岡田資中将のレジスタンス…甦る『明日への遺言』

“B級戦犯”として裁かれた岡田資陸軍中将。その法廷での闘いを描いた映画『明日への遺言』が公開された。「戦後の灰」の中に埋もれて高潔な軍人が巣鴨プリズンから眺めた祖国の姿とは…。
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「私の身体からは眼鏡、鉛筆等を取り上げられて、準備された別室に禁錮された。

物もないコンクリートの部屋だ。高窓が唯一つ中庭に向かつて開いてゐる。それから見える視界の三分の一は大煙突で邪魔されてゐるが、和やかな初夏の青空を、心ゆくまで眺めるには十分なものであつた。

真綿をちぎつたやうな白雲が右から左へ、一片また一片、悠々と浮かび流れて行く。

このような落付いた気持は、敗戦後はじめてである」
(岡田資陸軍中将遺稿集より)

帝国陸軍中将・岡田資(おかだ・たすく)は、巣鴨プリズン死刑囚第五棟に移された後、そう述べた。これが、死刑宣告を下された者の言葉であることに、驚きを禁じ得ない。

岡田資中将の法廷での戦いを描いた映画『明日への遺言』が3月1日に封切りられた。横浜法廷で死刑判決を聞いた直後、岡田中将が傍聴席に向かって放ったひと言は、衝撃的で、観る者の胸に強く迫る。
◆YouTube『明日への遺言』劇場予告版◆

映画公開に先立って、大岡昇平の原作『ながい旅』も角川文庫から復刊された。『野火』『レイテ戦記』などの戦記文学で知られる大岡昇平晩年の作品に、このような傑作があったとは知らなかった。

そして、わが皇軍に、岡田資中将という偉人がいたことも、広く一般に知られたものではなかったろう。埋もれていた英霊である。

敗戦後、無差別爆撃を行なった米軍機搭乗員を処断したことが“戦犯”容疑者となり、岡田中将は部下と共に法廷に被告席に座った。中将は「法戦」と名付け、異例の法廷闘争を行なうことになる。

【侍従武官・駐英武官…華麗な軍歴】

岡田資中将は、明治23年、鳥取市に生まれた。父・乙松は鳥取地裁の事務官だった。大岡昇平は、それが後の法廷闘争に関連していると説く。その父・乙松は資17歳の時に他界。

幼少から学業優秀だった資は、明治41年、陸軍士官学校(23期)に入学する。学費官給の士官学校を選択した背景には、父親の早逝が少なからず影響していたようだ。

同じ陸士23期には、昭和19年にグアム島玉砕戦で壮絶な最期を遂げた第31軍司令官・小畑英良大将がいる。
▼昭和12年当時の岡田中将(『ながい旅』より)
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そして陸士在学中、岡田中将は、後に大きな精神的影響を及ぼすことになる出会いを果たす。ある日、都内の路上で僧侶の説教を耳にしたのだ。日蓮宗の小宗派に属する僧侶で、岡田中将は以来、信仰を深めることになった。

岡田中将が、巣鴨プリズン収監者から尊敬を集めた背景には「責任は一切司令官たる自分が負う」とした堂々たる態度の他に、仏教哲学があった。400頁を超す遺著『毒箭』には、独居房の中で仕上げられた宗教思想が紡がれているという。

士官学校卒業後、歩兵中尉、大尉と昇進し、大正4年に妻・温子と結婚した。大正11年に陸軍大学校(34期)を卒業。その後、駐英国大使館に武官として2年半ほどロンドンに駐在。国際法に明るかったのは、この為である。

帰国後、陸大教官に任ぜられた他、秩父宮親王殿下付の侍従武官という要職も経ている。死刑判決後、秩父宮親王殿下より、中将の助命嘆願書が届いたのも、こうした軍歴によるものだ。

岡田中将は第4師団参謀長として満州東部に赴き、日支紛争の最前線にも立つが、一部の不心得者が、この期に及んで中将の功績を貶めようと、印象操作を行なっている。濡れ衣を剥いでおこう。

【岡田中将の軍歴に一点の曇りなし】

岡田中将は、歩兵第8旅団長として昭和13年の武漢三鎮攻略に出撃。南京攻略以降の激戦を戦い抜いた。

しかし、角川文庫版『ながい旅』巻末の解説で、中島岳志は巧妙に読者を裏切る一文を挟み込み、読後感を最悪のものに変えている。

「岡田資については、1938年の中国での毒ガス戦の実行者として今日の研究者からその責任を問われることが多い」 (角川文庫『ながい旅』325頁)
▼角川文庫から復刊された『ながい旅』
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岡田中将に一定の評価を与えながら、最後で疑義を挟む手法は、極めて悪質である。まず、中島が言う“研究者”とは、慰安婦捏造史で悪名高い吉見義明を指す。中共プロパガンダの片棒担ぎだ。

中支派遣軍司令部の『武漢攻略戦に於ける化学戦実施報告』には「実施総回数は375回を下らず」と記されている。これだけを見ると大量の化学兵器が使われたように錯覚するが、使用された“毒ガス”とは「あか筒」「あか弾」であった。

「あか」にカテゴライズされる“毒ガス”の成分は、ジニフェル青化ヒ素。くしゃみと嘔吐を催す化学物質で「あか筒」等は別名「くしゃみ弾」と呼ばれていた。また当時は更に毒性の弱い「みどり弾」もあった。これは催涙性ガスである。

これら「あか」「みどり」に、一般発煙筒まで加えて日本軍による“毒ガス被害”と中共が訴えるのが、現行の遺棄化学兵器問題だ。強力な化学兵器を使ったかのように錯覚させる中島の記述は悪辣である。
▼武漢三鎮攻略戦(YouTubeより)
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岡田資中将は、その軍歴において非難されるべき箇所は、まったくない。武漢攻略戦は熾烈な闘いで、我が軍にも膨大な犠牲が生じた。翌14年に靖国神社に詣でた岡田中将は、命を失った部下を思い、慟哭したという。

そこに高い人間性を見出す。

“戦犯”法廷で、岡田中将が発したのは「青年たちよ、生きろ」という明確なメッセージだった。そこには戦線で多くの若い兵士の死に直面した上官としての強い思いが注ぎ込まれていたのだ。

