで取り扱うことが最も望ましい」

そんな詭弁を弄し、クリントン政権は生物兵器や麻薬密輸・偽ドル製造などの諸問題を米朝協議のテーマから外した。包括的アプローチとは真逆の細分化。協議で一定の成果を出すことだけが目的となった。

「南北、米朝首脳会談の際にも拉致問題が前進するよう、私が司令塔となって全力で取り組む」
▽国民大集会でスピーチする安倍首相4月22日(時事)
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帰国後の4月22日、国民大集会に出席した安倍首相は、そう決意を語った。米朝会談が迫る中、拉致被害者家族は不安も抱えているのではないか…

米朝の妥協と問題先送りは遠い昔の出来事ではなく、僅か10年前に起きた。目の前から突如、消え失せた希望。再び「次の10年」を待つことは出来ない。
▽全国巡回中の横田めぐみさん写真展H29年11月(産経)
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拉致被害者の全員帰国実現に向け、日本国及び日本人は、例え国際社会から孤立しても、金王朝に抗う覚悟が必要だ。



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参考文献:
島田洋一さん著『アメリカ・北朝鮮抗争史』(文春新書H15年刊)

参照:
島田洋一ブログ’10年8月29日『1994年のジミー・カーター訪朝』
首相官邸HP4月18日『日米共同記者会見』

参考記事:
□時事通信4月22日『北朝鮮、黒鉛工場新設か=高純度の原子炉用?-米専門家が警告』
□共同通信4月22日『北朝鮮が黒鉛施設を新設か 米研究者、核拡散に懸念』
□CNN3月16日『北朝鮮の原子炉に稼働の兆候、プルトニウム生産に転用の可能性も』
□時事通信3月6日『北朝鮮、プルトニウム生産再開か=黒鉛炉が稼働継続の兆候-米研究所』
□産経新聞(共同)3月6日『北が原子炉稼働を継続 米サイト、蒸気を確認』
□産経新聞3月28日『北朝鮮・寧辺の軽水炉が試験運用開始か、隣接の黒鉛減速炉も 核兵器用プルトニウムの製造加速か』
□ヤフーニュース’17年2月17日『<北朝鮮内部>制裁影響深刻 貿易会社休業や給料停止相次ぐ 軍も牛車使う』

□産経新聞4月21日『米朝交渉の正当化に迫られ…苦肉の「勝利」宣言』
□産経新聞4月19日『歴史動くか…日本も正念場 米朝首脳会談を前に傍観者ではいられない』

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