北潜水艦が日本海に消える時…半島有事に秒読みはない
シリア限定空爆を受け、リアリティが増す朝鮮半島有事。楽観論と悲観論が入り乱れる中、深海の脅威は置き去りにされる。対北サージカル・ストライクに「秒読み」の猶予はない。
D-dayは、2013年8月31日と決まった。米国と共に参戦するフランスのオランド大統領は、既に攻撃後の声明文を完成させ、後はテレビ演説で読み上げるだけだった。
ところが、直前になってホットラインに緊急連絡が入る。電話の主はオバマ大統領。本日の攻撃は取り止めにしたという。そしてオバマは声明で「シリアへの軍事介入」を宣言しながらも、こう付け加えた。
「このような重大な決断は議会の承認を得るべきだ」
▽オランドとオバマ’12年(AP)
この2日前、英国のシリア攻撃参加は議会で否決。米両院でも可決されない公算が高かった。事実上の攻撃中止。まもなく米国はロシアの仲介案を受け入れ、シリア攻撃は幻に終わった。
優柔不断のオバマと決断力のトランプ。シリア限定攻撃を巡って2人は比較され、新華社系メディアは米国の「単独行動」に難癖を付けるが、前提条件がかなり異なる。
▽別荘で対応協議するトランプ大統領4月6日(AFP)
オバマが寸止めした際、シリア政府軍の化学兵器使用には異論もあった。アサド政権は保有を認める一方、使用は否定。ダマスカス近郊の化学兵器攻撃は反政府組織によるものと強く主張した。
それが’13年秋のロシア仲介及びUN決議で一転、アサド政権は全ての化学兵器撤去に合意。ハーグのOPCW(=化学兵器禁止機関)が処理に当たり、翌年7月、無毒化・国外搬出作業の完了を発表する。
▽シリア入りしたOPCW査察官’13年(CNN)
しかし、アサド政権の自己申告に頼るOPCWの処理は万全ではなかった。4月4日、シリア北西部にある反政府勢力の拠点を襲った空爆。被害者の多くは化学兵器特有の症状を示していた。
更に、被害者が搬送された病院も空爆に見舞われた。アサド政権とロシアは「反政府勢力の自作自演」を主張するが、数少ない医療施設を自ら破壊する作戦は、どうにも合理的に説明できない。
▽被害者を治療していた病院4月4日(AFP)
ダマスカス近郊の惨劇から4年…今度こそ本格的な国際査察団がアサドの犯罪に迫ると予想された。だが、トランプ政権の対応は、あらゆる外交評論家の分析をゴミ箱に叩き捨てるものだった。
【習近平訪欧を直撃した空爆】
「子供が殺害されている時に、そうした対応は必要だ」
米国のシリア限定攻撃について、習近平が米支首脳会談の席で語った発言が明らかになった。非公式の個人的な見解であっても、米国の軍事行動に「理解」を示したことは異例だ。
これまで中共はアサド政権に「理解」を示し、ロシア同様に「支持」する立場を取ってきた。武力行使に反対し、対話による解決を重視する…中共外交部が会見で表明したスタンスが基本である。
▽3分間散歩のトランプ&習近平4月7日(ロイター)
フロリダでの便所前発言は、従来の方針と真っ向から対立する。今後、発言は微修正され続け、中共の公式見解に近付くと予想するが、習近平は面倒を背負い込むことになった。
「4月6日午後4時頃に開かれたNSC(=国家安全保障会議)でトランプ大統領が最終判断した」
米・スパイサー報道官によると、ゴーサインが出たのは、習近平が別荘に到着する1時間前。トマホーク発射は午後7時40分で、歓迎晩餐会の最中だった。
▽別荘で開かれた歓迎晩餐会4月6日(ロイター)
狙い澄ました絶妙なタイミング。内外のメディアが、トランプ政権の重ね技に驚き、分析・論評するのも当然だ。その一方で、もうひとつの謎めいたタイミングがあったことに注目する。