昭和16年3月、対米開戦を前に中将に昇進し、18年の暮れ、名古屋に赴任する。それが岡田中将の運命を大きく変えることになった…

【凄惨な名古屋大空襲の現場にて】

名古屋への空襲は、昭和19年12月のB29による爆撃を皮切りに、翌20年7月26日まで38回に及んだ。飛来した米軍機は累計1973機。
▼昭和20年5月の名古屋大空襲
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その最中、岡田資中将は、昭和20年2月、第13方面軍・東海軍管区司令官に任命される。東海軍管区とは、本土決戦を想定した内地の再編成によって生まれたものだ。歴史に登場するのは、終戦までの僅か半年間である。

甚大な被害を出した昭和20年3月12日の爆撃に続き、5月14日の名古屋大空襲では、市の北部80%が焼失。死傷者は約1,000人、罹災者は6万人を超えた。

また6月9日の熱田大空襲では、わずか10分程の爆撃で死者2,068人。岡田中将は現場を視察し、惨状を目の当たりにした。

その際、防空参謀が米軍のトリックに引っ掛かって警報を一旦解除したことに、怒りを示す者がいたが、中将は「すまなかった」と率直に詫びたという。
▼司令官就任前の岡田中将(『ながい旅』より)
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無差別爆撃が続く一方で、米軍機側にも損害が生じていた。複数のB25・B29が撃墜・撃破され、被弾した爆撃機から搭乗員が降下してくるケースも少なくなかった。

「『さんざん爆弾で人を殺しておいて、自分はパラシュートで降りて来て、助かろう、というのは虫がよすぎるわね』これが当時の主婦のいつわらざる感情であって、それはまた降下搭乗員を斬首した日本軍兵士のものでもあった」(前掲書18頁)

日本軍兵士が米兵を独断で嬲るようなことはなく、軍法会議・軍律会議など所定の手続きを経て、量刑が決められていた。そして、終戦を目前にした6月から7月にかけ、米軍機搭乗員27人が軍律に基づき戦時重罪犯として処刑される。

それが1年以上後に、岡田中将を“戦犯”法廷に引き摺り出すことになった。

【岡田中将は青年に未来を托した】

起訴状には「捕獲米捕虜」という表現が踊っていた。その大前提がまず誤りなのではないか…

弁護側のフェザーストン博士は、その点に異議を申し立てる。搭乗員が「捕虜」なのか「戦犯」なのか、審理が進むまで決定されない、と主張したのだ。
▼映画『明日への遺言』より
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そこから無差別爆撃の非道性をめぐって裁判は他に例を見ない独自の展開を辿ることになる。名古屋周辺にあって爆撃を受けた家内工場は、果たして軍需工場だったのか?僅かな兵士しか乗っていない列車を、軍事列車と呼べるのか?

無差別爆撃を続けた搭乗員の罪と罰。それを浮き彫りにしたのが、岡田裁判の特筆すべき部分である。しかし、それだけではない…

裁判の過程で岡田資中将は、自らが一身に罪を背負い、部下たちに罪が及ばないよう意図した発言を続ける。検察側も、そして裁判委員すらも理解していたようだ。判決後に相次いだ助命嘆願の中には、驚くべきことに、追及したバーネット検事の名前もあったという。
▼映画『明日への遺言』より
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岡田中将のもう一つの目的は、同じ法廷で罪を問われた若い部下達の命を守ることであった。自分一人が死刑台に登ると決まり、巣鴨では部下達と離れることになった。その時の事を、こう書き記している。

「私の代りに若い諸君よ、元気に新時代に尽くせよ。ではさようなら」(岡田資中将遺稿集より)

大岡昇平によれば、岡田中将の「法戦」は、単なる法廷闘争に留まらず、本土防衛作戦の延長と位置付けられていた。そこで、部下を死なせる訳にはいかなかったのだ。

それは、戦場に散華した部下を思い、かつて靖国神社で慟哭した姿と重なる。

【裁判という化粧を施した報復劇】

戦勝国が一方的に敗戦国を裁く不当性。無差別爆撃をめぐる問題は、その一端ではあるが、岡田裁判では、より大きな矛盾も浮かび上がって来る。

正式な法的手続きを踏まずに行なった「処刑」は「報復」に過ぎず、「違法」である…

そうした裁判の争点は、同時に、わが軍を断罪した一連の“戦犯”法廷の裏返しでもある。連合国は「報復」との非難を避ける為に、法的手続きの舞台をセットし、次々に「処刑」を行なったのだ。
▼巣鴨出発当日の岡田中将一家(『ながい旅』より)
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原作『ながい旅』を読むと、横浜法廷が近代的な裁判のルールに沿って行なわれていることが解る。意外ではない。連合国は復讐劇に、裁判という化粧を施したのだ。アリバイである。

岡田裁判は他方で、その矛盾も暴き出していたのだ。

裁判委員長のラップ大佐は、米国の陸戦法規に、戦闘員の違法行為に対して報復を認める条文が存在すると指摘し、中将に問い掛ける。

「もう一度聞きます。搭乗員の処刑は、彼等の違法行為に対する報復であったか?」

これは岡田中将の罪を軽減させる好意的な質問であった。米軍内でも報復は認められている。「イエス」と答えれば、罪は軽くなった。しかし岡田中将は、こう断言する。

「報復ではない。処罰である」
▼映画『明日への遺言』より
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岡田中将が信念を貫いた瞬間だった。映画の中でも実に印象的なシーンである。そして、裁判は予め決まっていた結論を最後に告げて閉幕する。中将の言を借りれば、こうだ。

「処罰ではない。報復である」

【独居房から眺めた戦後の祖国】

判決が下されたのは、昭和23年5月19日のことだった。その後、岡田資中将は1年以上にわたって巣鴨プリズンの死刑囚棟に留め置かれる。

B・C級とされた被告に対し、当初は死刑が連続したが、その頃には、復讐の嵐は過ぎ去り、減刑される者が相次いでいた。理由は、米国が日本の再軍備を想定し始めたからで、徹頭徹尾、米国側の都合であったのだ。

しかし、中将の刑が軽減される事はなかった。翌年の9月17日、岡田資中将は巣鴨プリズンの13ゲートを潜る。享年59。
▼岡田資陸軍中将(『ながい旅』より)
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1年4ヵ月の間、特設房の中で岡田中将は鉛筆を壁で削り、膨大な量の文をしたためていた。一部は、中将が英霊となった後に本として編まれ、知人に配られたという。

