両陛下とゆくバルト三国紀行…美しき欧州の古都を巡る

旧ソ連の占領から解き放たれたバルト海の3国。初となる天皇・皇后両陛下のご訪問は各国に強い印象を残された。海外カメラマンの写真を中心に3ヵ国ご歴訪の旅を綴る。
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「バルト三国が旧ソ連邦の中では初めての独立国となって国際社会に復帰したことは、歴史の大きな流れを示す画期的な出来事でありました」

リトアニアを訪れられた際、天皇陛下はスピーチで印象深いお言葉を述べられた。天皇・皇后両陛下が旧ソ連邦の国をご訪問されるのは、これが初めてとなる。
▽バルト三国マップ
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生物学者リンネ生誕300周年イベントに合わせた欧州ご歴訪で、天皇・皇后両陛下はスウェーデンに続き、バルト三国をご訪問された。初めてのご訪問とあって3ヵ国ともに国民から熱烈な歓迎を受けられた…

【万雷拍手で市民大歓迎…エストニア編】

天皇・皇后両陛下は、5月24日午前、バルト三国の最初の訪問国となるエストニアの首都タリンに御到着された。地元紙は1面に日本語で「ようこそ」と歓迎の記事を掲載したという。
▽写真:ロイター
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大統領官邸で歓迎式典が行なわれ、天皇陛下はイルベス大統領の案内で儀仗兵を巡閲された。

市内のガドリオルグ美術館で開かれた大統領主催の午餐会で、天皇陛下は即位の平成元年(89年)に、バルト三国を結ぶ「人間の鎖」が作られたことを印象深く語られると共に、こう御言葉を述べられた。

「1991年、旧ソ連邦からの初めての独立国となったとの報せに接し、歴史の大きな流れに深い感慨を覚えたことを思い起こします」
▽写真:時事通信
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天皇・皇后両陛下は続いてタリンの旧市庁舎をお訪になり、日本にゆかりのある文化人らと懇談された。その際、皇后陛下は和服を御召しになられていた。
▽写真:AFP
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中世ヨーロッパの美しい町並みが残るタリンの中心部には、両陛下をひと目見ようとする市民が大勢詰め掛け、慌てて警察が規制のロープを張る一幕もあった。
▽写真:ロイター
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天皇・皇后両陛下は旧市庁舎のエントランスにお出ましになられ、詰め掛けた市民から万雷の拍手を送られた。
▽写真:ロイター
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続いて天皇・皇后両陛下は「歌の広場」で開かれた歓迎コンサートに臨まれた。両陛下が会場にご到着されると、約8,000人が一斉に日の丸の小旗を振って迎えた。
▽写真:時事通信
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巨大な貝を模した「歌の広場」は、80年代後半に平和的な音楽パフォーマンスのデモが行なわれ、エストニア独立の象徴的な場所だ。この事から旧ソ連からの自主回復は「歌の革命」とも呼ばれている。
▽写真:ロイター
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歓迎コンサートでは、色とりどりの民族衣装を着た3,700人の子供たちによる大合唱が捧げられ、エストニア民謡の他に「さくら」など日本の歌も披露された。
▽写真:ロイター
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ロイヤルボックスからご覧になられた両陛下は、終始にこやかなご表情で、盛んに拍手を送られていた。また、この模様はテレビで生中継されたという。

会場を訪れていたある女性は、日本語で感激ぶりを語っていた。

「ワクワクしました。天皇さまをこんなに近くで見られて幸せです」
▽画像:NNN
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エストニアで日本への関心が高まっているのは、大相撲の同国出身力士・把瑠都関の影響が大きいという。会見でイルベス大統領も、こう語っていた。

