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旧ソ連の占領から解き放たれたバルト海の3国。初となる天皇・皇后両陛下のご訪問は各国に強い印象を残された。海外カメラマンの写真を中心に3ヵ国ご歴訪の旅を綴る。 「バルト三国が旧ソ連邦の中では初めての独立国となって国際社会に復帰したことは、歴史の大きな流れを示す画期的な出来事でありました」 リトアニアを訪れられた際、天皇陛下はスピーチで印象深いお言葉を述べられた。天皇・皇后両陛下が旧ソ連邦の国をご訪問されるのは、これが初めてとなる。 ▽バルト三国マップ 生物学者リンネ生誕300周年イベントに合わせた欧州ご歴訪で、天皇・皇后両陛下はスウェーデンに続き、バルト三国をご訪問された。初めてのご訪問とあって3ヵ国ともに国民から熱烈な歓迎を受けられた… 【万雷拍手で市民大歓迎…エストニア編】 天皇・皇后両陛下は、5月24日午前、バルト三国の最初の訪問国となるエストニアの首都タリンに御到着された。地元紙は1面に日本語で「ようこそ」と歓迎の記事を掲載したという。 ▽写真:ロイター 大統領官邸で歓迎式典が行なわれ、天皇陛下はイルベス大統領の案内で儀仗兵を巡閲された。 市内のガドリオルグ美術館で開かれた大統領主催の午餐会で、天皇陛下は即位の平成元年(89年)に、バルト三国を結ぶ「人間の鎖」が作られたことを印象深く語られると共に、こう御言葉を述べられた。 「1991年、旧ソ連邦からの初めての独立国となったとの報せに接し、歴史の大きな流れに深い感慨を覚えたことを思い起こします」 ▽写真:時事通信 天皇・皇后両陛下は続いてタリンの旧市庁舎をお訪になり、日本にゆかりのある文化人らと懇談された。その際、皇后陛下は和服を御召しになられていた。 ▽写真:AFP 中世ヨーロッパの美しい町並みが残るタリンの中心部には、両陛下をひと目見ようとする市民が大勢詰め掛け、慌てて警察が規制のロープを張る一幕もあった。 ▽写真:ロイター 天皇・皇后両陛下は旧市庁舎のエントランスにお出ましになられ、詰め掛けた市民から万雷の拍手を送られた。 ▽写真:ロイター 続いて天皇・皇后両陛下は「歌の広場」で開かれた歓迎コンサートに臨まれた。両陛下が会場にご到着されると、約8,000人が一斉に日の丸の小旗を振って迎えた。 ▽写真:時事通信 巨大な貝を模した「歌の広場」は、80年代後半に平和的な音楽パフォーマンスのデモが行なわれ、エストニア独立の象徴的な場所だ。この事から旧ソ連からの自主回復は「歌の革命」とも呼ばれている。 ▽写真:ロイター 歓迎コンサートでは、色とりどりの民族衣装を着た3,700人の子供たちによる大合唱が捧げられ、エストニア民謡の他に「さくら」など日本の歌も披露された。 ▽写真:ロイター ロイヤルボックスからご覧になられた両陛下は、終始にこやかなご表情で、盛んに拍手を送られていた。また、この模様はテレビで生中継されたという。 会場を訪れていたある女性は、日本語で感激ぶりを語っていた。 「ワクワクしました。天皇さまをこんなに近くで見られて幸せです」 ▽画像:NNN エストニアで日本への関心が高まっているのは、大相撲の同国出身力士・把瑠都関の影響が大きいという。会見でイルベス大統領も、こう語っていた。 「エストニア人は日本人と好みが似ている。最近は相撲の把瑠都を送り出している」 外国人力士の隆盛には我が国で不満の声もあがっているが、把瑠都関は日本とエストニアをダイレクトに結ぶ架け橋となっているようだ。 【甦ったバルト海の真珠 ラトビア編】 バルト三国の2国目のご訪問国はラトビア。 天皇・皇后両陛下は、5月25日、首都リガにご到着され、大統領官邸での歓迎式典に臨まれた。リガは「バルト海の真珠」と讃えられる美しい港町で、旧市街エリアは世界文化遺産にも登録されている。 ▽写真:ロイター 人口約230万人の小さな国ラトビアを率いるのは女性のビケフレイベルガ大統領。その大統領官邸は、ダウガワ川沿いに建つリガ城の庭園内にある。 ▽河畔にあるリガ城(参考画像) 城内に置かれたゲストブックに皇后陛下がご署名を記される際、天皇陛下がペンを差し出される光景も見られた。 ▽写真:AFP 歓迎セレモニーの後、天皇・皇后両陛下はリガ市の中心に置かれたラトビア独立の象徴「自由の記念碑」をご訪問された。 高さ50メートルの記念碑は1935年に市民の手で建てられたもので、ソ連占領下では独立運動のシンボル、そして現在は独立運動の犠牲者追悼の場になっている。 ▽写真:ロイター 記念碑の周辺には1,000人を超す市民が集まり、拍手で両陛下を迎えた。