その中に、激烈な文章もあった。

「民族国家は大敗北を吃したのであります。此処数十年間、大任を受けて国家指導を御手伝して居た当局連中の、大敗北であることは勿論肯定します。が大和民族が積極的に侵略に出たとか、戦争の原因は日本一国が背負ふべし等と脱線して、果ては日本と名のつくところ何物も残すべきものはない。一切御破算で、思想迄全部輸入品に切り換へるかの如き、戦後の脱線無気力振りには、つくづく情無くなります」(角川文庫『ながい旅』付録:遺稿集より)

岡田中将は、巣鴨プリンズンの奥で、冷静に戦後の祖国を見詰めていた。宗教者として敬意を集めた中将であったが、同時に鋭い観察者でもあったのだ。その憤りと嘆きは、今の我が国でも通じるだろう。

だが、嘆いているばかりではなかった。岡田中将は続く文章で、こう訴えている。

「でも灰を掻き回せば確かに火種は有りませう。又正しき民族の火を燃やし直すのです」(前掲書310頁)

戦後の“灰”の中に埋もれていた岡田資中将は、60年の歳月を経て突如、輪郭を鮮やかにした。その火種とは自分自身ではなかったか。

法廷で挑んだ「法戦」は、岡田中将の死をもって終わった訳ではなかった。平成の世に、より重要な意味を帯びて私たちの眼前に甦ったのだ。


  〆
最後まで読んで頂き有り難うございます
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参照:
『明日への遺言』公式HP(注:音声あり)
『正論』4月号 映画「明日への遺言」を胸奥に刻む

参考記事:
産経MSN2月20日【「明日への遺言」の証言者たち】(1)長男・岡田陽さん(上)
産経MSN2月26日【B級戦犯・岡田中将の「法戦」】大岡昇平氏、上坂冬子氏 対談 抄録(上)
産経MSN10月18日【正論】国学院大学教授・大原康男 占領下の“日本的レジスタンス”

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この記事へのコメント

クビ
2008年03月06日 04:05
実際の人物像イメージが俳優の姿と置き換えられてしまうような気がしてこうゆう映画はあまり見ていません。(戦争の全体像を感じるにはいいと思いますが。) 徴兵制で無い現在、戦争がなんなのか全くリアリティが無く、空想の世界に近い感覚になりつつある感がありますが、 私は国防と民族意識は同列に位置すると考えています。したがって、兵役の義務から逃れられることが果たして幸いなのか、少し考えさせられてしまいます。民族意識の希薄さが今の日本国の政治的問題点であるように思うのです。
花うさぎ
2008年03月06日 04:19
「明日への遺言」を取り上げて頂き、ありがとうございます。公開日初日に行くはずだったのですが、風邪をひいて咳が止まらず、まだ行けてません。

アメリカに無差別爆撃の事実を認めさせたなんて画期的なことではないですか。南京の真実もそうですが、一人でも多くの日本人がこの映画を見て欲しいと思ってます。
藤田達男
2008年03月06日 10:02
ご無沙汰しております。あの中島岳志を保守派論壇が放置しているせいで、やりたい放題ですね。「玄洋社」への論評も偏っていますし。
中島の歪んだ論説は今のところネットで叩くしかないのですが、いずれ紙の媒体で指摘したいものです。
それにしても、ラス・ビハリ・ボースの貴重な資料が中島の手に落ちた事が悔やまれます。
名無しの経営者
2008年03月06日 11:23
大東亜戦争については、いささか疑義がある。敗戦後、何故、誰かが準備していたような「日本と名のつくところ何物も残すべきものはない。一切御破算で、思想迄全部輸入品に切り換へるかの如き、戦後」が、出現したのか。

何故朝鮮人たちは、自分達が勝ったと言い出したのか。何故、米ハーバード大に留学経験のある山本五十六海軍元帥が、米軍の実力を評価できなかったのか。

小生には、体制の激変を狙った、わざと負け戦争を実行したとしか思えない。敗北は、仕組まれていたのではないのか。岡田中将の嘆息は、それらを知らされずに精一杯戦ったものの嘆息だと考えればつじつまが合う。

このような素晴らしい人物の背後に、今でも中島岳志のような、冷酷非情な思い上がりが居ることを思うと、「灰を掻き回せば確かに火種は有」るものの「正しき民族の火を燃やし直す」のは困難を極めるに違いない。しかしアネモネさんらによって、もう火は燃え出していると思っている。
八目山人
2008年03月06日 11:27
 私の祖母が、法事で名古屋へ行った時、空襲で死にそうな目に合い、二度と名古屋には行きたくない、と言っていました。アメリカにはひどい目に合わされた。いつか仇をとらなければ、とも言っていました。
sdi
2008年03月06日 11:58
大陸で、日本陸軍がみどり剤は使ってないといいきれないというのが私の考えです。特に圧倒的多数の大兵力に包囲されたときの防御戦で使った可能性は否定できないのです。ただ、岡田中将はこの件については無罪だと思っていますが。
国府軍の兵士の練度・士気というのは皆様もある程度想像されている通りです。一度、みどり剤で仲間が痛い目に会ったという噂はあっという間に広まります。日本軍が突撃前に発煙弾が打ち込まれただけで士気が崩壊して逃げたした、などというエピソードは、その辺の噂と国府軍の質の相乗効果ではないかと考えます。
日本軍が突撃前に発煙弾を重擲などで打ち込むのは彼らもわかっています。ですから「次に東洋鬼が突っ込んでくる。逃げろ!!」。そして逃亡した国府軍の士官・兵士はあとで「毒ガス攻撃だをうけたのでやむなく撤退した」と報告するわけです。もちろん、煙をほんとに毒ガスと勘違いしたケースも多いでしょう。
古田
2008年03月06日 12:14
日本はその後、無差別爆撃の指揮官ルメイ氏に航空自衛隊育成に貢献が有ったと、岡田中将を裏切り「勲章」を与えています。
この勲章は「河野談話」以上の効果をアメリカに日本が「無罪」を宣言したと同じ意味を持ちます、情けないですね。
靖国
2008年03月06日 13:14
【高潔な軍人】はやはり立派なよい顔をされていますね。
それに比べ、古賀誠、野中宏務、河野洋平、小沢一郎、菅直人、輿石、山岡、又市・・・といった連中の悪相ぶりはあまりにもひどいものです。彼らが歩んできた人生が丸見えです。やっぱり顔に現れますね。
風来坊
2008年03月06日 13:23
GHQの占領政策と日教組教育が日本人を歴史から遠ざけてしまった。「法戦」も日教組教育では決して触れることのない歴史だ。
その意味で、「明日への遺言」が映画化された意義は大きいと思う。日本人ならば岡田中将の言葉の一つ一つを噛みしたいものだ。