シリア北西部での化学兵器攻撃は、米支首脳会談を目前に起きた。市街地攻撃が実行された4月4日、習近平は北京を出発し、最初の訪問国フィンランドに到着している。
▽便所前宿泊先での抗議活動4月7日(共同)
非IS・反アサド勢力の支配地域では、複数の欧米系NGOが活動中だ。化学兵器の使用が疑われる被害が発生すれば、直後にも映像が世界に拡散。大騒ぎになることは明白だった。
プーチンが青図を描いたのか、アサドの独断専行か…米軍による基地限定攻撃よりも、化学兵器使用こそが、米支首脳会談のタイミングを狙ったものに見える。
▽被害の子供抱え病院に駆け込む男性4月4日(AP)
我が国のメディアが復興担当相の会見発言で空騒ぎを続ける中、欧米の報道は化学兵器使用疑惑を大きく取り上げ、UN安保理の行方に注目。既に米支首脳会談の扱いは小さくなっていたのだ。
だが、安保理がメーンの舞台になるとの予想もまた間違っていた。オバマ外交とは決定的に異なるトランプ・ドクトリン。それが、朝鮮半島有事の「秒読み」に大きな変化をもたらす。
【UN米大使の宣告は見逃された】
「ロシアがアサド政権に影響を及ぼせるなら、このおぞましい行為を止めさせなければならない」
その手には化学兵器による被害者の写真が握られていた。4月5日に開かれたUN安保理の緊急会合。米国のヘイリー大使は、強い口調でシリアとロシアを糾弾した。
米英仏が主導した非難決議案は、ロシアの反発で採択に至らなかったが、今後も安保理で激しい応酬が続くものと見込まれた。しかし、重要なのは強い非難ではなく、ヘイリー大使の宣告だった。
▽緊急会合で発言するヘイリー大使4月5日(UN)
「国連がまとまって行動する義務を怠った時、我々は自分達で行動を取らざるを得ない」
米国単独での武力行使だ。このヘイリー発言は、米支首脳会談を前に英紙の独占インタビューに応じた大統領の言葉と重なる。トランプ大統領は、北朝鮮への対処について、こう述べた。
「中国が北朝鮮問題を解決しないなら、我々がやる」
初対面を前にした脅し文句ではなかった。首脳会談は共同会見も共同声明もない異例のフェードアウト様式だったが、ティラーソン国務長官によれば、トランプ大統領は会談で同じ趣旨の発言をした。
▽会談に臨む米支首脳ら4月7日(時事)
「中国が共に行動しないのであれば、米国は単独で対応する用意がある」
この宣告に対し、便所前がどう反応したか判らない。また中共が対北制裁に本腰を入れるか否かも不明だ。しかし、米国が武力行使に踏み切る際、安保理決議に頼らないことはハッキリした。
▽トマホーク発射する米駆逐艦4月6日(米海軍)
米国による対北サージカル・ストライクは、イラク戦争と同様に安保理決議を踏み台にし、一定の譲歩期限を設けて実行されると予想してきた。だが、甘い観測だった。
シリア限定攻撃で吹き飛んだのは、安保理のテーブルだ。軍事行動を排除しない対北制裁決議案に対し、ロシアは確実に拒否権を発動する。中・ロの棄権で決議が採択される可能性はゼロになった。
▽猛反発するロシアUN次席大使4月7日(AFP)
対シリア軍事制裁で判ったように、トランプ政権は形式的な国際合意も、国際世論の形成も必要としないのだ。そして、北朝鮮に決議履行を促すモラトリアムも存在しない。
対北武力行使、朝鮮半島有事は開戦カウントダウンもなく、突発的に始まる。
【深海に潜む“最後の一線”】
「レッドラインを遥かに越えている」
トランプ大統領は4月5日の会見で、そう語った。米国がシリア武力行使に踏み切る「最後の一線」は、民間人への化学兵器使用だった。では、対北軍事行動のレッドラインは、どこにあるのか?