その中、天皇陛下は大統領と共に、花束を供えられ、黙祷を捧げられた。 ▽写真:ロイター この後、両陛下は記念碑の回りに詰め掛けた市民にお声を掛けられたという。 昼食会の整えられたのは、14世紀のゴシック・スタイルの建物「ブラック・ヘッド・ギルド」。挨拶で天皇陛下は、こう御言葉を述べられた。 「ラトビアの人々が、その後の苦しい時代を通じ、勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきた歴史を忘れてはならないと思います」 我が国とラトビアは1928年に通商条約を結ぶなど古くからの関係があったが、欧州の戦乱とソ連の軍事占領で交流は途絶えていた。その歴史的経緯を鑑み、天皇陛下は、こう仰せになられた。 「第2次世界大戦とその後の歴史の展開の中で閉ざされたことは、誠に残念なことでありました」 「貴国と我が国との間に、再び友好の関係が発展しつつあることは誠に喜ばしい」 続いて天皇・皇后両陛下は、市内の「占領博物館」をご視察になられた。この博物館はナチスやソ連の占領時代をテーマにし、ラトビアの苦難の近現代史を伝えている。 ▽写真:ロイター 天皇・皇后両陛下は、かつてラトビアの人々がシベリア流刑で押し込まれた強制収容所の再現コーナーなど数々の展示物をご覧になられた。収容所でラトビア人が日本人から受け取った品もあったという。 天皇・皇后両陛下は、次いでラトビア大学をご訪問され、日本学コースの学生らと懇談された。天皇陛下は学生に、こうお声をかけられている。 ▽写真:ロイター 「日本語を勉強し、日本とラトビアとの理解と友好関係が増進されるよう祈っています」 この大学ご訪問の際も、皇后陛下は和服を御召しになられていた。 ▽写真:ロイター 【お言葉に遺族が落涙 リトアニア編】 5月26日、天皇・皇后両陛下はバルト三国ご歴訪で最後の訪問国となるリトアニアにご到着。ここでも日の丸の小旗が波打つ大歓迎を受けられた。 ▽写真:AFP 大統領官邸で催された昼食会で、天皇陛下は、こうスピーチされた。 「第二次世界大戦の惨禍や、その後人々が経てきた苦難の歴史に思いを致し、貴国の人々が勇気と誇りをもって困難に立ち向かってきたことに深い感慨を覚えます」 ▽写真:ロイター 共産主義のくびきから脱するにあたって、リトアニアはバルト三国の中でも最も深い傷を負った。国際社会が注視する中、ソ連軍の軍事侵攻が起きたのは今から僅か16年前のことだった… ▽写真:ロイター 天皇・皇后両陛下は、アダムクス大統領と共に、首都ビリニュスの郊外にあるアンタカルニス墓地をご訪問された。マリア像の周りには、ソ連軍に抵抗して殺害された独立派の市民が埋葬されている。 ▽写真:ロイター 1991年1月、独立を訴えソ連軍戦車の前に立ちはだかったリトアニア青年が無情に轢き殺された…ソ連崩壊の引き金となる批判を巻き起こした「血の日曜日事件」だ。 天皇・皇后両陛下は、その犠牲者を追悼する記念碑に花輪を供えられ、黙祷された後、見守っていた遺族に歩み寄られ、お声をかけられた。 ▽写真:ロイター 両陛下は遺族の悲痛な話に耳を傾けられ、そして「まだ若かったでしょうね」「お寂しかったでしょうね。大変な日々でらしたでしょう」と述べられた。その際、皇后陛下より哀悼のお言葉を受けた女性が、堪えきれずに涙を流す場面もあった。 ▽写真:AFP 続いて、天皇・皇后両陛下は「命のヴィザ」で知られる元リトアニア領事代理の故・杉原千畝氏の記念碑を訪れられた。 戦時中、迫害を逃れようとするユダヤ人に独断で日本通過ヴィザを八発給、約6,000人の命を救った杉原氏のエピソードは、90年代になって再評価された。 ▽写真:AFP この湖畔の記念碑も2001年に建立されたもので、故・杉原氏の肖像レリーフとヴィザの写真製版が埋め込まれている。昼食会の際、アダムクス大統領は、こう語っていた。 「リトアニアと日本との間には、条約や外交を超えた特別な架け橋ができました。その架け橋を作った日本の外交官、杉原千畝は、人道的な功績を残したことで、常にリトアニア国民の尊敬を集めています」 ▽歓迎式典でアダムクス大統領と(ロイター) 天皇・皇后両陛下は、杉原記念碑を訪ねられた後、リトアニア民俗祭で市民と交流され、バルト三国ご歴訪の主なスケジュールを終えられた。 天皇陛下は今回のご訪問について、リトアニアでのスピーチを、こう結ばれていた。 「相互の交流を一層進める事となれば嬉しいことに思います」 バルト三国のいずれの国でも天皇・皇后両陛下は市民から熱烈な歓迎を受けられ、また地元メディアでも大きく報道された。 