クビさんご指摘の
「兵役の義務から逃れられることが果たして幸いなのか、少し考えさせられてしまいます。民族意識の希薄さが今の日本国の政治的問題点であるように思うのです。」
には全く同感です。
兵役義務がない日本では、国防すらも日米安保任せにしてきた。国のために命を捧げるという崇高な任務を負う軍人が尊敬されるのは世界の常識だが、日本では、自衛隊を違憲・税金泥棒呼ばわりしてきた。海自バッシングだけが目立つ最近のイージス艦事故報道を見ていても、「これで日本人は幸せなのだろうか?」と、考えてしまいます。
人権擁護法案再熱!
2008年03月06日 14:10
保守ブログを運営管理している皆様、
このたび人権擁護法案が最熱し可決されようとしています。
反対派の署名と要請書を受け付けておりますので、ぜひ貴方のブログでも
取り上げてくださるよう、お願い申し上げます。

署名http://wiki.livedoor.jp/pinhu365/d/FrontPage

要請書:反対派 戸井田氏のブログ
http://blog.goo.ne.jp/toidahimeji/e/9bec82c39ae65ee0dbf8c065c661c103

要請書(A4サイズ)ご意見、氏名、年齢、住所(自治体名だけで結構です)

所謂「人権擁護法案」再提出に対する要請受付国民集会

日時:平成20年 3月10日 (月) 17時より

場所:憲政記念会館講堂

宛先:〒100-0014 東京都千代田区永田町国会内郵便局留置
   「要請受付国民集会」国会内事務局 衆議院議員 戸井田とおる 事務所
八目山人
2008年03月06日 14:20
 昨日テレビでやっていましたが、昭和20年に出版されて、350万部の大ベストセラーになった本に、日米英会話辞典という本があるとの事です。此れは進駐軍に、擦り寄ろうとしたのです。
 会田雄次さんもビルマで武装解除されて、2年後に日本に帰ってきて、ビックリしたのは、日本の女が米兵の腕にぶら下がっていた事と、将軍たちが腹を切らずに、生きていた事だと言っていました。
2008年03月06日 15:08
>クビさま
戦後教育の最大の汚点が民族意識に関わる部分。中将が大和民族という言葉を使っているのが興味を引きます。
>花うさぎ様
法廷ドラマは地味ですが、長さを感じさせない脚本でした。特に若い世代に是非観てもらいたい映画ですね。
>藤田達男さま
ご無沙汰してます。警告されていたように中島は次々と馬脚を現していますね。印象操作の技術だけは一流です。
>八目山人さま
名古屋大空襲の被害もまた凄惨で、中将がその目撃者である事も重要です。会田氏の失望感にも共感できますね。
>名無しの経営者さま
なるほど「仕組まれた敗北」…ご指摘の通り終戦後の世論形成には占領軍の横暴では割り切れない点があります。
2008年03月06日 15:09
>sdiさま
やり玉にあがるのは「きいろ」のイペリットですが、13年頃は未使用で、シナでの裁判でも問題視されていませんね。
>古田さま
出典不明ですが、先帝陛下はルメイへの御親授を拒まれたとも。事実なら畏れ多くも大英断と言えましょう。
>靖国さま
その通りですね。特に、巣鴨出廷の日の家族写真。堂々と威厳に満ちた面持ちで、なぜか感動的でさえあります。
>風来坊さま
現代日本人に向けての強いメッセージですね。戦地で功績を残した知将の他に高貴な武人がいた事を誇りに思います。
現役保険営業マン
2008年03月06日 22:08
こんばんは。
先日発売されていた「歴史街道」に、岡田中将の特集が組まれておりました。
岡田中将の主張は一点の曇りもない正論であると思います。

>名無しの経営者さん
山本元帥は、米内光正や井上成美とともに三国同盟成立に強硬に反対していましたし…米国海軍ならびに同国の実力をかなり把握していたと思いますよ。
むしろ問題だったのは当時海軍軍令部総長だった及川らの判断力や認識の甘さだと思います。
神谷晃良
2008年03月06日 22:42
岡田資帝国陸軍中将。お恥かしいですが、私は知らなかったです。高潔な人物であられたのですね。

『報復ではない。処罰である』

この一言で、岡田中将の人となりを知った気になるのは、思い上がりも甚だしいのかも知れません。がやはり、アネモネさん曰う処の『高貴な武人』。彼を評するに相応しい言葉だと思います。

私が、B・C級戦犯で知っている方は、洪思翊(こうしよく)帝国陸軍中将が真っ先に挙げられます。三文字の民族名そのままで、帝国陸軍中将にまでなられた、朝鮮民族出身の帝国日本人でした。部下の朝鮮人兵共等が為した、捕虜虐待等の戦争犯罪行為の罪を、一身に背負って死んで逝かれたの事です。

スレ違いになりそうなので止めますが、本来『戦犯』と呼ばれる戦争犯罪行為者とは、捕虜虐待とか無差別殺戮とかを指す、所謂B・C級戦犯の事をではなかろうか?

『平和に対する罪』でしたっけ?A級(A項)戦犯の罪って、実際には何だったのだろう?と、靖国参拝問題を思う際、よく考えた事があります。此処に相応しい表現がありますね。

『処罰ではない。報復である』。

アネモネさんは、凄いなぁ。
神谷晃良
2008年03月07日 00:35
少し続けます。
名古屋大空襲。名古屋だけでは無いです。近隣周辺の東海地区の都市は、軒並み米軍の無差別空襲に遭っています。

私が、小学生低学年の頃、よく先生から空襲の話を聞かされました。焼夷弾と言うのは、着弾すると破裂して、火の玉がボンボンと弾みながら、近寄って来るんですって。当時小学生だった先生は、目の前で同級生が、その火の玉に追い着かれて、丸焼けになる瞬間を見たそうです。