▽記者団に答えるトランプ大統領4月5日(AFP)
内外のメディアは、第6次核実験の強行、あるいは米本土に到達するテポドン2改クラスのICBM発射と捉えている。核弾頭搭載可能なICBMが発射台に設置された事態を受け、米艦が巡航ミサイルを放つ…
我が国で議論すべきか議論中の敵策源地攻撃も、トマホークを海自艦のハープーンに置き換えたものだ。しかし、それは2~3年前のいかにも古い世界観で、北朝鮮軍の能力は暗黒方面に激しく進化している。
▽戦車部隊視察する金正恩4月(KCNA)
「我々にとって非常に挑戦的な技術だ」
米戦略軍のハイテン司令官は4月4日の米上院軍事委で、強い警戒感を示した。北朝鮮が2月12日に発射した新型弾道ミサイル「KN-15」に関する評価だ。
▽「KN-15」の発射実験2月12日(労働新聞)
レンジ2000㎞以上で全ての在日米軍基地を範囲に納める「KN-15」は、固体燃料によるTEL(起立式移動車両)搭載型。発射前に補足し、破壊することは難しい。そして長距離の「ムスダン」も控える。
更に、米国にとって本土核攻撃の脅威となるのが、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)だ。失敗を重ねた末、北朝鮮は昨年8月24日に射出“成功”。我が国のDMZ内に着弾した。
▽北が成功と宣伝するSLBM発射’16年8月(KCNA)
「許しがたい暴挙」
安倍首相は即座に強く非難したが、国内での報道は低調だった。本当の脅威に直面した際、総じてメディアは押し黙る。そして、金正恩が自らレッドラインを引き下げたのは、この時だった。
【北潜水艦の不明で全米パニック】
SLBMは長らく安保理P5の独占だったが、インドに続き、北朝鮮が7カ国目の保有国となった。巧妙にカモフラージュされた山岳地帯のTELに加え、北朝鮮軍は海面下からも弾道弾を自在に放つことが出来る。
同時に北朝鮮は、世界トップの潜水艦・潜水艇保有国でもある。多くがサメ級など小型艦艇だが、1800tのロメオ級潜水艦を20隻以上保有。昨年のSLBM発射では新型潜水艦が使われた。
▽SLBM試射を視察する金正恩'15年5月(KCNA)
南鮮軍は、北のロメオ級を古いディーゼル式の博物館モデルと嘲笑う。しかし、2010年に起きたコルベット「天安」撃沈事件では、北潜水艦の接近に全く気付かず、魚雷1発で艦体を真っ二つにされた。
また2年前の夏、DMZで哨戒中の南鮮兵が地雷を踏み、緊張が高まった際、50隻以上の北潜水艦・潜水艇が基地を離脱。行方を見失った南鮮軍は、慌てふためいた。
▽ロメオ級に乗り込む金正恩’14年(KCNA)
懸念された事態は起きなかったが、潜水艦群の異常行動に神経を尖らすことは当然とも言える。昨年8月以降は、消息を絶つ潜水艦の中にSLBM搭載艦が含まれる可能性も出てきたのだ。
4月3日、済州島沖で始まった米南海軍の訓練に海自護衛艦「さわぎり」が参加した。北朝鮮の潜水艦侵入を想定した探知・追尾の連携確認で、3カ国による合同訓練はこれが初めてとなる。
▽海自護衛艦「さわぎり」(産経file)
米原子力空母「カール・ヴィンソン」の“反転”と共に、この対潜哨戒訓練は重要な動きだ。SLBMの発射成功で、北潜水艦の戦力的な位置付けは激変した。
カリフォルニア沖に国籍不明の潜水艦が出没するまでもない。北の新型潜水艦がアリューシャン列島を超え、アラスカ沖で消息を絶てば、全米はパニックに陥る。
▽SLBM発射視察する金正恩’15年(合成写真)
潜水艦搭載の「KN-11」も、最大レンジが2,000㎞を超すと見られる。北方海域から東海岸のワシントンD.C.やNYに中距離弾道ミサイルを叩き込むことも不可能ではない。
