憲法9条で奪われた我が領土…腐れ像“竹島上陸”の告白

松江市に現れた反日芸人衆の中に竹島腐れ像計画のキーマンがいた。竹島問題では急に無口になる反日勢力。その島には「偽りの戦後の平和」が刻まれている。
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「押すなよ」と喚きながら結局、警察車両に押し込まれてグッバイ。竹島捏造団体の会長・崔在翼(チェ・ジェイク)は、反日活動家と言うよりも熱湯風呂芸人に近い。

披露する芸が毎年同じで、いい加減、本人も飽きている感じだが、止められない事情があるようだ。今年も一行を率いて松江市の島根県庁前に登場。帰国便を手配していることからビザなし入国と見られる。
▽会場前に出現した崔在翼(右端)2月22日(産経)
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入管は、政治パフォーマンス目的の来日で毎度騒ぎを起こすと知っている。12年前の“初来日”では島根県議会前で刃物を取り出して拘束された。それでも入国が規制されることはない。

「竹島の日」の毎年2月22日、式典が催される会場周辺は物々しい雰囲気に包まれる。各所に配置される機動隊員、一帯の道路封鎖…主に街宣車や民族派諸兄に対する処置だ。
▽式典会場周辺の交通規制2月22日(産経)
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しかし、地元団体を始め民族派が集結するのは、南鮮から来た反日活動家に抗議を行う為である。崔在翼率いる「たった4人」の来日パフォーマンスが、740人態勢の大規模警備を生み出している。

警備費用の浪費だ。入管が反日芸人に対し、観光目的のビザ免除入国であることを念押しすれば良いだけである。崔在翼らは大阪・島根で2度も連行されたが、入管法違反には問われず、予定通り帰国した。
▽南鮮を出国する反日芸人衆2月20日(聯合)
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懲りずに繰り返される反日パフォーマンスは不愉快この上なく、入管業務への不信や不満も募る。だが近年は、わざと日本政府側が連中の入国を容認し、野放しにしているようにも見える。

十年一日、“独島妄言”を連呼する崔在翼は、完全なピエロと化した。その妄言に耳を傾ける者もいなければ、支援に回る国内の極左・反日勢力もない。“初来日”の12年前とは隔世の感がある。

【12年で消えた竹島放棄論】

「戦後に韓国が強行した竹島占拠は、植民地解放の象徴」「日本は周辺国と摩擦ばかりを抱えている」「いっそのこと島を譲ってしまったら、と夢想する」(朝日新聞)

夫人に謎の電話を掛けた直後、北京で怪死した捏造紙主筆・若宮啓文は、自社の主張として竹島の領有権放棄を日本側に求めた。これが12年前、平成17年のことだ。
▽週刊誌で紹介される若宮啓文(文春’12年5月17日号)
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「竹島=南鮮領」と断言する朝日新聞は少数派ではあったが、メディアの多くは島根県議会が制定した「竹島の日条例」に異議を唱えた。いずれも「寝た子を起こすな」的な拙いロジックである。

そうした反日メディアへの批判を内包する形で始まったのが、第2次嫌韓ブームだ。ちなみに第1次は80年代で、朝日・岩波が南軍事政権をゴキブリ扱いし、憎悪記事を連発した。
▽2006年「竹島の日」のソウル反日集会(file)
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竹島の南鮮領有を当然視する政治家も少なくなかった。島を占領朝鮮名で呼ぶ議員もいれば、我が国の竹島放棄を謳った“共同文書”に署名した議員もいた。民主党の土肥隆一である。

「竹島は日本の領土とは一概には言えない」
▽外国で政治活動中の土肥隆一’11年
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参照:H23年3月11日『土肥隆一は“議員辞職しる!”…売国宣言を導いた菅談話』

文書への署名と南鮮反日イベント参加を産経新聞がスクープ。他のメディアの取材でも開き直っていたが、当時の菅政権が火消しに奔走した結果、一転謝罪。竹島について改めて持論を披露した。

「それはもう、日本の領土ですよ」

僅か2週間での凄まじい豹変ぶりに誰もが唖然とした。土肥隆一は民主党を離党し、翌年の総選挙で政界を引退。売国議員が売国発言で政治生命を絶たれる初のケースとなった。
▽反日活動の黒幕・土肥隆一(右端)’01年
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この事件を境に、反日議員も領土問題に関しては慎重な姿勢を示し始めた。そして「竹島=南鮮領」が社是だったメディアも自らが異端であることを漸く自覚する。