批判を浴びるのを承知で、言わせて貰えば、戦争の犠牲になった民間人は、何も広島や長崎や、沖縄だけじゃないのですよ。東京大空襲では、犠牲者10万人です。

日本中に存在する、戦争末期の米軍に拠る、無差別攻撃で犠牲となった大多数の民間人に対して、日本国から何の保障もされなかった筈です。

広島長崎に於ける、原爆被爆者に対する医療保障とか、或いは、沖縄に於ける集団自決遺族に対する、遺族年金、約2100世帯年間196万円など、不謹慎な発言ですが、『彼等はいいよなぁ』。と、思えてしまいます。

彼等のあたかも、自分達だけが戦争の民間犠牲者であるかの様な素振りが、鼻につく事があります。
クビ
2008年03月07日 00:52
何のための戦争裁判でしょうか、戦後60年経過して当時を知る人たちも少なくなっているのだし、そろそろ公式的な謝罪要求なんかは相手にしないでいいと思います。真実は記録に残された事実から推測するしかすべは無く、これからの人たちは謝罪する事も反論する事もどちらも困難なのです。 朝鮮も中国もいい加減やめて欲しい。戦争はもう終わりにしてくれませんかねぇ・・
神谷晃良
2008年03月07日 01:05
私だけがそう思っているのかも知れませんが、多くの日本人は、奥歯をぐっと噛み締めて生きてきたのでは無いのか?と思っています。

アメリカ人に対して、朝鮮人に対して、或いは中共人に対して。そして腐れサヨク、反日日本人に対して。『言いたい事は山の様に在るけれど、今は言わない』。そんな感じだったと思います。

私なんかそうです。中学生の頃から、テレビのニュース映像でたまに見た、韓国人が日の丸を燃やすシーンの際には、奥歯をぐっと噛み締めたものです。

だから、不謹慎を承知で言わせて貰えば、この前の建国記念日の、韓国南大門焼失の際の紅蓮の炎が、無性に心地良かったのを覚えています。無惨に焼け落ちる南大門が、朝鮮民族の行く末を暗示しています。荒涼とした焼け跡がそのまま、朝鮮人の心の在り方を顕しています。

日本人の心が、神社の境内で象徴されるのと同じです。

マイクホングダが、民主党アメリカ合衆国を思い出させてくれました。マイクホングダは、日本人の心を少し変えたと思っています。
内藤
2008年03月07日 01:10
はじめまして。
今日映画を見て感動しました。
帰りに文庫本を買ってなんとなく後書きを読んで仰るとおりの不快感を感じ、ネットで調べてみてここに来ました。
ここで指摘されているような話だろうと見当は付いていましたが全く腹立たしい。
しかも早速効果を表しているようです。
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2007/10/post_ac1c.html
http://www.sakaimanabu.com/2008/02/post-157.html
神谷晃良
2008年03月07日 01:31
もうこんな時間。あと少し。

>仕組まれた敗北」…。

そんなあなたに、朝日新聞ですよ。

尾崎秀実に象徴される様に、共産主義革命を目指す朝日新聞記者達が、資本主義国アメリカ合衆国と大日本帝国の相打ちを狙って、そして暴力革命によって体制をひっくり返し易くする為に、敗戦後に生ずるであろう敗北主義を蔓延させる為に、開戦を狙って戦意高揚報道を続けたのですよ。

極右を装った、極左の新聞社。それが戦前の朝日新聞だったのです。

旨く纏め切れていないですが、「ファンタジー」として考えれば、面白いでしょ?現在の朝日新聞や、テレビ朝日の中共スパイ工作機関ぶりを見れば、そう推察できます。

加藤千洋の北京大学留学時代の学友が、共産党幹部だったりとか、『北は地上の楽園』とか、『ポルポトは、アジア的優しさ』とか。朝日新聞は、戦前から中国共産党とつながっていた。と、考えれば成る程と合点が行く筈です。

以上、此処までフィクションでした。文中にある団体名、個人名は実在する者とは何ら関係がありません。念の為。これに関しては出直します。以後自重。
古田
2008年03月07日 11:43
アネモネさん、先帝陛下の話は始めて聞きました、本当なら嬉しいと思いますし、何処かのマスコミが取り上げて欲しいですね。
名無しの経営者
2008年03月07日 18:16
現役保険営業マンさん神谷晃良さん

当時当時海軍軍令部総長及川らは、革新官僚、昭和維新を目指す陸軍青年将校、知識人の主流であり、「統制経済の共産主義者」であり、「国際共産主義協議会」に牛耳られていたと考えられます。

近衛は、昭和20(1945)年2月14日、陛下に以下のように奏上しています。「翻って国内を見るに、共産革命達成のあらゆる条件具備せられゆく観有之候、すなはち生活の窮乏、労働者発言度の増大、英米に対する敵愾心の昂揚の反面たる親ソ気分、軍部内一味の革新運動、これに便乗する革新官僚の運動、およびこれを背後より操りつゝある左翼分子の暗躍に御座候」

「これを取り巻く一部官僚および民間有志は、(これを右翼といふも可、左翼といふも可なり、いわゆる右翼は、国体の衣を着けた共産主義者なり)意識的に共産革命まで引きずらんとする意図を包蔵しおり、無知単純なる軍人これに踊らされたりと見て大過なしと存候」
現役保険営業マン
2008年03月07日 22:08
名無しの経営者さん、ご教示ありがとうございます。
…背後に共産主義や左翼の存在ですか。近衛の発言内容…現在の状況と多くの点で共通するように思えてしまうのは私だけでしょうかね?
神谷晃良
2008年03月08日 02:08
『こんばんわ』。
その近衛(文麿)のブレーンの一人に尾崎秀実がいます。ゾルゲと共にソ連に我が国の最高機密を流し続けて、死刑になったと云う朝日新聞の記者です。

彼の他には、風見章、西園寺公一等らもいて、同じ様に近衛文麿に影響を、及ぼし続けたそうです。

朝日新聞はその紙面で、『蒋介石討つべし』等と超愛国的論調で対中強硬論を説き、国民党政府との和平工作を尽く潰し、シベリア進出させないで対米開戦へと、国民を扇動しています。

日中戦争泥沼化は、中国共産党の望む所でもあり、実際中国共産党自身も盧溝橋事件や通州事件で、旧日本軍を引きずり込んでいませんか?