「エストニア人は日本人と好みが似ている。最近は相撲の把瑠都を送り出している」

外国人力士の隆盛には我が国で不満の声もあがっているが、把瑠都関は日本とエストニアをダイレクトに結ぶ架け橋となっているようだ。

【甦ったバルト海の真珠 ラトビア編】

バルト三国の2国目のご訪問国はラトビア。

天皇・皇后両陛下は、5月25日、首都リガにご到着され、大統領官邸での歓迎式典に臨まれた。リガは「バルト海の真珠」と讃えられる美しい港町で、旧市街エリアは世界文化遺産にも登録されている。
▽写真:ロイター
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人口約230万人の小さな国ラトビアを率いるのは女性のビケフレイベルガ大統領。その大統領官邸は、ダウガワ川沿いに建つリガ城の庭園内にある。
▽河畔にあるリガ城(参考画像)
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城内に置かれたゲストブックに皇后陛下がご署名を記される際、天皇陛下がペンを差し出される光景も見られた。
▽写真:AFP
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歓迎セレモニーの後、天皇・皇后両陛下はリガ市の中心に置かれたラトビア独立の象徴「自由の記念碑」をご訪問された。

高さ50メートルの記念碑は1935年に市民の手で建てられたもので、ソ連占領下では独立運動のシンボル、そして現在は独立運動の犠牲者追悼の場になっている。
▽写真:ロイター
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記念碑の周辺には1,000人を超す市民が集まり、拍手で両陛下を迎えた。その中、天皇陛下は大統領と共に、花束を供えられ、黙祷を捧げられた。
▽写真:ロイター
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この後、両陛下は記念碑の回りに詰め掛けた市民にお声を掛けられたという。

昼食会の整えられたのは、14世紀のゴシック・スタイルの建物「ブラック・ヘッド・ギルド」。挨拶で天皇陛下は、こう御言葉を述べられた。

「ラトビアの人々が、その後の苦しい時代を通じ、勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきた歴史を忘れてはならないと思います」

我が国とラトビアは1928年に通商条約を結ぶなど古くからの関係があったが、欧州の戦乱とソ連の軍事占領で交流は途絶えていた。その歴史的経緯を鑑み、天皇陛下は、こう仰せになられた。

「第2次世界大戦とその後の歴史の展開の中で閉ざされたことは、誠に残念なことでありました」

「貴国と我が国との間に、再び友好の関係が発展しつつあることは誠に喜ばしい」


続いて天皇・皇后両陛下は、市内の「占領博物館」をご視察になられた。この博物館はナチスやソ連の占領時代をテーマにし、ラトビアの苦難の近現代史を伝えている。
▽写真:ロイター
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天皇・皇后両陛下は、かつてラトビアの人々がシベリア流刑で押し込まれた強制収容所の再現コーナーなど数々の展示物をご覧になられた。収容所でラトビア人が日本人から受け取った品もあったという。

天皇・皇后両陛下は、次いでラトビア大学をご訪問され、日本学コースの学生らと懇談された。天皇陛下は学生に、こうお声をかけられている。
▽写真:ロイター
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「日本語を勉強し、日本とラトビアとの理解と友好関係が増進されるよう祈っています」

この大学ご訪問の際も、皇后陛下は和服を御召しになられていた。
▽写真:ロイター
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【お言葉に遺族が落涙 リトアニア編】

5月26日、天皇・皇后両陛下はバルト三国ご歴訪で最後の訪問国となるリトアニアにご到着。ここでも日の丸の小旗が波打つ大歓迎を受けられた。
▽写真:AFP
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大統領官邸で催された昼食会で、天皇陛下は、こうスピーチされた。

「第二次世界大戦の惨禍や、その後人々が経てきた苦難の歴史に思いを致し、貴国の人々が勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきたことに深い感慨を覚えます」
▽写真:ロイター
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共産主義のくびきから脱するにあたって、リトアニアはバルト三国の中でも最も深い傷を負った。国際社会が注視する中、ソ連軍の軍事侵攻が起きたのは今から僅か16年前のことだった…
▽写真:ロイター
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天皇・皇后両陛下は、アダムクス大統領と共に、首都ビリニュスの郊外にあるアンタカルニス墓地をご訪問された。マリア像の周りには、ソ連軍に抵抗して殺害された独立派の市民が埋葬されている。
▽写真:ロイター
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1991年1月、独立を訴えソ連軍戦車の前に立ちはだかったリトアニア青年が無情に轢き殺された…ソ連崩壊の引き金となる批判を巻き起こした「血の日曜日事件」だ。