かつて大手メディアは「竹島の日」恒例ニュースとして、県庁周辺の混乱を批判的に報じていたが、今は「ほぼ無視」に転換。この日、新華社系TV局がメーンで伝えたのは、ソウルの反日集会だった。
▽TBSが伝える「竹島の日」2月22日
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“報道しない自由”の徹底行使…報道各社は「反日芸人来日」を半ば無視する一方で重要な事実を隠した。来日した4人の中に、竹島腐れ像設置運動の仕掛け人が紛れていたのだ。

【竹島腐れ像計画を主導する男】

「島と議会に少女像を設置し、生きた教育の場にしたい」

1月16日、南鮮・京畿道議会の超党派議員ら34人が会見を開き、竹島に腐れ慰安婦像を建てる計画をブチ上げた。完成すれば、シム・ミソン型腐れ像が日本国内に初めて設置されることになる。

内外に大きな衝撃を与えた腐れ像の“竹島上陸”プラン。この超党派議員団で急先鋒を務める人物が、徐亨烈(ソ・ヒョンヨル)で、今回の来日では団体副議長を自称していた。
▽大阪・抗議デモの徐亨烈:左3人目2月21日(南鮮紙)
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会見にも登場した竹島腐れ像計画の首謀者の1人である。反日芸人衆の来日は3泊4日のゆるい日程で、大阪でも島根でも警察に連行される前に取材するチャンスがあった。

式典会場前には捏造紙記者の姿もあったが、なぜ「渦中の人物」をスルーし、記事でもピックアップしなかったのか…徐亨烈の来日は南鮮紙が事前に告知し、日本メディアも知っていた。
▽式典会場前で取材する朝日カメラマン(YouTube)
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竹島腐れ像計画の主導者・徐亨烈の存在を知りながら“報道しない自由”を行使した疑いが濃厚だ。竹島と慰安婦の結託・共闘は、捏造派にとって余りにも都合が悪い。

吉田清治の社葬後、捏造神は慰安婦問題を「人権問題」に強制変換し、説教を続ける。だが国民周知の通り、捏造慰安婦は日本バッシングの材料に過ぎない。
▽前述カメラマンの作品2月22日(捏造紙)
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我が国への対抗策・嫌がらせとして腐れ像を竹島に配備すれば、それが人権問題とは端から無関係の“反日小道具”だと告白するようなものだ。南鮮政府までが竹島案に慌てるのも納得がいく。

竹島腐れ像計画は、南鮮政府が「議員による募金」の違法性を指摘し、南鮮メディアも反対を表明。頓挫したようにも伝えられたが、推進母体が民間に移っただけで、計画は水面下で進んでいる。
▽竹島腐れ像計画の推進議員団1月16日(聯合)
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そもそも、竹島と慰安婦を結びつけたのは、徐亨烈ら京畿道議会が最初ではない。島根県内に不法入国した李明博は、理由を尋ねられた際、こう答えていた。

「歴史に対して日本が消極的な態度だった為、行動した」
▽島根県電撃訪問の李明博’12年8月(聯合)
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ここで言う歴史とは、日南首脳会談でも発狂した慰安婦問題だ。竹島・慰安婦セットの嚆矢は李明博である。南鮮人が大統領の島根不法入国を絶賛したことを日本人は決して忘れない。

【「証言が証拠」の通用しない島】

野外で反日芸人衆が喚く中、松江市の県民会館では粛々と記念式典が催された。5年連続で政務官が参加した一方、今年も閣僚の派遣はなかった。南鮮への配慮など不必要なばかりか、逆効果でしかない。
▽島根県主催「竹島の日」式典2月22日(産経)
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「極めて遺憾。政府は毅然とした姿勢で対応を取るべき」

島根県の溝口善兵衛知事は、そう苦言を呈した。昨年8月15日には南鮮国会議員10人が竹島に上陸。仲良く記念写真を撮る姿には決意も覚悟もなく、観光そのものだった。
▽不法入国した南鮮議員団’16年8月(共同)
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今年1月には“竹島管轄”を主張する慶尚北道知事が、不法入国。また文在寅の支持率底上げに役立ったことから、今後は大統領候補者の竹島パフォーマンスが恒例行事になりそうな気配である。
▽不法入国した慶尚北道知事1月25日(FB)
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式典に先立って開かれた「国民交流会」には領土議連会長の新藤義孝元総務相が登壇。不法入国した国会議員に送った公開質問状をベースに、南鮮側の不当な主張を粉砕した。

参照:日本の領土を守るため行動する議員連盟・領土議連『竹島に上陸した韓国国会議員等に対する公開質問状(PDF)』

竹島の日条例制定から12年が経ち、閣僚や議員の上陸攻勢を強める一方、南鮮側は未だに領有論の「正当性」を見出せずにいる。根拠を示す歴史資料がなく、探しもしないまま、遠吠えを続けているのだ。