東条英機が何故、首相に選ばれたか?それは軍内部に台頭する、共産主義勢力を抑える為だと云われています。

戦争が始まれば、真っ先に死ななければなら無いのは軍人です。東条英機は無能では無かった。アメリカとの国力差戦力差位は、分析していた筈です。

事実、最後まで彼は対米開戦反対論者でした。

『弱腰東條』。

朝日新聞に煽られた、似非国士共等が彼の自宅に押し掛けたそうです。

神谷晃良
2008年03月08日 02:33
少し続けます。
その朝日新聞からは、尾崎の他に佐々弘雄、笠信太郎なども近衛に近づき、影響を与えたと言います。

前述の西園寺公一(きんかず・西園寺公望の孫)は、戦後家族と供に中国に渡り、中国共産党の党員になりました。

GHQのレッドパージによって、朝日新聞社内から約200名程の共産分子が排除されているそうです。

しかし、系譜は残った。詳しい事は知りませんが、例えば松井やより、和田俊、本田勝一、加藤千洋等は言い過ぎかも知れないですが、例の尾崎秀実に繫がる者共等では無いのか?そんな妄想したりしています。

もっとも、加藤千洋が今も、共産主義革命を目指しているとは到底思えませんが去年、香港返還10周年?セレモニーの取材で、香港からのテロ朝報ステの中継に於いて、中共の台湾統一予告宣言をして見せたり、『人民解放軍は怖くないのですよ』発言には、正直ビビリました。

彼の代役として、テロ朝報ステのスタジオに居る解説者のどこかの教授は、人民服着ていたし、朝日新聞、テレビ朝日。こいつ等マジで中共の出先機関です。

一体今まで、何人の日本人の命を啜ったのだ?
神谷晃良
2008年03月08日 02:36
訂正。
繫がる→連なる
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 07:15
>神谷さん
 戦前の朝日新聞については、ご紹介のゾルゲ事件で発覚したように、朝日新聞社内に相当数の汚染者が居て、国をメデイアの立場から、陛下の甥にして国家の中枢を担っていた近衛首相を誑かし、政策ブレーンとして取り入り、ポイントで断固とした政策を回避させた結果、戦争へと誘導しました。

 戦前、朝日新聞尾崎一派は国家を存亡の秋に陥し入れようとしていましたが、結局、ゾルゲ事件の発覚で、工作は不発に終わりました、しかし、神谷さんの言う通り、その根は明らかに朝日新聞社に残っていたと思われます、そこで、戦後の歩みは、ドウだったのか。

 村山事件と言うのをご存じでしょうか、朝日新聞の社主である村山家と朝日新聞社員・従業員との戦いです、以下↓にウィキペディアより引用します。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 07:16
<引用開始>
 1963年12月24日の朝日新聞社定時株主総会で、同社の株式40.5パーセントを保有する大株主の村山社主家が、販売部門の最高責任者である永井大三常務取締役・東京本社業務局長を解任した。これに対して同社の業務(販売、広告、経理)関係役員らが全員辞任し、全国の新聞販売店が朝日への新聞代金納入をストップした。

 紛争は編集部門にも拡大して、村山長挙社長が翌1964年1月10日に木村照彦取締役・東京本社編集局長を北海道支社長へ左遷する辞令を発すると、木村編集局長は北海道への赴任を拒否した。村山社長は木村編集局長の後任人事の辞令も発令したため、東京本社では編集局長が2人いる異常事態となった。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 07:17
 そのため同1月20日の役員会で村山社長は辞任し、西部本社担当に左遷されていた広岡知男ら4人の取締役が代表取締役となった。後任社長には同年11月17日、全日空相談役となっていた元常務取締役で朝日新聞社顧問の美土路昌一が就任し、同日付で専務取締役に昇格した広岡が、森恭三論説主幹らと組んで実権を握った。広岡は1967年7月21日に社長となり、朝日新聞社の経営から村山家を排除する路線を推進した。
<引用終わり>
 読んでお判りの通り、朝日新聞が極左路線を回復する契機となった事件です。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 07:17
 此処で、「紛争」と一括りにしているのは、村山家が採った内部清浄化に対する、朝日新聞労組の反発から、会社乗っ取りへの画策が表面化したモノです(3年前の正論に記事有りました)、此処をボカして書いているのですから、このウィキペディアの筆者も?が付く経歴なのかも知れませんね。

 要は、首謀者と思しき広岡氏が、後に社長に就任し、村山一族を社内から排除して、その後の長期政権の下、実質、組合支配と言う、世にも希な会社を造り上げて行くわけです。

 この広岡氏こそ、戦前の「反国家・内部工作機関」の流れを継承していると思しき人物だと、私は感じています、朝日新聞こそ、スパイ機関の機関紙そのものなのです。
花うさぎ
2008年03月08日 07:43
朝日新聞が多少まともだったのは戦前戦中の愛国路線まで。戦後GHQに48時間の発刊停止を受けたら180度の路線変更、マッカーサーべったりとなり、その後反日、反米、親中路線をまっしぐらです。

従ってこの新聞は共産主義の悪口など一切書かない。何故いまでも一定の勢力を保持できているかといえば、反日左翼の基礎票が大きい。

いまでも「天声人語」から入試が出る、なんて云っているのかな?。
神谷晃良
2008年03月08日 12:09
>朝日新聞が多少まともだったのは戦前戦中の愛国路線まで。

『愛すべき、心優しい良識ある日本人』。

花うさぎ様。もし仮にその間の朝日新聞が、日本に暴力共産革命を起すべく、敗戦と言う灰燼を齎す為に、敢えて愛国国粋を装って、日本国民に戦意を煽っていたとしたら、どう思われますか?

朝日新聞社内の共産主義記者達が、日本人を騙して日中戦そして、破滅的な対米戦へと邁進させていたとしたら?戦意高揚報道によって。

朝日新聞が、当時の日本人を騙していたとしたら、どうお感じになられますか?私は、そう考えています。そして、ナポ・ソロ様も名無しの経営者様も、疑いの目を持たれておいでなのではないか?と思っています。





ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 16:58
 私が戦前政治的なシーンの中で一番、首脳陣の中味を疑っているのは、昭和12年に起こった日華事変の対処についてです。

 折しもの、経済包囲陣による逼迫から、長期の大規模な出兵は財政への負担が大きく、シナ問題の早期解決は焦眉の的だったワケです、首謀者蒋介石を早期発見、確保すれば、解決収拾がウンと近くなる事は明白だったのに、蒋介石からの和解工作打診をマトモに取り合う等、未だ蒋介石を身内扱いしていた様な不自然さがあります、挙げ句に、蒋介石の重慶への脱出を許してしまうワケで、これらの失態によって、日中戦争は泥沼化してしまうワケです。