天皇・皇后両陛下は、その犠牲者を追悼する記念碑に花輪を供えられ、黙祷された後、見守っていた遺族に歩み寄られ、お声をかけられた。
▽写真:ロイター
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両陛下は遺族の悲痛な話に耳を傾けられ、そして「まだ若かったでしょうね」「お寂しかったでしょうね。大変な日々でらしたでしょう」と述べられた。その際、皇后陛下より哀悼のお言葉を受けた女性が、堪えきれずに涙を流す場面もあった。
▽写真:AFP
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続いて、天皇・皇后両陛下は「命のヴィザ」で知られる元リトアニア領事代理の故・杉原千畝氏の記念碑を訪れられた。

戦時中、迫害を逃れようとするユダヤ人に独断で日本通過ヴィザを八発給、約6,000人の命を救った杉原氏のエピソードは、90年代になって再評価された。
▽写真:AFP
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この湖畔の記念碑も2001年に建立されたもので、故・杉原氏の肖像レリーフとヴィザの写真製版が埋め込まれている。昼食会の際、アダムクス大統領は、こう語っていた。

「リトアニアと日本との間には、条約や外交を超えた特別な架け橋ができました。その架け橋を作った日本の外交官、杉原千畝は、人道的な功績を残したことで、常にリトアニア国民の尊敬を集めています」
▽歓迎式典でアダムクス大統領と(ロイター)
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天皇・皇后両陛下は、杉原記念碑を訪ねられた後、リトアニア民俗祭で市民と交流され、バルト三国ご歴訪の主なスケジュールを終えられた。

天皇陛下は今回のご訪問について、リトアニアでのスピーチを、こう結ばれていた。

「相互の交流を一層進める事となれば嬉しいことに思います」

バルト三国のいずれの国でも天皇・皇后両陛下は市民から熱烈な歓迎を受けられ、また地元メディアでも大きく報道された。

外務省が司るご皇室外交には異論もあるが、初めてとなるバルト三国ご歴訪の旅は、外交を超えた意味と価値を備え、各国の国民に鮮やかな印象を残したようだ。


      〆
最後まで読んで頂き有り難うございます♪
クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発 となります

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【side story】
今回も謹んで天皇・皇后両陛下のお写真を掲載させて頂きましたことご諒承願います。

通常、国内でのご皇室写真は代表撮影となりますが、海外では各通信社のカメラマンが写真を撮影・公表。その中には印象深い貴重なショットも残されます。

今エントリは、そのような写真で、ご歴訪を別の角度からうかがうことが出来れば、と考えた次第です。

参照:
宮内庁5月14日天皇皇后両陛下の外国ご訪問前の記者会見

参考動画:
日テレ5月25日 両陛下がエストニア到着 旧ソ連諸国初訪問
日テレ5月26日『両陛下がラトビア到着 自由の記念碑に供花』
日テレ5月27日 天皇・皇后両陛下 リトアニアに到着

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この記事へのコメント

とおる
2007年05月28日 09:12
NHKの写真が無いのですね。
NHKの夜7時のニュースでは、報道された記憶がありません。
公共放送で受信料を強制的に取ろうとしているNHKとしては、扱いが冷た過ぎるようです。
でこサングン
2007年05月28日 09:28
こちらのブログで初めて詳しく拝見しました。ありがたいことです。と同時に、なぜNHKで報道しないのかはなはだいかがわしい限りです。1928年にはすでに交流があったとは これも今回初めて知りました。
kame
2007年05月28日 10:09
アネモネさん
エントリーをありがとうございました。
昨日、新聞で両陛下の写真を拝見し、その穏やかさと包み隠された人徳に感無量でしたが今エントリーを読ませてもらってさらに、両陛下への尊敬の気持ちが深まりました。
写真というものは正直なものですね。
天皇皇后両陛下のご表情、世界中の首長と比べものにならない、慈愛に満ちたものだと思いました。そして日本を想うお心を直接に表現されることを避けられ、友好という形で他国に語られておられるように感じます。(当然でしょうが)そんな役割を果たせる元首は少ないでしょうね。

