ナショナルフロントを生んだ拉致被害者家族会

小泉首相の退任を目前にして、9・17がめぐってきた。 改めて日本国民の一人として拉致被害者全員の早期救出を誓う。

あれから4年が経過したが、その衝撃は大きく、横田めぐみさん写真展への入場者が15万人を突破するなど拉致事件に対する世間一般の関心は風化していない。

これはひとえに被害者家族が敢然と声を上げ続けた結果である。
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熱しやすく冷めやすいのはどの先進国の国民も同じだが、とりわけ日本人は冷めた傾向が強いと言われてきた。しかし、こと拉致事件に関してだけは、多くの国民の意思がより堅固になっているように思える。

その要因は拉致事件が「人権問題」を遥かに越えた「国家主権の侵害」と認識されたことだ。

戦後初めて、日本国民は敵性国家の存在を実感することになった。この皮膚感覚は、左派知識人がどれほど陰湿な手を使っても覆ることはないだろう。

北朝鮮を擁護し続けた売国勢力のウソは完全に暴かれた。それが我が国の世論形成に果たした役割ははかり知れない程大きかったのだ。

【国民戦線が列島に築かれた】

ナショナルフロント(=国民戦線)という手垢にまみれた政治用語がある。敢えて、この扇情的な言葉を使って、拉致事件と国民意識を眺めてみたいと思う。

もともとナショナルフロントとは、労働運動で盛んに用いられた「戦術としての人民戦線」を示す。英のフーリガンや仏の極右政党FN(=国民戦線)などの高い知名度から反動的なイメージが付けられているが、誕生の経緯は逆だ。共産党が指導する広範な運動体がフロント組織と呼ばれた。

今風に言うなら、プロ市民の連帯組織だ。例えば負け犬サヨクによる「9条の会」の連携などは正しくナショナルフロントを目指しているように見える。ムリだがね。

皮肉なことに老害サヨクが夢見ていた「国民戦線」は、拉致被害者家族会の活動や訴えを通じて、無党派層から誕生した。

左派言論人が「右傾化傾向」などと眉を顰めるのが「ナショナルフロント」の正体だ。
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(国民大集会 会場外も人が溢れた)

それは突如、日本人の意識の中に芽生えた。
自発的なものであって、誰かがオーガナイズしたものではない。
拉致事件によって北朝鮮というモンスターが目の前に登場したのだ。当然のことではないだろうか。

『朝日新聞』などは、この辺りの事情を知っている。国民世論が画期的な転換を果たしたことを鋭敏に感じ取っているハズなのだが、頑迷に抵抗を続けている。
余りにも老朽化した組織は、細胞の新陳代謝すらで出来ないのか?

一方、この「ナショナルフロント」を形成した日本人の心情を的確に捉えたのがアメリカだ。

【米国は“変化”を察知した】

ホワイトハウスは拉致被害者家族の象徴である横田早紀江さんを招き、大統領と対面させるという大胆な行動に打って出た。また、シーファー駐日大使のめぐみさん拉致現場視察も意外性のある離れ業だった。大使が海岸で熱心に耳を傾ける姿は実に印象的だった。
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もちろんブッシュではなく、有能なシンクタンクのスタッフが「日本の世論形成を変えたのが誰であったのか」精査したのだろう。実に、空気を読んでいる。こうした米国の姿勢についてジャーナリストは知った風に「戦略的」と言うかも知れないが、ブッシュ大統領は後に、早紀江さんと対面した際「涙を堪えきれなかった」と告白している。率直なコメントだ。
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逆に、韓国大統領や中共指導部は空気を読めなかった。盧武鉉のケースは単に無能だったと言えるが、中共は取り返しのつかない失敗を犯したのではないか?