 蒋介石は11年10月に起こった西安事件までは、総体的に反日の立場でも、孫文の愛弟子で日本帝国陸士出身の彼は、或る意味親日だった様に思います。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 17:01
 その蒋介石は、西安事件で父親を爆殺されたと日本軍に復讐心を燃やす張学良に不意ウチされて、追いつめられた挙げ句に、国共合作を認めさせられたワケですが、その後ろで糸を引いていたのが、ソ連赤軍のスターリンである事は、戦後明かにされていますし、スターリンがシナ共産党に命令を下して、前年に共産党員を多数殺害した蒋介石の処刑を止めさせ、その上で、現状の地位を保証しているワケです、蒋介石はサスガにスターリンに頭が上がらなく成ったことでしょう、一方で、首謀者で、勝者で、国共合作の功労者の筈でもある張學良が、敢えて叛乱の罪を着て国府軍に下っています、これらの流れから、日本が蒋介石に対して採った曖昧な態度はトテモ不自然に思います。

 一方で、日本の政治中枢では、尾崎秀美等による近衛攻略が着々と進行していたのでしょうから、背後に同じスターリンが居た事を考えれば、ソ連の意図が其処に及ばないと考える方がオカシクは無いだろうか。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 17:08
 これらに朝日新聞の内部汚染者が反応していたのは事実でしょう、活動していたのは、何も尾崎とその周辺だけではなかったと思います、ソレが証拠に終戦と共に終わった筈のゾルゲ事件に関連して、終戦後も朝日新聞社内から逮捕者や追放者が出ていますから、これも、緒方さんの人徳の致す処と言うのでしょうか(嗤)。

 戦後はこれらの汚染者は、英雄視され始めましたし、労組活動の激化が観られたワケですから、朝鮮人に乗っ取られていた日本共産党とは別に、共産思想の公宣流布の手段として、スターリンに背後からの支援を受けて居たのではないか、然も無くば、明治12年創業の日本一の老舗新聞社を、労組如きが買い取る様な真似は出来まいと思うのは、私の考えが浅かろうか?
神谷晃良
2008年03月08日 19:15
ちょっと断片的になってしまいますが、

>朝日新聞こそ、スパイ機関の機関紙そのものなのです。
 ナポレオン・ソロ 2008/03/08 07:17

テレビ朝日ニュースステーションの解説者でもあった、あの『ポルポトは、アジア的優しさ』、和田俊は、生前豪語していたそうです。

『スパイ防止法は、体を張って阻止してやった』って。このブログコメント欄で、どなたからか彼について教わり、検索している内に知りました。奴等は自分で、自身の正体を晒しています。

加藤千洋は、彼の何代後の解説者になるのだろうか?『中国は、靖国問題について、日本の動きを厳しい視線で注視している』と、1985年8月7日付の朝日新聞に記事を載せた人物。8月11日に、人民日報が、それを引用する事に拠って、靖国参拝が今に至る国際問題となりました。

『改憲策動の中心に、あの侵略戦争を正しい戦争だったと公言する“靖国派”』
    日本共産党 市田忠義書記局長

先の戦争を陰で画策主導したのは、朝日新聞、共産主義者おめぇ等じゃないのか?青筋立ててぶち切れそうになります(怒)。


神谷晃良
2008年03月08日 19:30
>これも、緒方さんの人徳の致す処と言うのでしょうか(嗤)。

人徳の致す処?

緒方竹虎?下村宏?あやふやな知識しか持ち合わせていないのですが、戦時中の戦意高揚報道時の、どちらかが報道局長でどちらかが副社長。双方とも、A級戦犯容疑を掛けられましたば不起訴処分。一旦は役職を退きましたが後に返り咲いて、大往生を遂げています。

きっと何もかもを、旧軍部の圧力横暴、そして暴走に、責任を擦り付けたのでしょうね。それは共産主義者も同じ事です。

彼らにしてみれば、旧軍部は極悪非道で無ければ困るのですよ。沖縄集団自決『軍の強制』が、その象徴だと勝手に想像したりしています。
花うさぎ
2008年03月08日 19:37
神谷晃良さん

>朝日新聞が、当時の日本人を騙していたとしたら、どうお感じになられますか?

そうすると朝日新聞は創刊以来「反日スタンス」は一貫している、という理解でよいのかな?。

戦前、戦中は日本国民に戦争をあおって破滅させ、これに成功すると戦後は「普通の独立国家」になることを徹底的に阻止してきたと。

これは私の認識と違うような気が。朝日はそんな一貫したポリシーなどないと思いますよ。でも勉強し直します。

たろう
2008年03月08日 19:45
映画の冒頭に、幼児が線路上で泣いている写真がUPされていた。これは今では捏造で有名な写真だ。
また、「日本軍が南京、重慶で無差別爆撃をやった」とのナレーションも。
小泉堯史監督にして、このような戦時プロパガンダを無批判に受け入れてしまうところが、自虐史観に浸りきった戦後世代の甘さだ。
名無しの経営者
2008年03月08日 20:00
第6回国際共産主義者機構大会は、帝国主義戦争を「自己崩壊の内乱戦たらしめ」「労働者革命遂行の契機とする」と決議しています。戦争の混乱は、革命の絶好の機会だ、という考えである。

昭和10(1935)年8月の第7回大会で、支那共産党と国民党が手を組み日本と戦うという方針が決定され、支那共産党は8月1日、一切の国内闘争の即時停止、「抗日救国宣言」を発し、全面的抗日闘争を企図する。
昭和11(1936)年12月蒋介石が腹心の張学良に西安で監禁され、ここに、国共合作が実現。その後、支那事変、大東亜戦争と、事態はソ連の思惑通りに進む。

国際共産主義機構の指示を知っていた尾崎は、昭和13年4月、近衛内閣の嘱託となり、あくまで日本と蒋介石を戦わせようと画策する。共倒れにさせて、日支両国で共産革命を実現しようという計画であった。

近衛は後に「見えない力にあやつられていたような気がする」と述懐する。近衛内閣は、国際共産主義者機構の筋書き通りに動かされていたのである。
神谷晃良
2008年03月08日 20:13
>朝日はそんな一貫したポリシーなどないと思いますよ。