ジェラード
2007年05月28日 10:23
陛下の笑顔を拝見すると心が和みます。私も日本人として皇室には尊敬の念を抱いています。皇室が好戦論者たちに利用されることに我慢がならないのです。
古田
2007年05月28日 10:30
昨日横須賀に行って居ました。日本海海戦102周年、今日の三国の港からロシヤ・バルチック艦隊が出たんですね。陛下への歓迎も日露戦争までの歴史と三国の苦労が今日実る、と言う感じがしています、しかし戦艦「三笠」保存会が100周年も開催、国家は知らぬ顔、政界歴史を変えたこの話が日本国民が知らない、聞けば横須賀の小学生が学校から見学する事は一切無いとの事、電報も小泉元首相、久間防衛相、自民、有村氏、古賀氏(拍手は少ない)、出席は海幕副長、横須賀地方総監、米軍司令、フランス海軍士官。
100周年でも中曽根氏が主賓、戦争の歴史を語れない日本は歴史を知らなくても世界で通用すると夢の様な事を考えているのかな?
戦争も歴史の重要な位置を占める国が羨ましい。違法な戦争をした事のない我が国が「戦争」の歴史を語らず「悪」と見ている。海上自衛隊音楽演奏を聞きながら考え込んでいました。
保存会の方も高齢の方が多く、仙台から来られた方も91歳との事、若い人の加入を期待されて居るようでした。最近は日本を訪問する海軍関係者の訪問が増えているのが唯一の嬉しい出来事らしいです。
梅昆布茶
2007年05月28日 10:50
アネモネさま、いつも貴重な情報揚げてくださって感謝。こういう報道が殆ど記憶に無いくらい僅かしか出さない日本のマスゴミ。これほどの現地の歓迎ぶりはブログを見るまで知りませんでしたよ。 皇室に対する国民の関心を逸らそうという特亜マスゴミの策略には、ホント反吐が出る。

>日本人として・・・
本物の日本人ならこんな言い方しないのを知らないらしい(笑)。よく2chあたりに出没する、ネットの中でだけ日本人に成れるヒトだろ。

皇室を自分達に有利な世論操作に利用する中国・朝鮮・韓国は絶対に許さない!
塾長
2007年05月28日 10:50
ジェラ、勉強しろ。

>皇室が好戦論者たちに利用されることに我慢がならないのです。

全然違う。
好戦者?アホか。
反日の人間側が利用するために何かにつけ皇室をくっつけ、発言する。その回数の方がはるかに多いんだよ。

“皇室なんか要らない”って言ってる人間、お前の側じゃん。

近寄るな。
さくら
2007年05月28日 11:20
何処の放送局のニュ-スか覚えていませんが、エストニア空港の歓迎時
赤じゅうたんを歩かれる、天皇皇后両陛下が写っていました、
エスコ-トは大統領?
その時天皇が突然立ち止り、エストニア国旗に一礼されました。