対北サージカル・ストライクの決行は、確実に報復攻撃を生じさせる。同盟国に被害が及ぶことから、シリア制裁とは大きく異なると識者は“楽観論”を唱える。逆だ。
▽北SLBMの発射実験’15年5月(KCNA)
アサド政権軍が米国の都市やサウジの米軍基地を攻撃する確率はゼロだった。それでも武力行使に踏み切った。一方、金正恩は米軍基地打撃を公言し、米都市を火の海と化す核ミサイルの開発を進めている。
ホワイトハウスは躊躇しないだろう。ICBMの発射台設置でカウントダウンは始まらない。北潜水艦が不審な動きを見せ、日本海に消えた時、何十ダースもの巡航ミサイルが38度線の北に飛翔する。
〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発となります
↓

参照:
防衛省HP「2016年の北朝鮮によるミサイル発射について(PDF)』
参考記事:
□時事通信4月8日『中国主席、異例の軍事力行使容認=シリア攻撃に「理解」』
□産経新聞4月9日『シリア攻撃の衝撃…中国は米と密約か、国内反発恐れだんまり 北は「斬首作戦」に激しく反応』
□ロイター4月10日『コラム:米シリア攻撃、「トランプ・ドクトリン」の始まりか』
□産経新聞4月3日『日米韓が対潜水艦訓練、北朝鮮SLBMに対抗』
□読売新聞4月4日『北のミサイル、固体燃料使った新技術…米司令官』
□産経新聞(共同)4月6日『5日の発射ミサイルはスカッドER 米軍が分析修正』
□日経新聞4月3日『トランプ氏会見、中国に北朝鮮への対応迫る(4月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)』
□CNN’14年7月3日『シリア化学兵器、「全量」の国外搬出が完了 無毒化処理へ』
D-dayは、2013年8月31日と決まった。米国と共に参戦するフランスのオランド大統領は、既に攻撃後の声明文を完成させ、後はテレビ演説で読み上げるだけだった。
ところが、直前になってホットラインに緊急連絡が入る。電話の主はオバマ大統領。本日の攻撃は取り止めにしたという。そしてオバマは声明で「シリアへの軍事介入」を宣言しながらも、こう付け加えた。
「このような重大な決断は議会の承認を得るべきだ」
▽オランドとオバマ’12年(AP)
この2日前、英国のシリア攻撃参加は議会で否決。米両院でも可決されない公算が高かった。事実上の攻撃中止。まもなく米国はロシアの仲介案を受け入れ、シリア攻撃は幻に終わった。
優柔不断のオバマと決断力のトランプ。シリア限定攻撃を巡って2人は比較され、新華社系メディアは米国の「単独行動」に難癖を付けるが、前提条件がかなり異なる。
▽別荘で対応協議するトランプ大統領4月6日(AFP)
オバマが寸止めした際、シリア政府軍の化学兵器使用には異論もあった。アサド政権は保有を認める一方、使用は否定。ダマスカス近郊の化学兵器攻撃は反政府組織によるものと強く主張した。
それが’13年秋のロシア仲介及びUN決議で一転、アサド政権は全ての化学兵器撤去に合意。ハーグのOPCW(=化学兵器禁止機関)が処理に当たり、翌年7月、無毒化・国外搬出作業の完了を発表する。
▽シリア入りしたOPCW査察官’13年(CNN)
しかし、アサド政権の自己申告に頼るOPCWの処理は万全ではなかった。4月4日、シリア北西部にある反政府勢力の拠点を襲った空爆。被害者の多くは化学兵器特有の症状を示していた。
更に、被害者が搬送された病院も空爆に見舞われた。アサド政権とロシアは「反政府勢力の自作自演」を主張するが、数少ない医療施設を自ら破壊する作戦は、どうにも合理的に説明できない。