禿げ堂です。ポリシーを以てやっている訳では無いと思います。只、結果として反日行為を為しているだけ。

『小泉総理大臣の靖国参拝は、過去の歴史を揺るがせてしまう』。『(中国毒餃子に関して)、謎は深まるばかりだ』。小泉政権末期頃から、疑問に思っていました。ジェラードが教えてくれました。朝日新聞社説執筆者は、在日朝鮮人であると。

『そろそろ、発言を控えになってはいかがか』(女系天皇論議に関して反対の意を示された三笠宮寛仁殿下に対して)。こいつも朝鮮人です。

今現在では、朝日新聞が抱えていた筈の共産主義思想が、いつの間にか朝鮮民族主義思想に摩り替っている様な気がします。「秋山恥太郎社長(小泉政権時、今も?)は在日朝鮮人」。と以前、一部のネラーが囁いていたのを思い出します(真偽は知りません)。中国人に阿る朝鮮人が支配する、メディア業界。その象徴でもある朝日新聞。妄想は妄想を呼びます。

まぁ、頭の逝かれたネットウヨが、ぶつぶつ独り言言っている位で、見て下さいな。
神谷晃良
2008年03月08日 20:52
訂正。
中国人に阿る朝鮮人が支配する、メディア業界。
  →
「中共」に阿る朝鮮人が支配する、メディア業界。
神谷晃良
2008年03月08日 21:07
更に訂正。ちょっとは、もちつけ。
小泉総理大臣の靖国参拝は、過去の歴史を揺るがせてしまう

小泉総理大臣の靖国参拝は、過去の歴史「の反省」を揺るがせてしまう
スマソ。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 21:46
>名無しの経営者様
>>共倒れにさせて、日支両国で共産革命を実現しようという計画
 時系列で歴史事実を整理して行くと、やはりそう言うことだったのかと感じますね、蒋介石は、自らの失態の結果である南京大虐殺事件で、思いもよらず、心の底から尊敬していた松井石根大将を刑死させた事を大変悔いていた様ですから、日本と戦うハメに成ったのには、相応の悔いがあったでしょうし、運命の恐ろしさも充分に感じていたことでしょう。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 21:48
 考えるに、スターリンとは如何にも悪魔的な人物であったと云えるのではないでしょうか、第二次世界大戦でのロシア兵士・市民の死者総数は二千万人を超えると言いますが、負けた日本でも、空襲や原爆投下に拠る死者を含めても、325万に届くかどうかだと言われていますし、日本と15年戦争を戦ったシナでさえ左翼情報でも1千万人ですから、1国での死者数では群を抜いていると言うしか在りません(この頃になって共産シナは、死者数三千五百万人とかバナナの叩き売りも斯くやと思われる水増しをしていますが・・)、勿論、その中には内部粛清された数が相当数有るモノと思われます、トロッキーやブハーリンだって粛清の対象になったのですから。

 一体、朝日新聞に巣くう革命的共産主義者達は、どんな社会を理想としているのでしょうか、そしてそれは、一体ドゥしたら達成できるのか、歴史が生みだした日本人の視点に立って真剣に考えた事があるのか、と問うて看たい。
ナポレオン・ソロ
2008年03月08日 21:50
 不特定多数の人々が求める幸福が理想というのなら、公を大事に出来なければその達成は無理でしょう、人はそれぞれに理想を持つが故に、好悪が様々で、或る人には美点に見えても、或る人には我慢が出来ない欠点となるのが普通なんですから、「公」を重んじるとは、つまり、大多数の考えの内容や方向性を知り、それ等に沿って自分の主張を抑えたり、自分自身気付いて行く事が協調性であるワケです、自分の主張を公に優先して終う事を第一義に掲げれば、独裁社会しか産み出せないでしょう。

 自己主張に反目するモノは実力で粛清する、事を肯定したから、共産主義者が自滅に至り、勝ち残ったモノ=独裁者が支配する全体主義社会が出現したワケです。

 何時になったらこんな簡単な事に気が着くのでしょうかね、歴史に学ばないモノには、傍から看て、そう言う滑稽な面が、多分にあろうと思って居ます。
神谷晃良
2008年03月08日 22:04
>戦争の混乱は、革命の絶好の機会だ、という考えである。

これが『戦争革命論』、或いは『敗戦革命論』と言うやつですね。

あぁ~、すっきりしました。
神谷晃良
2008年03月08日 22:22
>日本人の視点に立って真剣に考えた事があるのか、と問うて看たい。

潰せば良いと、思うよ。

戦前から、『自分の主張』の為に夥しい(おびただしい)日本人の命を啜って来た朝日新聞です。

その在り方だけは、今も変わりません。テレビ朝日報道ステーションの中国毒餃子でも、イージス艦「あたご」漁船衝突、その後の練習護衛艦「はまゆき」衝突捏造報道からも、垣間見れます。

それ以前に、『アベしちゃった』報道でも明らかです。国益を損ない続ける在り様は、一貫して見えます。

新しい次の日本には、アサヒる朝日は不用です。明るい日本の未来への入り口は、「アサヒる朝日」の屍の向こう側に有る様な気がします。
ミス・ユニバース 美馬寛子のSE X動画流 出
2009年12月30日 12:46
ミス・ユニバース 美馬寛子のSE X動画流 出
 08年の「ミス・ユニバース」日本代表の美馬寛子とされる女性のSEX動画が流出していることが分かった。しかも、問題の映像が撮影されたのは世界大会期間中のようで、かなり大きな波紋を呼んでいるようだ。


http://mimahirokoo.cocolog-nifty.com/blog/

 問題の映像が流出したのは、海外の複数の動画サイト。そのサイトによると、撮影されたのは、昨年7月にベトナムのリゾート地・ニャチャンで行われた世界大会の期間中の宿泊先のホテルで、流出元はトリニダードトバゴ代表のAnya Ayoung-Cheeのボーイフレンドだという。Anyaと美馬はどのような関係だったのだろうか。


http://mimahirokoo.cocolog-nifty.com/blog/
ツインカムターボ
2010年08月02日 04:47
日本軍も、真珠湾攻撃して完全占領して、アメリカ本土無差別爆撃をしたら、有利な条件で停戦できたと思います。日本本土は廃墟で、アメリカ本土は無傷なんて、とても悔しい!
ツインカムターボ
2010年08月02日 04:53
朝日新聞が、戦争に協力したなら朝日新聞は「国家のために尽くした」事になる。今更、朝日新聞の悪口なんて、笑います。日本政府、日本軍の無能を追及しないで、朝日新聞に責任を、なすりつけるのですか??

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