福島瑞穂の慰安婦斡旋犯罪…原告を使い回す反日女衒

河野談話の“決め手”となった証言者の実名が新たに3人判明。聞き取り調査16人中5人が係争中の原告だった。政府調査にも参加し、手駒の自称慰安婦を使い回したのが、福島瑞穂だった。
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「16歳のとき、日本人軍属の家で家事手伝いをしていたが、中国方面に働きに行くと連れていかれた。ナツメキョウ、ユダマルなど色々な所で7年間、移動した」

河野談話に関する産経スクープ記事で「朴●●」と伏せられている朝鮮人の実名は、朴福順(パク・ポクスン)だ。源氏名・金田きみ子としても知られる「はじまりの従軍慰安婦」の1人である。

1921年10月22日という生年月日が一致。また証言に登場する地名「ナツメキョウ」が、河北省の棗強(そうきょう)であることも新たに判明した。
▼政府聞き取り調査の内容(16日付産経紙面)
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「200万円は韓国では犬の値段だ」

朴福順は、そう言いながらも村山詐欺基金から“償い金”を受け取った数少ない自称慰安婦だ。南鮮国内では「守銭奴」「裏切り者」と罵声を浴び、失意の中で2005年に他界した。

「1938年、17歳のころに畑仕事中に、8~9人の軍人に捕まった。『オデサン』の慰安所に入れられた」

こう証言する「盧●●」の実名は、盧清子(ノ・チョンジャ)である。「オデサン」とは山西省の五台山。具体的な地名を挙げているが、リクルートされた経緯は、明らかなフィクションだ。
▼政府聞き取り調査の内容(16日付産経紙面)
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畑で花を摘んでいる最中、現れた日本兵に拉致される…朴福順の証言は、そんな南鮮で語り継がれる捏造話のアーキタイプとなった。日本兵が半島で“処女狩り”を繰り広げていたという荒唐無稽な創作である。

当初、朴福順は日本軍の“処女狩り”部隊には監視役の日本女性2人も一緒だったなどと語っていた。だが、不自然過ぎて脚本に指導が入ったのか、やがて監視役の日本女性はストーリー上から消し去られる。
▼証言を一文字でまとめると…
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昔話を聴くたびに、時期や場所など基本設定がコロコロ変わる。南鮮の歴史研究者が、証言の信憑性に疑問を抱くのも当然だった。

【聞き取りは1人=1時間半】

「調査を検討するにあたってとても難しかった点は、証言者の陳述が論理的に前と後ろが合わない場面が珍しくなかったことだ」

ソウル大学の安秉直(アン・ビョンジク)名誉教授は、そう溜め息をつく。河野談話発表の半年前に南鮮で発行された証言集『強制で連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち』に残る記述である。

「中でも調査者たちをたいへん困難にさせたのは、証言者が意図的に事実を歪曲していると感じられるケースだ」
▼歴史シンポに参加した安教授06年11月
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安教授が率いる挺身隊研究会は、挺対協に申告している自称慰安婦55人のうち、連絡がついた約40人に聞き取り調査を行った。調査は、納得できるまで何度も繰り返されたという。

その結果、証言集に収録した自称慰安婦は、19人にまで減った。実に半数以上が“使い物”にならなかったのである。ちなみに採用組も「南鮮国内では嘘がバレにくい」といった低レベルだ。
▼挺対協が編纂した証言集
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ところが、今回の産経スクープで、安教授らが排除した不採用組が、日本政府の聞き取り対象に含まれていたことが発覚した。上記の朴福順や盧清子は、証言集から除外された人物であった。

安教授らの対面調査は、1992年4月から12月まで9ヵ月に渡った。その間、挺身隊研究会のメンバー10人以上が、繰り返し個別調査を実施したのである。
▼南鮮式歴史討論会の安教授2006年11月
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一方、河野談話に繋がる日本政府の聞き取り調査は、93年7月末の僅か数日間に過ぎない。しかも、調査終了の5日後という異常な早さで談話は発表された。証言を精査する時間はなきに等しかったのだ。

「日本政府調査団の慎重姿勢に徐々に心を開いた16人が当時、『出所や中身は公表しない』との約束で口を開いてくれた」

河野洋平は、平成20年に行なわれた読売新聞のインタビューに対し、そう平然と答えている。「徐々に心を開いた」など完全な嘘・デタラメだ。ヒヤリング期間は計16人で1週間にも満たなかった。
▼ソウルでVIP待遇の河野洋平2月(聯合)
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産経新聞によれば、聞き取り調査は1人当たり約3時間。通訳を介していたことから、実質的には1時間半だ。5~6回の面接を行なった安教授らの調査とは雲泥の差だった。

更に、今回の証言者名判明で、この政府聞き取り調査に重大な問題があった事実が急浮上した。

【原告使い回した反日女衒】

「外政審議室の田中審議官らに福島瑞穂弁護士などを加えた十人の一行は、七月二十六日から三十日にかけ、ソウルの太平洋戦争犠牲者遺族会の事務所における聞き取り調査に向った」(後掲書254頁)