▽被害者を治療していた病院4月4日(AFP)
ダマスカス近郊の惨劇から4年…今度こそ本格的な国際査察団がアサドの犯罪に迫ると予想された。だが、トランプ政権の対応は、あらゆる外交評論家の分析をゴミ箱に叩き捨てるものだった。
【習近平訪欧を直撃した空爆】
「子供が殺害されている時に、そうした対応は必要だ」
米国のシリア限定攻撃について、習近平が米支首脳会談の席で語った発言が明らかになった。非公式の個人的な見解であっても、米国の軍事行動に「理解」を示したことは異例だ。
これまで中共はアサド政権に「理解」を示し、ロシア同様に「支持」する立場を取ってきた。武力行使に反対し、対話による解決を重視する…中共外交部が会見で表明したスタンスが基本である。
▽3分間散歩のトランプ&習近平4月7日(ロイター)
フロリダでの便所前発言は、従来の方針と真っ向から対立する。今後、発言は微修正され続け、中共の公式見解に近付くと予想するが、習近平は面倒を背負い込むことになった。
「4月6日午後4時頃に開かれたNSC(=国家安全保障会議)でトランプ大統領が最終判断した」
米・スパイサー報道官によると、ゴーサインが出たのは、習近平が別荘に到着する1時間前。トマホーク発射は午後7時40分で、歓迎晩餐会の最中だった。
▽別荘で開かれた歓迎晩餐会4月6日(ロイター)
狙い澄ました絶妙なタイミング。内外のメディアが、トランプ政権の重ね技に驚き、分析・論評するのも当然だ。その一方で、もうひとつの謎めいたタイミングがあったことに注目する。
シリア北西部での化学兵器攻撃は、米支首脳会談を目前に起きた。市街地攻撃が実行された4月4日、習近平は北京を出発し、最初の訪問国フィンランドに到着している。
▽便所前宿泊先での抗議活動4月7日(共同)
非IS・反アサド勢力の支配地域では、複数の欧米系NGOが活動中だ。化学兵器の使用が疑われる被害が発生すれば、直後にも映像が世界に拡散。大騒ぎになることは明白だった。
プーチンが青図を描いたのか、アサドの独断専行か…米軍による基地限定攻撃よりも、化学兵器使用こそが、米支首脳会談のタイミングを狙ったものに見える。
▽被害の子供抱え病院に駆け込む男性4月4日(AP)
我が国のメディアが復興担当相の会見発言で空騒ぎを続ける中、欧米の報道は化学兵器使用疑惑を大きく取り上げ、UN安保理の行方に注目。既に米支首脳会談の扱いは小さくなっていたのだ。
だが、安保理がメーンの舞台になるとの予想もまた間違っていた。オバマ外交とは決定的に異なるトランプ・ドクトリン。それが、朝鮮半島有事の「秒読み」に大きな変化をもたらす。
【UN米大使の宣告は見逃された】
「ロシアがアサド政権に影響を及ぼせるなら、このおぞましい行為を止めさせなければならない」
その手には化学兵器による被害者の写真が握られていた。4月5日に開かれたUN安保理の緊急会合。米国のヘイリー大使は、強い口調でシリアとロシアを糾弾した。
米英仏が主導した非難決議案は、ロシアの反発で採択に至らなかったが、今後も安保理で激しい応酬が続くものと見込まれた。しかし、重要なのは強い非難ではなく、ヘイリー大使の宣告だった。
▽緊急会合で発言するヘイリー大使4月5日(UN)
「国連がまとまって行動する義務を怠った時、我々は自分達で行動を取らざるを得ない」
米国単独での武力行使だ。このヘイリー発言は、米支首脳会談を前に英紙の独占インタビューに応じた大統領の言葉と重なる。トランプ大統領は、北朝鮮への対処について、こう述べた。
「中国が北朝鮮問題を解決しないなら、我々がやる」