これを見た瞬間、私は胸にこみ上げ
て来る物が有りました。

エスコ-トの男性も驚いていたような表情でした、

海外の何処の国に行っても高貴で品格の有る両陛下を見ていると心が安らぎます。

現役保険営業マン
2007年05月28日 11:28
こんにちは。
バルト3国・リトアニア…ピンと来たのが「杉原千畝」でした。
彼が行った独断のビザ発給はまさに英断ですよね(残念ながら戦後はこの件で外務省から冷遇されたとか…)。
事なかれ主義のアホ官僚どもも少しは見習ってほしいものです。
ななし
2007年05月28日 12:50
杉原千畝は外務省から冷遇されたわけではありません。極貧国家日本の公務員をリストラされる際の名義で使われただけです。[八紘一宇]のスローガンに沿った仕事です。事なかれ主義に陥ったのは戦後教育によるものと思います。
ごんべえ
2007年05月28日 13:14
今回のバルト三国へのご訪問といい、杉原記念碑にお立ち寄りになられたことといい、素晴らしい選択だった。
「歌の広場」ご訪問の際、市民がいっせいに日の丸の小旗を振る光景をテレビ報道で見て、目頭が熱くなりました…日本ではめったに見られない光景なので。
各地での陛下のお言葉も良かったし、皇后陛下の和服のお姿も実に良かった。
日本のマスコミのお座なりな報道では知りえなかったことどもを詳しくご紹介下さり、ありがとうございました。
sazanami1905
2007年05月28日 13:29
アネモネさんいつも貴重な情報ありがとうございます。
天皇皇后両陛下を戴いた私たちは幸せですね。
それと外務省もロシアなんかに遠慮せず、堂々と日本の立場に立った動きが出来るようになったんですね。堂々と、中国なんかには陛下を送らず、対面も許さないようにしなければなりませんね。
y.taki
2007年05月28日 14:18
すばらしい写真特集ありがとう、両陛下の今回の外国ご訪問の報道が少ないので気になつていましたので嬉しい限りです、それにしてもNHKは公共放送とのたまいながら何故この報道が少ないのか疑問です、体質はなかなか変わらないですね。
ねこ
2007年05月28日 14:26
こちらのサイトで両陛下のお健やかな様子を詳しく知ることができて、本当に有難うございます。
テレビではなぜもっと両陛下の海外ご公務の様子を詳しく報道しないのでしょうか
皇室特集を年に一、二回のスペシャルでするよりもこういうご公務の様子を詳しく伝えるのが正しいことでは・・と思います。
国家の象徴(元首)がご外遊なさっているのにあまりにも粗略な扱いであることに、また、最近は特に渋谷方面の局がひどいように感じています
世界に最高に誇りを持って語れる両陛下と同時代を生きている幸せを、もっと世間に広めなくては・・と痛感しております。
拙文にて失礼致します
じょーい
2007年05月28日 16:11
私は、仕事の関係で、一度だけ皇后陛下のお姿を間近で拝見し、そのお声を拝聴したことがあります。全身が感動で震え、涙がこぼれました。陛下と同じ空間に在り、陛下と同じ時間を過ごせた幸福、これに尽きます。