慰安婦研究の最高峰と呼ばれる秦郁彦氏の大著『慰安婦と戦場の性』にある記述だ。16人のヒアリングに、福島瑞穂が立ち会っていたのである。

この事実は他の識者も深く追及せず、また福島本人も自慢していない為、広く知られていない。しかし、同書の記述に誤りがあれば、版を重ねる際に訂正されているだろう。
▼福島の調査団参加を暴露した秦郁彦氏(産経)
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ソウルで政府調査が行われた93年7月当時、福島瑞穂はまだ議員バッジを付けていない。政治討論番組に登場する反日極左の弁護士であった。それが大問題なのだ。

91年12月に提訴された自称慰安婦らの対日賠償請求訴訟。原告弁護団には、高木健一と共に福島瑞穂も名を連ねていた。聞き取り調査の時点で、福島は係争中の慰安婦裁判の原告側弁護士だったのである。
▼党首を追われた福島瑞穂8月(産経)
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今回の産経スクープから、聞き取り対象になった16人の中に慰安婦裁判の原告5人が含まれていたことが発覚した。冒頭で実名を割り出した2人も原告だ。

「12歳の時、巡査と韓国人通訳についていった。台湾に渡り、藤本という巡査宅で5年間家政婦をした後、山の慰安所で11ヵ月、その後高雄の特攻隊部署の慰安所で働いた」

加えて、こう話した「李●●」は、台湾の慰安所に勤務していたと主張する李玉粉 (イ・オクプン)。李貴分と表記されるケースもあるが、 同一人物で、原告の1人だ。意外にアッサリと5人が判明した。

▼金学順 ▼朴福順 ▼金福善
▼盧清子 ▼李玉粉(李貴分)


繰り返すが、16人中5人という異常な密度だ。もちろん偶然の一致ではない。

【係争中の国家賠償訴訟を応援】

福島瑞穂がどのような立場で日本政府調査団に同行したのか、詳細は伏せられている。道案内で済むはずがなく、アドバイザー的な立場で直接・間接的に関与し、調査団を“強制連行”したことは確かだ。

当時、秦郁彦氏は政府調査チームの担当官に提言を行ない、ソウルの聞き取り調査への参加も求めたが、却下された。ところが、実際に派遣された調査団の中に福島瑞穂が含まれていて驚くのである。
▼聞き取りの舞台となった反日組織アジト
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1人当たり実質1時間半の“歴史的な”聞き取り調査。場所は、ソウル・龍山にある「アジア太平洋戦争犠牲者遺族会」の事務所だった。同遺族会は、福島が関わる対日賠償訴訟の南鮮側支援団体だ。

つまり、日本政府による現地ヒヤリングは、東京地裁で並行して続く訴訟の原告グループが一方的、全面的にセッティングしたものだったのである。結論ありきの不当な小芝居、完全なヤラセに他ならない。

「NHKに売り込んできたのが福島瑞穂氏で、彼女はスタジオに立ち会って金学順にセリフを教えていた」

同じ頃、金学順を使った福島瑞穂のメディア工作をNHKのディレクターが目撃していた。この事実から福島はソウルで自らの原告5人を斡旋しただけではなく、逸話を設定・脚色した疑いも濃厚だ。
▼現代の女衒=福島瑞穂8月(朝日)
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河野談話の最大の問題は、自称組の思い出話を唯一の根拠に、慰安婦リクルート時の「強制性」を認めたことだった。しかし今回の原告5人重複判明で、致命的なミスを犯していた可能性が浮上したのである。

やや専門的になるが、当時、東京地裁では金学順らが日本政府を相手どった裁判が続いていた。その時、原告5人と秘密裏に接触、言い分を認め、河野談話という形で謝罪したのだ。
▼思想信条が一致する3人(時期不詳)
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裁判で争いながら、一方ウラで独自の証言を獲得し、判決が出る前に結論を導き出し、非を認めた。政府として矛盾した態度だ。司法権の侵害とは言えないまでも、明らかに逸脱した行政権の発動である。

係争中の国家賠償裁判の原告グループを活用し、裁判官もどきの“判決”を下した河野洋平。この大国賊に加え、自らの原告を証言者として斡旋、談話発表に多大な影響を与えた福島の喚問も欠かせない。
▼橋下発言に抗議する捏造派女性議員5月(産経)
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「戦争遂行のためには女性の人権を蹂躙しても構わないということになる」

今年5月の橋下発言騒ぎで、福島瑞穂は緊急会見を開いたが、女性の人権を訴えるに留まり、慰安婦に関してはほぼ沈黙。河野談話に深く関わりながら、発言を控え、避け続けている。