初対面を前にした脅し文句ではなかった。首脳会談は共同会見も共同声明もない異例のフェードアウト様式だったが、ティラーソン国務長官によれば、トランプ大統領は会談で同じ趣旨の発言をした。
▽会談に臨む米支首脳ら4月7日(時事)
「中国が共に行動しないのであれば、米国は単独で対応する用意がある」
この宣告に対し、便所前がどう反応したか判らない。また中共が対北制裁に本腰を入れるか否かも不明だ。しかし、米国が武力行使に踏み切る際、安保理決議に頼らないことはハッキリした。
▽トマホーク発射する米駆逐艦4月6日(米海軍)
米国による対北サージカル・ストライクは、イラク戦争と同様に安保理決議を踏み台にし、一定の譲歩期限を設けて実行されると予想してきた。だが、甘い観測だった。
シリア限定攻撃で吹き飛んだのは、安保理のテーブルだ。軍事行動を排除しない対北制裁決議案に対し、ロシアは確実に拒否権を発動する。中・ロの棄権で決議が採択される可能性はゼロになった。
▽猛反発するロシアUN次席大使4月7日(AFP)
対シリア軍事制裁で判ったように、トランプ政権は形式的な国際合意も、国際世論の形成も必要としないのだ。そして、北朝鮮に決議履行を促すモラトリアムも存在しない。
対北武力行使、朝鮮半島有事は開戦カウントダウンもなく、突発的に始まる。
【深海に潜む“最後の一線”】
「レッドラインを遥かに越えている」
トランプ大統領は4月5日の会見で、そう語った。米国がシリア武力行使に踏み切る「最後の一線」は、民間人への化学兵器使用だった。では、対北軍事行動のレッドラインは、どこにあるのか?
▽記者団に答えるトランプ大統領4月5日(AFP)
内外のメディアは、第6次核実験の強行、あるいは米本土に到達するテポドン2改クラスのICBM発射と捉えている。核弾頭搭載可能なICBMが発射台に設置された事態を受け、米艦が巡航ミサイルを放つ…
我が国で議論すべきか議論中の敵策源地攻撃も、トマホークを海自艦のハープーンに置き換えたものだ。しかし、それは2~3年前のいかにも古い世界観で、北朝鮮軍の能力は暗黒方面に激しく進化している。
▽戦車部隊視察する金正恩4月(KCNA)
「我々にとって非常に挑戦的な技術だ」
米戦略軍のハイテン司令官は4月4日の米上院軍事委で、強い警戒感を示した。北朝鮮が2月12日に発射した新型弾道ミサイル「KN-15」に関する評価だ。
▽「KN-15」の発射実験2月12日(労働新聞)
レンジ2000㎞以上で全ての在日米軍基地を範囲に納める「KN-15」は、固体燃料によるTEL(起立式移動車両)搭載型。発射前に補足し、破壊することは難しい。そして長距離の「ムスダン」も控える。
更に、米国にとって本土核攻撃の脅威となるのが、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)だ。失敗を重ねた末、北朝鮮は昨年8月24日に射出“成功”。我が国のDMZ内に着弾した。
▽北が成功と宣伝するSLBM発射’16年8月(KCNA)
「許しがたい暴挙」
安倍首相は即座に強く非難したが、国内での報道は低調だった。本当の脅威に直面した際、総じてメディアは押し黙る。そして、金正恩が自らレッドラインを引き下げたのは、この時だった。
【北潜水艦の不明で全米パニック】
SLBMは長らく安保理P5の独占だったが、インドに続き、北朝鮮が7カ国目の保有国となった。巧妙にカモフラージュされた山岳地帯のTELに加え、北朝鮮軍は海面下からも弾道弾を自在に放つことが出来る。