外務省が司るご皇室外交には異論もあるが、初めてとなるバルト三国ご歴訪の旅は、外交を超えた意味と価値を備え、各国の国民に鮮やかな印象を残したようだ。 〆 最後まで読んで頂き有り難うございます♪ クリック1つが敵に浴びせる銃弾1発 となります ↓ ************** 【side story】 今回も謹んで天皇・皇后両陛下のお写真を掲載させて頂きましたことご諒承願います。 通常、国内でのご皇室写真は代表撮影となりますが、海外では各通信社のカメラマンが写真を撮影・公表。その中には印象深い貴重なショットも残されます。 今エントリは、そのような写真で、ご歴訪を別の角度からうかがうことが出来れば、と考えた次第です。 参照: 宮内庁5月14日天皇皇后両陛下の外国ご訪問前の記者会見 参考動画: 日テレ5月25日 両陛下がエストニア到着 旧ソ連諸国初訪問 日テレ5月26日『両陛下がラトビア到着 自由の記念碑に供花』 日テレ5月27日 天皇・皇后両陛下 リトアニアに到着 |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|---|
「中国株はいずれ劇的な収縮」グリンスパーン発言で株式市場が混乱
宮崎正弘氏の国際ニュース・早読みを転送します。 ...続きを見る |
草莽崛起 ーPRID... 2007/05/28 15:32 |
歴史認識の共有は可能かー日中歴史共同研究の愚さ
小泉政権から安部政権に変わり、シナの対日姿勢もソフト路線に変わったように見えます。 ...続きを見る |
草莽崛起 ーPRID... 2007/05/29 06:47 |
バルト三国に対する日本国の戦争責任
天皇皇后両陛下は、バルト三国を歴訪し、熱烈な歓迎を受けられたという。 ・ブロガーに執筆意欲を与えるは一日一押人気ブログランキングをクリック願います。 ...続きを見る |
団塊世代に大東亜戦争の真実を伝えたい便利... 2007/05/30 20:58 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
NHKの写真が無いのですね。 |
とおる 2007/05/28 09:12 |
こちらのブログで初めて詳しく拝見しました。ありがたいことです。と同時に、なぜNHKで報道しないのかはなはだいかがわしい限りです。1928年にはすでに交流があったとは これも今回初めて知りました。 |
でこサングン 2007/05/28 09:28 |
アネモネさん |
kame 2007/05/28 10:09 |
陛下の笑顔を拝見すると心が和みます。私も日本人として皇室には尊敬の念を抱いています。皇室が好戦論者たちに利用されることに我慢がならないのです。 |
ジェラード 2007/05/28 10:23 |
昨日横須賀に行って居ました。日本海海戦102周年、今日の三国の港からロシヤ・バルチック艦隊が出たんですね。陛下への歓迎も日露戦争までの歴史と三国の苦労が今日実る、と言う感じがしています、しかし戦艦「三笠」保存会が100周年も開催、国家は知らぬ顔、政界歴史を変えたこの話が日本国民が知らない、聞けば横須賀の小学生が学校から見学する事は一切無いとの事、電報も小泉元首相、久間防衛相、自民、有村氏、古賀氏(拍手は少ない)、出席は海幕副長、横須賀地方総監、米軍司令、フランス海軍士官。 |
古田 2007/05/28 10:30 |
アネモネさま、いつも貴重な情報揚げてくださって感謝。こういう報道が殆ど記憶に無いくらい僅かしか出さない日本のマスゴミ。これほどの現地の歓迎ぶりはブログを見るまで知りませんでしたよ。 皇室に対する国民の関心を逸らそうという特亜マスゴミの策略には、ホント反吐が出る。 |
梅昆布茶 2007/05/28 10:50 |
ジェラ、勉強しろ。 |
塾長 2007/05/28 10:50 |
何処の放送局のニュ−スか覚えていませんが、エストニア空港の歓迎時 |
さくら 2007/05/28 11:20 |
こんにちは。 |
現役保険営業マン 2007/05/28 11:28 |
杉原千畝は外務省から冷遇されたわけではありません。極貧国家日本の公務員をリストラされる際の名義で使われただけです。[八紘一宇]のスローガンに沿った仕事です。事なかれ主義に陥ったのは戦後教育によるものと思います。 |
ななし 2007/05/28 12:50 |
今回のバルト三国へのご訪問といい、杉原記念碑にお立ち寄りになられたことといい、素晴らしい選択だった。 |
ごんべえ 2007/05/28 13:14 |