領土議連によると公開質問状に対する回答を誰1人寄せていないという。捏造慰安婦問題では、資料の不備を棚に上げて「証言が証拠」と突っぱねるが、元島民ゼロの竹島の場合は“奥の手”が使えない。

対照的に島根県は「竹島の日」を前に新たな資料を発掘、公開した。明治30年頃(1987年)に竹島でアシカ漁が盛んに行われていた事実を示す永代記録で、他の既存資料とも一致する。
▽発掘された竹島アシカ漁の記録(島根県提供)
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ポイントは「明治30年頃」という記述だ。これは南鮮側が最大の根拠とする大韓帝国勅令41号発布の3年前に当たる。当時、鬱陵郡守が竹島を支配していた事実はなかった。

島根県竹島対策室は、地道な聞き取り作業などを続け、成果を積み上げる。尖閣研究に興味もなく、中共の侵略に抗議すらしない沖縄県庁とは比較にもならない。

【9条カルトは竹島を見たか?】

文科省は2月14日、次期学習指導要領の改定案を公表した。小中学校の社会で初めて竹島が「固有の領土」と明記された。これまでガイドラインに留めていたものを格上げした格好だ。

「隣国はどう考えているか。いかなる歴史的経緯があるか」
▽南鮮軍が継続実施する竹島演習’13年(ロイター)
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朝日新聞は格上げに脊髄反射し、発狂社説で批判した。かつて捏造紙は「各自治体の首長は歴史認識で政府見解に従わなければならない」というトンデモ原則を打ち出したが、教育では全く逆だという。

竹島放棄が社是の朝日にとって「固有の領土」という日本人の主張は気に喰わないようだ。現在も捏造紙は、竹島の発見について「韓国6世紀」「日本17世紀」という印象操作を続けている。
▽見出しで「11世紀の差」強調(捏造紙)
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参照:朝日新聞「特集:竹島 食い違う見解」

尖閣諸島や北方4島と決定的に違う歴史が刻まれた竹島。反日勢力は南鮮による竹島侵略そのものを消滅させようとしている。その背後にあるのは、領土・領海をめぐる問題でも、歴史認識でもない。

奪われた竹島は、我が国が実効支配する尖閣と別次元にあることは理解が早いが、ソ連軍に侵略された北方4島や千島・樺太とも異なる。南鮮軍による竹島武装占拠は昭和28年。つまり、戦後だ。
▽南鮮部隊駐留報じる山陰新報S29年(島根県提供)
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憲法9条が施行された後、軍事侵攻を受け、強奪されたのである。周辺海域の日本漁船が南鮮軍に襲われ、船長が殺害されても我が国には応戦する組織も装備もなかった。

南鮮軍による日本人漁船員の死傷者は44人に達した。300隻以上が拿捕され、約4000人が拉致された。その一部は、日南基本条約締結の過程で取り引き材料となった。人質である。
▽済州島に連行された日本漁船S28年(アサヒグラフ)
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9条カルトの信者以外にも反日メディアや極左勢力は「戦後の日本は憲法9条で守られた」と真顔で言うが、真っ赤な嘘だ。外国の軍隊による竹島侵攻、民間人略取に対し、我が国は無力だった。

島根県隠岐の島町・竹島に翻る国旗を直視すれば、戦後の平和が偽りであることが直ぐに解る。竹島は尖閣とも北方4島とも違う。そこにあるのは、憲法9条によって奪われた我が領土だ。



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参考動画:
YouTube『2017.2.22 竹島の日 チェジェイク抗議活動in松江』

参考記事:
□産経新聞2月22日『韓国議員の竹島上陸に「毅然たる対応を」…記念式典で島根知事 政務官も出席』
□時事通信2月22日『少女像「問題複雑化させ遺憾」=「竹島の日」式典で政務官-島根』
□産経新聞2月22日『日韓の民族団体と警察もみ合い 式典会場近く一時騒然』
□産経新聞2月22日『記念式典に先立ち「竹島問題を語る国民交流会」で熱い討議』
□朝鮮日報2月22日『「竹島の日」糾弾デモの韓国議員、日本の警察に連行』
□産経新聞2月10日『釜山に続き独島にも「慰安婦像」を…止まらぬ韓国側の暴挙 日本の対抗措置は有効なのか 下條正男・拓殖大教授』
□産経新聞2月17日『竹島で領土編入前にアシカ猟 島根県が新資料発見、「日本の領有権の確立過程を説明する補強材料」』
□産経社説2月23日『竹島の日 政府の返還要求は十分か』
□読売社説2月22日『竹島の日 「領土」認識を広く共有したい』

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