拉致被害者家族に共感を示せなかったばかりに大切な「歴史カード」を失ってしまった感がある。4年前まで、あれほど有効に使えたカードを半ば無効化させてしまった。『朝日』同様に、硬直化した組織の問題でもあるが、いまだに共産党なのだから、自業自得である。

中共の悪口を言っている場合ではない…

拉致被害者家族会が果たした歴史的な偉業は、日本の闇のひとつを白日のもとに晒したことだ。

【マスコミに与えた衝撃度】

一方、9・17以前は朝鮮総連に懐柔され続けてきたマスメディアが、これをきっかけに、総連の魔の手から離れることが出来たのだ。
受け手である国民も、それに気づいただろう。

小泉訪朝以前、新聞・テレビとも、北朝鮮の呼称について、最初に併記して伝えるよう総連に指示されていた。
新聞では、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と最初に併記することが義務づけられていた。

テレビのアナウンサーは、「 北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と一回だけ言い直すのが絶対のルールだった。
産経やフジテレビはブッチ切っていたが、各紙・各TV局も小泉訪朝後、こうした読み替えがなし崩し的に消滅した。
単純に、総連からのプレッシャーがなくなったからだ。

そもそも、呼称併記はマスコミ幹部と総連の妥協から生まれたものだった。
朝鮮総連サイドは、あくまでも「 朝鮮民主主義人民共和国」の長ったらしい正式名称を使うよう脅迫し、マスコミ側は、抵抗したものの妥協点を探った末に「一回のみ併記」を落とし所にした。

実に、もの凄い圧力だったのだ。

総連の圧力を撥ね付ける原動力は、小泉訪朝&拉致告白だけではない。

記憶されている方も多いと思うが、9・17直後はまだ“強制連行”神話が生きていた。総連は尚も、社民党と同じく、「連行問題と拉致」を拉致を並べて北朝鮮の犯罪性をチャラにしようと画策していた。

これを突き崩したのが、拉致被害者家族の切なる訴えだったのだ。虚構と現実が対立していたのだから、リアリティーが勝つのは当然の成り行きだったが、それ以前のマスコミは総連の虚構に屈し続けていた。

大勝利である。

総連や左派言論人の心ない希望も空しく、この決定的な勝利が覆ることはない。

後はひたすらに、一度として北朝鮮シンパであった連中を真綿で首を締め上げるように攻撃し続けることだ。

最後に、拉致事件解決に向けて日本が為すべきことは何か?

ズバリ、北朝鮮に対する単独武力行使である。
百歩譲って武力行使容認論の醸成と言ってもいい。

主権が侵害されたままの状態を放置してはならない。

「対話と圧力」の季節は過ぎた。

これからは「圧力と威嚇」である。


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この記事へのコメント

万能なモグラ
2006年09月17日 03:07
はじめまして。日本再生の突破口を開いたのは間違いなく拉致被害者家族の人達ですよね。また、その原動力は皮肉な事に戦後左翼達が躍起になって解体しようとした「家族の絆」でもあったわけです。拉致以外にも、覚醒剤、パチンコ、サラ金など戦後日本を蝕んできた癌細胞の大部分が北と密接な関係があり、これらの事を大多数の国民にはっきりと認識させた彼らの功績は計り知れないものがあると思います。現在自衛隊には、北が崩壊した際、命令さえあれば、日本単独でも拉致被害者救出できるだけの能力があるみたいですね。拉致被害者全員救出が出来た時、日本は真の終戦の日を迎えるのだと思います。
多馬
2006年09月17日 10:24
タイトルが「ナショナル・フロント」なので
つい、「左旋回か?」と勘ぐりました(笑
アネモネ
2006年09月17日 15:50
>万能なモグラ様
コメントありがとうございます。
「家族の絆」と言う視点は私にはありませんでした。大変、参考になります。確かに、拉致被害者家族会の皆さんは、戦後の日本人が忘れかけていた風景を呼び起こしたようですね。単に新しい意識を喚起しただけではなかったのですね。

新潟市内に貼られた手書き風の古いめぐみさんのポスターを見ると、私はなぜか泣けてきます…ご両親の思いが直に伝わってきて「何とかしなければ」とかき立てられるのです。
アネモネ
2006年09月17日 15:58
>多馬さん
こんにちは!
あんまり知識はないのですが、古い左翼用語を使って、売国派をネチネチいじめる手はないか…と考えています。サヨクは「売国奴!」とか「非国民!」と貶されても、さほど痛くないとか…不思議な人々です。

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