アネモネさんいつも貴重な情報ありがとうございます。 |
sazanami1905 2007/05/28 13:29 |
すばらしい写真特集ありがとう、両陛下の今回の外国ご訪問の報道が少ないので気になつていましたので嬉しい限りです、それにしてもNHKは公共放送とのたまいながら何故この報道が少ないのか疑問です、体質はなかなか変わらないですね。 |
y.taki 2007/05/28 14:18 |
こちらのサイトで両陛下のお健やかな様子を詳しく知ることができて、本当に有難うございます。 |
ねこ 2007/05/28 14:26 |
私は、仕事の関係で、一度だけ皇后陛下のお姿を間近で拝見し、そのお声を拝聴したことがあります。全身が感動で震え、涙がこぼれました。陛下と同じ空間に在り、陛下と同じ時間を過ごせた幸福、これに尽きます。 |
じょーい 2007/05/28 16:11 |
いつも拝見させていただいています。 |
優良銘柄のススメ 2007/05/28 19:42 |
深い感慨を覚えました。アネモネさん有難う。 |
宿屋飯盛 2007/05/28 20:02 |
天皇・皇后両陛下のご訪問の動画は、政府のどこで見れるのでしょう? |
とおる 2007/05/28 20:17 |
日本に生まれて良かったとほんとに思いました。 |
fuyuneko 2007/05/28 21:54 |
>とおる様 |
アネモネ 2007/05/28 21:55 |
>さくら様 |
アネモネ 2007/05/28 21:55 |
>y.takiさま |
アネモネ 2007/05/28 21:57 |
よかったです! |
yuu 2007/05/28 22:14 |
杉原千畝氏は表面的には任意退職ですが、実質は解雇です。自分が解雇したと言っている外務次官の記事を見ました。 |
自己反省 2007/05/28 23:45 |
>陛下の笑顔を拝見すると心が和みます。私も日本人として皇室には尊敬の念を抱いています。 |
神谷晃良 2007/05/29 00:04 |
アネモネさん、有り難うございます。両陛下はとても良い環境に在られた様にお見受けします。でも、つくづくお年を召されお疲れです。本来なら皇太子ご夫妻がご名代で活動される時代なのですよね。 |
suzune 2007/05/29 00:16 |
朝鮮人共等は、大真面目にこのバルト三国の人々を見習うべきなのです。ロシア、ドイツ、オーストリー。そして彼等からすれば、ポーランドですら大国の筈です。詳しい事は何も知らない私ですが、その歴史は屈辱と苦難の繰り返しであったろう事は、想像に難くないです。しかし、決して卑屈にならず、恨まず、人のせいにせず小国民として、身の程を弁え、できる事やるべき事を黙々と為して来たが故に、今のバルト三国がある様な気がします。天皇皇后両陛下を歓迎する彼の国々の民の表情に表れています。更に言えば、天皇と言うものが、朝鮮人共らがいつも口にしている様な存在であったなら、バルト三国始め、世界の国々がこれ程歓迎するか?簡単に判断つきます。事在るごとに日の丸を燃やし、陛下を日王と言って憚らない、朝鮮民族国家に、明るい未来など決して来ない。私が此処に、予言してくれてやります。 |
神谷晃良 2007/05/29 00:27 |
旧ソ連の国々で、大国のロシアを差し置いて、小国のバルト三国を天皇皇后両陛下が訪れたのは意義が高いと思います。 |
ankozunda 2007/05/29 03:19 |
旧ソ連の国々で、大国のロシアを差し置いて、小国のバルト三国を天皇皇后両陛下が訪れたのは意義が高いと思います。 |
ankozunda 2007/05/29 03:20 |
書き忘れてすみません。 |
自己反省 2007/05/29 04:45 |
陛下のバルト3国御訪問はとても良かったと思います。 |
自己反省 2007/05/29 05:07 |
民放局の 両陛下の御外遊のニュースを拝見して思うのは 現地の人々の暖かい期待に満ちた表情についてです。TVの皇室番組で見られる日本の人たちと全く同じ 表情が行く先々でみうけられます。そこにあるのは「日本への期待と憧れ」であるように思われます。日本の顔である両陛下が 各国で歓待されている様子、、とても嬉しく思います。 |
大和こころ 2007/05/30 15:17 |
赤絨毯の一幕。もう、めちゃくちゃ誇らしいです。なんという細やかなお心配り、真摯なお姿。 |
taka 2007/05/31 01:16 |
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