真に今回の記事の写真を拝見して、またも涙が滲んできました。
天皇皇后両陛下は、世界の至宝です。
優良銘柄のススメ
2007年05月28日 19:42
いつも拝見させていただいています。
応援ポチッ!
宿屋飯盛
2007年05月28日 20:02
深い感慨を覚えました。アネモネさん有難う。
さて、上のコメントで古田さんも隠喩的に触れられていますが、5月27日を含んでのバルト三国ご訪問だったのですね。そうです、日本海海戦の日です。バルト三国にとっては、日本で考えている以上に深い印象を残したことと思います。
とおる
2007年05月28日 20:17
天皇・皇后両陛下のご訪問の動画は、政府のどこで見れるのでしょう?
宮内庁には、文字しか載ってないようですし、首相官邸・外務省は無さそうです。
fuyuneko
2007年05月28日 21:54
日本に生まれて良かったとほんとに思いました。
2007年05月28日 21:55
>とおる様
NHKは全く役立たず…ご歴訪に関しては来週のフジ『皇室ご一家』 日テレ『皇室日記』で特集されると思います。
>でこサングン様
寒流ドラマを垂れ流す時間があってもご皇室報道をする枠がないとするのがNHKのようですね。
>kameさま
こちらこそ閲覧頂き有り難うございます。大歓迎を受けられる写真の数々は、どのような解説にも優るようです。
>古田さま
なるほど、日本海海戦の記念日だったのですね。関係者の高齢化が懸念されますが、何か不思議な歴史の糸を感じますね。
>梅昆布茶さま
写真だけでは現地の歓迎ぶりを伝えることが出来ません。特にエストニアでの歓迎の声は絶大で驚きました。
>塾長さま
「好戦論者」…そんな言葉があるとすれば、そっくり中共と北朝鮮の支持者にお返ししたい感じです。
2007年05月28日 21:55
>さくら様
赤絨毯の一幕は見逃しました…実に素晴しいエピソードですね。来週のご皇室番組に期待したいです。
>現役保険営業マンさま
「命のビザ」のお話が埋もれていたのはホントに不思議ですね。それを評価できない土壌が我が国にあったのでしょうか。
>ななし様
なるほど…戦後は台所が苦しかった側面があるのですか。戦前の日本には本物も外交官が多くいたようですね。
>ごんべえ様
こちらこそです。海外での「日の丸の波」を見るのは至福ですね。また、皇后陛下の和服のお姿も今回伝えたかったポイントです。
>sazanami1905さま
有り難うございます。情報整理に時間が掛かったので素直に嬉しい。ホントに天皇陛下を戴いた日本国民は幸せですね。
2007年05月28日 21:57
>y.takiさま
1日単位では各局各紙も報じていましたが、バルト三国ご歴訪の意味合いは伝えきれていないようですね。
>ねこ様
「週刊誌天皇」というメディア露出の批判もありますが、NHKは無視し過ぎ。今回素晴しかっただけに実に残念です。
>じょーい様
お羨ましい…国民はTV画面で拝む事でも満足出来るのですが、その機会さえ失われているのはおかしいですね。
>優良銘柄のススメ様
クリック支援有り難うございます。
>宿屋飯盛さま
こちらこそ有り難うございます。ロシアの脅威を受け続けた小国にとって日本国の存在は大きな意味があったと推察します。
>fuyunekoさま
同じ感想を激しく持ちました。写真を眺めているだけも嬉しい気分になるもです。
yuu
2007年05月28日 22:14
よかったです!
両陛下は私たち日本人の誇りですね。
自己反省
2007年05月28日 23:45
杉原千畝氏は表面的には任意退職ですが、実質は解雇です。自分が解雇したと言っている外務次官の記事を見ました。
外務省内で、職員が杉原氏と接触しないよう、杉原氏がユダヤ人からお金を貰いビザを発行したと言う、根も葉もない噂まで流しています。
日本の独立後、ソ連対策もあり、ロシア語の出来る外交官はほとんど復職しましたが、キャリアに嫌われた杉原氏は復職出来ませんでした。
イスラエル政府から、杉原氏を表彰したいので推薦して欲しいと要請された外務省は、15年以上放置したままで、推薦しませんでした。
外務省が杉原氏の名誉を回復し和解したのは、鈴木宗男氏の時です。
杉原氏が外務省にいれば、対ソ連外交はきっと上手くいったと思います。
対米宣戦布告を遅れて提出し『日本人は卑怯者』とレッテルを貼られる原因を作った、駐米外交官2名が相次いで外務次官になったのに比べ、日本人の名誉を高めた杉原氏は解雇。
外務省は今も、昔も、キャリアの私益優先、国益無視のとんでもない役所だと思います。
神谷晃良
2007年05月29日 00:05
>陛下の笑顔を拝見すると心が和みます。私も日本人として皇室には尊敬の念を抱いています。