慰安婦問題で狂犬のように吠えまくっていた時代とは様変わりだ。産経の証言者スクープについても捏造派は一斉にフリーズ状態。連中の沈黙が、現在の劣勢を雄弁に物語る。
▼原告の混入を隠蔽した河野洋平
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証言者の実名判明で、ついに河野洋平らのシッポを確実に掴んだ。この機を逸してはならない。連中を吊るし上げ、朝日新聞を含む慰安婦捏造犯に最後通牒を突き付ける絶好のチャンスが巡ってきた。




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参考記事:
■産経新聞10月17日『【阿比留瑠比の極言御免】元慰安婦報告書-論理的ではない河野氏の言葉』
■産経新聞10月18日【元慰安婦報告書】本紙報道に岸田外相「政治問題化させるべきでない」
■産経新聞10月17日『河野談話「日本の右翼勢力が無力化図る」 本紙報道に韓国メディア』
■産経新聞10月17日『維新・橋下氏、「調査がきちんとされたか、報道機関はどんどん表に」』
■産経新聞10月16日『【元慰安婦報告書】ずさん調査に波紋、批判も 菅長官「コメント控える」』
■産経社説10月17日『虚構の慰安婦報告 河野氏呼び国会で検証を』
■J-CAST10月18日『産経慰安婦「大スクープ」の反響 橋下市長は評価、韓国マスコミは反発』

この記事へのコメント

2013年10月23日 00:43
こんばんは。
>証言者の実名判明で、ついに河野洋平らのシッポを確実に掴んだ。この機を逸してはならない。連中を吊るし上げ、朝日新聞を含む慰安婦捏造犯に最後通牒を突き付ける絶好のチャンスが巡ってきた。
>>おっしゃるとおりです。そしてわが国に巣食う反日サヨクどもを一挙に殲滅し、「普通」の国家に戻さなくてはなりません。
kamekichi
2013年10月24日 12:42
本日の産経新聞の「極言御免」にこの話題が取り上げられていました。この話題を多くの人に知ってほしいと思っていましたので、嬉しかったです。阿比留さんとお友だちですか?
当時は韓国国民を黙らせるために決論ありきの調査だったと思いますが、今は騙されたことが明らかなのに、河野洋平はなぜ頑なに撤回を拒否するのでしょうか?
阿比留 瑠比
2013年10月25日 13:40
どこまでも怪しい河野談話
慰安婦募集の強制性を認めた平成5年8月の河野談話の根拠となった、韓
国での元慰安婦16人の聞き取り調査の実態について、改めて考えてみたい。
「バイアスのかかった人たち、反日運動をやっている人から聞いたので
は、初めから参考にならない。そうではなくて、真実を語れるような状況
のもとで公正な、真実を語ってくれる人を選んでくれと韓国側に言った。
韓国側も同意した」
河野談話作成に事務方のトップとしてかかわった石原信雄元官房副長官は
今回、産経新聞のインタビューでこう繰り返した。
その考え自体に異論はないが、肝腎なのは実態はどうかだ。石原氏は韓国
側を「信頼していた」と振り返ったが、聞き取り調査がそんな公正性が担
保されるような環境下になかったことは明々白々なのである。
もともと聞き取り調査は、慰安婦募集の強制性を示す物的証拠が一切見つ
からない中で「向こう(韓国政府)が『当事者の意見を聞いてくれ』と
言ってきた」(石原氏)という。だが、実際に調査が実施された場所は韓
国政府の公館でも何でもなく、太平洋戦争犠牲者遺族会という民間団体の
事務所だった。
そしてこの遺族会とは当時、日本政府を相手に慰安婦賠償訴訟を起こして
いたいわくつきの団体である。
 阿比留 瑠比
2013年10月25日 13:54
そもそも慰安婦問題に火がついた一つのきっかけは、朝日新聞が3年8月
に「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」と報じたことだ。記事
は「女子挺身(ていしん)隊の名で戦場に連行」などと事実に反した内容
だったが、これを書いた記者の義母が幹部を務めていたのが、この遺族会
というのも因縁めいている。
また、聞き取り調査には「韓国の民間団体の強い要望」(5年7月29日付
朝日)で、オブザーバーとして福島瑞穂弁護士(社民党前党首)が同席し
ていた点もしっくりこない。
福島氏は当時、遺族会による賠償訴訟の原告側弁護士であり、さらに、聞
き取り調査対象16人中の5人までもがこの訴訟の原告なのである。こうな
ると、石原氏の言う「公正」「真実」などむなしい限りで、むしろ一定の
政治的意図を感じない方が不自然だろう。
付け加えれば、遺族会は後に詐欺の疑いで警察に摘発された。日本統治時
代の戦時動員被害者に対し、日本政府から補償金を受け取ってやるとして
弁護士費用名目などでカネをだまし取っていたという理由だ。
福島氏は前述の5年の朝日記事の中で、日本政府の調査団が聞き取り調査
の冒頭、元慰安婦に「日本は、やってはいけないことをした」と必ず謝罪
したとのエピソードを明かしている。何のことはない、日本側は話を聞く
前から結論を決めていたのではないか。

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