同時に北朝鮮は、世界トップの潜水艦・潜水艇保有国でもある。多くがサメ級など小型艦艇だが、1800tのロメオ級潜水艦を20隻以上保有。昨年のSLBM発射では新型潜水艦が使われた。
▽SLBM試射を視察する金正恩'15年5月(KCNA)
南鮮軍は、北のロメオ級を古いディーゼル式の博物館モデルと嘲笑う。しかし、2010年に起きたコルベット「天安」撃沈事件では、北潜水艦の接近に全く気付かず、魚雷1発で艦体を真っ二つにされた。
また2年前の夏、DMZで哨戒中の南鮮兵が地雷を踏み、緊張が高まった際、50隻以上の北潜水艦・潜水艇が基地を離脱。行方を見失った南鮮軍は、慌てふためいた。
▽ロメオ級に乗り込む金正恩’14年(KCNA)
懸念された事態は起きなかったが、潜水艦群の異常行動に神経を尖らすことは当然とも言える。昨年8月以降は、消息を絶つ潜水艦の中にSLBM搭載艦が含まれる可能性も出てきたのだ。
4月3日、済州島沖で始まった米南海軍の訓練に海自護衛艦「さわぎり」が参加した。北朝鮮の潜水艦侵入を想定した探知・追尾の連携確認で、3カ国による合同訓練はこれが初めてとなる。
▽海自護衛艦「さわぎり」(産経file)
米原子力空母「カール・ヴィンソン」の“反転”と共に、この対潜哨戒訓練は重要な動きだ。SLBMの発射成功で、北潜水艦の戦力的な位置付けは激変した。
カリフォルニア沖に国籍不明の潜水艦が出没するまでもない。北の新型潜水艦がアリューシャン列島を超え、アラスカ沖で消息を絶てば、全米はパニックに陥る。
▽SLBM発射視察する金正恩’15年(合成写真)
潜水艦搭載の「KN-11」も、最大レンジが2,000㎞を超すと見られる。北方海域から東海岸のワシントンD.C.やNYに中距離弾道ミサイルを叩き込むことも不可能ではない。
対北サージカル・ストライクの決行は、確実に報復攻撃を生じさせる。同盟国に被害が及ぶことから、シリア制裁とは大きく異なると識者は“楽観論”を唱える。逆だ。
▽北SLBMの発射実験’15年5月(KCNA)
アサド政権軍が米国の都市やサウジの米軍基地を攻撃する確率はゼロだった。それでも武力行使に踏み切った。一方、金正恩は米軍基地打撃を公言し、米都市を火の海と化す核ミサイルの開発を進めている。
ホワイトハウスは躊躇しないだろう。ICBMの発射台設置でカウントダウンは始まらない。北潜水艦が不審な動きを見せ、日本海に消えた時、何十ダースもの巡航ミサイルが38度線の北に飛翔する。
〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発となります
↓

参照:
防衛省HP「2016年の北朝鮮によるミサイル発射について(PDF)』
参考記事:
□時事通信4月8日『中国主席、異例の軍事力行使容認=シリア攻撃に「理解」』
□産経新聞4月9日『シリア攻撃の衝撃…中国は米と密約か、国内反発恐れだんまり 北は「斬首作戦」に激しく反応』
□ロイター4月10日『コラム:米シリア攻撃、「トランプ・ドクトリン」の始まりか』
□産経新聞4月3日『日米韓が対潜水艦訓練、北朝鮮SLBMに対抗』
□読売新聞4月4日『北のミサイル、固体燃料使った新技術…米司令官』
□産経新聞(共同)4月6日『5日の発射ミサイルはスカッドER 米軍が分析修正』
□日経新聞4月3日『トランプ氏会見、中国に北朝鮮への対応迫る(4月3日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)』
□CNN’14年7月3日『シリア化学兵器、「全量」の国外搬出が完了 無毒化処理へ』
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