陛下?日王の間違いではないのですか。韓国北朝鮮だけでしょ?「天皇陛下」と呼称すらできない国は。正に、礼儀も糞も無い獣の棲む国に相応しい証です。日本人が想っている以上に、日本国の皇室と天皇陛下の権威は、高い様な気がします。天安門事件で、世界中から経済封鎖を敷かれた中共に、今上天皇陛下が訪問されただけで、解かれてしいました。時の総書記江沢民が、返礼として為したものが、「日本人を殺すは正義。愛国無罪」であり、来日の際の平山服での宮中晩餐会です。『江沢民を忘れるな!』。もう二度と、中共人や朝鮮人のボスには、陛下に謁見させるのは嫌です。それだけでも、国際社会に於ける中共人と朝鮮人の格付けを下げさせられる気がします。
suzune
2007年05月29日 00:16
アネモネさん、有り難うございます。両陛下はとても良い環境に在られた様にお見受けします。でも、つくづくお年を召されお疲れです。本来なら皇太子ご夫妻がご名代で活動される時代なのですよね。
神谷晃良
2007年05月29日 00:27
朝鮮人共等は、大真面目にこのバルト三国の人々を見習うべきなのです。ロシア、ドイツ、オーストリー。そして彼等からすれば、ポーランドですら大国の筈です。詳しい事は何も知らない私ですが、その歴史は屈辱と苦難の繰り返しであったろう事は、想像に難くないです。しかし、決して卑屈にならず、恨まず、人のせいにせず小国民として、身の程を弁え、できる事やるべき事を黙々と為して来たが故に、今のバルト三国がある様な気がします。天皇皇后両陛下を歓迎する彼の国々の民の表情に表れています。更に言えば、天皇と言うものが、朝鮮人共らがいつも口にしている様な存在であったなら、バルト三国始め、世界の国々がこれ程歓迎するか?簡単に判断つきます。事在るごとに日の丸を燃やし、陛下を日王と言って憚らない、朝鮮民族国家に、明るい未来など決して来ない。私が此処に、予言してくれてやります。
ankozunda
2007年05月29日 03:19
旧ソ連の国々で、大国のロシアを差し置いて、小国のバルト三国を天皇皇后両陛下が訪れたのは意義が高いと思います。
ankozunda
2007年05月29日 03:20
旧ソ連の国々で、大国のロシアを差し置いて、小国のバルト三国を天皇皇后両陛下が訪れたのは意義が高いと思います。
自己反省
2007年05月29日 04:45
書き忘れてすみません。
杉原千畝氏に関する話は、ななしさんへの反論です。
もうすこし反論させてください。
ソ連崩壊で、ソ連の機密文書から分かったことですが、杉原氏の情報収集、分析能力はソ連からはとても警戒されていました。
杉原氏は、ソ連国内立ち入り拒否、シベリア鉄道は利用禁止でした。
戦後の冷戦下に必要とされた、貴重なソ連の情報収集分析外交官を外務省は切り捨てました。
WWⅡ当時も、外務省は、ナチの偽情報を信じたドイツ駐在外交官の報告を取り上げ、杉原氏の的確な情報分析はことごとく握りつぶしています。
戦後、大島大使は処刑されましたが、側近のキャリアは皆出世しています。
ノンキャリアの杉原氏や神田氏の的確な情報を握りつぶした牛場信彦氏は駐米大使になっています。
敗戦の責任を問われるべきキャリア達がことごとく出世している外務省は、腐った組織で、国益には少しも貢献していないと思います。
自己反省
2007年05月29日 05:07
陛下のバルト3国御訪問はとても良かったと思います。
ソ連に拉致され、強制労働させられていた日本人捕虜に同情し、手助けしてくれたロシア人とは、実は、政治犯としてシベリア送りになっていたバルト3国の人達だったと聞いたことが有ります。
バルト3国以外でも、陛下のご訪問は、地元紙で、大々的に取り上げられていますが、日本でのマスゴミの扱いは小さいですね。
以前、紀子様がご入院された時も、日本では5,6番目ぐらいの扱いの記事でしたが、その日、BBCが放送した唯一の日本関連が紀子様のご入院だったそうです。
欧米で、日本皇室がとても尊敬されていることは、大々的な報道からもよくわかりますね。
日本のマスコミは、何故日本国の象徴である皇室の報道を、日常的にしないのでしょうね。
大和こころ
2007年05月30日 15:17
民放局の 両陛下の御外遊のニュースを拝見して思うのは 現地の人々の暖かい期待に満ちた表情についてです。TVの皇室番組で見られる日本の人たちと全く同じ 表情が行く先々でみうけられます。そこにあるのは「日本への期待と憧れ」であるように思われます。日本の顔である両陛下が 各国で歓待されている様子、、とても嬉しく思います。
taka
2007年05月31日 01:16
赤絨毯の一幕。もう、めちゃくちゃ誇らしいです。なんという細やかなお心配り、真摯なお姿。
翻って自分ん家に日の丸が無いことがとても恥ずかしくなりました。
急いで旗を買いに行かなくちゃ。
無知サヨだった私にとって、最近の皇室の方々は眩しいぐらいです。
棄民
2012年06月22日 08:40
 にっぽんに 生まれたけど 
このような方々の
気品ある 人格を身に着けたかった

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